思考と食欲
やはり、ピックアップトラックを選んで正解だったようだ。オフロードに強い4WDで車体も高く、ほとんど整地されていない道を走るのに適していた。
後ろの荷台は俺の体をおいても余裕があるし、普通車でこの大きさなのは流石の海外産だな。
「やっぱ、運転楽しいな! もうちょいとばすぜ!」
左の運転席には真っ先に運転を覚えたヒュールミが座り、ご機嫌でアクセルを踏み込んでいる。
覚えた仲間の中で一番運転技術があるのは確かだが、スピード狂の気があるので長時間任せるのは怖い。
今までなら〈念動力〉で運転をしなければならなかったので、車が走っている時は普通の自動販売機でいることが多かったが、今は余裕がある。
何かしようかな。新しい自動販売機も試してみたいし……もうすぐお昼か。となると、新しい食料品を提供できるタイプか。あっ、あれやってみよう!
このまま荷台でフォルムチェンジをしようと思ったのだが、とあることを思い出したので後に回すことにした。
そろそろお昼だな。半日近く車に乗り続けていたので、昼食時は車を止めることにしている。
荷台から降ろされると、ここなら充分なスペースがあることを確認してから、あの自動販売機になった。
体が通常時の自動販売機の三倍の大きさに膨らむ、横に。
ボディーは真っ赤で三台分のスペースを必要とするこれは、ピザの自動販売機。
それも体内で生地をこねて、トッピングをしてその場で焼くという本格派。値段も日本のピザとは比べ物にならないぐらい安い。
日本にも是非一台輸入して欲しいイタリア産の自動販売機だ。
仲間も興味津々なようで、俺の周りに集まってきている。
焼き上げている窯の様子が外からも見えるので、そこを熱心に覗き込んでいるな。
三分ほどで出来上がった品を取り出し口に運び〈念動力〉で操作してラッミスに渡した。
「あったかーい。んー、いい香りするね!」
「おおっ、なんだこれ。引っ張ったら伸びやがるぜええええっ!」
灼熱の会長が伸びるチーズにテンションが上がっている。そういや、この世界でチーズを見たことがなかった。
みんなで一ピースずつ分けているので、あっという間になくなる。既に次のを焼いているので待たずに提供できそうだ。
「まだっすか、まだっすか」
体に張り付いて急かすのは、もちろんこの人――シュイだ。
俺が復活して食事の面で一番喜んだのは、彼女だったからな。復興中は遠慮して食事の量を減らしていたらしい……少し落ち着いて。ご飯は逃げないからね。
次のピザは一枚全部シュイに譲ることにした。全員が苦笑いを浮かべながら、快く譲ってくれた。ここに大食い団がいたらもめていそうだ。
むこうも、元気にしているといいが。
全員分のピザを提供すると、今度は飲み物も配って頬張る仲間を眺めている。
美味しそうに食べる人を見ているのが、自動販売機としての至福の時間だよなぁ。みんな熱々を嬉しそうに食べてくれて……あれ、シメライお爺さんとユミテお婆さん、それに園長先生は食が進んでない。
口に合わないという訳じゃないようだが、好んで食べているようにも見えない。あっ、そうか、高齢の方にピザは胃に重すぎる。こんな初歩的なミスを犯すとは、まだまだ精進が足りないな。となると、こっちに変更しようか。
久しぶりにうどんの自動販売機になると、きつねうどんを三人分作って渡した。
「あら、気を遣わせてしまいましたか。美味しいのですが、少し重かったのですよ。でも、残りどうしましょうかねぇ」
三人ともほんの少ししか口を付けていないので、三枚ものピザが余ることになる……が、
「大丈夫ですよ。シュイ、これ食べていいですよ」
「マジっすか、園長先生! いただきます!」
既に食べ終えていたシュイが飛び付き、その胃袋に吸収されていく。うん、何も問題がない。
新商品に浮かれてしまっていたが、ちゃんと需要と供給を理解しないと。自動販売機として修業不足だ。
それから、シュイにはハンバーガーとから揚げを山盛り渡して、出発することにした。
移動中に敵とは全く遭遇しないのでドライブ気分なのだが、等間隔で地面に空いている大穴を見ていると気分が滅入る。
合体した階層主の大きさを嫌でも実感させられてしまう。冥府の王よりも合体階層主の方が厄介な相手に思えるのは、気のせいじゃない。
巨大というのはそれだけで脅威になる。犬岩山との戦いですら避けたというのに、更に強化されているとなると勝ち目があるのか?
「ハッコン、シュワシュワするの欲しいっす」
取り出し口に落としたコーラをシュイに渡す。
冥府の王の膨大な魔力は確かに厄介だが、ポイントが余っている今なら魔法の攻撃を〈結界〉で防いで間合いを詰めることは可能だろう。
自動販売機の厄介さを知っているから冥府の王は俺に執着して、始まりの階層で確実に壊そうとしてきた。
「ハッコン、小腹が空いたから、何か食べさせて欲しいっす」
スナック菓子を大量に取り出し口に落とす。これで暫くはもつだろう。
で、お腹が空いたところを強襲……じゃない、冥府の王は俺が壊れてないと知ると、また対策を練ってきそうだな。復活したのをばれないようにした方がいい。
あと、気になるのは五指将軍の存在だ。親将軍と中将軍は倒して、薬将軍であるスルリィムは味方になってくれた。残っているのは――
「ハッコン、もう少しもらえないっすか」
カロリーの高い、メロンパンやドーナッツといった腹持ちの良さそうな品を選ぶ。
やはり、菓子パン将軍……違う、残りの二将軍が厄介だよな。逃亡した小将軍、まだ見たこともない人差将軍が何処で仕掛けてくるか。
できることなら早めに倒しておきたいが、相手が仕掛けてくるのを待つしかない。俺たちが後を追うことを考慮して、何処かに潜んでいる確率は高いだろう。
「喉が渇いたから、甘い飲み物が欲しいっす」
ああもう、考えごとの邪魔をしないで、シュイ。
もう全部食べたのか。胃袋がどうなっているのかヒュールミに解剖してもらいたい。
食べても太らない体質らしいけど、糖尿病が気になる。最近、糖分を取り過ぎな気がするので、ゼロキロカロリーの飲料を渡しておこう。
昔のゼロカロリー系は美味しくなかったが、最近は美味しい物も増えているのでたぶん気づかない。
「あれっ、これなんか、甘味が変じゃないっすか? まあ、美味しいっすけど」
シュイってただの大食いじゃなくて、意外と味覚が優れているのが余計に厄介だ。
今は太らない体質だと大食いできるかもしれないが、こういう人って歳を取って新陳代謝が落ちると一気に太るんだよな。
十年後のシュイを想像してみると……丸っこくてそれはそれでありな気がした。
「ハッコン、失礼なこと考えてないっすか?」
また灯りが点滅していたか。親しい仲間は俺のちょっとした違いで色々察する様になってきている。ラッミスとヒュールミ程じゃないが、昔と比べるとかなり意思の疎通が楽になった。
「ぽ ち ゃ り ゅ」
「ぽちゃる……な、何を言っているっすか。いっぱい運動しているから、大丈夫っすよ!」
慌てて弓を手に取ると、誤魔化すように弓を構え遠くの魔物を射抜いているが、摂取したカロリーと運動で消費しているカロリーが一致していないからね。
焦ったということは、一応は太る可能性を考慮しているのか。
「ハッコン、女の子にぽちゃとか言っちゃダメだよ、めっ」
ラッミスが俺に指を突きつけて注意してくれた。そうだよな、現代日本だとセクハラ認定される失言だ。
そういや、ラッミスも最近太ってきたとか呟いていた。愛用している鎧や短パンがきつくなってきているらしい。以前と比べて太っているようには見えなかったので不思議だったのだが、最近その原因が判明した。
半眼でラッミスを観察していたヒュールミが、ぼそっと零した声が耳に届いたからだ。
「ラッミス、胸も尻もまだ成長しやがるのかっ。オレは成長が止まったというのに……ぐぬうううう」
歯ぎしりをして悔しがっていたので、怖くてその時は口を挟まなかった。
つまり太っている訳じゃなく、膨らんでいく胸とお尻のせいできつくなっているだけ。ただでさえ、男の目を引くスタイルだというのに、まだ強化されるというのか。
色々と心配になるけど、怪力があるから荒くれ者もナンパ野郎もワンパンチで撃退できるんだよなぁ。
性格も顔もスタイルも抜群。普通なら男が放っておかないのだが、常に俺が背中に居るのでナンパしてくる野郎どもを見たことがない。
まあ、自動販売機背負っている女の子に声を掛ける勇気がある男はいないよな……。あと、ミシュエルといることも多いから、男が気後れして近寄れないのかも。
弟子よ、立派に役立っているじゃないか。今度褒めてあげよう。
「どうしたの、何か考えごと?」
ラッミスの額があと数センチでくっつくぐらいに顔を寄せている。
「あたりがでたらもういっぽん」
「あっ、とぼけている。変なこと考えてたでしょ」
じゃれるように拳をぐりぐり押し付けているが、これが生身の人間なら結構なダメージが通っているんだろうな。
こうやってラッミスが無邪気に触れ合えるだけでも、鉄の体になって良かったと思う。
こんな日常が続くならいいのだけど。
永遠の階層を進んでいる時に、みんなと大空の下でドライブしたいと思っていた。その願いが叶った今、気の抜けない現状だが今だけは楽しんでも罰は当たらないよな。
降り注ぐ陽の光を浴び、仲間たちと談笑を続けながら車は進んで行く。




