自動販売機の単独行動
日を超える数時間前に俺は再びテラスに設置されている。
生き残ったハンターの半数と老夫婦以外の亡者の嘆き階層から戻ったメンバーが、ずらっとテラスに並んでいる。
老夫婦が不参加なのは、寄る年波の影響で回復が遅いらしく、無理はさせないでおこうと、満場一致で可決したからだ。
あと、熊会長が一睡もしない状態で参加しようとしたので、ヒュールミお手製の睡眠薬で眠らせて、強引に会長の部屋で体を休めてもらった。
もう少ししたら、魔物たちが再び集まり、総攻撃を仕掛けてくるそうだ。この四日で防衛側の被害が大きかったのが深夜の防衛戦らしい。
闇の中では人間側が不利なので、光の魔法を扱える魔法使いが周囲に、明かりの魔法を付与して協会の周辺だけは良く見えている。
まだ、魔物の姿はない。怖いぐらいに静かな夜だが、こういうのを嵐の前の静けさと言うのだろうな。
「気を付けてください。何者かが四体、こちらに向かって来ています!」
いち早く気配を感じ取ったミシュエルが注意を促す。
全員が武器を構え、ミシュエルが睨みつける方向に体を向けた。
「ただいまー、あれ、みんな戻ってきたんだね!」
警戒していたテラスに飛び込んできた四つの影は、大食い団だった。
二日前から偵察に向かうと言ってから姿が見えなくなったので、生存は諦められていたのだが、無事だったのか……はぁぁ、良かったよ。
あの逃走速度と察知能力の高さがあれば、そう簡単にやられることはないと信じてはいたが、その姿を確認して電力が落ちそうになる。
「わああ、ハッコンだ! ご飯、ご飯、何かご飯!」
再会を喜び合う前に、俺の元に走り寄り食料を要求するところが、大食い団らしくて安心したよ。
彼らの好きなから揚げを山ほど提供すると、頬一杯に詰め込み、貪っている。
「集落内を、もぐもぐ、はひひまひゃって、むしゃむしゃ、生存者、んぐっ、と食料」
ええい、全部呑み込んでから話しなさい、ミケネ。
「ふぅぅ、落ち着いた。ええとね、集落内の生存者と食料、あと魔物たちの情報を少しでも集めようと走り回っていたんだけど、生存者は残念ながら見つけられなかったよ」
ミケネが申し訳なさそうに頭を掻いている。
こんな危険な状況で敵陣の中を駆けまわってくれていたんだ、文句を言う奴なんているわけがない。
「あとね、置きっぱなしの食料はちょっとしかなかったから、持って帰ってこられなくてごめんね」
「でも、ミケネ。ハッコン戻ってきているならご飯の心配は、いらないねー。お肉おいひぃ」
ペルはまだ食べているのか。まあ、頑張ってくれたのだから、幾らでも思う存分食べてくれ。
「あと、敵なんだけど、夕方からこの時間帯は壁際に集まって食事と睡眠をとっているみたい。壁に空いた大穴付近に密集しているよ。半分以上は集落の外に一度出ているね。集落内部だと落ち着かないのかな」
自然が少しもない場所だと休息を取り辛いのかもしれないな。そこら辺は習性のようなものだろう。
「外にも出てみたけど、魔物の援軍はまだまだやってきているね。一気に襲ってきた時の数ほどじゃないけど、遠くの方には大きな個体が何体か見えたから明日か明後日ぐらいには、王蛙人魔が数体到着するかもしれない」
その最悪な情報にハンターたちが大きく息を吐く。ざわついたりしないのは、ここまでが苦難の連続だったので胆が据わっているのか。
「皆さん、今回の指揮を取らせてもらうことになりました、ミシュエルです」
熊会長が現場を担当できないので、一番知名度の高いミシュエルに白羽の矢が立った。
ちらちらっと、手元に隠してある用紙に視線を向けている。
あー、首筋とか汗だくだな。頑張れ、ミシュエル! コミュ障には辛いとは思うけど、周りの人はそれを知らないから……。それに、実力と知名度を考慮すると、やはり説得力があるのは彼だろう。
「まずはこの場を凌ぎましょう。私も微力ではありますが全力を尽くします。我々の実力であれば問題なく撃退できるでしょう。厄介な敵が現れた場合は、直ぐに声を掛けてください。私が斬り捨てますので」
おお、カッコいいぞ、ミシュエル。自信満々に言い切る、男前モードの彼は本当に魅力的に見えるな。握りしめた拳が微妙に震えてさえいなければ……。
「ってことだ。皆、無理をしないでくれ。怪我をしたら屋内に素早く撤退するように。治療班が扉の向こうに待機しているからな」
そこからは、カリオスが説明係を交代した。
ミシュエルが人の視線から逃れるように、俺の背後に回り胸を撫で下ろしている。
「お か だ よ」
「ありがとうございますっ、ハッコン師匠」
半泣きじゃないか。責任重大であれだけ注目されたら、ミシュエルには辛すぎるよな。本当に、ご苦労さん。冷たいココアでも飲んで、落ち着いてくれ。
「ハッコン。みんなを守ろうね。これ以上は、絶対に殺させないっ」
強い決意を口にする、ラッミスは意気込み過ぎている。やっぱり、自分の村が襲われたトラウマを簡単には克服できないよな。
今の実力なら少々動きが鈍っても大丈夫だとは思うが……彼女だけじゃなく、他の人たちの生存率を少しでも上げる為に、全力を尽くさせてもらおう。
「ら っ い す」
み、が発音できないので、どうしても間抜けな感じになるな。
「なーに、ハッコン」
名前を呼ばれるのが相当嬉しいようで、満面の笑みを向けてくれた。
「あ っ ち お と」
「し て あ っ ち」
そう言って、目の前に並べたペットボトルを〈念動力〉で矢印を作り、ハンター協会前の荒れ地となった場所を指す。
「ん、あそこに落として欲しいの……えっ? だ、ダメだよ! 今から敵がいっぱい来るんだよ!」
「し っ て う」
「か た い か ら」
「で、でも、それでも危ないよ。うちは認められませんっ」
ぷいっと顔を横に向けて、断固拒否の構えか。
こうなったら何を言っても聞いてくれそうにない。となると、ヒュールミに頼むか。隣にいるし。
「お ね が い」
隣のヒュールミに向けてそう言うと、しかめ面になった。何故に?
「ハッコンはオレの名前、呼んでくれねえのか?」
ええええっ、もしかして、ちょっと拗ねているのだろうか。そうだよな。仲の良い友達が片方を名前で呼んで、自分が呼ばれなかったら傷つくか。
でもなあ。俺の話せる言葉は「あいうおかくこさしすせにねのたちてとまもらりよをんがござだでぽっゃゅ」の三十四文字。濁音とかを除けば二十五文字。五十音の半分しか話せないのだ。
その中にヒュールミの「ひ」も「る」も「み」もない。どうやって、呼べと。
あー、ヒュールミの口元が少し緩んでいる。俺が話せる言葉を理解した上で、試している顔だな。今、扱える言葉から組み合わせて、満足させろということか。
よっし、乗った。俺も話す練習になるからな。つまり、相手の意表を突けばいいんだろ。
「か あ い い ね」
「へえうっ! な、なに言ってんだ、いきなり。そ、そんなあからさまな、お世辞で誤魔化さ、さ、れねえぞ」
と言いつつ、顔を赤く染めて指でミルクティー色の髪をクルクル巻いている。動揺がわかりやすいな。
ヒュールミは男勝りで強気なので、こういう言葉を掛けられた経験が少ないのだろう。ストレートに褒められると弱いようだ。何の勝負か不明だが、勝ったな。
「ふーん、ハッコンはヒュールミが好みなんだ。ふーん」
あ、今度はラッミスが拗ねた。
言葉が話せるようになると、今まで以上に意思の疎通が楽になると思っていたのだが、そうではなかったようだ。ラッミスをなだめすかしながら、考えの甘さを反省している。
何とか機嫌を直してくれたのだが、ハンター協会前に移動させるのはダメか。
「ラッミス。ハッコンは何か考えがあるみたいだぞ。ここは任せてみないか。結界もあるんだ。やられることはねえって」
上機嫌のヒュールミの説得に、ラッミスの頬が益々膨らんでいく。どうやら、逆効果のようだ。更にへそを曲げている。
ヒュールミはラッミスの肩に手を当てて、俺から離れて行く。その際に、俺を見てウィンクをしたのは、今の内に行けということなのだろう。ありがとう、ヒュールミ。助かるよ。
俺に背を向けて話している隙に〈風船自動販売機〉になり〈結界〉内部をいつものように風船で満たす。そして〈ダンボール自動販売機〉となり浮かんでいく。
そして、結界の側面に穴を開け、そこに〈念動力〉で風船の一つを持っていき、中のガスを一気に排出することにより、推進力を得て前に進む。
すーっと協会前の荒れ地と化した場所の真上に移動すると、風船を一つずつ消していき、ゆっくりと地上に舞い降りた。
元の自動販売機に戻り、体内の時計で時間を確認する。0時まであと一時間と少し。今日は結構フォルムチェンジをしたが、変身可能時間は一時間以上残っている。
ここからずっと別の機体になっても大丈夫だよな。日をまたげば制限時間は元に戻るから。
よっし、じゃあ〈氷自動販売機〉になるぞ。それも、あの巨大な方に。
ハンター協会の前に突如現れた巨大な建造物を前に、
「な、なんだあれ!」
「いきなり、どっから湧いて出やがった!」
ハンターたちが騒いでいるが、そっちは一緒に行動していたメンバーに収拾してもらおう。
大量の氷を吐き出し、〈結界〉でハンター協会の周辺に弾き飛ばしていく。
敵のメインは蛇、蛙、鰐の魔物だ。地球ではそれらは変温動物で、極端な暑さ寒さに弱い。実際、鰐人魔は寒さに弱かった。
そこで、協会の周囲を氷で埋め尽くして、気温を一気に下げようと考えたのだ。普通の氷自動販売機なら製造が間に合わずに、溶けていく一方だろうが、こっちは漁船へ大量に氷を提供する自動販売機だ。素早さを強化した俺が操れば、信じられない量の氷をあっという間に製造できる。
ハンター協会入り口の前に氷の壁が出来上がっていく。器用さを上げたことで〈結界〉で弾き飛ばす際にも狙いが正確になっている。思った通りに飛ばせるので、何か楽しくなってきた。
これが昼間の強烈な日差しの中なら、そうはもたないだろうが幸いなことに今は夜だ。上手くやれば、結構長持ちしてくれる……といいな。
氷がかなり遠くまで弾き飛ばせるのは、もしかして筋力の影響なのだろうか。だとしたら、意味のないと思っていたステータスは全て無駄ではなかったということか。
この勢いで飛ばせるなら、もっと面白い事が可能じゃないか。そんなことを考えながら、氷の壁制作に夢中になっていると、魔物たちが周辺に現れ始めた。




