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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
五章

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一難去って

 穴の修復作業が終わると、空が明るみ始めていた。

 全員が疲労困憊だというのに、陽の光を浴びて嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。死をも覚悟した夜を越えて昇った朝日は美しく、誰もが言葉を失い見惚れている。

 本当はそこで全員休憩を取るべきなのだろうが、残してきた仲間が心配で居ても立っても居られず、軽食と水分を補給すると即座に行動を開始した。

 こういう時、自分だけが疲労を感じず、ラッミスに背負われて運ばれることに、どうしても負い目を感じてしまう。俺に足があれば、疲れた皆を運んでやりたいぐらいだ。


 限界に近い体に鞭を打ってハンター協会に戻ると、そこには生きた魔物の姿はなく無数の死体が転がっていた。

 無意識の内に死体の中に仲間のハンターがいないか探していたのだが、誰もいなかったので安堵していると、隣で熊会長が胸を撫で下ろしていた。きっと同じことを考えていたのだろう。


「帰ってきた! 皆は無事かっ!」


 熊会長の呼び声が響くと、入り口の扉が開き、防衛を任せていたハンターたちが飛び出してきた。

 門番ズも含めて、全員無事か。かなりの激戦だったのは、姿を見れば一目瞭然だ。防具は穴や切り裂かれた跡だらけで、衣服も血と汗で変色している。

 協会の壁も限界が近かったのか。亀裂が模様のようにそこら中にあり、外壁の破片が辺りに散らばっていて、死闘を物語っていた。


「会長、無事でしたか! こっちは何とか守り切ったぜ!」


「辛うじて」


 カリオスとゴルスのテンションの差は相変わらずだ。二人を含めたハンターたちの顔は達成感による自信に満ち溢れていて、数時間前とは別人のようだった。


「ラッミス、怪我はねえか! ハッコン、何処か故障してないかっ!」


 駆け寄ってきたヒュールミが俺とラッミスの体中を弄っている。

 かなり心配していたようで、目が充血して赤く「大丈夫だよ」と、ラッミスが言っても、あれやこれやと世話を焼いている。

 全員が再会を喜び合う中、服を頭から被せられて顔が見えないようにされた指揮官の男が、ハンター協会の地下牢に連行されていく。地下牢は魔法や加護を阻害する魔法陣が仕込まれているので、有力なハンターであっても抜け出すことは不可能らしい。

 奴の顔を隠しているのは、ヒュールミへの対策だ。彼女もラッミスと同様に村を襲った犯人の顔を目撃している。祝勝ムードに水を差す必要もないだろうと、熊会長が気を利かせてくれた。

 ラッミスが後で話をするそうなので、今はこのままにしておこう。


 ハンターだけではなく、生き残りの住民も屋外に出てきている。まだ、敵の残党が残っている現状では危険な行為だ。

 そんなことは誰もが理解した上で、飛び出してきたのだろう。ずっと屋内に閉じ込められていた鬱憤を晴らす為に。

 そんな彼らを止める権利は俺にはない。

 熊会長もそれは重々承知しているようで、目配せをすると門番ズやハンターたちが、周囲の警戒に当たっている。

 今は敵も混乱している最中の筈。少しぐらいなら、この解放感を味わう権利はあるよな。

 酒を提供するのは油断しすぎだと判断して、乾杯用の飲み物はアルコール分を含まない飲料にすることにした。



 それからは、集落内にいる敵の掃討と壁の完全修復が当面の目的となった。お爺さんとヒュールミは別で転送陣の調査を担当している。


「妙なことにはなっておるが、時間さえ掛ければ何とかなるやもしれんのぉ」


「だな。性質の悪いことをしてやがるが、オレと爺さんがここにいたのが、奴らの運のつきだったな」


 と、自信満々で語っていたので、一任することになった。凄腕の魔法使いと魔道具技師である二人が組めば、いやがうえにも期待は高まる。

 俺とラッミスは集落内の魔物掃討を担当しているのだが、身体を動かしていないと余計なことを考えてしまうらしく、いつもより戦いに集中しているようだ。

 蛙人魔の頭を一突きで粉砕、振り向きざまに裏拳で木製の盾を砕き、その先にいる敵を吹き飛ばす。そこで油断することなく、素早く構え、周囲に視線を走らせる。

 強くなったな、ラッミス。攻撃の威力もそうだが、戦闘中の安心感が以前とは比べ物にならない。俺が〈結界〉で守ることもなくなったのが少しだけ寂しくも思う。


「ハッコン」


 戦闘中に消え入りそうな小さな声で、ラッミスが俺の名を呼んだ。


「ん」


「うち、どうしたらいいのかな。ずっと、おとんとおかんの仇を討ちたいって思っていたんよ。そやのに、仇を見つけたのに何にもできへんで……一度、牢屋にいるアイツを見に行ったんよ」


 俺が知らない間に会いに行っていたのか。


「う ん う ん」


「ヒュールミと一緒にね。鉄格子の向こう側で怯えて震えている姿を見たら、何か、どうでもようなったんよ。あれ程、憎んで殺したいと思っていた相手なのに……。それに、会長は罪に値する罰を与えると言ってくれたんよ。だから、もう、うちらがすることは何もないんだって……」


 遠い目をしながら、魔物を蹴散らしている。

 この数か月、戦いの場に身を置いてきたので、頭で別のことを考えていても体が勝手に動くようだ。この程度の相手なら大丈夫だとは思うが、俺だけでも集中しないと。


「ハッコン、うちどうしたらええんかな。目的がのうなってもうたんや……うち、これからどうしたらええん」


 ずっと仇を討つことだけを目標に、ハンターにまでなって強くなろうとしてきた人生。その生きる目的を失い、彼女は戸惑っている。

 何て言えばラッミスを励ましてあげられるのだろう。新たな目的を提示してあげるのが一番なのだが、生きる目標か。


「た の し も う」


「えっ、今なんて」


「た の し く」


「い こ う よ」


 励ましにもならない陳腐な言葉だが、俺の本音だ。

 ラッミスの人生だ。目標なんてなくたって生きている人は腐るほどいる。だったら、楽しんだらいいじゃないか。自分の人生楽しんだ者が勝ちだ。

 自動販売機になってしまったが、俺は自分の境遇を楽しんでいる。不満が無い訳じゃない。でも、ラッミスたちと一緒に過ごした日々は日本では経験したことのない、充実した毎日だった。

 だから、出来ることならこれからも、一緒にラッミスたちと共に過ごしたいと思っている。


「い っ し よ に」


「ハッコン……うん、そうだね。最後まで一緒にいてくれるんだもんね!」


 屈託なく笑う顔を久しぶりに見た。うんうん、やっぱり、ラッミスは笑顔が一番似合っている。


「落ち込むのも、悩むのも一旦やめるね。まだまだ、することは一杯あるし、始まりの階層に行った、みんなも心配だから」


「う ん う ん」


 清流の湖階層は一段落ついたが、他の階層がどうなっているのか情報が入ってきていない。始まりの階層には、園長先生と子供たち。それに愚者の奇行団が向かっている。

 きっと苦戦しているだろうから、何とか手を貸してあげたいのだが。


「まずは、ここで集落内の敵を全部倒して、安全にしないと!」


「いらっしゃいませ」


 敵の統率が取れなくなった弊害として、集落内に残党が散らばっている。全部を片付けないと、住民が安心して集落内で過ごせない。


「よっし、蹴散らすよー」


 暫くは、集落内の掃除に没頭するとしよう。まずは清流の湖階層の安全確保が優先だ。転送陣は二人に任せているので、移動可能になってから行動すればいい。

 よっし、気持ちを切り替えて、俺も討伐に参加するとしよう。





 今日は十体ほど討伐したところで、暗くなり始めたのでハンター協会に戻ることにした。他のハンターたちも帰宅時間らしく、協会に着くまでに二組のハンターたちと合流した。

 集落内の魔物討伐に協力しているハンターは、四人から五人組で行動することになっていて、必ず大食い団の一人が加入することになっている。

 彼らの鼻と耳は敵の捜索に欠かせないので、毎日忙しく走り回っているそうだ。


「今日もよく働いたよー。戻ったら、ハッコン、お肉揚げたのいっぱい出してね」


「ペルはそればっかりだね。ボクもお願いします」


 ミケネもペル程じゃないが、負けず劣らず大食いだからな。今日もから揚げが良く売れそうだ。

 各組のリーダーはハンター協会の中に入って熊会長に報告の義務があるが、他のハンターたちは屋外で待機している。

 ハンター協会の正面にテントが幾つか建てられているのだが、そこはハンターたちが寝床にしている。遠征に出た時は魔物が周囲に居て当たり前の状況なので、安全が確立していなくても全く問題が無いらしい。

 それに見張りが常時立っているので、安心してぐっすり眠れているそうだ。

 ハンターが屋外に出たことにより、住民の屋内でのスペースが増えたおかげで、不満も激減したらしく、お互いに良い結果に繋がっている。


 この階層は俺の食料もあるので今のところ順調だが、他の階層はそうもいかないのだよな。予備の貯蔵がどれ程あるかは不明だが、早いうちに何とかしてやりたい。

 特に始まりの階層に向かった、園長先生たちが気掛かりだ。転送陣に関してはヒュールミとお爺ちゃんに任せっきりだからな。後で、差し入れを持って様子を窺いに行こうか。

 いつものようにハンター協会の前で突っ立っていると、いつもの日常が戻ってきたような気がしてくる。だけど、それは違う。多くの血が流れ、住民の大半が死んだ。

 集落での生活が楽しくて、ずっと楽しく穏やかな日々が過ごせると勘違いしていた。

 ここは魔物が徘徊する異世界のダンジョン。日本の安全な世界と違い、死が隣り合わせなのだ。まだ日本人としての感覚が抜けていない自分にうんざりする。

 自動販売機として人々の役に立ち、更に攻撃手段も手に入れた。それはもう、自動販売機としての概念を逸脱している自覚はある。

 だが、この異世界で生き抜くには……ただの自動販売機では駄目だ。何もできず、商品を売るだけの自動販売機では。


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― 新着の感想 ―
[良い点] でも多分、そのラインをこえると人をやめて冷徹な機械になっちゃうもんねぇ……
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