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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
四章

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帰還

 かなり敵の数を減らし、夕方になって一旦敵が退いたので、その隙に縄梯子を降ろしてもらい、二階のテラスから帰還した。

 防衛組に怪我人は出たようだが、お婆さんの治癒があるので問題なく回復したようだ。

 歓迎ムードで迎え入れられたのだが、その理由は直ぐに判明した。

 押さないで、押さないで! アイスと氷配るから、並んで、並んで!

 暑さにやられた住民たちが俺に群がってきて捌くのも一苦労な状態になっている。暑さは日を追うごとに酷くなっていき、住民たちの限界も近いように思える。


 魔物は暑さに弱いようだが、持久戦はこちらにとっても不利。出来るだけ早く、この状況を改善しないと。その為にも近いうちに、門に空いた穴を何とか塞がないとならない。

 飲食料品の心配がいらないとはいえ、外に出ることができずに閉じ込められているという、圧迫感から生じるストレスは馬鹿にできない。子供たちにはお菓子や風船を渡したりはしているが、それでも、その場凌ぎが良いところだ。

 そして、そんなことは俺に言われるまでもなく、熊会長たちも重々承知している。


「皆、よく集まってくれた。今から壁修復作戦の会議を始める。まずは、ハッコン。これまでの金額であの巨大な姿にはなれるだろうか?」


 敵が攻めてこない時間帯にハンターたちがホールに集まり、熊会長の説明に耳を傾けている。今日も全員アイスを手にして参加だ。

 ある程度の時間は維持できるが、それを上手く説明するにはどう答えたらいいか。限りある言葉を組み合わせて、意味が通じるように並び替えないと。


「す こ し の あ」

「い だ か の う」


「何時間ぐらいならもつのだ」


 余計なことをしなければ、一時間なら耐えられるかもしれないな。だが、一時間の「ち」も「じ」も話せない。一つだと「ひ」と「つ」が足りないのか。

 口頭で伝えられないのでペットボトルの飲料を一つ落とし。〈念動力〉で目の前に置いた。


「一つ……つまり一時間ぐらいなら大丈夫だということか?」


「あたり」


 たぶん〈結界〉を調整すれば大丈夫だとは思う。ただ、確実性が無いので何かしらの対策を考えておいた方が良さそうだが。


「ハッコンを運ぶ方法としては、ラッミスに頼むのが妥当だとは思うが、ハッコンに空を飛んで行ってもらうという手もある。ハッコンやれそうか?」


 空からとなると、飛魚魔と竜擬魔が邪魔になる。夜に実行するのであれば、全身を黒に染めて上から強襲できそうだが。


「く ら か っ た」


「ら ね」


「時間帯か、敵を強襲するのは奴らが一旦引く夕方を考えているが、異論や考えがある者がいれば、遠慮なく意見してくれ」


「会長いいか?」


 全員が顔を見合わせて相談する中、ヒュールミが頭を掻きながら立ち上がった。


「夜襲には賛成だが、そうなるとここの守りが薄くならねえか」


「その通りだ。だが、敵陣に突っ込むことにより敵は混乱する筈だ。こちらへの攻撃は手薄になる。守りは最小限で構わないと考えている」


「戦える奴らは五十人程度。守りに十人残したとして、四十人で攻めるってことか」


 数千の敵に対して四十。普通なら無謀極まりない戦いだが、やるしかないのだ。


「会長一つ策があるが……」


 策を思いついたにしては、ヒュールミの表情が暗すぎる。胸を張ってお勧めできる策ではないということか。


「聞かせてくれないか」


「成功率を上げるには、夕方に敵が引いてから闇に乗じて、実行部隊のメンバーが屋外に出る。そして、敵がハンター協会を強襲するまで、敵に見つからないように穴付近まで移動する。ここまでは問題ない筈だ」


 これは誰もが考えつきそうな手段なので、反論は出ない。


「でだ、そこからなんだが、ハンター協会に魔物が総攻撃を開始後、戦力を割くまで我慢して、目的地の敵が減ったところで穴を塞ぐ……これが一番単純で効率的な手段だと思う」


 それが、どういう意味を持つのか瞬時に理解したハンターたちが息を呑む。

 確かに、現在の状況ならこの方法が一番確実だろう。だが、それはつまり――


「防衛側がかなりの危険に晒されるということか」


「ああ。それも、成功率を上げたいのであれば、必死の抵抗を見せて相手の注目を集めないといけねえ」


 この作戦を実行するとなると、実行側も防衛側も命を懸ける必要があるだろう。どっちも危険度は大差ないかもしれないな。


「そうなると、人手が足りぬな……いや、それでも、やらねばならぬのか」


 そもそもが無謀な作戦なのだ。成功率を少しでも上げたいのであれば、ヒュールミの策を起用すべきだとは思うが、熊会長としては苦悩して当然だよな。

 そうなると、防衛側の人員をどうするか。実行部隊は精鋭を送り込むべきだが、カリオスとゴルスの門番ズは、ハンター協会の防衛を頼みたい。と、みんな思うだろう。

 守りに関しては、あの二人はプロフェッショナルだ。二人がいてくれるかどうかで安心感がガラッと変わる。


 となると、実行部隊は老夫婦、熊会長、ミシュエル、シャーリィ、大食い団。そして俺とラッミスとなるのか。あと土魔法が使える三名のハンター。これで何とかしなければならない。

 数千の敵を相手にこれで何とかするのか。ん、んー、無謀を通り越して自殺行為だ。だが、人々の限界がくる前に何とかしなければ……堂々巡りだな。

 籠城戦は援軍が期待できれば効果はあるが、どの階層もこちらと似たような状況、もしくはもっと悪化している可能性がある。

 やるしかないのか……。





 決行日は明日ということに決まったのだが、まずは、今日の夜を乗り越えなければ話にならない。

 現在、敵の猛攻を何とか凌いでいる状況で、守りの要となっている門番ズの立ち回りと的確な指示で何とか防衛中だ。

 明日の予行練習も兼ねているので、主戦力は全員屋内で控えている。

 俺は扉の脇に居座り、飲食料を提供しながら瓶ジュースを投げるを繰り返していた。


「たはぁーっ。どんだけ敵がいるんだ。昨日より増えてねえか」


 水分補給に来たカリオスにスポーツドリンクを渡しておく。


「おっ、ありがとうよ。んでよ、ずっと聞こうかどうか迷っていたんだが……さっきから、ずっと伸びたり縮んだり、姿を変えたり何やってんだ」


 眉根を寄せて、じっと俺を見ている。あっ、気になっていたのか。


「ざ ゃ ま か い」


「いや、邪魔って程じゃねえが。気になってな」


 新しい機能を一つ取得したから、その実験を繰り返しているだけなんだが、それを伝えるのが難しいな。


「あ し た の」


「よ こ う」


「何か考えがあるのか。じゃあ、とやかく言うことじゃねえな。何をしたいのかはわかんねえけど、頑張ってくれ」


「お う」


 男らしく返事を返すと、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに破顔した。

 今の内にコツを掴めば、明日役に立つかもしれない。今度は〈ダンボール自動販売機〉になってもその機能が使えるか試さないとな。





 どうにか昨晩の猛攻を防ぎ切り、決行日を迎えることができた。

 敵の勢いが弱まった朝からは、スオリの護衛である黒服が担当してくれている。彼らは全員、護衛術には長けていて、対人戦は得意らしいが魔物の相手を少し苦手としているそうだ。

 今回は防衛側に残って、スオリを含めた住人の護衛に当たってくれる。

 時間が迫り、実行メンバーがテラスに上がってきた。ラッミスがいつもの背負子に俺を乗せると、全員がテラスの縁に並んだ。

 夕暮れに染まる集落には敵の姿がまばらで、殆どが壁際まで撤退したようだ。


「この戦いは生死を分ける一戦となるだろう。特にハッコンの役割は重要だ。よろしく頼む」


「ま か せ て」


 こういう時は、自信満々に言い切ることにしている。実際は不安でも、仲間にそれを悟らせずに振舞うことで、少しでも成功率を上げたい。


「万が一、我々が戻らなかった場合は、ここに籠城してくれ。飲食料は昨晩、ハッコンから大量に提供してもらっているので、一ヶ月は余裕がある。他の階層が片付けば、そこから援軍が来る可能性が高い」


 と言いながらも、その可能性が低いことは、ここにいる誰もが理解している。それを承知した上で、防衛側のハンターたちが重々しく頷いていた。

 この気温で相手の動きが鈍っているからの強行策ではあるが、こちらも日々の熱帯夜でやられている。皮肉なものだ。

 熊会長は不安にさせない為に口に出さなかったが、この作戦を押し通す最大の理由はハンター協会の耐久力の問題だろう。

 昨日、外側からハンター協会を見てわかったのだが、外壁に無数の亀裂があった。このまま、衝撃を与えられ続けたら頑丈な壁とはいえ崩壊するのは時間の問題。結局、こうするしか手はなかった。

 自動販売機の双肩にかかる期待が重すぎるが、災害時にも活躍を求められるのが最近の自動販売機だ。なら、期待に応えないとな。


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[一言] 噴水広場の水を堰き止めよう。
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