合流二組目
「ミシュエルの母違いの姉となる、ハヤチと申します! 弟がお世話になったようで、感謝しております!」
ミシュエルが全員にハヤチ姉さんと呼ぶ女性を説明すると、敬礼した後に堂々と名乗りをしてくれた。
堅苦しい話し方だけど、隣で苦笑いを浮かべているミシュエルとは姉弟で仲が良いようだ。
まあ、それよりも……足下にちょこんと座っている、ウサギっぽい動物が気になる。
ウサギにしては体が二回りぐらい大きく、耳が鋭利な刃物のように鋭く尖っていて異世界の動物なのだなと、まじまじと見つめてしまった。
女性陣も女騎士っぽい人よりウサギもどきに興味津々で、ラッミスは手を伸ばして「おいでー」と手招きしている。
「こちらのエシグはウサッター殿とウッサリーナ殿です。子供が二匹いるのですが、防衛都市に先に向かってもらっています」
「ちなみに五指将軍の人差将軍と遭遇した際に助けていただきました。私より格上の剣……耳捌きです」
ミシュエルの説明に無い耳を疑ったが、弟子はくだらない冗談を言うタイプじゃないのは重々承知している。つまり、真実だということか。
「確かに、お強いみたいですねぇ」
ユミテお婆さんが微笑みながら感心している。もう、疑う余地がないな。
異世界だから凄腕のウサギがいてもおかしくないのだろう……いや、どう考えても変だ。
「マジでエシグなのにそんなに強いのかよ。婆さんとミシュエルが言うのだから間違いはねえんだろうけど。最近の動物はスゲエな、ボタンと黒八咫もそうだったが」
腕を組んで唸っているヒュールミに女騎士ハヤチが歩み寄る。
急に距離を詰められて上半身を引いているヒュールミの手を、なんの躊躇いもなくガシッと掴む。
「おー、ボタン殿と黒八咫殿もご存知か!」
目を輝かせて必要以上に大きな声で喜んでいるらしいハヤチの勢いに、強気なヒュールミも若干おされ気味だ。
彼女の説明によると、このエシグたちもボタンたちと同じく、俺と同郷で異世界に転生した畑さんの仲間らしい。
畑さんは高性能な動物の育成に定評があるのだろうか。無機物に転生した日本人同士として親しみを感じていたが、彼が異世界でどんな人生……畑生を歩んできたのか本気で知りたくなってきた。
積もる話は移動中にしてもらうことになり、俺は〈中古車自動販売機〉になると、もう一台、車を取り出す。
ここまで大所帯になると一台では限界だ。
「おおおっ、これは、これは」
ハヤチさんが驚いてはいるが、初見にしてはリアクションが小さいような。まあ、畑に転生した人と交流があれば、こういったことに対しての耐性も付くか。
ミシュエルの説明によると、冥府の王の行動は独断専行らしく、魔王軍と防衛都市は休戦中らしい。現在、正式な手続き中らしく、それも数日の内に終わるとのことだ。
「ってことは、冥府の王のやっていることは魔王の意思じゃねえってことか」
「ええ、そうなります。魔王が治める領地は農作物が育ちにくい辺境の土地でして、ここ数年、その環境は酷くなる一方だったそうです。国民の腹を満たす為に隣国への侵攻を開始したようです」
トラックの荷台に正座しているハヤチが、隣にちょこんと座っているエシグたちの背を撫でながら質問に答えている。
今、運転しているのは闇の会長で、隣に灼熱の会長を配置した。やかましいコンビは運転を担当しているとまだマシなので。
荷台には女騎士ハヤチとエシグ夫婦。俺とラッミス、ヒュールミ、シュイ、シメライお爺さん、ユミテお婆さん、園長先生、ミシュエルがいる。
あっ、ピティーが背後にいた。存在感が薄すぎて、全く気が付かなかったぞ。
ケリオイル団長一家はもう一台のトラックだ。後ろに付けているのだが、運転手は赤が担当か。隣には白がいる……無駄に暴走しそうな雰囲気が漂っている。
「つまり、冥府の王の暴走か休戦中という情報が伝わっていないのか……」
「おそらく、それはありません。冥府の王は魔王軍で諜報活動を担当していましたから。魔王軍の現状を知らなかったでは済まされないかと」
帝国で将軍をしていただけあって、魔王軍の内部情報もある程度は手に入れているそうだ。
「わかってやっているとなると、話が変わってこねえか? もしかして、魔王軍も敵に回す気なんじゃ……」
ヒュールミとハヤチの話に全員が聞き入っている。というより、口を挟めないでいるといった方がいいのかもしれない。
「我々は左足将軍と懇意にさせてもらっているのだが、話によると冥府の王は元々、魔王領を支配していた存在らしい。それが現魔王に負け配下になったらしい」
「そうなると、下剋上というよりは元の地位を取り戻したいってことか。魔王を裏切る理由としては充分すぎるぜ」
展開に驚きはしたがこれは悪くない状況だ。冥府の王の軍だけを対処すればよくなった。もっとも、魔王軍が妙な色気を出して攻撃に転じなければだが。
「魔王は信用できるのか? 休戦すると見せかけて、挟撃するってことも考えられるだろ」
ヒュールミも同じことを危惧していたのか、俺の訊きたいことを言ってくれた。
「守護者様と左足将軍の話によりますと、信頼に足る人物だそうです。畑様とやけに話が合ったそうで、今では親友ポジション? と仰っていました」
ちなみに守護者様というのは、この世界に同じように転生した日本人の畑さんのことだ。
畑の人は動物とも心を通わせることができる人らしいから、コミュニケーション能力が高いのかもしれないな。同じ無機物転生をした間柄だが、内面は全く違う。
その話を信用するなら、魔王軍の助力も願えるかもしれない。だとしたら、最大の問題だった合体階層主にも対処できるか?
「それが本当なら、勝ち目が見えてきたな。あとは、オレたちがどうするかだ。魔王軍……いや、もう冥府の王軍と呼ぶべきか。奴らを避けて防衛都市に先回りして、共に防衛戦に参加するか……それとも、後ろから挟み撃ちにするか」
戦略だと挟み撃ちが常套手段だが、それはある程度の戦力があればの話だ。こちらの人数は二十人にも満たない。
たったこれだけの人数で挟み撃ちにして倒しましょう、なんて提案したら鼻で笑われてしまう。
だが、ここは異世界でこちらの戦力は一騎当千の猛者ばかり。悪い賭けではない気もする。
「おそらくなのですが、防衛都市側は町に籠らず、打って出ると思います」
「防衛都市は食料が潤沢なのじゃろ。ならば、籠城戦をするべきではないか?」
今まで沈黙を守っていたシメライお爺さんが口を挟んできた。
「ええ、食料は充分にあります。おそらく半年でも耐えられるぐらいの蓄えが。ですが、町の前には農場が広がっていて、それを荒らされることを守護者様が許さないと思われます」
まあ、畑だもんな。農作物を大切にする気持ちは理解できる。でも、堅牢な砦を捨てて戦うのは無謀に思えるのだが。
「農場を戦場にするのは無念かもしれぬが、今は人命を最優先にするべきじゃろうて」
「仰る通りです。もちろん、守護者様も人の命を何よりも大切にされていますよ。ご安心ください。魔王軍との戦いには長けておりますので」
畑さんを信じ切っているな。そこまで信頼を寄せられるのは羨ましいよ。
実際の話、防衛都市の人々は何年も魔王軍の進撃を防いできた実績がある。任しても大丈夫な気がしてきた。
「そこまで言うのであれば、お手並み拝見といこうかのう」
「防衛都市の兵士は練度が違うのでしょう。お爺さん、のんびりできるかもしれませんよ」
シメライお爺さんとユミテお婆さんは、それ以上追及することなく、肩を並べて雑談を始めている。
「私たちは矢を射るだけですので、方針はお任せしますよ」
「そうっすね。難しいことはわかんないっす」
弓の師弟コンビは口を出す気が端からないようだ。
ラッミスはニコニコ笑っていて、事の成り行きを見守っている。
「ハッコン師匠はどうお考えなのでしょうか!」
うっ、ミシュエルに話を振られてしまった。
防衛都市の防壁は堅牢だという話なので、籠城戦がいいと思う。
籠城戦をする際は食料の確保。それに加え援軍がくることが前提条件だ。食料は問題なし、援軍は帝国からくる可能性があるのだろうか、この世界の情報に疎いので判断がつかない。
上手くやれば魔王軍からの助力も得られるかも……うーん。
だけど、あの合体階層主に襲われたら、どんな防壁でも崩される可能性が高い。どっちが正しいかなんて、判断付かないが。
「ま も り が」
「い い か い」
「どっちかわかんないよ、ハッコン」
くっ、ハッコン語検定一級のラッミスにも理解してもらえなかった。まあ、わざと曖昧に答えたのだけど。
だけど、結局どうするかは防衛都市側による。
「挟み撃ちにするにせよ、防衛側と息を合わせたいところだが、連絡の取りようがねえな」
「あ、そうだよね、ヒュールミ。ここで決めても防衛都市の人に相談しないと意味がないよ」
連絡か……自動サービス機に公衆電話があるので、公衆電話になることは可能だが、電話線が無いので意味がない。無線で繋がったとしても、もう一つ公衆電話がなければ意味がないので、俺が分裂でもしない限り使いようがない。
どうにかして防衛都市と連絡を取る手段があればいいのだが。
そんなことを考えながら空を眺めていると、空に浮かぶ一つの点が目に入った。
それは徐々に大きくなり、その姿を明らかにする。
あれは……鳥だ。黒く大きい漆黒の羽に三本の脚。そして三つ目。
あっ、黒八咫か!




