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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
三章

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理想の英雄未満

 迷路階層に来てから新たな常連が増えた。武器防具屋の夫婦に宿屋の親子、ハンター協会の受付と、ここの住民の殆どが毎日購入していくようになった。

 というか、この階層って住民の数が少なすぎる。人気のない階層とはいえ10人前後じゃ商売あがったりだろうに。と部外者なのに余計な心配をしていたのだが、俺と同じ疑問を抱いたラッミスが受付に質問したことにより、謎が解けた。


 実は俺の予想が的中していて、ハンター協会から毎月一定の金額が支払われているそうだ。つまり客が全く来なくても、充分生活ができる程度の収入が保障されている。

 そうなると話が変わってくる。働かないでもお金が貰えるとなれば、この境遇にも耐えられる人は多いだろう。

 とはいえ暇というのはある程度ならば歓迎されるのだが、それがあまりに長い時間となると、働き者であればある程、苦痛となり不安を覚えるらしい。

 なので、たまにハンターが訪れると異様なまでの歓迎ムードでもてなしてくれるのが、ここの面白いところだ。

 今回は俺たちが長期にわたり滞在しているので、住民の顔は生気に溢れテンションも上がっている。


 集落に着いてから三日が過ぎると、愚者の奇行団は別階層の下調べに向かい、情報収集を終えたら誘いに来ると言っていた。

 熊会長もそろそろ清流の湖階層に戻らないと色々と問題があるらしく、先に帰還した。

 未だに残っているラッミス、ヒュールミ、大食い団の面々は熊会長からの依頼があるので、離れられないでいる。明日から決行するらしく各自が準備を整えていると、珍しくこの階層に別のハンターがやってきた。


 漆黒で表面が濡れているかのような、やけに艶のある全身鎧を着込んだ、金髪碧眼の中性的な美青年がたった一人でハンター協会に訪れたのだ。

 見目麗しくすらっと伸びた手脚に、背中の大剣に加え漆黒の鎧。何と言うか、まるで女性の理想を詰め込んだ、超美麗CG映像が自慢の某ゲームから抜き出てきたような彼に、受付の視線が集中している。


「すみません。今日、この階層に来たばかりなのですが迷路の詳しい地図はありませんか」


 物腰も柔らかく声も澄んでいる。今のところ欠点が見当たらない。自動販売機なので嫉妬するのもおかしな話なのだが、これ生身だったら隣に並ぶことすら同性として苦痛かも知れないぞ。


「は、はい。地図はあと三日待っていただければ、最新の精密な物が完成する予定です」


 あれが一目惚れした女性の顔か。俺は一目惚れを信じないタイプなのだけど、ここまでの美形だと仕方がないような気持ちになる。あっ、もしや……。

 俺の傍で飲み物を口にしていたラッミスとヒュールミの様子が気になり視線を向けると……騒ぎながら青年を眺めていた。


「ヒュールミ、見て見て、絵にかいたような綺麗な男の人だよ」


「おー、マジだな。めっちゃ美形だぜ」


 何と言うかノリが軽い。惚れているという感じではなく、街中で有名人を見つけた時のようなテンション。純粋に感心しているようだ。


「三日ですか、では三日後にまた伺わせてもらいますね」


 帰り際に春風を彷彿させる爽やかな笑顔を見せて扉から出て行った。

 受付の二人は姿が消えても未だに手を振り続けている。凄いなイケメン効果。

 女って見た目で簡単に騙されてちょろいよな。と言う程、擦れてはない。男だって美人や胸の大きな人に簡単になびくもんだし、お互い様だと思う。

 同性の目から見ても、あそこまでの美形なら仕方ないと思う。それぐらいの美貌をしている。


「昔話に出てくる勇者様って感じだよね」


「ラッミス、あれは美化されまくっている作り上げられた勇者像だぞ。有名なハンターってのは、大概はムキムキで筋肉ダルマのオッサンってのが定番だ」


 ラッミスが憧れを打ち砕かれてショックを受けている。知らなくていい現実ってあるよな。うんうん。


「じゃ、じゃあ、100の加護を持つ、神の寵愛を受けた者と呼ばれた有名なハンターは!? 超絶美少女って話聞いたことがあるんやけど、うち、めっちゃ憧れてるんやで!」


 動揺が方言となって表れている。

 しかし、100の加護って凄いな。何ポイント消費したんだ。あれ? そう言えば俺はポイント消費して機能とか加護を得ることが出来るけど、他のハンターとかはポイント制なのだろうか?

 こういうシステムが当たり前のように思いこんでいたけど、ハンターの人たちは魔物を倒したら強くなるのだろうか。こればかりは俺の定型文では聞き出すことができないな。


「あー、神の寵愛を受けた者か。あの人は本当に美人で優しい人だったという文献や証言が今も残っているな。ただ、一か所に留まることがなかったから、各地に伝説を残しているが細かい人物像は不明ってことになっているぜ」


 カッコいい人だな。正体不明で流離さすらいの美人、尚且つ強キャラか。物語の題材にしたら人気間違いなしだ。


「良かったー。うちの理想だからね!」


「まあ、あの美形君も、そういった特殊な人間の一人なのかも知れねえな。迷路階層に一人で挑む実力ってことは、相当なもんだぜ」


 あれだけの容姿なら腕がそれ程でなくても、チームメンバーになりたがる女性ハンターなんて腐るほどいるだろう。それでもあえて、一人でやっているのは腕が立つって事だよな。

 もしかして、外にチームメンバーを待たせているのかもしれないが、何となくだが他人を寄せ付けない感じがした。物腰は穏やかで丁寧だが、一歩距離を置いて接している様にも見えた。

 でもまあ、仲間に危害を与えないのであれば内面はどうでもいいんだが。





 夜になり、娯楽施設が全くない迷路階層では早めの就寝が常識になっている。

 無駄に部屋数だけは豊富な宿屋にラッミスたちは泊まっているのだが、外から見る限りでは窓の明かりも消え、早々に眠りについたようだ。

 俺は宿屋の前に佇んでいる。室内に入れてもらえそうだったのだが、重みで床が抜けても困るので屋外にいることにした。

 自動販売機の体に慣れきってしまっているので、こうやって屋外でぼーっとするのも嫌いじゃなくなっている。それどころか妙に馴染むのだ体に。

 身も心も自動販売機になってきている気がする……別に悪いことでもないか。


 夜の節電モードにして、ほんのり明かりが灯る程度にしておく。辺りに光源が無いのでこれだけでも異様に目立っている。

 しかし、迷路階層って廃れ過ぎだと思う。迷路以外は安全とはいえ不毛の大地なので、農作物は育たない。魔物も居なければ動物もいない。どうしようもない土地に見えるが、実は利用価値あるよな、ここ。

 これが現代日本とかなら、工業地帯が出来上がりそうな気がする。でも、何が起こるかわからない迷宮で普通の人が就職するには難があるか。


 そもそも、迷宮がどういうものか未だに不明点が多すぎる。俺の知っているダンジョンというのは空もなければ一階層がこんなに広大ではない。何と言うかスケールが違い過ぎる。

 それに最下層をクリアーしたら、どんな願いも叶えられるというのが眉唾だ。こんな馬鹿げた仮想世界を創造できる存在なら不可能と言い切れないけど。

 うーん、自動販売機が悩むのは商品の売れ行きだけにしたいのだが、そうはいかないよな。


 結構真剣に考え込んでいると、不意に辺りが明るくなった。おっ、誰か宿屋から出てきたのか。

 宿屋入り口の両開きの扉が開け放たれて、そこから一人の美男子が歩み出てくる。昼間の目立つ青年か。

 彼はゆらゆらと頼りない足取りで俺の前にすっと立った。放たれる光に照らされた表情は生気がなく、昼間の自信ありげで余裕の態度が微塵も感じられない。視線が定まらず、身体が小刻みに震えている。

 どうしたんだ。今の姿は挙動不審で陰気な残念イケメンって感じだぞ。


「ああああっ、もう、緊張したなぁ。何でみんな、じろじろ見てくるんだよ。はああぁぁぁ、怖かった。この階層は人が少ないって聞いていたのに、結構人がいるしいいいぃぃ」


 んー? 今、この青年は早口で情けないことをまくし立てなかったか。おいおい、昼間の態度は無理していたって事で本性はこっちだというのか。


「もおおおおぅ、無理ぃぃぃぃ。人と話すのやだもおおおおう。ほんっと勘弁してほしいよ。はああああぁぁぁぁ」


 口から魂が抜け出そうなぐらいのため息だな。この人、コミュ障なのか。それを隠す為にイケメンキャラになりきっているってことか。単独行動している理由がコミュ障ってどうなんだ。何と言うか……急に親しみが湧いてきた。


「ダメだダメだ。物事を否定的に捉えたり、悪いことばかり考えたらダメだって母さんも言っていたし。肯定的に、肯定的に」


 深呼吸を繰り返し、ぎゅっと拳を握りしめる姿を見ていると応援したくなる。

 確かカカオの実に含まれる成分に自律神経を整えて、リラックスできる効果があるとかどうとか聞いた記憶が。だとしたら、新商品としてココアを仕入れよう。


「いらっしゃいませ」


「うわああっ、びっくりした! えっ、なになになに!?」


 かなり驚いたようで、その場で三メートルほど跳躍した。凄いな身体能力。そんな見事なリアクションされたら悪戯心が疼きそうになるが、それをやったら本末転倒だ。


「こうかをとうにゅうしてください」


「あ、う。昼間、ハンター協会にあった箱かな。確か買い物ができる不思議な箱だったよな。袋熊猫人魔の人たちが買っていたし」


 上半身を若干後方に反らしながら、器用に近寄ってきている。怖がっているのが如実に伝わってくるよ。自分が原因なのだが、落ち着かせる為にもココアを飲ませてあげたい。

 ココアが目立つように下の段一列をココアで揃えてみた。


「えっと、硬貨を確かここに入れていたよね。それで、欲しい商品の下にある出っ張りを押せばよかったと思う」


 硬貨が体内に滑り込んだのを確認すると購入可能になった証として、スイッチを点灯させる。


「何にしようかな。このカップに茶色い液体注いでいる絵って飲み物ってことだよね。いっぱい並んでいるって事は人気ありそうだし、実家で飲んでいたお茶に似ているから、これにしようかな」


 思惑通りココアを選んでくれたのは嬉しいのだが、独り言が多い。そういや、友人が在宅の仕事で人と殆ど触れ合わない生活を続けていたら、独り言が増えたとか言っていたな。


「うわぁ、温かいんだ。ええと、開け方も確かここを引き上げて……いけたっ」


 無邪気に喜ぶ姿が可愛らしいぞ。きりっとしていればイケメンなのに、笑顔は可愛いとなると、年上のお姉さま方が一発で落ちそうだ。


「ふうー。甘くて美味しいなぁ。なんか凄くほっとする。この魔道具いいな。人相手じゃないから買い物も緊張しないで済むし」


 物欲しそうな目でじっと見つめられても困るんだが。高評価で求められるのは悪い気はしないけど、俺の居場所は決まっている。


「確か、所有者は彼女たちだったか。明日交渉してみよう」


 そう呟くと彼はココアの缶を大事そうに両手で包み込み、宿屋の中へと姿を消した。

 交渉しても無駄だと思うけど、無理やり奪おうとしないのは立派だ。個人的には好きなタイプの人間なのだが、彼とこれ以上は接点を持つことは無いだろう。

 明日になったら俺たちは別口の依頼で動くことになるからな。


「ハッコン、ミシュエル君が依頼に同行してくれることになったよ!」


「よろしく、ハッコン」


 次の日の朝、俺の前に飛び出してきたラッミスが開口一番そんなことを言い出した。

 彼女の隣に並び立つ爽やかイケメンは笑みを浮かべ、俺にすっと手を出すが握手できない事を思い出し、頭を恥ずかしそうに掻いていた。


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