エピローグ
二話連続投稿の二話目です。ご注意ください
「おっちゃん本当にそんな魔道具あったの? ジドウハンバイキだっけ」
小生意気そうな子供がそんな疑問を口にした。隣に立つ妹らしき女の子は服の袖を掴んだ、おとなしい子だというのに。
この村の近くでダンジョンが発生したと聞き、本来の目的地ではないこの村に立ち寄ったばかりの俺たちは村人に歓迎された。
出来立てほやほやのダンジョンは魔物が湧き出てくることがあるので、中を調べてほしいと村長から依頼され、この後みんなと向かう予定にしている。
そこで今日からお世話になる村唯一の宿屋に向かう途中、そこの子供たちに捕まり、
「ハンターなら面白い話を知っているよね?」
と絡んできたから相手をしてやったら、この反応だ。
俺が話した自動販売機ハッコンの話を全く信じてないな。
「本当だぞ。自動販売機と呼ばれる魔道具で、飲食料だけじゃなく多種多様な日用品や雑貨も出せた、とても優秀な魔道具だったんだよ」
「えー、うっそだー。言葉を話して人の魂が宿る四角い鉄の箱とか信じられないよ。おっさん、子供だと思ってそんな下手糞な嘘つくな」
「お兄ちゃん、大人にそんなこと言っちゃダメだよ」
鼻で笑う子憎たらしい子供の顔を見ているとイラっとしたが、ここで怒るのは紳士として正しくない対応だ。妹の方は必死になって兄を止めているし。
「坊や……おっさんじゃなくてお兄さんだ。わかるかい?」
「あっ、はひっ」
おやおや、何を怯えているのかね。お兄さんは笑っただけじゃないか。
あっ、妹の方も涙目で今にも泣きそうだ。ちょっと大人げなかったな。
「ごめん、ごめん、お詫びにこれどうぞ」
右手と左手に掴んでいるオレンジジュースを二人に手渡す。
一瞬それが何かわからなかったようで、おっかなびっくり受け取るとキャップを開けずにじっとジュースの缶を見つめている。
「それは、甘い果物の果汁が入った容器だよ。上の部分をくるっと捻ったら蓋が開くから、それで飲めるようになるよ」
未知のものに対する怯えより好奇心が勝ったのようで、二人ともキャップを捻って開けた。飲み口からあふれ出す柑橘類の香りに子供たちの顔がほころぶ。
警戒もせずに口に含むと喉が膨らみ、中身を流し込んでいく。
「ぷはああああっ、うめえええっ! なにこれ、なにこれ!?」
「すっごくおいしいよ!」
おー喜んでる喜んでる。やっぱり、子供の笑顔を引き出すのは、甘めのオレンジジュースに限る。
「でもさ、おっちゃん……じゃなかった、お兄さんさっきまでこれ持ってなかったよな?」
「ふふーん、お兄さんは手品が得意なんだよ」
「手品?」
兄妹が小首を傾げている。こんな地方の小さな村じゃ手品という言葉も知らないのか。まあ、共通語の書き取りも怪しいらしいし、人口が百にも満たない村なら手品ができる人がいなくても不思議じゃない。
「魔法とか加護みたいなもんだよ」
「おっちゃ、お兄さんは魔法か加護使えるのか! 見せて見せて!」
「私も見たい!」
そんな純粋無垢な瞳を向けられて期待されたら、応えるのが大人の務め。
「よーし、それじゃあ、今からお兄さんが特別に――」
「あっ、ここにいたんだ! そろそろ、この村の近くにあるダンジョンに潜るよー」
ショートカットで金髪を横でまとめた、サイドポニーの明るく活発な女性がやってきた。初めて会った時より髪がかなり伸びて、昔はショートポニーだったのにかなり長くなったよな。
「おーい、みんな揃っているぞ。って、その格好なのかよ。なんか、未だに見慣れねえけど、まあ、あれだ……いいと思うぜっ」
彼女に少し遅れて新たに女性がやってきた。
ミルクティー色の長い髪の所々が跳ねた、一見気が強そうに見える女性だが、本当は姉御肌で心配性なのを俺は知っている。
「あっ……一人で……うろついたらダメ……」
「ご飯まだっすか!」
「皆さんそんなに慌てて走ったら靴が汚れてしまいますよ」
「その姿の師匠もカッコイイですね!」
仲間が全員来たか。嬉しくて一人で村をうろついてたから、心配させてしまったようだ。
「じゃあ、お兄さんたちはダンジョンに向かうよ。帰ってきたらまた話聞かせるから。あ、そうそう。制限時間だし、最後にとっておきの魔法を見せてあげよう」
俺を見上げている子供たちの前で体が黄金の光を放つ。
あまりの眩しさに目をつぶってしまった子供たちが目を開くと、目の前には白く磨き上げられた自慢の体が太陽の光を反射して輝く――自動販売機があった。
「へっ?」
「いらっしゃいませ」
「えっ?」
びっくりしすぎて呆けているな。そう、さっきの好青年の正体はこの俺、自動販売機に生まれ変わった男、ハッコンだったのだよ!
まさか〈変形〉第三の能力に目覚めて、人の姿に戻れるとは思いもしなかったよ。制限時間は相変わらずなので三十分しか人の体でいられないけどね。
覚えたてで嬉しくてつい一人で村を散策してしまったが、今からダンジョンに潜るとなると大問題じゃないか……やってしまった。
「もう、ハッコン。変形の能力使っちゃったら、今日一日はダンジョンで他の姿になれないよ?」
「おいおい、らしくねえな。まあ、わからなくもねえけど」
うっ、ラッミスとヒュールミがミスに気付いてしまった。
ほら、みんなあの頃より強くなっているし、信頼しているから大丈夫。
「今度のダンジョンはハッコンの願い叶うといいね」
前のダンジョンは規模が小さすぎて、叶う願いがしょぼかったもんな。
財宝もそれなりにしかなかったのは、制作したダンジョンマスターの能力によるらしい。聖樹のダンジョンマスターは当時、相当有名な魔法使いだったらしく、あの規模のダンジョンは数が少ないそうだ。
各階層が別世界のような仕組みになっているダンジョン。言われてみれば、相当の実力者でなければ創ることは不可能だよな。
今回はどういう理由で誰が創り上げたのかは不明だが、まだ誰も足を踏み入れていないダンジョンだけに期待も高まる。
制限時間なしで、人の体に戻れる日がくるといいのだけど。
「準備万端なら、そろそろ突っ込もうぜ。今日は一階を回って中を確認したら戻るぞ」
ヒュールミは俺を参考にして作り上げた、火炎放射器と銃を組み合わせた魔道具を背負って、やる気満々だな。
仲間も同様に武器を携帯して突入準備は整っている。食料や雑貨は任せてくれ、なんでも提供するよ。
「じゃあ、みんな大丈夫かな?」
「ピティーは……ハッコンがいれば……いい……」
「ぽ て い さ ん」
最近、依存度が増してませんかね。
「おう、誰もまだ調べていないダンジョンを真っ先に探索できるってのは、心が弾むな! 見たこともない魔物がいるといいんだが」
魔道具技師でもあり学者でもあるヒュールミの血が騒ぐようだ。
「いっぱい動いて腹を減らして、美味しくご飯を食べるっす」
シュイはいつもと変わらず、食欲が思考の中心に居座っている。
「激しく運動して疲れた時はいつでも仰ってください。最近は足のマッサージも覚えましたので、靴を脱いで渡していただければいつでも」
妙な特技が増えて変態度が増してないか、ヘブイ。
「露払いはお任せください、ハッコン師匠!」
今日も忠誠心の針が振り切れているな、ミシュエルは。
いつもの面々の変わらぬ様子を見ていると、嬉しくなる。
鉄の塊である自動販売機の俺を見捨てることなく、ずっと付き合ってくれている仲間たち。感謝しても感謝しきれないよ。
仲間たちは俺を人間に戻すために頑張ってくれているが、俺はそこまでこだわっていない。一時的だけど人に戻れるようにもなったからね。
彼らとこうして同じ時を過ごせる。それだけで幸せを感じている。
いつもの背負子に体を固定され、ラッミスに背負われた。
はぁー、やっぱりこの場所は落ち着くなぁ。人に戻ったら二度と体験できないのか、それが少しだけ惜しい。
「じゃあ、ハッコン出発の合図をお願い!」
全員の視線が俺に向けられている。
では、チームを代表しまして僭越ながら一言。
「いらっしゃいませ」
ハッコンたちの物語はこれにて終了となります。
長い物語を最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
この物語については色々と言いたいことがあるのですが、それは活動報告やツイッターで触れますね。
スニーカー文庫から現在一二巻が出版されていますので、購入していただけると続刊に続きます。最後のバトルの絵を見ることができるかどうかは売り上げ次第です。よろしくお願いします。
さて、ここでいったん終了となりますが、年明けからは週に一話ぐらいの間隔で外伝を上げられたらいいなと思っています。もちろん、新作も始める予定にしています。気になる方は、活動報告をちょくちょく覗いてくださいね。出版情報にも触れますので、是非に。
長くなりましたが、皆さんの応援のおかげでここまでの長編を書きあげることができました、本当に、本当に、ありがとうございました!




