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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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フル稼働ハッコン

「ハッコン、飲み物もっと出せるか?」


「いらっしゃいませ」


 ヒュールミに言われて更に三十個、スポーツドリンクを追加で提供する。


「まだ、食い足りねえらしいから、追加で頼むぜ、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


 ケリオイル団長に温めた料理を人数分、〈念動力〉で渡す。

 今日の弁当はレトロな自動販売機に手作りの弁当を詰めて売っているところの品なので、素朴でありながらも温かみのある味をした、お勧めの弁当だ。

 昔はそういった弁当を販売している自動販売機が結構あったのだが、今は現存しているのを探すのに一苦労する時代。手作りうどんやラーメンのレトロな自動販売機も、かなりレアな存在になってしまった。

 マニアとして寂しい限りだ。

 大量生産の商品だって好きなのだが、趣のある自動販売機はいつまでも残って欲しいと心から思う。メンテが難しいだろうから無理があるとはわかっているのだが。

 って、日本のことを思い出して懐かしんでいる場合じゃない。今はここにいるハンターたちの胃袋を満足させるのが最優先だ。


 魔物を追っていたハンターたちは数少ない食料を分配していたので、満足いく食事をここ数日できていなかった。

 俺のことを知っているハンターたちが、戦闘終了と同時に目を血走らせて駆け寄ってきたときは、軽い恐怖を覚えて、その場から逃げ出したかったのは秘密だ。

 全員が満足する食事を配り終えたようで、俺の周りには親しい仲間たちが残り、他のハンターたちより遅れた食事をとっている。


「かーっ、戦場で準備もせずに温かい飯が食えるなんて、やっぱ最高だな」


「そうですね、団長」


 ケリオイル団長とフィルミナ副団長は肩を並べて、手作り弁当に舌鼓を打っている。なんだかんだ言っても、結構仲の良い夫婦だと思う。


「これ美味しいわよ、はい、あーんして」


「恥ずかしいよ、スルリィムお姉ちゃん」


「もう、照れている姿も可愛いわねぇ」


 歳の差カップルがイチャイチャしている。灰は嫌がっているようにも見えるが、よく見ると照れているだけで結局、食べさせてもらっているな。

 そして、それを真横から羨ましそうに睨んでいる、余り者の二人。


「くそっ、何故、神は兄弟にこれ程までに差を付けたのかっ!」


「神よ、神よおおおおっ、怨みますっ!」


 赤と白の髪を振り乱しながら神批判を始めている。気持ちは若干わからんでもないが、この二人の場合は日頃の行いが問題なだけだ。


「相変わらず仲のいい、一家だよね。羨ましいなぁ」


「そう……だな」


 ラッミスは目を細めて、ヒュールミは手を休めて、ケリオイル団長一家を眺めている。二人は魔物の襲撃で家族を亡くしたから、特に思うところがあるのだろう。


「ヒュールミはご飯食べないの?」


「ここの取り付けが終わったら、食うぜ」


 彼女が改良しているのはケリオイル団長たちが乗ってきた荷猪車の荷台だ。俺たちが乗ってきたトラックの後ろに繋がるように弄ってくれている。あと、車輪をタイヤと付け替えるそうだ。

 もう一台、車を出そうかとも思ったのだが「ポイントもただじゃねえし、また人数が増えたらそうしてくれ」と、ヒュールミに言われたので任せることにした。

 ハンターたちへ日持ちする飲食料も渡しておかないといけないので、改良が終わるまでは、ここで暫く待機することになり、話しながら俺は大量の商品を目の前に並べている。

 日持ちさせるとなると、缶に入った商品が優秀なんだよな。お弁当となると二日が限度なので、ここで無駄に種類が豊富な缶の製品の出番だ。

 パン、おでん、麺類、後は煮物にスープもあるな。珍しい品で蜂の子とかイナゴの甘露煮もあるが……やめとくか。缶じゃないけど携帯食料も出しておこう。


「っと、雨が降ってきやがったな」


 ヒュールミの呟きに反応して頭上に視線を向けると、空には雨雲がかかり、ぽつぽつと水滴が体に当たる。

 ここは平野なので雨宿りする場所がない。

 幌の付いた荷台にハンターたちが入っていくが、戦闘で荷台が幾つか壊されてしまったようで、何人かは諦めて雨に打たれている。

 ここは俺の出番だな。傘の自動販売機にしようかと思ったのだが、ハンターは手が塞がると不便だろうと考え、ポンチョの自動販売機になることにした。

 テーマパークの濡れるアトラクションがあるところに置いてある自動販売機で、その作品のロゴが入っているポンチョだ。自動販売機も全身迷彩柄で、中心部には大きくアトラクションのロゴが描かれている。


「また、妙な物になったな。これは何が売ってんだ?」


 新しい自動販売機になると必ず好奇心を剥き出しで寄ってくるヒュールミが、俺の全身を舐め回すように観察する。なんか、照れるな。

 説明するより見せた方が早いので、ポンチョを取り出し広げる。

 そして、ラッミスの肩にかかるように、そっとポンチョを被せた。


「あっ、これって雨を弾く服ね!」


 すぐに理解した彼女は水を弾くさまが面白いのか、その場でクルクルと回っている。

 そのおかげでポンチョがどういったものであるかが、みんなに伝わって雨に濡れていた人全員に渡すことができた。


「このおかげで濡れなくて済むぜ。ありがとよ、ハッコン。うっしゃ、作業続けるか!」


 雨の中、ヒュールミは荷台の改良を続けているので体が冷えないか心配だ。後で温かいスープでも出しておこう。


「あの、ハッコンさん。すみませんが、以前使わせてもらいました、あの、簡易のアレを出してもらえないでしょうか」


 フィルミナ副団長が俺の傍に小走りで駆け寄ってくると、恥ずかしそうにさっきの言葉を口にした。

 アレ……ああ、アレか。女性のハンターが他にもいるみたいだから、需要あるよね。

 簡易トイレを取り出し、ラッミスに少しみんなから離れた場所に設置してもらった。一応男性用も出して、これはケリオイル団長に運んでもらうことにする。

 食事、トイレ問題はこれで解決したかな。日が落ち始めているから、あとは住というか寝床をどうするか。ハンターは野宿に慣れているので、何処でも平気で眠れるそうだが、雨に濡れながら寝るのは、さすがにきついだろう。

 となると、雨宿りができる場所か。俺が知らないだけで実は家を売っている自動販売機とかはないだろうか。ちょっと調べてみよう――。


 ないな! まあ、当たり前か。知りうる限りでは車の自動販売機が、世界最大の自動販売機の筈だ。

 中古車の自動販売機になって中に彼らを入れてあげるという手もあるが、変身していられる時間は四時間で、あの自動販売機は時間経過でポイントも減っていく仕様なので、あまり長時間は使えない。

 じゃあ、車を何台か出して乗ってもらうのもありか。車一台のポイント消費って結構減るから、どうしようか。

 雨が本降りになってきているし、ケチケチしていられない。ここは……あ、そうだ。家がないなら自分で作ればいいじゃないか。

 最近できることが増えすぎて、今ある物を活用しようという考えが薄れている。反省しないと。

 俺は毎度おなじみコンクリート板を出すと、〈念動力〉で操り地面に突き刺していく。

 それで三方に壁を作ると、今度は屋根代わりにコンクリート板を二枚並べる。最後に地面にコンクリート板を敷けば、簡易の家が完成となる。


 この大きさだと一人用が精一杯だが、身体を最大級の自動販売機にすればコンクリート板も巨大化するので、一つ作るだけで全員が入り込めるはず。

 今思えば、これを使って壊れた町の復旧を手伝えたかもしれない。焦っていたとはいえ、考えが足りなかった。


「おー、なるほどな。この石の板をそういう風に使うのか。あの巨大な姿になれば、大きな家が作れそうだな」


 一目見て俺がやりたいことを完全に把握してくれるヒュールミには、頭が上がらないよ。


「う ん」

「ら っ い す」

「た の も う」


 頼むと言いたかったのだが、これだとやけに偉そうだ。


「わかったよー。ええと、大きな自動販売機になるから、人のいない場所に運べばいいんだね」


「いらっしゃいませ」


 この二人は俺の言いたいことを、阿吽の呼吸でわかってくれる。この体で不便を感じないのは、二人のおかげだよ。

 ラッミスに離れた場所へ運んでもらい、〈中古車自動販売機〉にフォルムチェンジをすると、驚くハンターたちが呆然と俺を見つめている。武器を構えている人もかなりいるが、仲間と清流の階層にいたハンターたちが、説明してくれているようだ。

 コンクリート板を慣れた手つき? 操作で設置してコンクリートで囲まれた住宅を完成させた。

コンクリート板を重ね合わせただけなので、耐震性や強度の問題はあるが一晩寝泊まりするだけなら大丈夫だろう。

 仲間以外のハンターはそこで寝ることとなり、俺たちは荷台の改良が終わったので先行して進むことにした。

 朝になったらコンクリート板は消すと伝えてあるので、この家は今晩限りとなる。

 昔からコンクリート打ちっぱなしの家が好きだったので、自分で似たような家を建てられたのは嬉しいが、一夜限りの家か。

 車に揺られながら離れていくコンクリート板の家が、雨に濡れているのを眺めながら、アンニュイな気分――


「ハッコン、お腹空いたっす。何か食べ出させて欲しいっす」


 が、吹き飛んだ。シュイのご飯をねだる声で。


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