俺は畑で無双する6
「あ、あれ、私は……」
おっ、全員目が覚めたようだ。勢いで全員失神させたが、ステックとモウダーに食べさせる必要は全くなかったな。少しだけ反省しよう。
「えっと、何かをもめていたような……あっ、そうですわ。ボタンさんの力をお借りしても構いませんか?」
上手い具合にジェシカさんの記憶が吹っ飛んでくれている。他の面々も頭を振ってボーっとしているので、同じような状況なのだろう。
話が切り替わったこのチャンスを逃すわけにはいかない。
『ボタンに聞いてみないとわからないけど、何かな?』
「聖樹のダンジョンから今回の一件を伝えに来てくださった御一行から、仲間の元に戻りたいとのご要望がありまして。よろしければボタンさんに荷台を引いてもらって、送っていただければと」
ボタンに視線を向けると、大きく一度頷いた。大丈夫みたいだな。
『ボタンがいいって言ってるよ』
「ありがとうございます。使者の方々は珍妙な魔道具の乗り物でいらっしゃったのですが、動かなくなってしまったようで、本当に助かりますわ。モウダー、お伝えしてあげて」
「はっ、仰せのままに」
モウダーが踵を返して町へ向かおうとしていたのだが、俺が手招きをする仕草をボタンにすると、速攻で理解してくれたようだ。
ボタンはとことことモウダーさんの背後に歩み寄ると、そのまま股下に頭を突っ込み背中に乗せる。
「えっ、背中に乗せていただけるのですか?」
「ブフゥゥ」
ちょっと不機嫌な感じの鳴き声だが、彼女はその差がわからないようだ。満面の笑みで背中にしがみ付き体を撫でている。にやけ面で頬を擦りつけている姿は若干……いや、ドン引きだ。
相変わらずの動物好きだな。反応が過剰で一線を越えそうに見えるのは、俺の気のせいだと思いたい。
ボタンが全力疾走して去っていくが、それはまるでモウダーを振り落とそうとしているかのように見える。たぶん、これは気のせいじゃないよな。
使者を送るのはボタンに任せて、俺たちは冥府の王対策を考えないと。
ある程度は黒八咫便でやり取りして纏まっているが、ここで煮詰めて失敗のないようにしておこう。
そして、決行日を迎えた。
黒八咫の偵察により敵が間近まで迫っているのは確認済みだ。
俺たちは防衛都市の外に勢揃いしている。
本作戦の主要メンバーは畑である俺。黒八咫、ウサリオン、ウサッピー、キコユ、クョエコテクとなっている。ボタンとウサッター夫婦はまだ戻ってきていないが、戦闘が開始したら帰ってくるだろう。
ジェシカさんや従者の二人、そしてクョエコテクの配下であるイケメン軍団は後方に控えることになった。
撃ち漏らした敵を防衛都市の兵士たちと一緒に倒してもらう役割だが、それよりも俺が暴れるところに近づくと危険だというのが大きい。
この巨体で戦うと近くに仲間がいると正直戦いにくいのだ。気心の知れたこのメンバーなら阿吽の呼吸で戦えるので問題は無いのだけど。
「くれぐれも体にお気をつけてください。危ないと思ったらすぐに帰ってきてくださいね。本当は私もご一緒したいのですが……」
ジェシカさんが俺に抱き付いたまま離れようとしない。
「皆さん無事に戻ってきてくださいね。最後にもう一度ナデナデさせてください」
モウダーさんは黒八咫とウサリオンとウサッピーを順に高速で撫でている。
「モウダーいい加減にしなさい。ジェシカお坊ちゃま……ごほごほ、お嬢様も」
ステックさんが二人を引き剥がしてくれた。
二人とも名残惜しそうにこっちを見て手を伸ばしているけど、いい加減出発しないと間に合わない。
俺は地面と同化させていた体を隆起させていくと、防衛都市に残る仲間たちがその場から離れていく。
巨大過ぎる体に二十もの屈強な土の腕。見慣れたとはいえ、異様だよなやっぱり。
俺たちに手を振るジェシカさんたちに俺も土の腕を数本振りながら、目的地を目指す。
我が子たちが風に揺れる農園地帯を抜け、少し離れた場所に移動すると道の上に陣取り、そのまま地面に沈んでいく。
その前に黒八咫は空に飛び立っている。上空からの偵察任務があるから。
この道を平らに均したのは俺なのだが、今回はちょっといじらせてもらうよ。また後で元通りに戻すからね。
さてと、ここで長く体を伸ばして道と同じ幅にするか。そんでもって周辺の土さんと交渉しないとな。
あー、もしもし、わたくし畑と申します。強引に割り込んで申し訳ありません。今日はご相談したいことがありまして、おっと、これは失礼しました。お詫びも兼ねてつまらないものですがどうぞ。
これはなんなのかですか? これは私の畑で使っている肥しですよ。かなり濃度の高い品質のいい上物ですよ。っと、これは他の土には御内密にお願いします。ええ、貴方様だけに特別です。
おっと、そうでした。肝心の内容なのですが、もう少しするとここを魔物の群れが通ることになっていまして。その魔物を倒す為に協力を願いたいのですよ。ちょっと穴を掘ったり、埋めたりしますので。ええ、もちろん近隣の土さんにご迷惑が掛からないように細心の注意を払いますので。
許可いただけるのですか! ありがとうございます。ええ、わかっていますよ。仕事を終えた暁にはアレを提供させていただきますので。はい、ではそういうことで。
よっし、近場の土たちに許可を得たので思いっきり暴れるぞ!
「あの、畑さん。その交渉って必要なのですか? 相手は土ですよね」
畑の中に製造した休憩部屋からキコユの声がする。仲間は全員休憩部屋に滞在してもらっているのだが、今の交渉は全て彼女には筒抜けだったか。
実際、効果があるか確証はないけど、やっておくと土の操作がスムーズに行えるんだよ。実は俺と同じように土にも意識があるのかもしれないよ。
「そうなのですか。勉強になります」
キコユが素直に信じてくれた。本当のところはわからないけど、俺は畑として、土の塊として、やはり諸先輩方には礼儀を持って接するべきだと思っている。
……と、真面目に語ってみたが、ノリと気の持ちようだ。
さーてと、許可も頂いたことだし、落とし穴作るぞー。
道幅とほぼ同じ幅で深さは百メートルぐらいでいいかな。これだけの深さがあれば、普通の魔物なら即死だろう。底の土はコンクリートのように固めておけば完璧だ。
俺はこの穴の上に蓋のように被さっておいて、敵が来たら体を移動させて穴に落とす。これを繰り返して、巨大な階層主とやらを合体させた魔物が突っ込んで来たら、そいつの足止めをしてできることなら倒す。
冥府の王は因縁のある自動販売機に転生した人たちに任せよう。
そういや、自動販売機って戦えるのだろうか? 食料を提供する能力は理解できるけど、戦闘力があるとは思えない。まあ、畑である俺が戦えているのだから、何かしらのやりようがあるのかもしれないが。
今回の戦いはあくまで脇役。畑は材料となる野菜を育てて提供するまでが仕事だ。メインディッシュを作るのは他の人の役割だから。
後は魔物の群れがやってくるのを待つのみだ。
今俺は上空から地上を眺めているのだが、それは黒八咫の脚に俺の土リングを装着しているからできる裏技だ。畑の土の一部を仲間に持ってもらうことで意識を移すことが可能となっている。
敵の数は万に近いぐらいか。ほんと、大群だな。
問題の合体階層主は動きを止めて、後方で待機中と。先に他の魔物を進ませて様子見をするつもりなのか。
こっちとしても都合がいい。敵の軍隊は道の上を並んで行進中だ。
うむうむ、理想的な展開じゃないか。それでは、そろそろ、魔物たちを落とすとしますか。
落とし穴の上に被さっていた体の一部を縮めて、上に乗っていた魔物たちを穴へとダンクシュート! 魔物たち没収となります、残念!
落ちた魔物たちは美味しくいただくとしよう。魔物よ、養分にな~れ~。
そのまま、穴に次々と飛び込んでくれたら楽だったけど踏み止まっている。じゃあ、オレが動いて落としますか。
魔物たちを落としては穴を埋めるを繰り返していると、本命が動き出した。
改めて見るとデカいなー。全体像だと俺といい勝負じゃないだろうか、いや、少しあっちの方が大きいかもしれない。
自分と対等な大きさの相手か……元左足将軍だった土竜を思い出すよ。
まずは搦め手で不意打ちをさせてもらおう。相手の周囲を高速で移動して地面を削って、陸の孤島に封じ込める!
いい感じで立ち往生しているな。そこで、足元の地面に移動しておくか。
俺に気づいてない。さーて、どうしよう。地面に呑み込むのもありだが、それよりももっとインパクトが欲しいよな。
自動販売機の面々も見ているだろうから、どうせなら驚かせたい。
なら、方法はこれだ。拳を限界まで硬くしてからの、相手の無防備な腹へ向けて連打!
足下の地面から無数の土の腕が伸び、その拳が合体階層主の腹を捉える。
ハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタハタケエエエエッ!
拳の散弾を腹にもろに受け敵の巨体が宙に浮き、そのまま仰向けに地面に墜落する。
よっし、一気に行くぞ。
体を地面から隆起させ土の腕で畑を持ち上げる。
相手も体勢を起こした。ここからは怪獣大決戦だ!




