会話
ラッミスの絶叫を聞いて駆け寄ってきたヒュールミと住民たちに担がれ、ベッドに運ばれていく。今はゆっくり体と心を休めてくれ。
「ハッコン、今、ラッミスが変なこと口走ってなかったか。話せるとかどうとか」
ラッミスを寝かせてきたヒュールミが、戻ってきて早々、疑問を口にした。
ヒュールミに黙っておく必要はないよな。
「う ん」
「えっ、えっ、えっ、えっ?」
素直に答えたら、ヒュールミが硬直した。今まで同じことしか話さなかった俺が、普通に返事したら、そりゃ驚くよな。
「す こ し し か」
五文字話したので、少し間を置いて。
「い か ん」
んー、文字数と言葉に制限があるので組み立てが難しい。どうしても、変な言葉遣いになってしまう。
「えと、その、つまり、なんだ……流暢に何でも話せるわけじゃないんだな」
「う ん」
「その妙な話し方だと……文字数と話せる文字が限られているのか?」
ヒュールミと話していると理解が早くて、本当に助かる。
「いらっしゃいませ ありがとうございました またのごりようをおまちしています あたりがでたらもういっぽん ざんねん おおあたり こうかをとうにゅうしてください」
今まで俺が話してきた定型文を全て発言する。ヒュールミは真面目な顔でじっとこっちを見てくれている。
「あ い う お か」
「く こ さ し す」
「せ に ね の た」
「ち て と ま も」
「ら り よ を ん」
「が ご ざ だ で」
「ぽ っ ゃ ゅ」
と話せる全ての言葉を伝える。この異世界に五十音順はないだろうし、この世界の言葉が日本語ではなく脳内で勝手に変換されているだけなら、相手には意味不明に聞こえるだけかもしれない。
だけど、自動販売機が転生する世界だ。そこは都合よく変換されていることを祈るしかない。
「つまり……いつも話していた言葉から一文字ずつ抜き出し、並べ替えて発言ができるってことか」
「う ん う ん」
「あと、一気に発言できるのは五文字のみで、間違いないか」
「あたり で も す」
「こ し ち が う」
定型文から言葉を抜き出すと、スムーズに発音ができるのだが、一文字ずつ繋げると、どうしても一昔前の合成音声のようになってしまう。
ヒュールミの考察は八割方正解なのだが、正確に言うと定型文の中から五か所言葉を抜き取れるようになった。なので「あたりがでたらもういっぽん」から「あたり」という文字を抜き出した場合、これで一か所という括りになる。「あ」だけを抜き出しても一か所となる。
「なるほどな、大体は理解できたぜ。すげえじゃねえか! これで今までよりも、いっぱい話せるなっ。ラッミスに教えたら、お喋りできるようになったんだ。って、めちゃくちゃ喜ぶぞ」
俺の体をバンバンと叩き、顔をほころばせて自分のことのように喜んでくれている。
「だ ね」
「あ、オレだって嬉しいからな! ハッコンのことを、もっと……知りたいからよ」
顔を背けて、身体を叩く速度が上がっている。柄にもないことを言って照れているのだろうか。
これからは以前と比べて言葉による、意思の疎通も可能となる。ただ、もう少し話せる文字が多ければと思わずにはいられないが。贅沢を言ったら罰が当たるかもしれないな。たぶん、器用さを上げれば話せる文字は増える……と思う。
もっと会話を楽しみたいところだけど、そうも言ってられない。
「て ら す に」
「も っ て い て」
「ああ、テラスに戻りたいんだな。わかった」
俺は疲労を感じないので、持久戦に最も向いている人材――自動販売機材だ。
変身をしなくてもやれることは幾らでもある。
再び、テラスに舞い戻った俺は扉の前に陣取る。この扉は一匹たりとも通さないという強い意志を見せつけるように。
ヒュールミは既に戻っているので、〈結界〉は今必要ない。
時刻は夕方には少し早い時間。あと二、三時間耐えれば陽が落ちて、少しは過ごしやすい気温になるだろう。
お婆さんとお爺さん以外は疲れを全く感じさせずに敵を撃退している。お爺さんは魔力を使い過ぎたらしく、扉脇で胡坐をかいている。そっと、ミネラルウォーターを渡しておいた。
テラスに登ってきているのは、殆どが蛙人魔であとは飛行可能な魚か。鰐人魔は手足の短さがネックなようで、壁を上手く登れないようだ。
梯子が掛けられて、そこから這い上がってくることはあるのだが、すぐさま梯子ごと下に叩き落とされている。
圧倒的戦力差に対し、ここまで守れている理由はテラスの程よい大きさと、魔物側に遠距離攻撃が得意な個体が少ない事が挙げられる。
短い腕に水かきのある手。これでは投擲武器を扱うのも一苦労だろう。
飛行する魚は口から水の塊を撃ち出しているが、それは充分避けられる速度で、一撃で倒される威力でもない。
これは純粋に運が良かったとしか言いようがない。
とまあ、考察はここまでにしよう。俺も防衛戦に参加しないと。時間制限のある変身機能の長時間使用は除外して考えて、今の俺に出来ることは何か。
よっし、まずは相手の邪魔をメインに考えよう。
2リットルのコーラを大量に並べ〈念動力〉で蓋を開ける。そして、久しぶりの〈棒状キャンディー販売機〉になって、棒状キャンディーを大量に取り出し口へと落とした。
体外に排出すると、元の自動販売機に戻り〈念動力〉で棒状キャンディーの包み紙を外し、中身をコーラの中へと放り込み、すぐさま蓋を閉める。
そして〈結界〉でテラスの外へと飛ばした。完成したコーラを次々と飛ばしながら、ペットボトルだけを消す。
「ギュゴゲッゴ!」
お、爆発したコーラに巻き込まれた蛙人魔の悲鳴が次々と上がっている。ダメージとしては大したことないのだが、その大きな目にコーラを浴びたら眼球がただでは済まないだろう。
さあ、ガンガン行くぞ。コーラ爆弾の数は充分だ。炭酸飲料塗れにしてやるぞ。
太陽が地平線の向こうに隠れようとしている。辺りは一気に暗くなってきているのだが、ここにきて敵の猛攻が止んだ。
計ったかのように魔物たちが攻撃を止め、ハンター協会から離れて行く。なんだ、何か裏があるのだろうか。
全員が不審に思いながら、撤退する敵を見守っていると扉が開き、黒服軍団が現れた。
あれは、スオリの護衛たちか。何しに来たんだ。
「皆様お疲れ様です。ここの魔物は陽が落ちると一旦引いて、夜中近くになると苛烈な攻めに転じます。ここの見張りは我々が受け持ちますので、身体をお休めください」
敵も一旦休憩を取るのか。これだけの数がいるのだから、入れ替えて攻めればいいと思うのだが、こっちが楽になるのだから文句は言うまい。
この場は黒服に任せて、俺も一緒に屋内へと帰還した。
「くああっ、この蒸し暑いの何とかなんねえか」
「我慢するしかない、カリオス」
手で仰いでいるカリオスにゴルスが諭している。他の人は何も口にしていないが、汗を噴き出し不快そうな表情が全てを物語っていた。
室内でも熱中症は普通に起こる。ここはどうにかして、室内の温度を下げないといけないな。
俺は〈氷自動販売機〉になり「こ お り お く」と発言して、氷を最高速で流し落としていく。目の前にあっという間に氷の小山が生成されると、箱や鍋や袋といったものに人々が詰めていき、部屋の四隅や自分の近くに置いて冷房器具の代わりにしている。
急場しのぎだが、ないよりかはマシだろう。
「皆、遅くなってすまない。よくぞ今まで耐えてくれた。今日は我々に任せて、ゆっくりと体を休めてくれ。この失態の責任は全てが片付いた後に」
熊会長が深々と頭を下げて、この場に居る全員に向けて謝罪をした。
理解を示して気にするなと反応している者もいれば、仲間や身内が殺されたのだろうか、殺気漲る視線を突き刺す人も少なくはない。
何故、この階層を離れていたのかは事前に説明はしているのだが、だからと言って納得できるかどうかは別なのだろう。
俺もこの階層に残っていて、このような事態に巻き込まれてラッミスやヒュールミを失っていたら、彼らと同等の想いを抱かないとは言い切れない。
人の上に立つということは、このような覚悟も必要だというのことなのか。
「まずは、魔物を撃退して生き延びることが最優先となる。この階層の魔物の大半は夜行性だ。特に今は初夏で気温が高い。気温の下がる夜中から早朝にかけてが最も活発になる時間帯になる」
蛙や鰐って基本的に夜行性だよな。田舎に帰ると、夜になると蛙が田んぼで大合唱をしていたのを思い出した。
地球の習性や生態がここでも適用されるなら、夜の対応方法はある。
問題は反対しそうな、ラッミスをどう説得するか。それに尽きる。




