ドリームワールド
漆黒の骸骨姿が、ただのこけおどしという可能性だって残されている。
四つのノズルを操り発射口を冥府の王へと向けた。
細く圧縮した聖水を発射して、相手の実力を見極めさせてもらう!
聖水の糸が人の目では追えない速度で射出され、ラッミスが一息つく間に冥府の王へと突き刺さった……ように見えたのだが、突如現れた黒く四角い小さな壁に防がれた。
黒く四角い壁は四つ。それが宙に浮かび、聖水を正面から受け止めている。
壁を避けるように着水位置をずらすが、壁も自在に動き聖水を逃さない。
「魔力濃度を上げ、全体を覆うのではなく強度を上げた。これであれば貫けぬようだな」
説明ありがとう。なるほど、範囲を絞って強化したと。これ、ペットボトルを上空から落としても、また風で跳ね返されるだけか。
と、結果がわかっていながらやってみると――壁を維持したまま同時に風を操り、周辺にペットボトルが散らばるだけだった。
「では、こちらの攻撃の順番か。その結界……貫いてみせようぞ」
今までの高慢な態度ではなく、冷静な口調に静かな自信が見える。
空を掴むように右手を伸ばすと、その手に黒く鋭い闇の槍が生まれた。
その槍は濃厚な闇を吐き出し、先端はドリルのように捻じれている。見た目からして、今までとひと味違うぞ。
「この魔槍を防げるかな」
冥府の王が軽く腕を振ると、手にしていた魔槍が解き放たれる。
螺旋の回転をした魔槍が〈結界〉を貫こうとギュルギュルと奇怪な音を発しながら、飛び掛かってきた。
先端の闇が更に濃く渦を描いているのが正面からよく見える。今まで〈結界〉はどんな攻撃も防いできた。何よりも信頼している俺の能力だ。
だけど、言い表せない不安と予感が全身を駆け巡る。
〈結界〉を最大強度で張ると同時に、
「ふせて」
全力で叫ぶ!
一瞬の躊躇いも見せず、ラッミスが地面に体を投げ出すようにその場に倒れる。
魔槍が〈結界〉の壁に触れた途端、青い壁が捻じれるとぽっかりと穴が開く。そして、魔槍は俺の体の上ギリギリを通っていき、後ろの壁も貫いていった。
おいおい、相手の動きをほんの少しだけ押しとどめただけだったぞ。まるで、紙でも貫くかのような威力。ここで、絶対の防御が崩されるのか……。
「ふむ、容易に貫けたようだ。さあ、どうするのかね、ハッコン」
再び魔槍を握りしめ掲げている、冥府の王。
こちらが対策を練る暇もなく、第二弾が発射される。
伏せた状態から片膝立ちのラッミスを正面から突き刺す軌道。あれを止めなければ俺とラッミスが串刺しだ。
意識を集中して俺たちと槍の間に分厚い一枚の壁を創造する。六方を囲む青い〈結界〉の壁を一辺に重ね更に圧縮して分厚くする。
つまり、冥府の王のパクリだ!
深い海のように濃い青が闇と激突するが、前回と同じように容易く貫かれることもなく、魔槍を止めている。
空中で拮抗していた青い壁と闇の槍だったが、俺の生み出した壁に亀裂が広がっていく。これ以上は危険だと判断して、逃げるようにラッミスを促そうとした直後、黒と青が弾けた。
「きゃあああああっ!」
ラッミスの叫ぶ声が爆音と入り交じり、俺に届いてきたが何もできないでいる。
視界は黒と青の奔流で埋め尽くされ、辛うじて再び小さな〈結界〉を張ることで精いっぱいだった。
荒れ狂う光と風が止むと、冥府の王は平然とこちらを眺めている。
ラッミスは無事だな。ギリギリだったがあの攻撃を防ぐことができた。今回のでコツは掴んだ。今度はもう少し強度を上げることも可能だろう。
「いやはや、あれを防ぐか。それも、我の行動を真似て。だが、そこで安心してもらっては困る。これはどうするのかね?」
今度は両手を万歳するかのように空へ突き出すと、頭上に二十近くの魔槍が生まれた。
「この数、どう対応してくれるのか楽しみだ」
「無理だよ……ハッコン。あれはもう、無理だよ……」
冥府の王の余裕に対し、ラッミスの絶望。今にも泣きだしそうな瞳が俺に向けられる。
一本を辛うじて防いだだけだもんな、そりゃ諦めもするだろう。だけど……、
「まだだ あいてから めをはなすな らっみす」
「えっ」
俺の言葉が意外だったのだろう、涙目のまま呆けた顔でこっちを見た。
「しんじて おれを なにがあっても かならず きみはまもってみせる」
そう断言すると。ラッミスは目元を拭い、頬を挟むようにして叩くと……いつもの笑顔を見せてくれた。
「うん! 信じるって言ったもんね! 誰よりも信頼しているよ、ハッコン!」
よっし、それでこそ、俺が大好きなラッミスだ。
信頼には必ず応えてみせる!
さあ、冥府の王。刮目して見るがいい! これが〈変形〉第二の能力だ!
「よくぞ、ここまで戦った。敵ながら……この光は、まだ足掻くというのかっ」
勝ち台詞を邪魔するタイミングで周囲から光が溢れる。それは大地の至る場所から天に向かって伸びる光の柱。
更に冥府の王や俺の周辺には濃い霧が漂う。
白い霧は視界を埋め尽くし、〈結界〉の外は白の世界となる。
「ここにきて、目くらましか。失望したぞ、ハッコンよ!」
怒声と共に強風が吹き荒れ、白い霧が散らされる。
「もう負けを認めたらどう……だ……ど、どうなっている! ハッコン、キサマ何をしたっ!」
周囲を見回し、取り乱して声を荒げる冥府の王。
彼の視線の先には――自動販売機があった。
正面にも、横にも、後ろにも。
荒れた大地に雄々しく立つ幾つもの自動販売機。
キャンディー自動販売機、酸素自動販売機、生花自動販売機、冷凍食品自動販売機、大人の自動販売機、ドライアイス自動販売機、風船自動販売機、段ボール自動販売機、野菜自動販売機、カップ麺自動販売機、高圧洗浄機、給油計量器、温泉自動販売機、ハンバーガー自動販売機、お弁当自動販売機、うどん自動販売機、コンビニ自販機、等々、無数の自動販売機がそこにあった。
どの自動販売機にも光が灯り、稼働中であることがわかる。
自動販売機に取り囲まれた冥府の王は狂ったように首を巡らせていたが、ピタリと動きを止めると額に手を当てた。
「くくくくっ、はーっははははははは! ここにきて幻影かっ! そのようなもの、全て貫けばよいだけの話!」
頭上の黒い槍たちの穂先が一本ずつ周囲の自動販売機へ狙いを定める。
そして、全ての自動販売機を破壊へと導く魔槍が落ちる。
凶悪な豪雨が降り注ぎ、黒の爆炎が大地を黒く染めた。
「所詮は無駄な足掻き。少々驚かされはしたが、これで終わりだ、くーっはははははははっ!」
勝利を確信した冥府の王が両腕を広げ、体を反らし狂ったように笑っている。
「これで後顧の憂いは断てた! 残った雑魚共を掃討する――」
「まだ おわって いない」
勝利宣言に割り込むように発言したのは、この俺――自動販売機だ。
「なにも おわっていないぞ」
巻き上がった砂塵が晴れると、無数の自動販売機が無傷でそこにいる。
全ての自動販売機が前に青い壁を張った状態で。
「な、に……幻が結界をっ!?」
「それはちがう すべて ほんものだ すべてが おれとどうとうの そんざい」
そう、これは全てに俺の意思が宿り、まったく同じ能力を秘めた自動販売機。
〈変形〉第二の能力。それは、
《商品を自分とまったく同じ能力の分身に変形させる》
これだ。10億ポイントという桁外れなポイントを注いだ機能は、その消費ポイントに見合った能力だった。
正直、ちょっとだけロボットにでも変形できるのではないかと期待してした。この状況は変形というより分身に近い。
でも自動販売機マニアとしては変形して手足が生えるより、無数の自動販売機を生み出し操れる今の状況のほうが嬉しかったりする。
事前にペットボトルを周辺にばら撒き、この展開に持っていくための準備は整っていた。
さあ、無数の俺と戦ってもらおうか、冥府の王!
「ば、ばかなっ! このようなことがあって、たまるかああっ!」
頭を振り乱し叫ぶ冥府の王を、俺は全ての自動販売機から捉えている。
「ハ、ハッコン。これって全部、ハッコンなんだよね?」
俺の背後に隠れてもらっているラッミスが、キョロキョロと興味深げに見回しながら俺に質問をした。
「うん そうだよ じかんせいげんあるけどね」
「ふあああぁ、すっごいね! これって、どういう能力なの? 技だったら技名とかあるのかな?」
技名か。何も考えてなかったけど、そうだな強いて言うなら、これか。
「そうだね わざめいは 自動販売機コーナー」
「ドリームワールド……」
そう、自動販売機マニアにとって夢の世界。俺の願望が詰め込まれた多種多様な機種が並ぶ、自動販売機コーナー。
思う存分、楽しんでいってくれ、冥府の王!




