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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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優勝者と賞品

 演劇の準備が整ったようなので姿勢を正して――常に真っ直ぐに背筋と言うか体が伸びているので俺は大丈夫だな。

 後は劇の邪魔にならないように静かに佇んでおくことにしよう。


「おっ、ハッコンじゃねえか。こんなところで何やってんだ」


「今日は冷たいお茶を飲んでおこう」


 って、このタイミングで門番ズの二人がやってくるとは。

 芝居が始まるので音を立てたくはないのだが、そこは俺の熟練した商品落としテクニックで消音効果を見せつけてやろう。

 赤子を抱きかかえて、そっとベビーベッドに置く母のような慈愛に満ちた対応で、商品をそっと取り出し口に置く。

 よっし、殆ど音がしなかったな。人間――自動販売機でもやればできるもんだ。


「今日の演目は何だったか」


「ええとね、確か……」


 って、カリオスとゴルスもここで芝居を見る気なのか。

 こういうのは周囲に迷惑が掛からない程度の小声で、感想を言い合うのも楽しいよな。俺としては歓迎だ。


「さっき配っていた進行表だと……幸せを呼ぶ畑って題名らしいぞ。聞いたことねえな」


 幸せを呼ぶ畑って何だ。皆目見当もつかないぞ。物知り博士のヒュールミが知らないのだから、マニアックな話か完全創作ってところか。

 たぶん、農業系の話だろうな。美少女が一所懸命畑を耕して、育った野菜をみんなに配って幸せにする。みたいな感じか。

 俺としては異世界らしい破天荒なアクション活劇みたいなほうが好みなのだが、ラブロマンスとか始まったら見続ける自信が無い。

 あまり期待しない方が良さそうだ。


「まあ、見りゃわかるだろ。おっ、始まるみたいだぞ」


 そうだな。見る前にあれやこれや考察してもしょうがないしな。一観客として楽しませてもらうとしよう。





「何と言うか、色々と予想外だったぜ……」


「あそこで、こうくるか……」


「うん、確かに幸せを呼ぶ畑だよね。あ、でも、呼ぶって言うより、来るって言うか……」


 みんなが唖然とした表情であれやこれやと感想を口にしている。

 俺の素直な意見としては異世界半端ないな。これに尽きる。まさか、主人公が人ではなく、そっちだったとは。総評としては面白かったと思うが、人を選びそうな内容だった。

 劇のクオリティーも高かったので、同じ劇団がまた違う演目をするなら観てみたいな。


「って、呆気にとられている場合じゃねえ。ラッミス、決勝戦出るんだろ」


「ああ、そうだった! ハッコン行くよ!」


「いらっしゃいませ」


 ひょいっと担がれラッミスに運ばれていく。


「ラッミス頑張れよ! 応援してるぞ」


「ほどほどにな」


「女の意地見せてやれ!」


 三人からの応援を背に受け、ラッミスが拳を振り上げている。残念ながら自動販売機を背負っているので、ヒュールミたちに見えていないが。

 舞台の隅に速攻で設置されると、ラッミスは出場者が控えているところに速攻で駆けて行った。急いでいるのはわかったけど、慌て過ぎてこけないようにな。


「ああっ、ご、ごめんなさい」


 破壊音と悲鳴が届いてきたが、聞かなかったことにしておこう。

 舞台の準備も整い、司会進行役のムナミも舞台に立った。決勝戦が始まるようだ。観客席は六割方埋まっている程度で、前半の戦いで満足した人が多いのか、ちょっと少なめだな。

 もう少し盛り上げて人も増やしたいところだが、人を集める方法となると何があるだろうか。俺に出来ることは無いかな。使えそうな機能があればいいんだが。

 ランク2になってから増えた機能に目を通していくと、一つ面白い機能を発見した。これを使えば集客と場を盛り上げられそうだ。

 俺は機能欄から〈ジュークボックス〉を選び実行した。


「では、出場者の入場です!」


 観客の殆どが司会のムナミに注目していたので、俺がこそっと変化したことに気づいていないようだ。

 いつもの自動販売機より小さくなり先端が丸みを帯びる。身体の枠に太い二本のプラスチック製の蛍光灯のような物が装着され、黄色い光を放っている。体内にはいつもの飲料食料ではなく、代わりにレコードが何百枚も置かれているのがわかった。

 昔は喫茶店やバー等に置かれていた、硬貨を入れて好きな曲が聞ける機械なのだが、二十代から四十代ぐらいの人なら、ボウリング場に置かれていた新しい曲を選べるジュークボックスの方が馴染深そうだが。


 ちなみにジュークボックスは立派な自動販売機の一つなのだが、そういう認識が無い人は多いかもしれないな。もちろん、自動販売機マニアとしては見かける度に曲を流させてもらっている。

 出場者が舞台に上がってきたので、俺は運動会などで定番のクラシック曲を流してみた。やっぱり、入場曲と言えばこれだろう。

 あえて最新型じゃなく古いタイプを選んだのは、クラシックが充実しているからだ。


「えっ、この曲は何処から」


 観客は演出の一環だと思ってくれているようだが、ムナミや関係者たちは戸惑っているな。それでも、慌てず騒がず司会を進行しているムナミの肝っ玉の太さには感心する。

 現場で場数を踏んできた彼女の対応力なら大丈夫だろうと、全投げして音響を担当させてもらうとしよう。


「みんな盛り上がっているかーい! 泣いても笑ってもこれでおしまい。参加者の皆さんは思う存分、食べまくってくださーーい!」


 BGM効果なのかムナミが弾けている。ならば負けずに、もっとテンポが速く盛り上がる曲をチョイスさせてもらおう。


「最終戦は時間内に食べた量で決まります! 己の限界を超え、新たな世界の扉が開かれんことを……では、決勝戦を開始します!」


 宣言と同時に曲を変更した。運動会ではリレーや徒競走でお馴染みの曲を大音量で流す。あの曲を聞くと高揚感が増すよな。出場者の食べる速度もかなり上がっているようだ。

 ちょっと煽り過ぎている気もするが、治癒系の魔法や加護を所有している人が控えているので、万が一の事態にはならないだろう。


 まだ始まったばかりだが、序盤から飛ばしているのは予想通り吸引娘シュイと大食い団四人衆か。ラッミスは前回の勢いはなく、ゆっくりと食事を楽しんでいるようだ。

 他のメンバーもあの五人には勝てないとはわかっているようだが、負けじと食べ進んでいる。山盛りにされた、から揚げを五人が平らげると次に現れたのは、赤ん坊なら楽々と包めそうな巨大なクレープだった。

 決勝は、まず山盛りのから揚げが出され、それを食べきったら次は巨大クレープが待っている。腹が膨れたところに甘い物という追い打ち。これは心と胃袋にくる構成だと思う。


 ちなみにクレープの中身は俺が提供したリンゴやバナナがこれでもかというぐらいに、詰め込まれている。リンゴはリンゴ専用の自動販売機、バナナはバナナ専用の自動販売機になって提供した。

 野菜の自動販売機で果物バージョンもあるにはあるのだが、ここはあえて専用の自動販売機になるこだわりを理解していただきたいところだ。

 ちなみにリンゴ自動販売機は新大阪駅の二階で見つけた。ただカットしているだけではなく、チョコレートやハチミツやキャラメルが掛けられているバージョンもあり、種類も豊富でバリエーションを楽しめた記憶がある。

 男性陣は巨大なクレープを目の当たりにしてげんなりとしているのだが、女性陣は目の色が変わった。


「むっ、甘い物っ! それも、めっちゃ美味しそうやんっ!」


 ラッミス方言でてるぞ。


「それも頂けるのですか」


 隣の席のアコウイの目が眼鏡の奥で光ったように見えた。

 女性が何故、こんなにも甘い物に対して反応するのか。異世界だからなのかダンジョン内限定なのかは不明だが、砂糖や果物が貴重だからだ。

 こういった甘味を安く提供するこの階層は、甘い物が好きな女性と男性にとって天国らしく、最近では甘いもの目当てに清流の湖階層へ出稼ぎにきた労働者やハンターもいるという噂を聞いたことがある。


 ラッミスとアコウイの食事速度が目に見えて上がっているぞ。から揚げは食べきりそうだな。

 シュイは口の周りにクリームをべったりとつけて、満面の笑みで喰らいついているが、大食い団の男性陣はクレープを開いて、中の果物を先に食べているな。団で唯一の女性であるスコはそのまま噛り付いているが。

 この勢いだとシュイとスコの一騎打ちになりそうだ。砂時計をチェックすると砂が七割方落ちていた。男性陣はほぼ壊滅状態で、大食い団の男共も生クリームとクレープの生地に苦戦している。


 あっ、ラッミスとアコウイが、から揚げ完食した。今、目尻が下がった状態でクレープを味わっている。これは完全に試合そっちのけで食後のティータイムに入ったな。

 シュイとスコは、見た感じだと互角だ。このままいくと、時間までに巨大クレープまで平らげそうだぞ。

 関係者各位が熱い視線を注ぐ中、砂時計の砂が落ちる直前にフォークを持った手が雄々しく掲げられる。


「食べきったっす!」


 口の周りにクリームをつけ満足げに笑うシュイ。大食い大会の優勝者は愚者の奇行団シュイで決定した。

 大きな問題もなく無事に大会が終了して、現在上位三名が表彰台に登り、賞品を手渡されているところだ。

 一位はシュイ。二位はスコ。三位は唯一の男性ゴッガイが滑り込んだ。

 時間制限があるので、普通の自動販売機に戻って眺めていたのだが……。


「では、優勝賞品はハッコンさんを一日自由に扱える権利です!」


 とんでもないことをムナミが口にした。

 はい? え、何のこと?

 戸惑っている俺にそっとムナミが近寄り、口を寄せて囁いてきた。


「以前、賞品についてもできることなら何でも手伝ってくれると、言っていたわよね」


 記憶にないと惚けたいところだが……適当に聞き流しながら同意した記憶がある。


「ざんね」


「今更しらばっくれるのは無しよ」


 くっ、言葉を重ねて遮られた。でも、まあ、一日ぐらいなら別にいいか。大食いとはいえ商品目当てだとしても出費も知れている。

 深刻に考えることは何もない。そんな軽い気持ちで受け入れたのだが……この時の決断を後々後悔することになろうとは、今の俺は知らないでいた。

 なんてことを独白してみたが、別に問題はないだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 販売する商品をこの機会に大量に出させたりして(笑)
[一言] 運動会の徒競走でお馴染みの曲… 自分の地域と世代では「カステラ一番電話は二番」なんですが、考えてみたら皆それぞれのお馴染みがあるのかな
[一言] よく見たら畑転生と作者同じで納得した
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