捜索と討伐
「ハッコン、話がある。今、構わないか?」
合流してから夕暮れまで時間がなかったので、全員が大通りの端にまとまり野営の準備をしているところで、熊会長に声を掛けられた。
あ、そうそう。大食い団なのだが、熊会長が特別に報酬を出すということで納得してくれたようで、腹いっぱいから揚げを食べて幸せそうに寝転んでいる。
「いらっしゃいませ」
俺の両隣にはラッミスとヒュールミがいるのだが、二人とも俺から購入した商品を食べ終え、じっとこっちを見つめている。
「ああ、二人も聞いて構わぬよ。今回我々の第一目的がハッコン、お主の捜索だ。それは今日達成された」
何かとお世話になりました。あとで好きな商品を何でも持って行ってください。
「このまま戻っても良いのだが、実は迷路階層に来たのは、もう一つ目的があるのだよ。これはハンター協会の会長としての責務と、愚者の奇行団から依頼だ」
愚者の奇行団の依頼というのは予想の範疇だったが、ハンター協会の会長としての責務とは一体。
「まず、愚者の奇行団からの依頼というのは、迷路階層主である炎巨骨魔の討伐だ。そして、会長としての責務は階層異変の調査となっている。清流の湖階層でも主である八足鰐が現れ、この階層でも炎巨骨魔の目撃が報告された」
炎巨骨魔って階層主だったのか。あれ程の威圧感と圧倒的な強さを目の当たりにしたので、納得はできるな。ハンター協会としての異変調査も理解できる。けれど愚者の奇行団があれを倒そうと考えているとは……。
「ハンター協会としては討伐までは考えていなかったのだが、主が出現することにより迷宮の均衡が崩れ、ハンターの死亡数が格段に上昇するのは事実。出来ることなら討伐しておきたいというのも本音ではある」
確かにあれに遭遇したら、普通は逃げるか死ぬの二択だよな。他のハンターたちの身を案じて行動を起こした熊会長の理屈は通っている。上司として立派だとすら思う。
だけど、愚者の奇行団のノリだと安全第一で無謀な戦いをするとは思えないのだが。
「愚者の奇行団の目的については当人の口から語ってもらうのが一番だろう」
そう言って熊会長が振り返ると、背後に団長と副団長が突っ立っていた。
ケリオイル団長はいつもの調子で軽く手を挙げ、フィルミナ副団長は深々と頭を下げている。
「んじゃ、座らせてもらうぜ」
「失礼します」
熊会長がすっと横に移動すると、俺の正面に二人が座り込んだ。
いつものおどけた態度は鳴りを潜め、いつにもなく真剣な眼差しが俺に注がれている。
「会長から聞いているとは思うが、俺たちは階層主を倒したい。その為にお前さんの力を貸して欲しい」
と言われてもな。何故、そんな無謀な戦いをするのかがわからないし、そもそも自動販売機に何を期待しているのか。
「と、いきなり言われても困るわな。まあ、あれだ、ほら俺んとこの団って愚者の奇行を名乗っているだろ。あれって、思い付きでも何でもねえんだ。本当に愚か者が無謀とも呼べる奇行に走る団なんだぜ」
口元を歪め軽い口調で話しているが、苦笑いが泣き顔に見えたのは気のせいだろうか。隣に並ぶフィルミナ副団長は目を伏せて何も語らない。
「この団に所属する者は目的がある。それを成し遂げる為には、どんなことをする覚悟も完了済みだ。愚者と馬鹿にされようが、奇行だと嘲り笑われようがな。ハッコン知っているか。迷宮の伝説を」
異世界に来て間もない俺が知る訳もなく「ざんねん」と即座に返すしかなかった。
「迷宮……つまりダンジョンってのは世界各地にあってな、その最下層に到達し、条件を満たした者はどんな願いも、一つだけ叶えられると言い伝えられている。俺たちはそれを狙っている。その為には階層主を討伐した際に落とすコインが必要……らしいって話だ」
へええ……あ、それって、もしかしなくても所持品にある、八足鰐のコインのことだよな。これって、かなり価値があるって事か。売ったら幾らするのだろう。
「噂によるとそのコインの枚数分だけ願いを叶えてくれるそうだ。愚者の奇行団に所属する団員は全員で八。双子は願いが同じで、俺と副団長も同じ願いだ。なので叶えたい願いは六。現在手に入れているコインの枚数は三。まだ足りねえ。それに、最下層にはまだ誰も到達していないからな」
俺の体内に隠し持っているコインを使えば、俺も願い事が叶えられるということなのか。超高性能自動販売機になる夢……あ、いや、違うぞ。最近この体に違和感を覚えなくなったから、すっかり忘れていたが、人間に戻るのも可能って事だよな。
「ヒュールミに聞いたんだが、お前さんは人間の魂が宿っている状態らしいな。俺たちと行動を共にするなら、人間として蘇ることも可能だ」
やっぱり、そこを突いてくるよな。その言葉に過剰な反応を示したのは俺ではなく――ラッミスとヒュールミだった。
「そ、その話本当なんですかっ!?」
「書物で似たような記載を目にした記憶はあるが、ハッコンが人として復活か……」
ラッミスに襟首を掴まれて、前後に激しく振られている団長の頭の残像が見えるな。フィルミナさん見てないで止めて止めて。頭がもげる。
「あたりがでたらもういっぽん」
大きめの音量で放つとラッミスの動きが止まった。団長はぐったりしているが、生きているようなのでいいか。
何でも叶えるというのが眉唾物だが、異世界ならあり得るのかもしれない。藁にも縋る想いを抱いている人なら……この誘惑は魅力的に映るだろうな。
「た、助かったぜ、ハッコン。まあ、落ち着け。どっちにしろ最下層に到達しなけりゃ何の意味も持たない。今は実力を付ける為に各階層を回り、主の出現情報を得たらこうやって倒しに向かっているってわけだ。ところで、ハッコン。一つ聞いておきたいことがある。お前さん、八足鰐を倒した際にコインを見なかったか?」
ここで嘘を吐くのもありだが、貴重な情報を提供してくれたケリオイル団長には正直に答えておきたい。
「いらっしゃいませ」
「見たんだな。そのコインが何処にあるか知っているのか?」
「いらっしゃいませ」
目つきが鋭くなり瞳に光が宿った気がする。
彼らの目的が判明したことにより、以前よりかは信用できそうだ。俺に利用価値があるうちは裏切るような真似はしてこないだろう。
「もしかして……そのコイン所持しているのか?」
「いらっしゃいませ」
「そうか、なら都合がいい。ハッコンとラッミス、俺たち愚者の奇行団に加入……いや、常に行動を共にしろとは言わねえ。だけど、遠征や力を借りたいときは協力して欲しい」
俺としては受けてもいいと思っているが問題はラッミスだ。あれからずっと黙っていたラッミスだったが視線が集まると、すっと立ち上がって俺の体に手を添えた。
そして優しく微笑むと、
「うん、協力するよ! 私も強くなりたいし、ハッコンとお話したり、手料理も食べて欲しいからね!」
「しゃあねえ、オレも協力するぜ。ラッミスだけだとコロッと騙されやがるからな」
「感謝する。もち、ヒュールミも歓迎するぜ。でだ、ハッコン。お前さんは手を貸してくれるのか?」
ここまでお膳立てされたら、答えはたった一つだろう。
「いらっしゃいませ」
「そうか! ハッコンがいれば食料問題が一気に片付くぜ。ありがとうよ!」
「ハッコンさん、ありがとうございます。これでもう、食料不足で魔物の骨をしゃぶるような真似をしなくて済むのですね……」
わざとらしく目元を拭っている副団長の背後で、いつの間にかやってきていた紅白双子が歓喜のあまり拳を振り上げている。その隣ではシュイが満面の笑みを浮かべ舌なめずりをしているな。
どうやら思っていた以上に歓迎されているようだ。
「それとだ、今回ハッコンにしてもらいたいのは食料面だけじゃねえんだ。といっても、危険な現場を任せたいんじゃねえ。お前さんにしかできない、炎巨骨魔攻略の手伝いをな」
含みのある物言いだが、何か考えがあるようだ。明日になってから説明するということなので、今日は追求せずに全員が床に就いた。
ラッミスとヒュールミが俺にもたれかかって寝ている。はぁぁ、これが人間の体であったらどぎまぎしたり軽く興奮しそうだが、こういう場合は鉄の体で良かったと思うべきなのか、残念だと感じるべきなのか結構微妙だ。
触感があれば女性の柔らかさを感じられたのか。まあ、信頼しきっている二人に対して邪な思いは控えないとな。
しかし、団長はアレを討伐する気、満々のようだが。どうやるつもりなのだろうか。それも俺の力を借りてと言っていた。
一番妥当な策は水だよな。でも、ペットボトルの水をぶっかけたぐらいで、どうにかなるレベルじゃないと思う。何か策があるのか……不謹慎かもしれないが少し楽しみだな。
役に立つかどうかはわからないが、俺も対策を考えておくか。
見張りに立っている紅白双子や交代した門番の二人に商品を売りながら、一晩中、討伐方法を模索していた。
「皆、準備はできただろうか。では、あの場所へ移動する。手元の地図を見てくれ」
大食い団の食欲に触発されたシュイが馬鹿食いを始めたという、予想通りの展開は兎も角、平穏無事な朝を迎えて一息ついているところで熊会長が声を発した。
手にした地図を広げているが、何と言うか形が歪で精度が低い。上から撮影した俺の映像と見比べると正確な地図だとはお世辞にも言えない。
防犯カメラの映像を共有できればいいのだが。新しい機能に何かないかな。ええと、これどうだろう。ポイントは……結構消費するが、大食い団から荒稼ぎした銀貨も溜まっているし、大丈夫か。
俺は機能欄の〈液晶パネル〉を選んだ。彼らが真剣に地図を見ながら話し合いをしている間に、その機能を試していく。
この液晶パネルは前面に貼り付けて、商品を実際に並べるのではなくパネルに表示して、タッチパネル方式で購入させることも可能なのか。ふむふむ、他には俺が今まで防犯カメラで録画してきた映像を見せることはできないか?
やるだけやってみるか。まず、カメラの映像をいつものように再生して自分だけ見る。そして、それを体の表面に投影するように強く意識する。
映れー映れー映れー、はあああああっ!
「あああっ、何で俺と彼女の姿がここに!? な、なんだ、幻覚かっ!?」
余所見をしていた門番のカリオスがこっちを見ていたようで、液晶パネルの映像を見つめ硬直している。
『お前を残して行くのは辛く、身が張り裂けそうだ……だけど、これも仕事だ。すまないっ』
『ええ、私もあなたと離れたくありません。ですが、貴方の仕事の邪魔をしたくはありません。涙を呑んで』
「やめろおおおぉ!」
ちなみに放映中の映像は二人のイチャイチャっぷりを録画した物だ。
客観的に見ると恥ずかしいのか。カリオスが蹲って頭を抱えている。流石に可哀想に思えたので、映像を切り替えた。
「これは……迷路階層かっ! ハッコン、これはいったい!?」
「遥か上空から見たような感じだが。もしかして……ハッコンが実際に見たものを、映し出すことが可能ってことなのか。階層割れで落ちていく最中のことだと考えると納得がいくが」
直ぐにそれを理解できるヒュールミがいると話が早くて助かる。
「いらっしゃいませ」
「う、うちもわかっていたもんね」
ラッミス、対抗意識を燃やさなくていいから。腕を組んで言い放つ彼女の姿が可愛らしくて和んでしまったが、今はそんな場合じゃない。
迷宮の全貌が見えている状態で一時停止をして、パネルに表示しておく。
「まさか迷宮の全貌が明らかになるとは……ハッコン、大手柄だ。ハンター協会として後で報酬を追加しよう」
「フィルミナ頼む」
「わかっています」
熊会長が何度も頷き感心してくれている。副団長のフィルミナが紙を持ち出して、そこに映像を絵として描きだしているようだ。
これで迷路階層の攻略が少しは楽になるといいんだが。




