10億ポイントの価値
この世界に生まれ変わってからずっと気になっていた〈変形〉の機能。
初期から機能欄に存在はしていたが、あえて無視をしてきたのだ。
10億ポイントも消費しなければならないので、永遠にこの機能を得ることはない……そう思っていた。
だが、聖樹でダンジョンマスターからもらった財宝の数々を吸収したことで、俺のポイントは10億を突破することに成功する。
一見、無謀にも思える冥府の王との戦いを選んだ理由が、これだ。
今までの俺なら奴との戦いは躊躇していただろう。しかし、〈変形〉を選ぶ余裕があったので積極的に戦うことを選択した。
さあ、機能欄の〈変形〉を取得するぞ!
俺以外の誰にも見えない液晶画面に浮かぶ〈変形〉に触れ、10億ポイントと引き換えに――新たな力が体中に漲っていく。
〈変形〉がどういった能力なのか、その情報が頭だけではなく体中に浸透していく。
「なんだ!? その金色の輝きは!」
「えっ、ハッコンどうなっているの!?」
今、金色に光っているのか俺は。
冥府の王が驚愕に顎が落ちるぐらいまで開け、ラッミスが必死になって俺を見ようと首を限界までひねっている。
この能力は……制限時間が三十分なのか。一日に一度しか発動できず、途中で解除することも不可能。そして、時間が経過すると二十四時間は元の自動販売機以外の姿になることができない。
デメリットは覚えた。本当に知りたいのは――能力だ。
〈変形〉には大きく二つの能力がある。
「光が消えた……こけおどしか! そんなものに怯えるいわれはない!」
ただの見せかけだと判断したみたいだな。
こちらに杖の先端を向けて魔法を発動するつもりか。
俺は自動販売機の右側面から〈高圧洗浄機〉のノズルとホースを伸ばし、発射口を限界まで絞り最大の威力で水を放つ。
杖から生み出された炎の球が周囲の空気を歪ませながら迫ってくるが、それを高圧の水糸が貫き冥府の王へ突き進む。
ただの水が炎の球を貫くとは思っていなかったのか、あの黒い障壁を張らずに咄嗟に杖で水の糸を受け止めた。
「なっ! ただの水が、この杖を両断するだと!」
無数の骨の腕が集まり杖を成していたのだが、それが鋭利な刃物で斬られたかのように真っ二つに両断される。
限界まで威力を高め発射口を絞った〈高圧洗浄機〉は既に洗浄の域を軽く超え、ウォーターカッターと同等か、それ以上の威力だ。
高性能のウォーターカッターは鉄鋼やダイヤモンドすら切断する!
だが、第一の能力に驚いてもらうのは、ここからだ。
俺は基本の自動販売機の姿のまま、左側面から新たにガソリンを給油するノズルとホースを伸ばす。
〈高圧洗浄機〉と同様にノズルを〈念動力〉で操り発射口を冥府の王に向け、レバー引いてソレを発射する。
「そのような二番煎じは通用せぬ!」
壊れた杖を投げ捨て、今度は黒い障壁を張ったか――予想通りに。
勢いよく噴出した液体が黒い障壁に触れると、あっさり防がれることなく……障壁を溶かしていく。
「これは妙な形をした魔道具が出した水!? しかし、貴様の姿は変わっておらんぞ!」
「なに、なに? えっ、何しているのハッコン!?」
冥府の王も戸惑っているが、背負っているラッミスも結構取り乱している。
無理もないか。見えない分、ラッミスのほうが驚きは大きいかもしれない。
相手に考える暇を与えず、一気に押し込むぞ!
今度は〈コインロッカー〉に変形すると扉をすべて開ける。
そこに今、放り込んでおいた大量のミネラルウォーターのラベルが張られた二リットルペットボトルを、冥府の王の頭上から落下するような放物線を描くように調整して弾き飛ばす。
更に、右側面と左側面からもう一本ずつ、軽油とハイオクのノズルを生やし、その照準を冥府の王へと合わせた。本体は元の自動販売機に戻して。
上と正面からの攻撃に冥府の王は冷静な判断力を失い、再び黒い障壁を発生させた。
降り注ぐペットボトルの容器を消し、その中身だけが豪雨となって降り注ぐ。そして、四つの発射口からは大量の液体が飛び出す。
液体が黒い障壁に触れたとたん、ジューッという熱した鉄板に水を垂らした音が響き、壁が薄い氷に熱湯をぶっかけたかのように溶けていく。
「何故だ、何故、我が鉄壁の障壁がいとも容易く崩される!」
「これこそ へんけい だいいちののうりょく」
「えっ、ハッコンがちゃんと話して……」
どうやら〈変形〉を発動中はあらゆる音声機能を合わせ組み合わせることが可能になり、すべての発言が可能となるようだよ、ラッミス。
これはおまけみたいな能力だけどね。
本来の〈変形〉第一の能力とは、
《取得した全ての自動販売機や機能を組み合わせることができる。その際に自販機の体を自在に変形、付け足すことが可能となる。更に商品の中身を入れ替えることや、容器を変形させることも可》
つまり、元の自動販売機に〈高圧洗浄機〉や〈給油計量器〉のノズルを生やすことも、ミネラルウォーターの中身と排出する液体を聖水に入れ替えることもできるようになった、ということだ。
更に追い打ちとして〈コインロッカー〉にペットボトルを補充して山なりの軌道を描いて冥府の王を狙う。
数重ものペットボトルが降り注ぐ中、冥府の王は四本のうちの二本の腕を掲げた。
地面から舞い上がる竜巻に冥府の王が包まれ、ペットボトルは弾かれ周辺の地面へと転がり落ちる。
「障壁で防げぬのであれば、風ですべてを弾き飛ばせばよい!」
ノズルから発射された聖水も逸らされ、冥府の王まで届いていないようだ。
なるほどね、障壁には強い聖水だけど風で吹き飛ばされてはどうしようもない。
それでも懲りずにペットボトルを射出するが、弾かれ周囲に転がっていく。
「その謎の水は完全に防いだ。少々驚かされたが、これで貴様も終わりのようだな」
勝ち誇っていらっしゃるが、それはどうだろうか。
「らっみす ぜんりょくで すいちょくにとんでくれる?」
「えっと、真上に飛べばいいのかな?」
「うん うん おねがい」
「任せて! ハッコンとちゃんとおしゃべりできるのって……楽しいねっ!」
喜びが溢れ漏れている満面の笑みを浮かべ、ラッミスが大地を全力で踏みしめ跳んだ。
急速に地面が遠ざかり、眼下には小さなフィギュアのような大きさになった冥府の王が、竜巻の中心部にいるのが見える。
本気で跳躍したら俺を背負った状態でも十メートル近く跳べるのか。凄いなラッミスの脚力は。
ここで俺がフォルムチェンジするのは〈中古車自動販売機〉だ!
「しょいこ こわれるから からだにしがみついて」
体が急激に巨大化することで背負子の紐が千切れる。ラッミスは俺の言葉に従って体に抱き着いているので、振り落とされることはない。
取り出し口というか建物の入り口と言うべきか、そこから大量の中古車が〈結界〉で弾き飛ばされていく。
中古車爆撃を喰らってみろ!
竜巻ごときでは中古車を防げないと判断したようで、風が止むと代わりに黒い障壁が現れる。それも、今度は学校の体育館ぐらいはありそうな巨大な壁が取り囲んでいる。
まあ、そうくるよね。
中古車が黒い障壁に激突して炎上しているが、ひび一つ入っていない。
やはり単純な防御力なら〈結界〉に匹敵するようだ。だけど、俺の能力を忘れていないか。
二台目は不自然なぐらい車体がびしょ濡れの状態で黒い障壁へ衝突した。
一台目と同じく爆炎が上がり破壊音が響くが、今度は障壁に大穴が開いている。
次々と落下していく中古車は既に聖水で濡らし、車内は聖水で満たされている。軽トラックなんて荷台に大量の聖水入りペットボトルを満載しているぞ。
冥府の王も聖水対策を考えていたらしく、黒い障壁を何枚も重ねているようだが、それすら突き破り破壊してみせる!
数十台の中古車が衝突破壊されていく。
俺たちは地上へと着地すると、〈コインロッカー〉から取り出した背負子を再びセットして担がれると立ち上がり、黙って正面を見据えた。
そこには黒い障壁が全損しただけではなく、四本あるうちの二本の腕を破壊された冥府の王がいる。
黒のローブは所々に穴が開き、裾が焼け焦げているようだ。
だが、ぼろぼろの姿でも雄々しくその場に立ち、倒れることなく視線を合わせている。
「見事だ。お主らを未だに甘く見ていたことを、心から詫びよう。余力を残して戦おうなど、愚かな判断であった。全身全霊をもって勇敢なる者を打ち砕こう!」
今までと違い熱意のこもった言葉を吐き出し、冥府の王の体が漆黒の闇に包まれた。
この後どうなるかはわからないが、隙を見せている今の状態なら攻撃が当たる。頭ではそう思っているのだが、体を動かせずに相手の闇が晴れるのを黙って待つ自分がいる。
闇が薄れた先にいるのは、漆黒の骸骨だった。
巨大な体は縮小……いや濃縮というべきか。大人の男性よりも少し小さいぐらいに変貌している。闇よりも黒いローブは袖がなく、肩口から細く黒い骨の腕がむき出しだ。
四本あった腕は二本となり、長く立派な尻尾も消え失せている。
ビジュアルだけなら弱体化したかのように見えるが、常時体から吹き出ている漆黒の闇と、押し寄せてくる圧迫感が只者ではないことを、嫌というほどに伝えてきた。
「ハッコン……あれ、なんか、凄く……怖いよ」
小さな泣き声とも取れそうな弱弱しい声。触れている背中から彼女の震えが伝わってくる。
あの異様な姿に本気で怯えているのか。ここは男として、自動販売機として、ラッミスを安心させていいところ見せないとな。
「だいじょうぶだよ らっみす かならず かってみせるから おれをしんじて」
そう言って商品から花を一輪取り出して〈念動力〉でラッミスの前に持っていく。
素朴だが白く美しい花を見つめていたラッミスは受け取ってくれると、その花の茎を胸の谷間に差し込んだ。
「ごめんね、ハッコン。うん、私は今までもこれからも、貴方を信じる!」
背後から見える横顔には怯えの色もなく、凛々しい表情で冥府の王を睨みつけている。
これなら大丈夫だな。安心してラッミス。俺だってまだ本気じゃない。
敵が最終形態になったというのなら、俺だって〈変形〉第二の能力を披露するまでだ!




