戦いが終わって
砂状になり大気に溶けていく冥府の王を眺めていると、体に響く衝撃が駆け抜ける。
ラッミスが着地したのか。あの高さから俺を担いで降りて平然としているというだけでも、それはとんでもないことだよな。
「やったね、ハッコン!」
「う ん お ち か」
「り ゅ さ ま」
あっ、話し方が元に戻っている。体もいつもの自動販売機だ。
周囲に雄々しく立っていた分身たちもすべて消え去っているのか。制限時間、ギリギリだったな。
一日たった三十分だけの力だけど、〈変形〉のおかげで助かったよ。
当時は10億ポイントで取らせる気がないだろ、と暴言を心でこぼして申し訳ない。大変お役立ちになりました。
まさか10億ポイントに到達する日が来るとはね。あの財宝を普通に売買していたら、今頃町の一つ、いや、小さな国の一つぐらい買えたのじゃないだろうか。
まあ、あれだ……命あっての物種って言うから、これでよかったんだよ、うんうん。そう思い込むことにしよう。
「あっ、みんなは?」
手を打ち鳴らして声を上げるラッミス。
そうだ、みんな動けない状態だったけど、今どうなっているんだ?
戦いに集中していたので、仲間のことが頭からすっかり抜け出ていた。
ラッミスと一緒に仲間がいる方向へ目をやると、頭から飛び込んでくるシュイとピティーが目の前にいて、それを認識すると同時に二人の体が俺にぶつかる。
「無事っすか! 壊れてないっすか!」
「ハッコン……大丈夫……痛いところ……ない?」
「し ゅ い」
「ぽ て い」
本気で俺を心配していたようで、全身を撫でまわして傷がないか調べてくれているようだ。感覚があったらきっとくすぐったいんだろうな。
「う ん いらっしゃいませ」
「平気みたいっすね。さっきの戦い見せてもらったっすよ!」
「いっぱいの……ハッコン……見渡す限りの……ハッコン……ふふふふふ……」
興奮しているシュイと、緩んだ口元から笑い声を漏らすピティー。
反応は違うけど喜んでいるんだよな、きっと。
「よくやったな、ハッコン、ラッミス」
いつの間にか俺の隣にやってきていたヒュールミが俺の体とラッミスの肩を叩く。
心の底から嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「特にハッコン、そのなんだ……かっこよかったぜ」
最後を体のすぐ近くで囁くヒュールミの顔はほんのり赤く、自分で口にした言葉に少し照れているようだった。
「ハッコン師匠ぅぅぅぅ! 申し訳ありません、お役に立てず!」
凄まじい勢いで俺の前に滑り込み、そのまま流れるような動作で土下座をするミシュエル。いやいや、大袈裟だって!
「最後の戦いでろくに活躍もせず、足を引っ張るのみ。私は情けないです!」
今にも泣きだしそうな声で悔やむ弟子に声をかけることにした。
「またのごりようをおまちしています」
その言葉に俯いていた顔を上げ、涙目でじっと俺を見つめている。そして、何を思ったのか、急に顔を輝かせた。
「つまり、次の機会を期待しているということですね! わかりました。腕を磨き今度こそは、ハッコン師匠のお役に立ちます!」
拳を握りしめて感動してくれているので、もうこれでいいだろう。言いたいことの大半は伝わったみたいだし。
「お疲れさまでした、お二方。ラッミスさん、一応回復の魔法を掛けておきますね」
ヘブイの差し出した手のひらから柔らかい光が漏れ、ラッミスの体を包んでいく。見たところけがはないみたいだけど、治癒してもらって損はないか。
「お二人の活躍はケリオイル団長一家や、会長たちにもご覧いただきたかったですよ」
残念そうにヘブイが肩をすくめるが、その心配は無用だよ。
ちゃんと録画しておいたから。一番遠くに陣取っていた分身ナンバー55が。さっき確認したけど、録画リストにあった。
帰ったらみんなに観てもらわないとね。
「さーて、無事決着がついたな。あとは戻るのみなんだが……」
珍しくヒュールミが言葉を濁して、頭を豪快にボリボリ搔いている。嫌な予感しかしない。
仲間たちもその様子に顔を見合わせているが、次の言葉に予想がついているようで表情は一様に暗い。
「あー、なんだ、帰還用の魔法陣が起動しねえ。たぶん、冥府の王が本気出して魔力を使いすぎたんだろうな。元の世界に戻る魔力が足りねえんだ」
冥府の王が本気を出さなかった理由の一つがこれなんだろう。余力を残さずに俺たちと戦ったということだが、帰りの運賃分の魔力は残して欲しかった!
「えっと、つまり、帰れないってこと?」
「おう、そういうこった」
そんな胸を張ってあっさりと。悲壮感を漂わせながら言われるよりかマシだけどさ。
う、うーん、帰れないのか。となると、この陰気臭い世界で生きないとダメってこと?
「そんな、食料はどうするっすか……あっ」
絶望を口にしていたシュイが俺をじっと見て頷いている。
「食はなんとでもなりますが、他の生活用品をどうすべきか……あっ」
今度はヘブイが俺を見ている。
「特に困らないよね……」
今度はラッミスが俺を見つめて勝手に納得している。
他の面々も絶望に染まるわけでもなく、ただ俺を見て頷く。
ここは「もうだめだぁ」とか言ってその場に崩れ落ちるのが定番の流れだと思うが、全部用意できるんだよなぁ。
それに〈変形〉で大半のポイントを消費したとはいえ、まだまだ残っている。
全員を食べさせるだけなら、数年は大丈夫だと思うよ……シュイの食欲によるけど。
本来ならここから極限状態のサバイバルが始まる展開なのだろうけど、俺がいるとそういう心配が皆無だ。
「こんな状況だと一番頼りがいがあるな、ハッコンは。流石だぜ」
「やっぱり……ハッコンが……一番……」
「飢えなくていいのは最高っす!」
「ハッコン師匠、一生ついていきます!」
「この状況下でも落ち着いていられるのは、ハッコンさんのおかげですね」
みんな持ち上げすぎだよ。褒められて悪い気はしないけど、ここまで言われるとちょっとむず痒い。役に立てることは嬉しいんだけどね。
「ありがとうね、ハッコン。うちはずっと一緒だよ」
微笑みながら感謝の言葉を口にするラッミス。
やっぱり、彼女から言われるのが一番嬉しいな。もちろん、ずっと一緒だ。
「ありがとう」
「ハッコンがお礼を言うなんて、変なの。ふふっ」
そうかな。自動販売機として生を受け、異世界でこうやって生きていられるのは全てラッミスのおかげだよ。いくら感謝しても足りないぐらいだ。
「とりあえず、魔法陣を念入りに調べてみるから、暫くはここでキャンプをしてもらうことになりそうだが。構わねえか?」
全員が賛成したので、一旦、魔法陣の描かれている場所に戻ることにした。
宿泊用の施設として中古車のワゴン出そうかな。それなら二台出せばみんな眠れるはずだし。簡易トイレも設置するか。祝勝会の準備もしないと。
こんな状況だけど今後のことを考えると、胸が弾む。
絶望も悲愴もここにはない。全員が明日への希望を抱いて前向きに生きている。
この世界でどういう未来が待っているのかは不明だけど、自動販売機としてみんなの腹を満たし癒していこう。
そう決意している間に、魔法陣の場所へと到達したようで、ヒュールミとヘブイが屈みこみ調べ始めている。
「じゃあ、ご飯の用意でもしよっか?」
「いらっしゃいませ」
そうだね。俺たちはああいった知識が皆無だから、手伝っても邪魔になるだけだからね。
みんなの為に食事の準備しないと。涎を垂れ流しそうなぐらい口元がだらしない、シュイが待ちかねているようだし。
仲間たちも手伝ってくれたので、すぐに準備ができ調べるのは中断して、食事をとることにした。今はノーマル自動販売機にしかなれないので、ごちそうとはいかないけどね。
コンクリート板を重ねて食卓代わりにして、その周りにみんなが座り込む。
そして、手を合わせて食べ始めようとした瞬間、魔法陣から目も眩むような光があふれ出した。




