みんなと一緒
「今日は無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございます!」
背筋をビシッと伸ばした金髪のイケメンが深々と頭を下げる――鉄の塊である俺に。
普通なら異様に映る光景なのだが、町行く人々はちらっと視線を向けるだけで、驚いた様子はない。
冥府の王の一件以来、防衛都市では名が知れ渡っているからな、俺と仲間たちのことは。
見るからに高そうな漆黒の鎧に、竜をかたどった大剣。そして、それを嫌味なく装備しているのは中性的な美青年剣士。
自動販売機の弟子を名乗るミシュエルだ。
相も変わらず礼儀正しく、俺を尊敬してくれている。未だに彼が俺にここまで尽くしてくれる理由がわからない。
「では、三十分の間ですが、お相手願えますか!」
「いらっしゃいませ」
約束は約束だ。何故こんなことになったと自問自答したくなるが、そもそものきっかけは数日前のあの日だったな。
突如現れたダンジョンを調査するために、俺たちは当初の目的を後回しにして名もなき村に立ち寄った。
新たに発生したばかりのダンジョンは外に魔物があふれ出る危険性があるので、誰も踏み入れたことのないダンジョンの調査に乗り出す。
浅い階層の敵を処理して、ハンター協会の職員がやってくるまでの時間稼ぎをすることになった一行は、暫くこの村に滞在することとなる。
運よく一週間程度で職員やハンターたちがやってきて、村の治安が確保されたところで今後どうするか話し合うこととなった。
「一度、防衛都市に戻って、休暇にしようよ!」
俺の出したお弁当を片手に勢い良く立ち上がったラッミスの、豊満な乳房が大きく縦に弾む。
出会った頃と比べると髪も伸び、少し大人びてきた彼女の元から豊かだった胸は、更に進化を続けているようだ。
「……そうだな、思わぬところで道具を消耗しちまったから、一度補充したいしな」
ヒュールミはじっとラッミスの胸を見つめてから、自分の胸元に視線を落とし、疲れたように呟いた。
残念ながら彼女はあれから胸の成長もなく、平たい胸をキープし続けている。それはそれで需要があるので、そんなに落ち込む必要はないと思うのだけど、当人としてはかなり気になるようだ。
実はバストアップの魔道具を深夜にこっそりと制作中なのを知っているが、見て見ぬふりをするのが大人のたしなみだろう。
「いいっすね! 久しぶりに、あの野菜食べたいっす!」
大声で賛同したのは、右手にサンドイッチ左手にから揚げを手にしたシュイだった。
相変わらず判断基準は食欲が最優先なのか。
「ピティーは……ハッコンがいるなら……地の果てでも構わない……」
日に日に依存度が高まっていくピティーは、盾の内部に敷いたクッションの上に座り込み、安定が悪いのか体が左右に揺れている。
前髪で顔を覆っているので表情はわからないのだが、最近は声の微妙な高低差で感情が理解できるようになってきた。これは冗談ではなく本気で言っているようだ。
以前このままではいけないとちゃんと断ったはずなのだが、見事にスルーされてしまった。
「ハッコン師匠の商品を待ちかねている方々もいらっしゃるようですし、戻るのは私も賛成です」
ミシュエルも異論はないようだ。そうなると残りは一人だけなのだが。
みんなの視線が法衣を着た、穏やかそうに微笑む男に向けられる。
「私も異論はありませんよ。そろそろ、行きつけの中古靴屋で年代物を……教会で祈りを捧げたいので」
本人は上手く誤魔化せたつもりのようだが、本心が漏れている。というか今更、俺たちに言い訳をする必要もないだろうに。
ヘブイが三食の飯より中古の靴が好きという変態ぶりは、もうみんなあきらめている。
「みんなはいいみたいだけど、ハッコンはどう?」
俺が反対する理由はないよ。答えは決まっている。
「いらっしゃいませ」
「決定ね! えっと、それじゃあ、うんとね……あのね……」
嬉しそうに手を叩いた後、ラッミスが俺の体に顔を寄せると上目遣いで、口をもごもごさせて珍しく言い淀んでいる。どうしたのだろう。
「えっとね……防衛都市に戻ったら、三十分でいいから人の姿に戻った状態で……うちと二人っきりで過ごしてくれる?」
顔を真っ赤に染めて頼み込む姿を見ていると、自販機の商品が全て『あたたかい』に変更された。
そんな顔をされて断れる男がいるだろうか。否、いるわけがない!
つまり、ラッミスは人間に戻った俺とデートがしたい……ってことだよな。そんなの、こっちも望むところだ。
人の姿になれるようになってから、まだ両手の指で足りる回数しか生身の自分に戻っていない。三十分という時間制限もあるのだが、一度〈変形〉を発動すると丸一日、他の自動販売機になれないというデメリットが大きいので、いざという時以外は発動しないように心がけていたからだ。
なのでダンジョン攻略中は、人の姿になる時は〈変形〉発動後に時間が余った時だけ戻る、というのが決まり事だった。
どう返答するかなんて、考えるまでもない。
「いらっしゃいませ」
「ほんと! やったあああっ! 一緒に何しよう、楽しみ~」
鼻歌でも歌いだしそうなぐらいに浮かれたラッミスが、俺の周りをグルグル回っている。
そんなに喜んでもらえるなんて男冥利に尽きるな。
「へぇー、ラッミスだけ二人っきりで過ごすのかよ、へぇー」
浮かれていた俺たちに冷水を浴びさせるような、冷え切った声が届く。その声の発生主はヒュールミだった。
「ピティーも……ハッコンと……一緒にいたい……」
「人になったハッコンと、食べ歩きとかいいっすね!」
「私も人に戻ったハッコン師匠にお願いが!」
便乗するように、ピティーたちも食いついてきた!
ヘブイはこちらを眺めながら穏やかに微笑んでいる。あれは見守っているというより、傍観者として状況を楽しんでいる顔だ。
仲間たちに身を乗り出して懇願されたら、断るのは辛いぞ。それに、日ごろお世話になっているし、一緒に過ごすぐらい問題ないよな。
「いらっしゃいませ」
俺がそう答えると、みんなが歓声を上げて喜んでくれている。
予想以上の反応に生身状態だったら苦笑いを浮かべていただろうな、と思った瞬間、側面の死角から威圧感が押し寄せてきた。
あえて、そっちは見ないようにしてきたのだが、このプレッシャーに耐えきれなくなった俺は、視界をそっと向ける。
そこには――膨れっ面でこっちを睨んでいるラッミスがいた。
「むぅぅぅ、うち以外とも……」
拗ねて怒っているラッミスを見て、怖いというより可愛いと思ってしまった。
とまあ、これが防衛都市でみんなと過ごすことになった経緯だ。
「どうしましたか、ハッコン師匠?」
っと、今日はくじ引きで一番を引いたミシュエルと過ごすのだったな。
彼のようなイケメンの隣に人間状態で並ぶのには勇気がいる。見た目で人を判断するような弟子じゃないのはわかっているのだが。
俺は〈変形〉を発動させて日本での姿に戻る。
ミシュエルより少しだけ高い身長でスーツ姿の自分。俺が自動販売機をかばい潰れた時と同じ格好だ。
といっても上着を脱いでいてワイシャツ姿なのだが。あの日は暑かったから、ネクタイも外していたんだよな。
「本来のハッコン師匠も素敵です!」
ミシュエルのような美形に言われても嫌味かお世辞としか思えないのだが、目を輝かさせて詰め寄ってくる姿を見ていると本気だとしか思えない。
……彼は美的センスが残念な人なのだろうか。
少なくとも自分をイケメンと思ったことはないし、周囲には美形が揃っているので、俺がその中にいたら一番劣っているのは確実だ。
「ありがとうな、ミシュエル」
「はい! 名前を呼んでいただけるだけでも、嬉しいですね!」
たぶん、先輩に懐いている後輩のようなノリなのだろう。一応、師匠と弟子の関係だから。
「師匠は筋肉質な体をしていますよね。服の上からでも鍛えられているのがよくわかりますよ」
「あー、趣味が高じて毎日結構な距離を歩いたりしていたからな」
平日は最寄りの駅の二つ手前で降りて、そこから歩いて自宅まで帰っていた。
理由は自動販売機で使う為の金を少しでも貯める目的と、その駅から家まで向かう道には自動販売機ゾーンが三か所あり、結構珍しい商品が揃っていたのだ。
そこをチェックして帰るのが毎日の楽しみだった。
休日は珍しい自動販売機があるという情報を得ると、車や電車で目的地に向かい半日ぐらいうろつきながら、珍しい商品を購入してバックパックに詰め込んでいたからな。
日によってはバックパックの中身が十キロ以上になることもあり、それを担いだ状態で歩き回れば自然と筋肉もつく。
「さすがです、師匠! 日頃から鍛錬を欠かさなかったのですね!」
「あ、うん、そうかな」
これ以上、この話題を続けるとぼろが出そうなので話を変えよう。
「で、ミシュエルは今日何をしてほしいんだ? 無理なことでなければ、なんでもいいぞ。確か人型の状態で鍛錬をつけてほしいだったか?」
「それなのですが……実は鍛錬は嘘でして。本当はその姿に戻ったハッコン師匠の能力を見せていただきたいのです。その状態での身体能力や自動販売機の力が使えるのか、試しておく必要があるのではないかと思いまして」
「もしかして、気を使ってくれたのか」
「余計なお世話だとはわかっていたのですが……」
恐縮して頭を搔いているミシュエル。
そうか、人型の能力を把握してないと、いざという時に困ると思い、能力を確認できる時間を確保してくれた。
……弟子に恵まれたな、俺は。
「いや、助かるよ。そうだな、この状態の時ってみんなと雑談するぐらいだったもんな。よっし、能力確認してみるか」
弟子が気を使ってくれたのだ、ここは甘えさせてもらうとしよう。
人型の俺は〈加護〉は使えるのか。自動販売機としての能力はどうなのか。じっくり、調べさせてもらうぞ。




