強者
最強の敵である冥府の王に対する全員の決意が固まり、ラッミスが俺を担いで会議室を出ようとしたところで、何を思ったのかミシュエルが俺の前に回り込んできた。
「ハッコンさん。お礼が遅れて申し訳ありませんでした。貴方の活躍が無ければ、この場に私はいられませんでした。本当に感謝の言葉もありません」
腰を九十度に曲げて深々と頭を下げている。本当に礼儀正しい好青年だな。これで、コミュ障でなければ完璧なのに。
「本当に、本当に、感動しました! 前々からずっと思っていたことがあるのです! 鉄の体でありながら高潔で優しく、全く気配を読み取らせない見事な隠蔽術。それに付け加え、鉄壁の防御だけではなく蘇生までこなせるなんて……ハッコンさん!」
額がくっつくぐらいに顔を寄せてきている。濡れた瞳が怖いぐらいに輝いている。え、なに、なに、なに。鼻息も荒くて怖いんですけどっ!
何かべた褒めされているけど、気配が読み取れないのは自動販売機だからだと思うぞ!
「魔道具であるとか、そんなことは関係なく貴方に惚れました! 今日からハッコン師匠と呼ばせてもらってもいいですかっ!」
「なっ!」
驚愕のあまり一瞬頭の中が空白になった。
隣であんぐりと大口を開けてラッミスも驚いているけど、俺も生身があればあんな感じになっていると思う。
外見ではなく内面を褒められるというのは嬉しいのだが自動販売機なのに師匠って……同性に惚れられるというのは悪くないのだが、人として惚れたという意味だよな。決してあっち系の意味じゃないよな。違うよ……ね。
「だ、ダメでしょうか、ハッコン師匠と呼ぶのは」
くっ、中性的な顔をしたイケメンが潤んだ瞳で見つめてくるぞ。俺が女なら一発で落ちそうなシチュエーションだが、そっちの気は無いから大丈夫、大丈夫。
彼は素直な純粋な気持ちで慕ってくれているだけだ。邪推したら失礼に値する。ここは大人の男として対応しないとな。
「いらっしゃいませ」
「それは構わないってことですよね! ありがとうございます、ハッコン師匠!」
感極まったミシュエルにハグされたが、深い意味は無いんだよなっ。なっ?
「ふぅーん、弟子ができて良かったね」
何でラッミスに半眼で睨まれているのだろうか。
こうして自動販売機なのに人間の弟子ができてしまった。いや、師匠と言われても何も教えることなんてないよ?
曇天模様の空の下、宿屋の前でいつものように商品を売り終わり休憩をしていると、すっと誰かが近寄ってきた。
「ハッコン師匠。お体、拭かせてもらいます」
手に綺麗な布と水の入った木桶を持って現れたのはミシュエルだった。
あれから俺は……ミシュエルに懐かれてしまった。何かと傍にいることが多くなり、甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
これって俺を尊敬してくれているのもあるのだろうが、日に日に人が増えていく亡者の嘆き階層の集落で、人目に晒されることが増えて落ち着かないから、俺の傍にいるだけの様な気もする。
自動販売機である俺なら全く緊張しないで済むようだからな。
「ミシュエル。ハッコンの体を磨くのはうちやの。それはしなくていいのっ」
「そうでしたか、差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ございません。では、また昼にきますので」
固執することなく直ぐに引いてくれるし、悪い子ではないのだが。
「ハッコン、最近ミシュエルに甘すぎるよ。迷惑ならビシッと言わないと」
ラッミスが腰に手を当てて頬を膨らませている。最近、ミシュエルへの当たりが厳しいな。いつも一緒にいる俺を取られるとでも思っているのだろうか。
迷惑とまでは思っていないので、もう少し二人が仲良くなってくれると嬉しいが。
「なんてね。ミシュエルは悪い子じゃないの知ってるから。でも、ハッコンはうちのだもん。譲ってあげないからねー」
はにかみながら、そんなことを言われたら機械の体なのに、無い筈の心臓が跳ねそうになる。自動販売機である俺を友人として相棒として大切に思ってくれているだけだというのに、こんな体になって何勘違いしているのだろうな。
「あー、今日だっけ。清流の湖階層に所属しているハンターが来るのって。まだみんなは本調子じゃなくて討伐に参加できないから、ちょっと期待しちゃうよね」
「いらっしゃいませ」
確か今日だったな。所属か……そういえば、外の世界のハンター協会とは別で、ダンジョン内で新たに所属するハンター協会を選ぶことがある。
これには協会側とハンターの両者にとってメリットがあり、各階層のハンター協会としては何か困った案件が生じた場合、優先的にこちらの仕事を依頼することが可能となる。
ハンター側としては、その階層のハンター協会からの融通が利くようになり、有益な情報の提供や、別階層から所属する階層に移動する際には転送陣が安くなるなど、様々な特権が与えられる。
その為、各階層のハンター協会は優秀なハンターを勧誘して抱え込むことも、立派な業務の一つだと言われている。ちなみにラッミスは清流の湖階層のハンター協会に所属していて、実は俺も同じく所属していたりするのだよな。
何でそんな経緯になったのかと言うと、迷路階層に落ちて大食い団に拾われた一件が切っ掛けだったりする。ちゃんとハンターとして所属しておけば同じような問題が発生した時に対応がしやすいそうなので、魔道具として初のハンターとなった。
熊会長は「こちらにもハッコンを手元に置ければ何かと、ありがたいからな」と本音を漏らしてくれた。その一言で俺はハンターになることを決めたと言っても過言ではない。
「誰が来るのかな。清流の湖階層で有名なハンターかー。うーん、あんまりハンターとの交流が無いから、よくわかんないんだよね」
凄腕のハンターを連れてくると熊会長が息巻いていたから期待はできると思うのだけど、王蛙人魔を倒した際には、そんなに目立った動きをするハンターはいなかった。愚者の奇行団が一番優れていたよな。
「おっ、久々だな、ラッミス、ハッコン。元気してやがったか」
「息災か」
あれ、門番ズのカリオスとゴルスじゃないか。相変わらず見事なスキンヘッドと表情の崩れない名物門番コンビが何でここに。
「あれ、何で二人が亡者の嘆き階層に?」
「熊会長から聞いてないのか。討伐隊に参加することになったんだよ。俺もゴルスもな」
「よろしく頼む」
ああ、なるほど。二人の腕なら選ばれるのも当然だよな、盲点だった。
「お久しぶりですねぇ。ハッコンさん」
「元気しておったか。再会を祝して水とスープを買うとするか。今日こそ、数字を揃えてみせようぞ」
あれ、早朝常連四人衆の二人、老夫婦が何故ここに。それに格好がいつもの私服と全く違うぞ。
両方とも少しデザインは異なるが着物にしか見えない服を着込んでいる。お爺さんは着物に帯を締めただけの格好で、確か着流しと言うのだったか。紺色の生地なのだが裏地が真っ赤で、渋さの中に格好良さが同居している。
帯には何本も扇子が刺さっているようだが、武器らしきものを所有していない。
お婆さんは何時も手にしている漆塗りの様な光沢がある杖を所持している。服装は藍染の着物に黒い帯なのだが、足元は黒いブーツで腕にも剣道の籠手らしき防具を装着している。
いつもの格好とはあまりにも違う二人に、正直違和感しかない。
しかし、この世界には和装もあるのか。俺以外にも日本人の転移者がいたのか、たまたま昔の日本に似た風土の国があって服装が似ているだけなのかは判断がつかないな。
「あらあら、お久しぶりですね。ハッコンさんにラッミスさん。あらまあ、シメライ先輩にユミテ先輩まで」
「なんだ、お前さんも参加するのか」
「あらぁ、ホクシー。元気にしとったのかい」
新たに現れたのは尼僧のような格好をした孤児院の園長先生だった。既に黒塗りの大弓と矢筒を背負っている。
何故この階層にいるのかという疑問よりも、老夫婦と顔見知りであることに驚かされた。三人は駆け寄ると雑談に花を咲かしている。
「ふむ、メンバーが揃っておるようだな」
更にこの場に追加されたのは熊会長だった。って、聞き間違いじゃなければ、メンバーが揃ったって言ったよな。えっ、清流の湖階層の討伐隊って、この面子なのかっ!
えっ? えっ? ええええええええええっ!?
「会長、もしかして、凄腕のハンターって園長先生たちのことなの?」
「ああ、皆、昔は共にハンターとして肩を並べていた仲間だ。腕は保証する。ラッミスもハッコンも既に顔見知りだとは思うが、改めて今回のメンバーを紹介しておこう。まずは清流の湖階層で門番を任せている、カリオスとゴルスの二人だ」
「おう、かしこまって言うのも変な感じだが、よろしくな」
「よろしく」
彼らの実力は良く知っているので、適切な人材と言える。だが、問題は……。
「そして、昔、共に組んでいたシメライにユミテだ」
「久々の戦場じゃが、安心するがええ。年季の差を見せつけてやるとするか」
「お爺さん、そんな大口叩いていたら、後で恥をかいても知りませんよ」
自信満々のお爺さんをたしなめるお婆さん。今更なのだが、初めて老夫婦の名を知ったな。お爺さんがシメライ、お婆さんがユミテなのか。
熊会長は口元に若干皺があって緩んでいるので若くはないとは思っていたが、実は老夫婦と同年代なのかもしれないな。
「最後が今は孤児院の園長をしているホクシーだな。愚者の奇行団に所属しているシュイの弓の師匠でもある」
「ラッミスさん、ハッコンさん、あの時は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いしますわ」
ニコニコと柔和な笑みを浮かべているが、あの顔に騙されてはいけない。その実力はあの一件である程度は把握している。実際に見たわけではないがシュイの言うことを信じるなら、心配は無用だろう。
熊会長にお墨付きをもらっているのだから、その実力は疑う余地が無いと思う。しかし、平均年齢が一気に上昇したな。
腕は確かだとしても体力が心配になる。それに昔は凄腕でも、老化による衰えはある筈だ。それでも、熊会長が信頼を寄せているのだから、大丈夫だろう。きっと。
「お爺さんや、孫の土産何にしますかねぇ」
「うむぅ、この階層でしか売っていない骸骨人形とかどうかのぅ」
「シュイがお世話になったみたいで、二人ともありがとうね。もう、あの子ったら、昔から無茶ばっかりして、迷惑かけなかった? あ、そうそう、うちの子たちが、またラッミスさんとハッコンさんに――」
おしゃべりが止まらない園長先生の対応をどうしたらいいか、ラッミスが戸惑っているな。老夫婦はマイペースでお土産を探しているし……だ、大丈夫だよな、本当に。




