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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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一家団欒

「後続に追いつきそうだぜ」


 風を切り突き進む荷猪車の御者席で、目を細めて前方を注視しているケリオイル団長――父さんが家族へ声を掛ける。


「あの合体した階層主が先頭に向かって助かりましたね、団長」


「そうだな、副団長。あれを相手にするのは無理がある。他の魔物たちなら俺たちで削ることが可能だ」


 夫婦なのに人前では団長、副団長って呼び合うんだね、父さんたちは。


「マジでやるぜ、赤」


「あたぼうよ、白」


 弟たちは紅白の頭を掻き上げながら自信ありげにニヤリと笑っている。

 暫く見ないうちに大きくなったな、二人とも。自分だけが小さいままだから、凄く違和感があるよ二人の姿には。


「僕も頑張るよ」


「灰は無理しなくていいのよ。私がその分、活躍するから安心してね」


 そう言って後ろから抱きしめるのはスルリィムさんだ。今日も優しい笑みを浮かべて僕を甘やかしている。

 初めは呪いを解除してもらう為に媚びを売っていたのだが、今は――。


「ありがとう、スルリィムお姉ちゃん。でも、無理はしないでね」


「うん、任せてちょうだい」


 あの笑顔を見ていると僕まで幸せな気持ちになる。

 僕や家族を助ける為に、冥府の王を裏切った彼女を疑う気持ちは消え失せ、今あるのは信頼と家族と同様かそれ以上の愛情。

 スルリィムお姉ちゃんが望んでくれるなら、いつか一緒になりたいと本気で思っている。


「世の中間違っているよな。なんで兄貴の方がモテるんだよ……」


「だよな。あの身体じゃ満足させられねえのによぉ……」


 バカな弟たちがこっちをチラチラ羨ましそうに見ながら何か口にしているが、無視しておこう。


「貴方たちは、見た目だけにこだわり過ぎで中身を磨いていなかったからでしょ」


「でもよ、母さん。男も女もまずは外見で惚れるもんじゃね?」


「俺も赤と同じだぜ。どう考えても、外見重視だろ」


 フィルミナ母さんがたしなめているが、弟たちは納得がいかないようで反論している。

 言いたいことはわかるのだが、人は外見が全てじゃないと思う。


「お前ら、何もわかっちゃいねえな。男の魅力はここだ」


 御者席の父さんにも話が聞こえていたのか。振り返り自分の胸を親指で差しながら、口を挟んできた。


「でもよー、ミシュエルだってあの顔だから、あんだけモテるんだろ」


「そうだそうだ、所詮人は顔だぜ」


 弟たちは一歩も譲る気はないようだ。ミシュエルさんは確かに同性の目から見ても格好いいと思う。僻む気持ちもわかるけど。


「赤、白。見た目が重要なら、ハッコンさんはモテないってことになるよ?」


 僕がそう言うと、途端に二人が黙り込んだ。

 見た目で勝負するなら四角い鉄の箱であるハッコンさんは、どうなるのかという話だ。仲間内で最もモテているのは、ハッコンさんで間違いない。


「そ、それを言われちゃ、ぐうの音も出ねえな」


「くっ、赤、俺たちの負けだっ」


 人は内面が大事だという見本だからね、ハッコンさんは。

 今考えても不思議な存在だよね。飲食料品だけじゃなく様々な珍しい品を出せる、人の魂が宿った魔道具。僕も助けてもらったし、家族も何度も救われているそうだ。


「ハッコン、そろそろ発掘されているといいんだが。あいつには借りが山ほどあるからな。無事で復帰してもらわねえと、困るぜ」


「そうですね、団長。子供たちと私たちの恩を返させていただかないと」


 母さんが父さんの隣に移動して腰を下ろしている。何だかんだ言っても、仲が良い両親だと思う。父さんが尻に敷かれることが多いけど


「ハッコンが合流したらモテ技を伝授してもらわねえとな」


「お、それは妙案だぜ」


 そんなことを言っている間は、ハッコンさんのようにモテる日は来ないよ。

 ただ、心意気や考え方を学ぶという発想は悪くないと思う。僕も色々と教えてもらいたいから。いつか、ハッコンさんのように優しく男気溢れる大人になりたい。


「この凍り付いた心を溶かすきっかけになってくれた、魔道具。もう一度、あの甘い飲み物も飲みたいし、協力は惜しまないわ」


 スルリィムお姉ちゃんもハッコンさんを気に入っているらしい。

 本当に不思議な人? だよね、ハッコンさんは。


「っと、無駄口はここまでにするぞ。魔物の最後尾に追いついたぜ」


 前方数百メートル先に魔物の群れが見える。

 群れの中でも足の遅い魔物が他から少し引き離されているようだ。操られている敵は命令を最優先するそうだから、今なら最後尾から削っていくことも可能だと思う。


「俺たちのやるべきことは、少しでも魔物を倒すこと。だが、命を捨てるなよ。愚者の奇行団の最優先事項は……命大事に、だ」


「おうさ、任してくれよ、オヤジ。悪即斬だぜ」


「今宵の我が魔槍は血を求めておるわ」


 弟たちがクリュマで観た芝居に影響を受けている。ハッコンさんの世界の言葉をある程度は理解したヒュールミさんに、決め台詞を教えてもらってから気に入ってしまったようだ。

 影響を受けやすい弟たちが少し心配になる。


「まずは魔法を放ちますね」


「私も手伝おう」


 御者席で杖を掲げる母さんと、僕を背後から抱きかかえたまま片手を天に伸ばすスルリィムお姉ちゃん。

 杖の先端から大量の水が放たれ、激流に呑まれた魔物たちへ巨大な氷の礫が降り注ぐ。直撃した魔物は即死したようだが、幸運にも氷の礫を避けられた魔物たちも、濡れた身体が一気に凍りつく。


「嫁姑混合魔法か……えぐいな」


 ぼそっと呟く父さんの声が聞こえた。


「団長何か仰りましたか?」


 あーあ、母さんに睨まれて目を逸らしている。


「嫁だなんて……ぽっ」


 スルリィムお姉ちゃんが僕に熱い視線を注いでいるけど、こういう時は深く踏み込まないで流した方がいいって、父さんたちが言っていたから触れないでおこう。


「んじゃ、俺たちもやりますか」


 荷猪車が停止して、父さんと弟たちが下車した。

 僕も手伝いたいけど、この体で近距離戦は避けた方がいい。シュイさんから譲り受けた予備の弓を取り出し、矢をつがえる。

 昔から弓は得意だったので、魔物に当てるぐらいなら問題ない。ただ、非力な子供の身体なので、威力はお察しだけど。

 魔法の範囲外にいた魔物が十数体、凍り付いた仲間を容赦なく砕きながら進んでくる。

 他の魔物たちもこの騒ぎに気づきそうなものなのだが、他の魔物は黙々と進軍を続けて、こちらに目をやることもない。


 やはり、ヒュールミさんの言っていた通りだ。攻撃されたと判断した魔物は襲い掛かってくるけど、それ以外は命令を順守するので無視して進んでいる。

 これなら各個撃破も可能だから、ボクたちだけでも充分敵を削ることができる、頑張ろう。

 父さんたちの動きは手慣れたもので、全く危なげなく敵を葬っていく。みんな強くなっている……それだけに、この無力な体が恨めしい。でも、今の自分にできることが限られているのなら、やれることをやるだけだ。

 近くまで寄ってきていた蛙人魔の脳天に矢を放つ。浅く突き刺さっただけだが、相手が怯んだ隙に弟が槍を突き刺してくれた。こうやって、少しでも貢献するしかない。


 向かってきた敵を全て倒すと、再び荷猪車に飛び乗り後を追う。

 そして、魔法で攻撃を加え、向かってくる敵の排除。これの繰り返しをしている。

 何万もの大群に見える魔物からしてみれば、この程度の敵を倒したところで痛くも痒くもないのかもしれないが、今は少しでも戦力を削るしかない。

 敵を減らすことで、後の総力戦で一人でも誰かを助けられるなら無意味じゃない。

 家族のみんなも同じことを考えているのだろう、誰一人、不平不満を口にしないで戦っている。そんな家族を誇りに思いながら、五度目の攻撃を加えようと敵の背後に近づいたその時、僕たちと魔物との間に半透明の人影が突如、姿を見せた。

 それは妙な格好をした人だった。肩が剥き出しの黒革のワンピースはまだいいのだけど、体中に銀色の鎖が巻き付いている。正直、動き辛いと思う。

 顔は目元と唇を黒く塗っていて、黒髪が腰下まで伸びている。

 この半透明の人は見たことがない。父さんたちも初見のようでしかめ面をしている。一応警戒して荷猪車を止めて、馬車から飛び降りた。


「何者だ、あんた」


「はっ、冥府の王を裏切ったてめえらに名乗る名はねえと言いたいが、一応名乗ってやるぜえええっ! 俺様はカヨーリングス! 絶叫の歌姫と名高い、あのカヨーリングス様だぜえええっ!」


 絶叫を上げて名乗る女性を、僕も含めて訝し気に眺めている。

 言動には目を瞑るとして、半透明ということは死霊の類いなのだろうか。死霊で知能がある個体は強力な魔物だと聞いたことがあるので、見た目に反して実はかなり厄介な魔物なのかもしれない。


「久しぶりだなぁ、薬将軍スルリィムよぉ」


 お姉ちゃんの知り合いなのか。思わず見上げると、感情の消えた表情で相手を見据えていた。


「ええ、捕まっていたらしいけど逃げ出せたのね、小将軍」


 今、お姉ちゃんは確かに、小将軍と口にした。相手は五指将軍の一人なのか。

 僕は気を引き締めると、お姉ちゃんのぬくもりを背中に感じながら弓を構えた。


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