大食い大会当日
シュイの口調を変更しました
大盛況だな。晴天の空の下、多くの人が列をなして大食い大会の参加証を受け取る為に並んでいる。参加者は老若男女、種族もバラバラでこれまでの宣伝効果の成果が見て取れた。
結局、大会品目は、から揚げで決まったのだが予想を軽く超える参加者の数に、ハンター総動員で食材の確保に当たったらしい。
会場裏に設置された調理場では、集落周辺に生息している動物の殆どが狩り尽くされたのではないかと、心配になるぐらい山積みにされた肉を次々と揚げている。
そういや、前に調理担当の人が変なことを呟いていたな。何だったか確か……。
「あー、肉たんねえぞ。どうするか、ここら辺の動物は殆ど狩っちまったらしいしな。肉、肉、に……おっ、あれがあったな。確か前回、討伐にいった時に持って帰ってきた」
それって、もしかして蛙人魔とか鰐人魔の肉じゃ……あ、いや、この世界では魔物の肉食べるのは常識らしいからな。日本人の倫理観を押し付けたらダメだな、うんうん。
何だかんだあって肉は十二分に確保できたらしいし、事前にコーラと水のどっちがいいかを聞いているようだが、思惑通りコーラを望む人が多いそうだ。
問題児である吸引娘シュイと大食い団の面々もコーラを気に入っているそうなので、第一段階クリアーと言ったところか。
「ハッコンは今日、ずっと大食い大会の飲み物提供する係なんだよね?」
「いらっしゃいませ」
そう、今日は舞台の隅で少なくなったコーラを補充する仕事がある。参加人数が五十人を超えたので、から揚げもそうだがコーラの消費もかなりのものになるだろう。
から揚げの味付けもラッミスの提案により濃くすることになったので、喉の渇きが増幅すること間違いなしだ。
「じゃあ、うちも手続きがあるから先に舞台に設置しておくね」
「いらっしゃいませ」
舞台の端ではあるが、結構目立つ位置に俺は置かれることになった。
この集落では自動販売機である俺の存在に興味はあるが、怖くて手が出せないという人も少なくないので、今回のイベントで俺は便利で安全だというアピールをする目的もある。と、熊会長が語っていた。
舞台は一段上がっているので観客席や周囲の状況が見渡せるのだが、未だに参加証を渡す係員の前には長蛇の列がある。
最後尾付近にはラッミスがいて、その前には大食い団が揃っているな。愚者の奇行団からはシュイだけじゃなく、紅白双子も参加するようだ。
参加者の中に知り合いは他にもいるかな。門番二人も出るみたいだな。後は両替商のゴッガイさんも出るのか。逆三角形の筋肉質で如何にも大食いに見える。優勝候補者の一人に名を連ねそうだ。
早朝常連四人衆は観客席に陣取っている。ざっと見回すと自動販売機を頻繁にご利用いただいている客がちらほらと見受けられる。
何故かみんなの視線が俺に集中しているのだが、物珍しそうに見つめる視線と何でここに俺がいるのか訝しく思って眺めている人の二択のようだ。
そんな居たたまれない状況のまま会場の設備が整っていき、椅子や机の設置も終了したようだ。広大な舞台の上に長机が繋げて並べられ、椅子が二十以上置かれている。
準備が終わり舞台の上に進み出てきたのは、司会進行役である宿屋の看板娘ことムナミ。格好はいつものメイド服風のエプロンスカートなのか。むしろ、私服姿を見た記憶が無いな。
「皆様、お待たせしました。これより第一回、清流の湖階層大食い大会を開催します!」
観客席から拍手と歓声が上がっている。観客席もほぼ満席だな。会場周辺に設置された屋台から購入した品を持って見物する人が大半か。
空腹状態で大食い勝負を見るのは拷問のような物だからな。露店の売り上げも期待できそうだ。
「参加者が予想を超えましたので、第一ブロック、第二ブロックに分けさせていただきまして、各ブロックの上位五名が決勝戦に進出となり、最終決戦を行います。豪華優勝景品も用意しておりますので、参加者の皆様頑張ってください」
「うおおおおおっ!」
会場の裾から野太い声が響いてきた。参加者のテンションも最高潮に近づいている。
「では、第一ブロックの出場者の皆様、ご入場ください!」
ぞろぞろと大男たちが流れ込んでくる中、大食い団の四人も現れた。シュイやラッミスは第二ブロックなのか。参加者の中に見当たらない。というか、男性ばっかりでむさ苦しい。
ざっと見た感じでは身長2メートルを越え、胴回りもふくよか過ぎる男性が強そうだが、大食い団の食欲を知っているので、あれに勝てるかどうか。
「制限時間はこの砂時計の砂が全て落ちるまでとなっています」
俺と真逆の位置に巨大な砂時計が置かれていて、それがストップウォッチ代わりなのか。
参加者の前に、から揚げが山積みになって盛られている大皿が置かれていく。あれだけの量なら軽く2キロは越えているだろう。
「もちろん、制限時間までに食べきった方は、その時点で合格となります。それでは、準備は宜しいでしょうか。大食い大会……開始します!」
参加者が一斉に、湯気が立ち昇るから揚げを口に放り込んでいく。
「あつぅ、あちぃ」
「はふはふはふ」
揚げたてなので口内に肉汁が溢れ出したのだろう。大の男たちが口を押えて悶えている。熱さを中和する為に、ジョッキに注がれていたコーラを口にする男たちが結構いるな。
本命の大食い団は……口を上に向けてはふはふしている。動物って熱いの苦手だったりするもんな。冷えるまではペースが上がりそうに無い。彼らには悪いが、その姿に和んでしまう。
コーラで強引に冷やして流し込んでいるが、あの方法だと炭酸で一気に腹が膨れそうだが、大丈夫なのかね。あー、企画者側としては大食い団がここで脱落した方が良いのか。心情としては結構複雑だ。
大食い団はお得意様だし、何かと縁があるから個人的には頑張って欲しいのだが。
店主たちが考えた作戦その一、熱々大作戦が成功したようでコーラが大量に飲まれていく。追加で店主たちが俺からキンキンに冷えたコーラを購入している。
砂時計を見ると半分が既に下へと流れ落ち、そろそろ食べきる者も現れそうだ。
「食べたよー」
「ボクも終わった」
「私もー」
「こっちも完了だ」
大食い団がほぼ同時に手をビシッと挙げた。予想通りとはいえ、四人とも通過か。店主たちは喝采を送っているが、よく見ると頬が引きつっている。
厄介な奴らが上がってきたというのが正直なところなのだろう。
「自分も食べ終わりました」
おっ、ゴッガイさんも終わったか。これで五人の通過者が決定した。思ったよりも早かったな。
「制限時間を待たずに通過者が決定しました。皆様、残った料理はお持ち帰りしていただいて結構ですので。容器もこちらから提供します」
大食い企画としては親切設計だ。まだ食べている途中だった参加者たちだったが、容器に残りを詰めて退場していく。
第一ブロックの参加者がいなくなると係員が食べ残しや食器等を片付け、物の数分で次の準備を整えた。
「では、大食い大会、第二ブロック出場者の入場です!」
舞台袖から現れたのは、第一ブロックと違い女性比率が高いな。本命の一人であるシュイもそうだがラッミスもいるな。元気に手を振りながらの入場だ。
ラッミスも体格の割には大食いなのだが、シュイと比べると勝てるとは思えない。後は女性ハンターも何人か参加している。ハンター協会前が定位置なので、出入りをしているハンターの顔はある程度覚えてしまった。
第二ブロックの女性比率を高くしたのは、決勝に華やかさを求めたからなのかもしれないな。
「では、第二ブロックの大食いを開始します!」
宣言と共に参加者がから揚げに喰らいつく。揚げたての熱さにやられ、コーラを流し込む人が多発しているのは前回と同様だな。
シュイは元々コーラを好んで飲んでいたので、平然とコーラを飲みながら、から揚げを美味しそうに頬張っている。彼女のいいところは、美味しそうに食べるところだろう。頬に手を当て至福の表情で、豪快に咀嚼している。
見る見るうちに肉が減っていくな。シュイは一口が大きく、噛む回数が少ないみたいだ。他の参加者と比べてダントツの速さだ。
「ご馳走様でしたっすよー!」
砂時計の砂が半分も減らないうちにシュイが食べ終わり、残ったコーラを一気に飲み干している。大食い団の面々よりも早かったな。
「私も食べ終わりましたわ」
続いてすっと手が挙がったのだが、二番手はスーツっぽい姿の黒縁眼鏡の女性――まさかの両替商アコウイ。シュイにしろアコウイにしろ、痩せ形なのに大食いという多くの女性に妬まれそうな人だな。
それからかなり遅れて次の通過者が出た。
「た、食べ終わったよー。美味しかった」
ラッミスがお腹を擦りながら何とか食べきったようだ。残りの二人も決まったようだが、見覚えの無い人だった。最近、この階層に来た人かハンター協会にあまり近づかない住民なのかもしれないな。
「これで、決勝戦の出場選手が決まりました! 決勝戦は二時間後になりますので、皆様、暫くの間お待ちください。舞台の掃除が終了しましたら、劇団の芝居が始まります。露店で食べ物や飲み物などを購入して、ご観覧ください」
芝居もやるのか、本格的なイベントだな。この集落に劇団がいるなんて聞いたこともなかったということは、今回の大食い大会の為に雇ったのか。
「ハッコン、舞台から降りるよ。お芝居の邪魔になるからね」
「いらっしゃいませ」
一生懸命芝居している場で自動販売機が置いてあったら、芝居の内容が何であれ違和感しかない。大人しく運んでもらおう。
「ハッコンはお芝居観る?」
うーん、どうしようかな。芝居には興味はあるのだが、昔から演劇を観るのが苦手なのだ。何と言うか、テレビと違って役者が失敗しないかとか心配になる。余計なお世話だとはわかっているのだが、ハラハラして内容が頭に入らない。
ガキの頃、子供向けの戦隊ショーを見に行った時に、ハプニングがあって中の人が露出してしまい、てんやわんやになったのを目の当たりにしたのが原因だと思う。
あー、でも、気にはなるな。娯楽が少ない異世界なら劇団の練度も高そうだし、大丈夫だよな。
「いらっしゃいませ」
「興味あるんだね。じゃあ、一緒に観ようか」
「おっ、二人とも観るのか。じゃあ、オレも」
ヒュールミも来ていたのか。声の聞こえた方へ視線を向けると、いつもの黒衣を着て、両手に露店の食べ物を手にしていた。お祭りを満喫されているようで何よりだ。
「ラッミス、何か食うか?」
「無理無理。お腹パンパンでもう何も入らないよ」
二時間後の決勝戦は期待できなさそうだな。あれだけ、から揚げを食べたら当たり前だけど。むしろ、よく頑張ったと褒めるところだよな。
観客席は七割方埋まっていたが、後ろの列の隅が空いていたので、そこに陣取ることになった。俺がいると端っこじゃないと後ろの人が全く見えなくなるので、場所取りにも注意が必要だ。
今は異世界の芝居を楽しませてもらうとしようか。




