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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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ミシュエル

「みんなごめんね、迷惑かけちゃって」


 朝になると顔色がかなり良くなったラッミスが開口一番、お礼とお詫びの言葉を口にして、深々と頭を下げた。

 みんなで朝ごはんの準備をしていたのだが、荷台から降りてきた軽装のラッミスに駆け寄っている。


「おっ、もう体調はいいのか。あんま無理すんなよ」


「え、ええ、無理はなさらないでください。ハッコンさんに新鮮なハエロワサエ出してもらいましたので」


 ちなみにハエロワサエとはほうれん草のことだ。野菜も日本と変わらないものが多いのだが、ネーミングだけは全く違う。

 ああ、それと缶詰のぶどうパンも渡しておいた。鉄分と言えばレーズンだと聞いたことがあったので。


「みんな、体調崩していたの黙っていてごめんね」


「あの血の臭いがそうだったんだね。生肉隠しているのかと思っていたよ」


 ミケネが首を傾げながら言い放つと、仲間たちも同じらしく頷いている。タスマニアデビルの嗅覚が鋭いのは知っていたが、生理の臭いを嗅ぎ分けられるとは思いもしなかったな。


「ハンター稼業はただでさえ女が不利なんだ。急ぎの仕事じゃねえんだ。無茶すんなよ」


「そ、そうですよ。困った時はお互い様です」


「ありがとう。反省します」


 あれ、まだ若干挙動不審だが、いつものイケメンモードでもないのに会話が成立しているな。コミュ障を発動させる暇もなく、慌ただしく女性の衣類を洗濯したことにより、心の垣根が少し下がったのか。

 三人のやり取りを眺めながら、一つ気づいたことがある。もしかしてミシュエルのハーレムパーティーに見える状況ではないのか。美女二人と癒し系獣人。俺は自動販売機だから魔道具という立ち位置か。

 自動販売機が無ければ、ファンタジーにおける理想のパーティーかもしれないな。

 ラッミスが恥を晒し、それをきっかけに打ち解けてきたミシュエルは一緒に食事も取るようになり、それから一週間も過ぎるとすっかり馴染んでいた。


「しかし、ハッコンさんは、とても優秀な魔道具ですね」


「そうだよね。ご飯も飲み物も美味しいし、便利な道具いっぱい出してくれるし、結界で守ってくれるし、すっごいんだよ!」


 そんなにべた褒めされると照れるな。俺に気を使っている訳じゃなくて、本音で言っているのがラッミスらしさか。


「私も色々と魔道具を目にしてきましたが、このような魔道具は初めてですよ」


「そうだろうな。オレの知りうる限りだが、文献にもハッコンと同様の魔道具の存在は記載されてないぜ。ハッコンが喋れたら、情報を得ることもできるが……ない物ねだりをしてもな」


「それでも、意思の疎通が可能なだけでも凄いことですよ。ですよね、ハッコンさん」


「いらっしゃいませ」


 ミシュエルにも好意的に受け入れられているようで何よりだ。

 ラッミス、ヒュールミとの距離が近くなったことで、色恋沙汰に発展するのではと勘ぐってしまいそうになるが、そんな気配はまるでない。片方がイケメンで二人は美女。絵にはなるのだが、お互い興味が無いようだ。どちらとも既に心に決めている相手がいるのかもしれないな。





 外周の調査に出てから二週間以上が過ぎているのだが、ラッミスが体調を崩したこと以外に変わったことはなく、他の生物に出会うこともなく、そろそろ一周し終えるらしい。

 迷路の外壁にほころびも傷もなかったので、ただの安全確認で終了しそうだな。ヒュールミの計算によると、あと三日もすれば迷路階層の集落にたどり着くそうで、危険もなく無事に終えられそうだ。

 かなり安値で提供したのでポイントは殆ど増えていないのだが、50万もポイントは残っているのだから焦る必要はない。


 三人は楽しそうに談笑をしている。漆黒の鎧を着込んでいるので、パッと見はイケメン戦士といった感じなのだが、じっと観察をするとミシュエルの腰が低いので、二人の姉に従う弟の様に見えてきた。

 そう言えば姉がいると口にしていたから、元々、弟気質なのだろう。


「んっ……みんな止まって!」


 先行していたミケネが足を止め、牙を剥き出しにして荷猪車を停車させた。

 よく見ると他の大食い団の面々も表情が引き締まり、匂いを嗅いでいるのか鼻をぴくぴくさせている。


「ペル、匂いを感じるかい」


「ええとね、少し先から人の匂いが流れてきているよ。体拭いたりもしてないのかな、かなり臭いなぁ。人間の男が四、五人ぐらい。他の動物も魔物もいないみたい。ショートは聞こえる?」


「ああ、何を話しているかまでは聞き取れないが、男の声っぽいな」


 ペルは嗅覚が鋭く、ショートは聴覚が優れているようで、二人の意見にミケネが耳を傾け頷いている。


「ヒュールミさん。何が目的かわからないけど、この先に人間が五人程度潜んでいるみたいだよ」


「マジかミケネ。ハンターが外周にいる……ねえな。生物が存在しない荒野をうろつく理由がねえ。肯定的に捉えるなら、熊会長からの使いだが……」


「何か急用があるのかな?」


 俺たちの力が急に必要になった、という展開はあるかもしれない。しかし、急ぎの用なら人間だけで来ることは無いよな。普通、荷猪車や馬がいるのかは知らないけど、そういった移動手段を利用する。

 それに、危険のない荒野で用件を伝えるだけなら、四、五人もいらない。胡散臭くなってきたぞ。


「あー、ちとヤバそうだな。徒歩でおまけにそんな人数で用件を伝えに来る訳がねえ。寂しがり屋か超慎重なやつでもない限りな」


 ヒュールミは俺と同じ意見か。もし敵対する存在として仮定するなら、狙いは魔道具である俺。

 もしくは、ラッミスやヒュールミは美人だから奴隷狙いの人身売買。そういや、大食い団の面々は希少な種族で黙っていれば愛らしいので、一部の好事家に人気があるそうだ。もちろん、非合法な意味で。

 思い当たるのはそれぐらいか。人気のないこの階層では人攫いをしたところで、迷路で死んだことにすれば怪しまれない。転送陣をどうするのかという疑問はあるが、裏道があるのかもしれないな。


「皆さん、申し訳ありません。待ち構えている人物ですが、私の関係者の可能性が高いです」


 ミシュエルが表情を曇らせ苦々しげに口にした。

 まさかの、そっち関係だとは。まだ確定ではないだろうが狙われる心当たりがあるってことだよな。


「ここは私だけで向かいます。ご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」


 きりっとイケメンモードになったミシュエルが、返事も待たずに歩き始めるが――その肩をラッミスが掴んだ。


「まだわからないでしょ。それに、危険なら一人で行かしたりはしないよ」


「離してください。私と共にいたら命の危険が」


 その手を振りほどこうとしているようだが、鎧の肩当てをがっしりと掴んだラッミスの怪力から逃れられるわけがなく、親から逃げようとして暴れている子供のようだ。


「落ち着けって。お前さんが何故狙われているのか事情を教えてくれる気はあるか?」


「ないです」


 ヒュールミの問いに、きっぱりと否定した。その切り返しは、何か秘密があると言っているようなものだ。

 複雑な家庭の事情でもあるのだろうか。ただのコミュ障なら問題はない……いや、あるけど、そこまで深刻になることもないのだが、もう一つの隠し事が大問題っぽいな。


「オレたちの身を案じてくれるのはわかるが、その心配は無用だぜ。ハッコンがいる限りはな」


「そうだね。ハッコンの傍にいたら、怪我の心配もないし」


 全幅の信頼を寄せてくれている二人に掛ける言葉は決まっている。


「いらっしゃいませ」


 俺の近くにいてくれるなら〈結界〉で絶対に守ってみせる自信はある。

 そんな俺たちのやり取りに納得がいかないようでミシュエルは口を噤んだまま、半眼で俺を睨んでいる。やはり、論より証拠か。

 俺を背負ってくれているラッミスごと〈結界〉で包む。


「この青い光は一体……」


「これはねハッコンの加護らしいよ。〈結界〉って言うんだって。あらゆる攻撃を弾く、無敵の壁なんだ。階層主の攻撃だって防いだみたいだよ」


 あ、ミシュエルの眉根が寄った。胡散臭い物を見る目で、じっと見つめられているのですが。まあ、信じられないのが当たり前か。


「信用できない気持ちはわかるぜ。試しに全力で斬りかかっていいぜ。お前さんの攻撃が全く通らなかったら、オレたちも同行させてもらうってのはどうだ」


「本当ですね。防ぐことが叶わなければ、絶対に後を追わないと約束できますか」


 目つきが鋭くなり、キュッと空気が引き締まったかのような雰囲気を彼から感じる。ミシュエルは俺たちが憎くて言っている訳じゃないのは、重々承知している。危険から遠ざける為に冷たい態度を貫いているのだろう。

 だけど、ラッミスは自動販売機を拾って運ぶ、お人好しだぞ。そんなことで折れるような女じゃない。


「うん、いいよ。もし、その大剣が少しでも結界を貫いたら。うちらはここで一日大人しくしておく、誓うよ」


 彼の凍てつく視線に動じることなく、ラッミスは見つめ返している。

 その目から強い意志を感じ取ったのだろう、ミシュエルは背中の巨大な鞘から、大剣を抜き放った。柄は凝った作りで竜の胴体に見える彫り込みがしてあるのだが、握りしめた手の先には鍔代わりの竜頭があり、その大きく開かれた咢から半透明の赤い刀身が伸びている。

 まるで暗黒の竜が灼熱の炎を吐き出しているかのような、見ているだけで圧倒される迫力がある。

 これは〈結界〉の張り甲斐がありそうだ。ラッミスの期待に応える為にも、貫かせはしない。


「遠慮なくいくぞ」


 刀身を肩に担ぎ、腰を落としている。構えカッコイイな……と呑気な感想を抱いている場合じゃないか。さあ、こい、どんな一撃であろうと〈結界〉が防いでくれる! 頑張れ〈結界〉! 負けるな〈結界〉! ……盛り上げてみたが、なんというか〈結界〉に頼り切りな自分が少し恥ずかしくなってくる。


「はあああああっ!」


 鋭く吐き出された呼気、振り下ろされる赤い刃、切っ先が少しめり込む程度の軌道で刃が迫ってくる――と思った時には既に刃が〈結界〉と激突していた。


《ポイントが500減少》


 おおおっ! 完全に弾き返したが〈結界〉の強度を超えた分をポイントで消費する表示が出た。階層主の八足鰐の体当たりでも1000ポイント追加で消費したが、ミシュエルの攻撃は、あの体当たり半分ぐらいの威力があったことになるのか。

 凄まじいな。この破壊力尋常じゃないぞ。こうなると、ラッミスが全力で殴ったらポイント消費がどうなるのか調べてみたくなるな。


「防がれた……まさかっ、この邪竜の咆哮撃がっ」


 弾かれた状態のまま放心状態で悔しそうに呟くミシュエル。今の一撃はお見事だったよ。まさか階層主の半分のダメージを与えられるとは思いもしなかった。


「ねっ、大丈夫でしょ。何があっても、うちらが傷つくことはないから」


「ってことだ」


 約束は約束なので渋々ではあるが、ミシュエルが同行を許可してくれた。

 完全に敵前提で話が進んでいるが、これで何もないのであれば、それに越したことは無いよな。


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