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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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異界

「なんでてめえまで、こっち来てんだよ!」


「う ん う ん」


 怒鳴りつけるヒュールミに思わず同意する。

 異界に俺たちを飛ばして、ご満悦なのかとおもっていたのだが何故追ってきた。


「追わねば……邪神が支配せし枯れた世界で、お主らの悔しがる顔も怯える顔も見られぬではないか」


 肩をすくめて呆れたような態度の冥府の王にいらっとする。

 本当に性格悪い骸骨だな、こいつは。


「それに、この手で息の根を止めねば安心できぬからな。特に、その魔道具だけは壊しておかねば。我の予想の範疇を超えてくる故に」


 骨の杖をビシッと俺に突きつけてくる。過剰評価しすぎだ。

 つまり悔しがる顔と完全に俺を破壊する為に追ってきたわけか、ご苦労なこって。


「じゃあ、ここで倒しちゃえば、向こうのみんなの手助けにもなるよね!」


 ラッミスがぱんっと手を打ち鳴らし、大きな胸を張って笑みを浮かべる。


「そうっすね、こっちが帰れないなら、せめて骸骨も道連れっす!」


「うん……こっちで骨を……埋めてもらう……」


「靴のない世界に飛ばされた怨みを晴らさせてもらいますよ」


「貴方との腐れ縁もここまでです!」


 おー、みんな台詞が決まっているな。ここは俺も便乗して何かカッコいいことを言っておくか。言葉を組み合わせて、簡潔でわかりやすい感じに。


「あた ま ざんねん」


 頭蓋骨を見ていたら自然に言葉が出た。

 冥府の王よりもラッミスがしかめ面をしている。そういや、この発言はラッミスにも言ったことがあったな。


「安い挑発だ。さて、このまま虫けらを潰すように処理してもいいのだが、楽に勝ててもつまらぬ。よって、我に万が一勝てた時は……元の世界へ戻そうではないか」


 思いもよらなかった言葉を口にした冥府の王が骨の杖を薙ぐと、少し離れた場所の地面に紫色の光を放つ魔法陣が現れた。


「我の死を発動条件にしておいた。我を倒した数刻後にその魔法陣は起動する。もちろん、繋がる先は元の世界。どうだ、これでやる気が出たであろう」


 こっちとしてはありがたいが、本当にそれが元の世界へ繋がる魔法陣だという保証はない。だが、それに望みを託すしかないことも重々承知した上での行動か。


「……お前らが戦っている間に、オレはあの魔法陣が本物か調べておくぜ」


 ヒュールミが囁く声に反応して、全員が小さく頷く。彼女が調べてくれるなら、俺たちも安心して身を任せられる。


「あと、外の空気が本当に大丈夫か……試してみるぜ」


「えっ、どういうことヒュールミ?」


 ラッミスの問いに答えず、彼女は後方へ大きく跳んだ。

 その体が〈結界〉の青く透明な壁をすり抜け、外へと出てしまう。

 大胆すぎる行動に止めることすらできなかったが、〈結界〉外のヒュールミは手足を振り、屈伸をして大きく深呼吸をしている。


「うっし、大丈夫だぜ、みんな。ちょい寒いぐらいで問題はねえ」


 冥府の王は嘘を言ってなかったのか。そういや、今までも無理な条件を提示して、脅迫をしてきたことはあるが、嘘を吐いたことはなかったな……こいつ。


「そんな下らぬ嘘など吐かぬ。我の前に立ちはだかり、何度も邪魔をしてきたことに憤りを覚えはするが、同時に評価もしておるのだよ。故に、自らの手で始末をしなければならぬ」


 まあ、ここに放置されてもどうにかして戻ってきそうだよな、俺たちなら。

 こっちとしても、冥府の王との付き合いはこれっきりにしたい。望むところだ。

 ――と格好つけたのはいいけど、問題はこの面子で勝てるか。

 ここにシメライお爺さんとユミテお婆さんのツートップがいれば、勝率はぐんと上がるのだけど。冥府の王が大技を使ったことで消耗していれば勝ち目はある筈だが。

 そんな心中を押し殺し、俺はラッミスに担がれたまま前進する。

 ヒュールミだけは魔法陣を調べに行ったので、巻き込まないように離れた場所で戦いたいところだけど。


「お主らもここで戦っては、あの女が心配で力を発揮できぬだろう。移動するぞ」


 冥府の王から切り出してくるとは。今までは人質を取ったり挑発したりと、搦め手や嫌がらせが趣味だったくせに、今回はやけに気が利くな。裏があるんじゃないか?

 そう思いながらも、スーッと宙に浮かんだまま後方へと移動する冥府の王の後を追う。


「どうしたのですか。もう、人質や罠にかけたりしないので?」


 ヘブイがそう切り出すと、冥府の王は眼球のない窪みをこっちに向けた。


「お主たちだけは、実力で圧倒的な力でねじ伏せたくなったのだ。卑怯な手段で負けたと言い訳ができぬぐらい、力の差を見せつけたくなった」


 いつもと違い静かな物言いだな。弱者を見下すいつもの口調は何処にいった。


「それに、我が軍は壊滅状態だ。謀反も魔王に伝わっておる。このままでは破滅を待つのみ。だがな、諦めはせぬぞ。お主らを排除し、我が力を確認した後に、ここで更なる力を蓄えあの世界へと帰還する。世界を手中に納める為にっ!」


 今回の一件が失敗したことは認めているのか。その上で俺たちを実力で倒して自信を取り戻したいと。

 若干、八つ当たり気味だが、そこまで追い詰めたのも俺たちだからな。

 正々堂々と戦ってくれるなら、こちらとしてもありがたい。

 魔法陣から距離を取ると、冥府の王がピタリと動きを止め地上へと降り立つ。

 俺たち相手なら浮かぶ必要もないということか。その自信が虚勢じゃないのが厄介だ。


「さあ、好きに掛かってくるがいい。暫くは手を出さないと約束しようではないか。本物の絶望を見せてやろう」


 ラスボスっぽい台詞だ。

 前衛担当の俺とラッミス、そしてミシュエルがにじり寄る。今回はピティーも近距離戦に参加してもらう。いつもは後方で護衛が多いのだが、本人の希望もあり敵の攻撃を受け持つ役目を担っている。

 少し離れた後方にはヘブイがモーニングスターの鎖を伸ばした状態で待機。治癒の役目もあるので、積極的には戦闘に参加しない。

 更に後ろにシュイが弓を構えている。

 ここに魔法担当がいればバランスがいいが、相手は魔法に対して耐性も強い。なので、物理攻撃特化の方がダメージは通るそうだ。

 ミシュエルの大技か、ラッミスの渾身の一撃が入れば……倒せる可能性は高い。

 前衛の三人が目配せをすると、まず俺たちが飛び込んでいく。

 俺の〈結界〉があるので、少々無謀な突撃をしても守れる。


「いっくよおおおおっ!」


 正面から全力で突っ込んでいくラッミスを正面から冥府の王が見据えている。

 数メートルもの距離を、渾身の力で地面を蹴りつけることで跳ぶように間合いを詰め、目の前に冥府の王の姿を捉えた。

 手の届く距離にいる冥府の王に戦場で磨き上げた、お得意の正拳右突きを放つ――が、薄黒い半透明の壁に拳が弾かれる。

 衝突事故のような轟音が響くが、正面の壁にはひび一つ入っていない。

 更に左右の拳を叩き込むが、その壁を打ち破ることができないでいる。冥府の王を囲む魔法の障壁か。〈結界〉と似たような性質っぽいな。


「ならば、これはどうですかっ!」


 後方に回り込んでいたミシュエルが大剣に炎を纏わせて、上段からの一撃を振り下ろす。

 爆炎と熱風が辺りに吹き荒れ、俺は慌てて〈結界〉で余波を防ぐ。

 赤く染まった視界が元に戻るが、冥府の王が無傷で佇んでいた。


「なかなかの威力だ。我でなければ、既に滅んでいたかもしれぬな。だが、その程度では我が最も得意とする闇の魔法、暗黒の障壁は打ち破れぬぞ」


 なかなかの威力……壁が一切傷ついていないのに威力がわかる? 俺と同じようにダメージによるポイントの消耗が当人にはわかっているということか?

 いや、この世界の人にはポイントが見えてないし、その存在すら知らなかった。となると、魔力の消耗が見えていると考えたらどうだ。

 攻撃を受けて魔力が消耗しているとしたら……。

 俺が考察している間もラッミスとミシュエルの激しい攻撃が続けられている。

 冥府の王は表情筋が消え失せているから、相手が何を思っているのか顔からは読めない。

 だけど、攻撃が当たる度にほんの僅かだが体が揺れている。実は気にしているのか?


「このまま、受け続けるのも芸がないか。少しばかり遊んでやるとしよう」


 おいおい、暫く手を出さないって文言を忘れたのか。

 やっぱり、これ結構効いてるよな。


「て を だ さ ん」


 挑発を兼ねてさっきの台詞を口にしてみた。表情がないのに冥府の王の苛立ちが伝わってくる。自分の発言を覚えていたようだ。


「ふっ、何もしないのも飽きてき――」


「ざんねん」


 こっちに顔を向けた冥府の王……眼球がないのに睨まれているのがわかる。

 これ以上挑発するのは危険か。

 もう何も言わず、手にした杖を上空へ突き刺すように掲げている。


「皆さん、離れてください!」


 ヘブイの叫びに応じて、ラッミスとミシュエルが距離を取る。

 闇の壁が消えると同時にシュイが矢を撃ち込んだのだが、冥府の王の直前で弾かれてしまった。骨の腕が弾いたようだ。

 魔法使い系なのに運動能力も高いのか。

 冥府の王の周囲にどす黒い槍のようなものが無数に浮かんできている。

 今度はあっちのターンか。ここを凌ぎ切って、反撃の糸口を掴んでみせるぞ。


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