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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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偽物

 大食い団は熊会長の元に残し、ラッミスとヒュールミが敵情視察に向かうことになったのだが、俺だって付いていきたい。

 偽物に興味津々だからな。話だけではなく直接見たい。とはいえ、いつもの自動販売機状態で担がれては直ぐにバレてしまう。素性を隠したまま見に行くのが一番だろう。

 ということで、〈ダンボール自動販売機〉になって大きめの鞄に入れられた状態で、ヒュールミが運ぶことになった。俺なりの変装なのだが実は二人も変装済みだ。

 ラッミスはサイドポニーではなく髪を下ろし、つばの広く柔らかい材質の帽子を被っている。服装もカーディガンにロングスカートで日頃の活発な雰囲気は鳴りを潜め、まるで深窓の令嬢のようだ。


「へ、変じゃないかなハッコン。似合ってる?」


「いらっしゃいませ」


 いつものイメージと正反対の格好だが、照れている仕草と相まって、とてつもなく可愛らしいぞ。防犯カメラで録画しておこう。


「化けたなラッミス」


 そう言ってまじまじと見つめているヒュールミも見違えるようだ。

 適当に縛っているだけの髪を三つ編みにして背中に垂らし、頭部が膨らんで見える前庇のついた帽子を被っている。

 袖のない服を着ているのだが首はタートルネックになっていて、体のラインがわかるのだが……胸詰め物しているな。いつもより立派だ。下は太股剥き出しのローライズの短パンから、細く白い足がすらりと伸びている。

 いつもの不健康で薄汚れた格好ではなく、活動的に見える格好だ。


「ヒュールミの服はカッコイイね。ねえ、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


「こういうのは、苦手なんだがな」


 頭をぼりぼりと掻き、珍しく照れているようだ。いつも黒衣で肌の露出を控えているので、新鮮で魅力的に見える。元が良いのだから、身だしなみにもう少し気を遣えばモテるだろうに。


「じゃあ、偵察に行こう!」


「ああ、ちと恥ずかしいが行くか」


「いらっしゃいませ」


 三人で集落内を歩いているのだが、さっきから男女問わず視線を感じる。

 男はイイ女を相手にした時の欲情丸出しの視線なのだが、女性は見惚れているようで感嘆のため息も時折届いてくる。両方レベルが高いので人の視線を集めるのは理解できるのだが、偵察としては間違った変装だよな。


「ねえ、偽ハッコンのいる場所ってこっちで間違いないよね」


「ああ。場所は……ほら、前に鎖食堂があった場所の近くらしいぜ」


 それを聞いた途端、嫌な予感がした。いや、予感と言うよりは確信に近い。というか、この話のオチが見えた気がする。

 鎖食堂がこの一件に絡んでいるとしたら……決めつけは良くないな。まずは現場で情報を集めてから判断するべきだ。

 大通りを進んでいくと、徐々に人が増えて行く。現在は昼前で、いつもはハンター協会前の露店に人が集まっているのだが、今日はあまり人がいなかった。こっちに流れてきているということなのだろうか。


 元鎖食堂のあった場所を目視できる場所に抜け出ると、人が一列となって並んでいる姿が飛び込んできた。最前列に見えるのは、巨大な白い箱だった。どうやら、あれが俺の偽物らしい。この距離では詳しい形状もわからないな。

 商品を求めて並んでいる人数は十人ぐらいだろうか。他にも二十名近くが、屋外に設置されているイスとテーブルで食事をしている。


「後ろに並ぶぞ」


「うん、わかった」


 最後尾に着き順番が回ってくるまで辺りを観察することにした。偽物は元鎖食堂の壁に背を預ける形で立っている。鎖食堂は経営を再開しているわけでもなく、店は閉まったままだ。

 徐々に近づいてきてわかったことなのだが、あの偽物は俺より二回り以上デカい。高さは2メートルをゆうに越え熊会長に並ぶぐらいか。幅や奥行きも俺の二倍ぐらいあるぞ。

 色合いやデザインは俺に近づけているようだが、何処かチープな感じがする。手作りで頑張っている感じは伝わってくるが、誰かが俺を真似て作ったのは間違いなさそうだ。


「っと、ようやくオレたちの順番か」


 鞄の上部から少し顔を出しているので良く見えるな。やっぱり、俺のデザインに酷似している。だが、並んでいる商品が全く違う。

 陳列されてるのは二段で一番上は飲料がずらりと並んでいる。まず、容器が全く違う。全てガラスで蓋はコルクで栓されている。スイッチの上にこの世界の文字で商品名が書かれているようで、そこは俺よりも親切設計のようだ。


「甘いお茶と水、それに果汁を絞った物のようだぜ。値段は1銀貨ってところだ」


 ヒュールミが小声で俺に情報を伝えてくれている。値段設定も序盤の俺と合わせているのか。飲料はこの世界で用意できる物で揃えているのだな。


「下は食べ物なんだね。肉の揚げたものと、パスタと、具材をパンで挟んだのもあるよ」


 二段目は食べ物で揃えていて、から揚げ、ラーメンもどき、サンドイッチ、あとはおでんっぽいのもあるな。凄く頑張っているようだが、これ本当に購入できて温かい状態で提供できるのか?


「んじゃ、飲料と食い物一個ずつ買ってみるか」


 ヒュールミが銀貨を投入口に押し込む。あの形も俺とほぼ同じだな。銀貨が入ったがスイッチが点灯することもなく、これって購入できるかどうかわかりにくいよな。


「銀貨が一枚入りました」


 うおおっ! 自動販売機から声が聞こえた。え、この世界の技術で音声再生が可能なのか。ヒュールミが研究中で実用化はまだ難しいって言っていたのだが。


「音声機能か……にしては」


 二枚目の銀貨を投入すると、


「銀貨が二枚入りました」


 再び声がする。今度は落ち着いて耳を澄ませていたからわかったのだが、若い男性の声で録音されたものとは思えない生々しさがある。

 首を傾げながらヒュールミが更に三枚目を入れた。


「銀貨が三枚入りまっ……ごほんっ、した」


 咳き込んだ! え、もしかしてこの自動販売機中身が人なんじゃ。

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたヒュールミが、お茶とから揚げっぽいのを同時に押す。


「えっ……」


 今、確かに戸惑う男の声がしたぞ。中に誰かいるとなると、納得はいく。異世界の技術ではまだまだ難しい自動販売機の性能。だが、中に人間がいて対応しているとなれば、金銭のやり取りや商品の提供は可能だ。

 取り出し口に飲料が置かれるが、から揚げはまだ出てきていない。


「しばらくお待ちください」


 自動販売機の中の人がそう言ってきたのだが、作り置きのから揚げを出すなら、直ぐに出せると思うのだが。

 それから五分以上してから取り出し口に、商品が置かれた。

 取り出されたそれは陶器の皿に入っていて、置かれているから揚げからは湯気が立ち昇っている。温め直したというより揚げたての様にしか見えないぞ。

 まさか、あの自動販売機の中で調理をしているのか。いや、あり得ない。俺よりは大きいとはいえ、大人が入って調理をするには無理があるスペースだ。


「じゃあ、うちは水と汁のパスタにしようかな」


 水は直ぐに出てきたが、やはりラーメンもどきは時間がかかるようで、から揚げよりは早かったが、それでも三分は経っている。

 商品は同様に出来たてのようだ。から揚げとラーメンを作れる設備をあの中に置くのは不可能だよな。どういうからくりなのだろうか。

 二人は近くの机に商品を並べ、食事を始める。


「おー、美味いな。作り置きじゃねえなこれ」


「うん、そうだね。普通に美味しいけど、あれ、この味……鎖食堂で食べたのと似ているような」


 ラッミスの感想を聞いてピンと来た。あの自動販売機の場所が全ての答えだったのだ。偽物は鎖食堂の関係者で間違いないだろう。

 おそらくだが、自動販売機の裏側が開いていて、元鎖食堂の建物と繋がっている。壁に穴を開けて自動販売機と繋げ、商品を購入したら鎖食堂の内部で作っている。そう考えたら辻褄が合わないか。

 となると、何故相手がこんな面倒なことをしたのかということだが、顧客を奪うのが最大の目的だろうが、俺に対する嫌がらせも含まれているのかもしれないな。

 大手チェーン店が一台の魔道具に面子を潰されたのだ、あの引き際の良さは、この作戦を実行する準備期間を得る為だったのかもしれない。


「んじゃ、帰るか。詳しい相談はテントでしようぜ」


「うん、そうだね」


 偽自動販売機の仕組みと裏で糸を引いている相手もわかったことだし、後は対策を考えるのみか。真似されたことは良い気がしないが、正直なところ、相手の間違った企業努力に感心している。

 これで俺が迷路階層で壊れていたら乗っ取りは成功していたのだろうか。良く似せているとは思うが、常連の人たちが騙されるクオリティーではないよな。

 実際、さっきも商品を購入していた人たちの中に常連はいなかった。味は悪くないのだろうけど、それなら別に他の店でも飲み食いできるというのが正直な感想なのだと思う。


 露店や他の店も前回手伝った際に、味も品質も上がっているので、味勝負を仕掛けたところで鎖食堂が有利だとは言えない状況になっている。

 これって別に放置していても、自滅しそうな気がするな。注文してから、手際よく料理を作らないといけないし、自動販売機は一個しかないから回転率も悪い。

 黒字かどうかも怪しいよな。これって商売として成立していないような。

 あれから二人の住むテントに戻り、話し合いが始まったのだが結局、普通に自動販売機として商売を始めたら、それでいいんじゃないかという結論に達した。


 それで、翌日からハンター協会前の定位置で商売を再開すると、あっという間に情報が広まり、常連たちが一斉に群がり、商品が飛ぶように売れていく。

 露店の料理人たちも、食材の補充で大量購入をしていき、朝から晩まで人の波が途切れることが無い。一週間が過ぎ、ようやく落ち着いてきた頃には、偽物自動販売機は撤退した後で、設置されていた場所の壁には板が打ち付けられていた。

 これで、鎖食堂が諦めてくれたらいいのだが、またちょっかい出してきそうな気がしてならない。今回の一件で完全に目を付けられただろうな。

 こういうのって面子の問題だから、大手企業なら本気で潰しにきかねない。まあ、俺や仲間に手を出すのなら返り討ちにするだけだが。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとかわいい
[良い点] コミカライズをきっかけにこちらにたどり着き第一話から読ませていただいております。毎回自分の知らない自販機の情報が出てくるのでグーグルで検索しながら「こんな自販機があるんだ!」と楽しく拝見し…
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