一組目
車の旅は順調で特にこれといったアクシデントも発生せずに、数日が経過した。
ガソリンも自力で入れられるメリットが大きく、汚れた車も高圧洗浄機になって綺麗にするようにしている。
たまに自分が万能過ぎて怖くなるが、自動販売機である自覚を失わないようにしたい。いや、その前に中身が人間であることも忘れないでおこう。
最近、自動販売機である自分を受け入れてしまっていて、これが普通の身体としか思えなくなってきている。そろそろ、末期かっ!
「どうしたの、ハッコン。考えごとしてるのかな?」
荷台のみんなに飲み物を配りながら、考えごとをしていたのをラッミスに見抜かれたか。
まあ、考えながらでもちゃんと配り終えているのが、自動販売機が板についてきたなと実感してしまう。
もう、いっそのこと人間になるより、自動販売機に手足が生えた方が馴染むような気すらしてきた。
「う ん と だ ん」
「ち よ う に お」
「い ち く か な」
さっき考えていたこととは違うが、これも悩んでいたことなので嘘じゃない。
「うん。団長たちと他のハンターは最後尾の魔物を少しずつ削るって話だったから、一番先に合流するのは、団長たちだと思うよ」
「だな。魔物たちは徒歩だから、移動速度はしれていると考えられる。ってことは、そろそろ追いつくかもしんねえな」
今日は運転をしていないヒュールミが目を細めて前方を睨んでいる。
ここで双眼鏡になり遠方を見ようとしたら、何故かシュイが俺を掴んで覗き込んだ。
「うわー、めっちゃ見えるっすよ! これ便利っすね!」
「次は……ピティー……変わってね……」
物欲しそうに指をくわえたピティーが俺から目を逸らさない。
あっ、灼熱の会長と園長先生がピティーの後ろに並んでいる。どうやら順番待ちのようだ。暫くは、みんなに楽しんでもらうとするか。
順番交代で覗かれ、今はユミテお婆さんが覗いている。
「いやー、便利なもんやねぇ。最近はちいとばっかし目が衰えてきておったから、ありがたいことですよ」
喜んでいただけたのなら、何よりだ。
かなり楽しんでいるようで体が激しく揺さぶられている。様々な方向を見ようとしているが、陽の光だけは直接覗き込まないように、上方への移動は制限を付けさせてもらう。
「あんれ、お爺さん、お爺さん!」
「なんじゃ、そんなに大声出さんでも聞こえとる。どうしたんじゃ」
珍しく大声を上げたユミテお婆さんが、隣に座っていたシメライお爺さんの肩を激しく叩いている。
「この先で魔物と交戦中の人々がいますよ」
「なんじゃと、ワシにも見せてくれ」
その言葉に俺も双眼鏡が向けられている方向に意識を移すと、確かにまだ米粒のような大きさだが争うハンターたちの姿見える。
あれは、敵の数が多すぎるぞ。見るからに劣勢だ。
「闇の。もうちっと速く走らせんか」
「了解や。みんなちょいと飛ばすから、しっかり掴まっといてや!」
今日の運転手は闇の会長だったな。
ヒュールミの次に運転が上手いので、この二人が運転していることが多い。
「ちょっと待った、助手席に乗り込むぜ」
誰も乗っていなかった助手席の窓を開けてもらい、走行中に屋根へ移動してヒュールミが滑り込む。スタントマンみたいだ。
周りが凄過ぎて気が付かなかったけど、ヒュールミも運動能力が上がっているよな。魔物と正面から戦うには不安があるが、地球なら普通に運動神経が優れている方に含まれる。
「闇のちょっと、操作代わってくれ!」
「な、なんや、もう、まあええけど」
平面の陰になった闇の会長が、車の側面を這って荷台に移動してきた。追い出されたようだ。
「んじゃ、ぶっとばすぜ!」
ヒュールミが躊躇いなくアクセルを踏み込んで速度を上げたのだろう、車が一気に加速した。
かなり距離が離れていたにも関わらず、もう裸眼でも充分に戦場が見える。
味方のハンターらしき数は四十から五十ぐらいか。敵は百を軽く超えているな。
魔物に取り囲まれている最悪な陣形だ。中心部には負傷した仲間がいるので、逃げるに逃げられないという状況なのか。
「あれだけ密集しておると、魔法を撃ち込むのはちと危険じゃのう」
「中まで焼いちまいそうだ!」
シメライお爺さんも灼熱の会長も手が出せないのか。
この速度なら戦場に到着まで残り一分も必要ない。戦闘員を全員降ろして、ヒュールミには避難してもらった方がいいよな。
俺がそう結論を出して指示を飛ばそうとした、その時、
「みんな、どっか掴んどいてくれ。突っ込むぜ!」
ヒュールミが、とんでもないことを言い放った。
止めようかと思ったのだが、冷静に考えるとそれが一番妥当だと思い直す。
彼女も俺がどうするか見越したうえで判断したのだろうな。
すぐさま〈結界〉を張り、ピックアップトラックを包み込む。ランク3になって〈結界〉の範囲が広がったおかげで何とかなりそうだ。
仲間を取り囲んでいる外周の敵に突っ込む前に、俺は一度クラクションを鳴らす。
驚いて振り返った敵を撥ねつつ、俺たちに気づいた仲間たちが真っ二つに分かれて道を開けた場所に飛び込んだ。
そして、急ブレーキをかけて戦場のど真ん中に停車した。
「負傷している奴は結界の内部に入ってくれ!」
突然の来訪者に敵も味方も固まっていたが、俺たちのことを知っているハンターたちは直ぐ我に返り、指示に従ってくれた。
「怪我人と疲労が溜まっている奴は、あの青い壁の中に入れ!」
「ハッコン、復活しやがったのか! 仲間だから安心しろ!」
比較的近くにいた紅白双子――正確には三つ子の二人が声を張り上げて、怪我人を運びながら周りに説明してくれている。
怪我人が〈結界〉内に入り込むと、入れ違いに仲間たちが外へ飛び出していく。
守るべき相手がいなくなったことで、残りのハンターたちも戦いやすくなったのか、さっきまで苦戦していたのというのに形勢が逆転した。
園長先生の癒しの能力で怪我人を次々と治していき、重傷者も傷を塞いでもらえ感謝の言葉を口にしている。
「た、助かったぁ。ありがとうございます!」
「いいのですよ。あとは皆さんに任せて、体を休めてくださいね」
慈愛溢れる対応に怪我人たちが、園長先生を敬い、拝みだしそうな雰囲気になっている。
重症の傷を一瞬で塞いでもらって、あんな優しい言葉を掛けられたら……気持ちは理解できるよ。
俺は〈結界〉を維持しつつ、怪我人たちにスポーツドリンクを提供しているので動けないのだが、戦況を見る限りでは手助けは必要ないようだ。
仲間たちの相手になるような強敵も存在しないようだし、ラッミスも破壊力を思う存分振るっているようだから安心かな。
怪我人に向いている自動販売機で売っている商品となると、痛み止めや苦痛を和らげる為の……医療用マリファナ自動販売機というものが存在する。
でもなあ、医療用とはいえ、それを提供する気にはなれない。それに異世界の治癒能力は傷を完全に治せるので、痛みも消えているようだから必要ないだろう。
ただ、海外の自動販売機には痛み止めや抗生物質を売っている物もあるので、いざとなったらそっちを提供する。
改めてじっくり仲間の活躍を観察していると、やはり周囲のハンターたちと比べて格が違う。ケリオイル団長一家が全員揃い踏みなのだが、戦っている敵が可愛そうに思えるぐらい蹂躙されていく。
灼熱の会長に挑む敵は殴られ、燃やされ、殴られ、蹴られ、文字通り踏んだり蹴ったりだ。
闇会長は地面に貼り付いた影の状態から、闇の刃を伸ばして切り裂くので、敵はどうやって自分が殺されたのかを知らずに死んでいく。
それでもまだ優しいぐらいだよな……シメライお爺さんとユミテお婆さんの、最恐コンビに挑む敵に比べたら。
燃やす、吹き飛ばす、凍らす、爆発と様々な死因が用意されている。お爺さんの半径五メートル以内に近づけた敵は存在しない。
そして、お婆さんに至っては、ニコニコと微笑みながら敵の密集地帯を歩いているだけで、魔物が細切れになり地面に散らばる。仕込み杖を抜いたというのは頭では理解できるのだが、未だにその動きが俺には見えない。
ラッミスは俺を背負ってなければ異様な速度で走り回れるので、敵がその動きを捉えることができず、頭か体のどこかが弾け飛ぶまで、挙動不審に辺りを見回すことしかできないでいる。
「矢、撃たなくてもいいっすよね」
最近定位置になりつつある、俺の頭の上に腰かけて弓を構えているシュイが嘆息して、戦場をぼーっと眺めていた。
気持ちはわかるけど、他に苦戦している人がいるから働こうね。
俺は〈結界〉からシュイを弾きだして〈結界〉の上に乗ってもらうことにした。そこからだと狙いやすいよ。
「強引っすね、ハッコンは」
「シュイ……口を動かす暇があるなら、何をしろって教えましたか?」
近くで負傷者を治療していた園長先生に聞こえたようで、笑顔で振り返りながらシュイに注意してくれている。
「は、はい! 口ではなく、手を動かしますっす!」
すくっと立ち上がると、背筋を伸ばして園長先生に敬礼している。
酷く怯えているようだけど、あんなに素敵な笑顔なのにどうしたんだろうな……深く考えるのはよそう。
結局、増援の圧倒的な殲滅力により魔物は掃討され、ここでの戦いは終わったようだ。




