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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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俺は畑で無双する3

 魔王が俺の用意した手作りの素朴な椅子に座る。右腕将軍は隣で立ったまま控え、微動だにしていない。優秀な従者に見えるが……ステックも一見優秀に見えるが中身があれだから、見た目で判断すると碌な目に遭わない。


「しばらくだったな、畑。それに左脚将軍クョエコテク」


 気軽に声を掛けてきたというのに、クョエコテクはその場に跪き頭を垂れている。

 俺は気軽に土の手を振りながら、地面から土の板を取り出し文字を浮かび上がらせた。


『おひさー』


「おう、おひさだ。クョエコテクも堅苦しいのはなしだ。俺と畑は対等だからな。人間相手に馴れ馴れしくすると周りの奴らも口うるさいが、畑相手だと文句はねえようだぞ。なあ、右腕将軍」


「畑様はこの国にとっての恩人ですので、特別です」


 うーん、眠っている間に地位が上がっているなぁ。自分で動いた訳じゃないので褒められても気持ち悪い。


『俺よりも頑張ったクョエコテクを褒めてあげて』


「うむ、ご苦労だったな、クョエコテク。何か欲しいもんがあったら、右腕将軍になんでも言っていいぞ」


「そんな、もったいないお言葉。私の望みは既に叶えていただいておりますので」


 魔王の前だとあの独特な口調じゃないのか。借りてきた猫のように大人しいぞ。


「ふむ、そうなのか。でだ……あー、んんっ。喉乾いたなぁー。ふぅー、ちょっと喉を潤したいなぁ」


 わざとらしく咳き込みながら、喉元を撫でている。

 チラチラこっちを見ているのは、早くアレを持ってこいという露骨なアピールか。

 わざと焦らしていたのだけど、もういいかな。

 土の指をパチンと鳴らすと、地面から土のテーブルが魔王の前に生えてきた。そして、俺が趣味の陶芸で作った湯呑みに、なみなみと搾りたての果汁を注いでキコユが運んでくる。

 興味ない振りをしているが魔王の視線は湯飲みから離れない。喉が大きく膨らんでいるので、待ち遠しいのが見え見えだ。


「お待たせしました。今日の果汁は絞りたてルワガです」


 ルワガというのはリンゴに似た果物で、最近は果樹にも力を入れているので中々の自信作だぞ。

 目の前に置かれた湯呑みを凝視しながら、さりげなく掴み取ったつもりのようだが手が微かに震えている。

 今まで二度、うちの野菜を提供したことがあるのだが、あの時は見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいのオーバーアクションで喜んでくれた。

 ちなみに、今日のルワガは栄養を容赦なく注入しているので前回よりも旨味は格段に上だと思う。


「じゃあ、いただくぜ」


 本当に喉が渇いていたのか、湯呑みを手に取ると一気に中身を飲み干した。

 湯呑を机に叩きつけるように乱暴に置いた魔王は――そのまま机に突っ伏した。

 あっ、小刻みに痙攣している。


「魔王様!? まさか、毒を!」


 右腕将軍が取り乱して、飲み物を運んだキコユを睨みつけた。

 ボタンと黒八咫がかばうように右腕将軍の前に立ち塞がる。

 って、とんでもない誤解をされているな。まずは、弁明しておくか。


『誤解しないでください。美味しさのあまり意識が飛んだだけです』


「バカな、確かにここの野菜は旨いが、そんなことがありえ――」


「ま、待て、畑は嘘を言っていない。お前も一杯飲んでみろ」


 何とか上半身を起こして、大きく息を吐く魔王の言葉が信じられないのだろう。右腕将軍が眉をひそめている。

 キコユはこの展開を読んでいたのか、既にもう一杯作っていたようで、もう一つ湯呑みを持ってきた。

 目の前に置かれた湯呑みを右腕将軍がじっと睨みつけている。さっきの魔王様のリアクションを見た後だと警戒するのが当然だ。

 ゆっくりと口元に持っていき、ぐびっと一口飲みこむ。


「ぐあっ……ふぅぅぅぅ」


 膝から崩れかけたが、なんとか耐えやがったか、残念。

 クョエコテクとその部下たちを陥落させた、俺が容赦なく栄養を注いだ果物によくぞ耐えた。褒美にこれもあげよう。

 黒八咫に合図を送るまでもなく、何をすればいいのか理解してくれていた。山盛りになった果物が入った籠を三本の脚で掴み、羽ばたきながら机の上に置く。


『魔王も右腕将軍も遠慮なくどうぞ』


 さあ、同じように丹精込めて作り上げたうちの果物たちによる、怒涛の攻撃に耐えてみせるがいい、魔王よ! くくくく、はーはっはっはっはっはっ!


「楽しそうですね、畑さん」


 はい、非常に楽しいです。

 微笑みながらツッコミを入れるキコユに、心の声で即答した。





 三十分後、なんてことでしょう、そこには息も絶え絶えな魔王と右腕将軍の姿が。

 うん、ちょっと盛り過ぎたか栄養と旨味。話し合いをする前に疲れ切っているぞ。


『和平交渉は明日にする?』


「い、いや、今日やっておこう。どうせ書類に目を通して終わりだからな」


 お、伊達に魔王はやってないな。このレベルの果物や野菜は二、三時間ぐらい動けなくなるんだが。美味しさに、よくぞ耐えた、感動した!

 震える手で書類にサインをした魔王から受け取ると、木製の箱に入れて畑の中に収納しておく。防衛都市に帰ったらジェシカさんに渡さないとな。


「これで魔王軍は防衛都市に手を出すことはない。元々、国民を飢えさせないための苦肉の策だったからな。人間に危害を与えても国民を救う道を選んだ……近隣諸国には恨まれているだろうが」


 どこか遠い目をしている魔王に俺は何も言えない。戦争が最良の策だとは口が裂けても言う気はないが、植物が殆ど育たない不毛の地に住む魔物たちには他に術がなかった。

 元々、帝国が国を構えている土地は魔物たちが住んでいて、そこを南方から押し寄せてきた人間や亜人が、肥沃な大地を奪い魔物をこの地に追いやったそうだ。

 何度か帝国や亜人の国に支援を求めたらしいのだが聞く耳を持たないどころか、使者を殺して送りつけるという愚行を――人間側が犯した。

 そりゃ、戦争にもなるだろう。

 争いは一方的な立場から見ていたら、わからないことってあるんだよな。


『お堅い話はここまでにして、晩御飯食べていってよ。腕によりをかけてご馳走するから』


「マジか……ここの野菜をふんだんに使った料理。気を張らないといけねえな」


「ええ、油断は禁物ですよ、魔王様」


 ふふふ、我が特製鍋の前に意識をどれだけ保てるか見ものだわい、かーかっかっかっ。


「悪党っぽいです」


「クワックゥー」


「ブフゥーブ」


「声は聞こえぬが、碌なことを考えておらぬだろう」


 仲間から総ツッコミをもらった。





 畑の上の調理場区域に移動して料理を始めると、仲間たちもいつものように手際よく手伝ってくれる。

 正直、二十もの土の腕を自在に操れる今の俺なら、一人でも充分すぎるぐらいなのだが、料理や食事はみんなでした方が楽しいに決まっているからね。

 ちなみにこの調理場にある調理器具も設備も食器も全て俺が作った物だ。

 陶器を焼く窯もお手製で、自力で移動できない時代にせっせと作り込んだ物が大半だったりする。

 あっ、そうだ。出来上がるまでに時間があるから、魔王たちには風呂にでも入ってもらうか。沸かすのはあっという間だし。

 くつろいでいた魔王たちの前に土の板を再び出すと、そこに『よかったら、あそこのお風呂でも入っておいて』と書き、土の腕で風呂のある場所を指差す。


「風呂まであるのか、畑に。至れり尽くせりな、畑だな」


 動けない時代は暇にあかせて様々な設備を充実させたり、趣味の陶芸に熱中していたからな。客人用の宿泊施設も畑の中の地下室に建造済みだ。

 魔王と右腕将軍が風呂場に入るのを確認すると、こっちは机の上に鍋の準備を整えていく。野菜は幾らでもおかわりできるから、思う存分食べてもらうことにしよう。


「私たちは別の場所で食べた方がいいですよね」


「魔王様と一緒の食卓など恐れ多い」


 あー、どうなのかな。魔王の性格だと一緒に食べても大丈夫だと思うけど、風呂上がりに確認しておこうか。


『あとで聞いておくよ』


 取り敢えずは魔王と右腕将軍のだけ用意しておくか。

 鍋の味付けは特製味噌味となっている。味噌って実は意外と簡単に作れるので、母が毎年仕込んでいたのを手伝わされていたから、お手の物だ。

 まあ……手作り味噌に必須な麹作りでは悪戦苦闘したけど。昔の人は偉大だなと実感させられた。


「ふぃー、いい風呂だったぜ」


「堪能させていただきました」


 二人とも満足してくれたようで、身体から湯気を立ち昇らせながら上機嫌でやってくる。

 じゃあ、ご飯にしようか。席に着いた魔王は「ここで一緒に食えばいいだろ。抵抗するなら魔王として命令するぞ」と言い放つ。

 じゃあ、みんなでご飯食べようか。全員が席について和気藹々とした空気の中、食事会が始まったのだが……後方から何かが近づいてきている。

 地面の微かな振動を感じ取り、背後に視線を向けると――こっちに向かって全力で駆けてくるウサッピーとウサリオンの姿があった。


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