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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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236/277

魔性の魅力

 ジェシカ様の美しさに目が離せない自分に内心驚いています。

 あれから、私はずっと女性に惚れることはありませんでした。だが、目の前の……いや、私の想いはそんな軟なものではなかった筈。

 目を逸らすのです。このまま、ジェシカ様の顔を見続けていたら魅了されて、まともな思考力も奪われてしまいます。

 目線をもっと下に、下に、下げなければ!


 強い意志で視線を強引に下げると、裾の広がったスカートを抜け、美しく白い肌が眩しい足を滑り、目的の場所へとたどり着く。

 そこにはドレスと同じく薄いピンクのヒールの高い靴があった。飾り気は少ないのですがあの素材は竜系の革を使用していますね。中には弾力性のある底敷をしているようで長時間の歩行にも優れています。

 確か、オシャレと機能性を追求した靴の匠ケテミヌイの作だったと思われます。

 いやー、眼福です。表面も磨き上げられているところから、大事に履かれていることが伝わってきますよ。

 ふぅぅ、これで私はもう靴の魔力に目を奪われてしまっているので、ジェシカ様への想いは霧散しました。


「ジェシカ坊……お嬢様。むやみやたらと魅了を振りまくのはおやめください。お困りになられていますよ」


 執事服を着た男性がジェシカ様の隣に並ぶと、囁く振りをしながら結構大きな声で忠告しています。

 今、呼び方が少しおかしかった気がしますが、気のせいでしょうか。


「ステック様の言う通りです。男をエロ紳士にしてしまうその目、閉じておいた方が良いのではないでしょうか。皆様にご迷惑ですよ」


 丁寧な口調に聞こえるが、メイドの身でありながら主に注意を促すことを口にして大丈夫なのでしょうか。


「ステック、モウダー控えなさい。従者の身でありながら、主に意見を口にするとは」


 やはり、叱られましたか。領主でもある主に対して従者が口にしていい言葉ではありませんでしたからね。

 従者のお二人も反省して頭を下げています。


「これは差し出がましいことを。イケメン老執事と名高い私としたことが失言を。領主様にこのままでは喰われることになる方々を、見過ごせなかったものでして」


 ……ん? 喰われる?


「男も女も食べまくる雑食なのは少し控えた方がよろしいかと」


 ……ん? 男も女も食べまくる? 

 えっ? 私の耳がおかしくなってしまったのでしょうが、とんでもない発言が聞こえた気が……人に見えますが、人食いの種族なのでしょうか。ならば魔性の美しさも納得できますが。


「失礼なことを言わないで。私の想いはあの方にだけ注がれているのです。あと、給料半年減額です」


「ジェシカお嬢様は本日もお美しく、太陽さえもその輝きの前では萎縮してしまい、空に雲がかかっております」


「あの方は優しく寛大なジェシカ様が素敵だと仰っていました。給料は満額でお願いします」


 主の機嫌を損ねた二人がすぐさまお世辞と言い訳を口にしていますね。

 しかし、敬っているように見えて砕けた内容、主と従者の関係が非常に良好なようですね。普通なら、主に対してあのような口の利き方をすれば、その場で処刑されても文句は言えません。

 だというのに、まるで家族でじゃれ合いながら会話しているように私の目には映っています。


「あー、すまぬが、こちらの要件を伝えても構わないでしょうか」


「これは失礼しました。聖樹のダンジョンのハンター協会の会長様とお伺いしていますが」


「はい、そうです。あちらでは清流の会長と呼ばれていました。急ぎお伝えしたいことがありまして、この魔道具、クリュマを使い移動してきました」


 清流の会長が指差す方向には荷台がセットされたクリュマが置いてあり、周囲には人だかりができています。


「あの珍しい魔道具ですね。そんな貴重な物を用いてまで、伝えたいこととはどのような?」


「ダンジョンが魔王軍の左腕将軍に奪われ崩壊。ダンジョン内の魔物の大群がここへ押し寄せてきます」


 熊会長がそう口にすると、頬笑みを浮かべていたジェシカ様の表情から笑みが消えました。

 隣に並ぶ従者は表情こそ変えませんでしたが、纏う気が一変しましたよ。


「中で詳しく聞かせていただけますか」


 このまま屋外で話す内容ではないと判断したようで、全員が詰所の中へと入り、会長が詳しい説明をしています。

 全て話し終えると、ジェシカ様が大きく一度息を吐きました。


「そうですか、そんなことが。そのような軍勢が押し寄せることになれば、少し前までなら魔王軍との挟み撃ちになり絶望しか待っていなかったのですが……」


「今は違いますからな。しかし、魔王軍との交渉の最中に動くとは独断なのでしょうか?」


「情報が左腕将軍まで届いていないのかもしれませんよ、ジェシカ様」


「申し訳ないが、魔王軍との交渉とは何なのだろうか」


 会長その質問はとてもありがたいです。私も気になっていましたので。


「正式な停戦の交渉中でして。既に話はまとまりかけています。最後の詰めの作業でして、数日中に代表者が帰ってきますので、その進軍も心配いらないと思われますよ」


 我々の知らぬ間に停戦の条約が結ばれていたのですか。となると、左腕将軍である冥府の王は命令違反ということになります。

 話が伝わってないだけなら、あの進軍は止まるのですが……。


「ジェシカ様。左腕将軍といえば謀略家ともっぱらの評判です。情報収集に長けた者が停戦交渉中だということを承知していないとは思えないのですが」


「ステックはわかったうえで、左腕将軍が動いていると考えているのですね」


「はい。噂によりますと自尊心が高く、魔王に対しての忠誠心が他の将軍と比べて低いとの情報も」


「つまり、下剋上ですか。部下の忠誠心が低いと上の人間は苦労致しますね、ジェシカ様」


「本当に……ね」


 ジェシカ様が従者の二人を見つめ大きく何度も頷いています。二人はそ知らぬふりをしていますが。


「ステック、敵の軍勢がこちらに到達する前に戻ってきていただけるよう、魔王領へ使いの者を」


「はっ、承りました」


「モウダーは兵と町の人々に状況の説明を」


「お任せください」


 二人の従者が踵を返し、詰所を出ていきました。


「皆様、長旅でお疲れでしょう。宿を用意させますので、ごゆるりとおくつろぎください」


 この状況下でも笑みを浮かべ、焦りなど微塵も感じられない余裕のある対応を見せるジェシカ様は、相当に肝っ玉が大きいのか、それとも自信があるのか、どちらなのでしょう。


「領主様、余裕があるようにお見受けしますが」


「ジェシカで結構ですよ。それに、私の方が年下ですので、もっと自然体でお話しください。堅苦しいのは苦手でして。あっ、うちの従者たちは問題外ですが」


 最後の言葉を口にした時に笑顔に凄味が加わりました。日頃の言動に対して色々と思うところがあるようですね。


「では、ジェシカ様。何か策でも?」


「策と呼べるようなものではないのですが、あの御方がお戻りになられたらどうにかなるのではないかと考えています。それに左足将軍とは懇意にさせてもらっていますので、左腕将軍の説得にもご助力願えるかと」


「四肢将軍の一人である左足将軍とですか」


「はい。以前は敵対していたのですが、今はとても仲良くしていただいていますよ」


 魔王軍の将軍と……冥府の王を知っているとにわかには信じがたいですが、ジェシカ様が嘘を吐く必要はありませんからね、真実なのでしょう。

 しかし、あのお方と呼ばれる人の信頼度が尋常ではありません。一体どのような方なのかとても気になります。

 優秀で頼りになる妙齢の男性なのでしょうか。私がそれを領主様に問うのも失礼な話ですから、いつか会えるその日を楽しみにさせていただくとしましょう。

 自ら我々を宿まで案内してくださるそうで、町の中を優雅に歩くジェシカ様の後姿を眺めていると、微かに声が聞こえた気がしましたので聴覚の感度を上げてみました。


「お帰りが楽しみですが……問題は最大の敵も帰還されることですよね……今はあちらが一歩有利ですが、いつまでもこの状況に甘んじる私ではありません……相手を篭絡する手段は既に幾つも……」


 何か不穏なことを呟いていらっしゃいますね、ジェシカ様。

 話の内容から察するに、あの御方と呼ばれている人物に好意を抱いていて、その恋敵も戻ってくるということでしょうか。

 他人の色恋沙汰は関わらないに越したことがないのですが、色恋沙汰といえばハッコンさんは今後どうなされるのでしょう。

 当人は気づいていないのか、気づいていない鈍感な振りをしているのかは判断が難しいですが、早めに手を打っておいた方がいいと老婆心ながらに心配してしまいます。

 人は見た目じゃない、を体現していますからね、ハッコンさんは。

 今頃、発掘されているでしょうか。私もそうですが、皆さん無事でいると信じています。早く合流する日が楽しみですよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >>オシャレと機能性を追求した靴の匠ケテミヌイの作だったと思われます。 ケテミヌイ←クツマニアってことか。これまでの名前の法則からして。 モウダー←メイドー
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