防衛都市へ
ミシュエルさんと別れて五日が経過しました。
我々はクリュマのおかげで予想よりも早く防衛都市へ到着しそうです。今は小高い丘の上に居るのですが、遥か遠くに既に防衛都市の立派な城壁と大扉が見えています。
私の加護『感覚操作』で視力を上げているので良く見えていますが、皆さんの目には辛うじて見える程度でしょう。
今は昼食の時間なので降りて休憩していますが、長時間操っていると、さすがに肩が凝りますね。柔軟運動ぐらいしておきましょうか。
「すまない、ヘブイにばかり運転させてしまい」
「構いませんよ。会長の手は運転に向いていませんので」
清流の会長が申し訳なさそうに頭を掻いているが、あの体ではそもそも操作席に入りませんからね。
カリオスさんとゴルスさんも交互に隣の席に座って操作方法を学んではいますが、練習してもらう時間も惜しいので、ここは私が無理をしてでも運転すべきです。
「この調子なら夕方までには着きそうだな、ゴルス」
「ああ、可能だろう」
二人は以前、防衛都市にいたことがあるそうなので、ここら辺の地理にも詳しいそうです。
「十数年ぶりにここを通ったが、こんなにも農業が盛んな町じゃなかったよな」
「これほどまでに豊かな農園が広がっているとは」
感嘆の声を漏らす二人と同様に、私も目の前に広がる色彩豊かな農園に目を奪われていました。
青々と茂る野菜。天高く葉を伸ばしているのは穀類でしょうか。赤が点在している一帯はタミタでも育てているのでしょう。
「皆が知らぬのも無理もない。資料のみでだが目を通したことがある。最近の防衛都市は農業都市としても名が通っておってな、ここで採れる野菜は高品質で帝国でも噂になっているらしい」
会長の説明を聞き、思わず頷いてしまう。
眼下に広がる畑はそれだけで全てを納得させる存在感があります。
「少し仮眠をしてから向かうとしよう。ここで何かあっては全てが無駄になってしまうからな」
会長は私の身を案じてくれているのでしょう。ここは大人しく従って、少し眠らせてもらうとしますか。
私は操作席を後ろに倒し、ベッドのようにして眠りに落ちた。
目が覚めると、頭上にあった太陽がかなり傾いている。眠り過ぎたようだ。
「すみません」
「起きたか。構わぬ、このクリュマなら暗くなるまでには着くだろう」
「そうだぜ、あんま無理すんなよ」
「ああ」
誰も私を咎めることなく、むしろ心配されてしまいました。
ハッコンさんも含めてですが、ダンジョンでは出会いに恵まれました、心からそう思います。
再びクリュマを操作して進んで行くのですが、ここから道が驚くほど整備されていて振動を殆ど感じません。
農園を貫くように大きな道があるのですが幅も統一されていて、大きな石が落ちていることも一切ない見事に整地された道です。ここの領主はかなりのやり手なのでしょうか。
「会長、防衛都市の領主様をご存知でしょうか」
「有名人だからな、むろん知っている。数年前に若くして父の後を継いだ……美しい方らしい。そうであった、皆に伝えていなかったな。領主と目を合わせない方がいい、人間の男は特に危険だと聞いている」
妙なことを仰いますね。目を合わせない方がいいとは、まるで絶世の美女で一目見たら惚れるかのような言い回しですが。
「会長それは大袈裟じゃねえか。まるで目を合わせたら恋に落ちるみたいな物言いだぜ」
「そう言っておるのだ。目を合わせたら、意思の弱い人間の男性は即座に惚れると報告を受けておる。お主たちなら精神力も高いので大丈夫だとは思っておるが」
会長がそういった冗談を言わないのは重々承知しているので、誇張でもなく真実なのでしょう。
となると、本当に絶世の美女なのか『加護』の力なのかもしれませんね。
「さて、門が近くに見えてきたようだ。門番が慌てて駆け寄ってきておるな」
「そりゃそうだぜ。門番だったら、こんな鉄の塊が走って来たら警戒するに決まっている」
「ああ、警鐘を鳴らしても良いぐらいだ」
本物の門番の意見は参考になりますね。
私は扉の窓を下げ速度を落としながら、走り寄る門番を見つめていると気が付いたことがあります。若干、焦りの色が見えるのですが予想よりかは落ち着いているような。
警戒はしているのですが、なんと言いますか……肝っ玉が据わっているような印象を受けます。
「すまない、止まってもらえるか」
「はい、わかりました」
「珍妙な乗り物のようだが魔道具の一種なのだろうか」
三人の門番が警戒しながらも物珍しそうにクリュマを観察している。
「うむ、これはクリュマと呼ばれる魔道具だ。私はここより南にある聖樹のダンジョンよりやってきたハンター協会の者だ。取り急ぎ、領主様に伝えたいことがある」
会長が荷台から降り、身分証らしきものを取り出し手紙と一緒に渡していますね。
一通り目を通した門番は顔色を変え、仲間と相談をしている。
「事情は分かりました。取りあえず、門の脇にある詰所の中でお待ちしていただいてよろしいでしょうか。直ぐに使いを出しますので」
「充分だ、感謝する。このような魔道具を見ても冷静で的確な対応、防衛都市の兵は鍛えられているというのは本当のようだ」
的確な指示を出している隊長らしき人物に、会長は称賛の言葉を贈っています。
私も同じことを思いましたよ。驚きながらも取り乱すことなく礼節を守っているところも素晴らしいです。
「お褒めいただき光栄なのですが、一度、腰を抜かす寸前の驚愕を経験しましたので、それ以降度胸がついたようです」
苦笑いを浮かべて謙遜する門番は嘘を言っている様には見えません。どんな経験をされたのか非常に気になります。
待っている間にと、もてなしをされたのですが、目の前には野菜をふんだんに使った料理が並べられ、見ているだけで何故か涎が零れそうになります。
ただ野菜を切って盛っただけのサラダや、簡単な野菜の煮物だというのに信じられないぐらいの香しさ、噂には聞いていましたが本当に美味しそうですね。
これは気合を入れて口にしなければ、意識をもっていかれる恐れがありそうです。では、実食!
こ、これはっ、適度な噛みごたえが心地よく、溢れ出す野菜の汁が口内を幸せの草原へと誘うっ!
はっ、あ、危ない事前に気を張っていたから助かりました。皆さんはどうなっているのでしょうか。
「あー、懐かしの我が故郷。皆、元気で……」
「うごあああ、ひうぅぅ、何かが溢れだすぅぅぅ」
「いかん、いかん、これは、いかん」
男三人が見事なまでに悶えていますね。見るに堪えない光景です。
私も油断していたら、ああなっていたのでしょうか。しかし、本当に恐ろしいぐらいに美味しい野菜ですね。いや、美味しいで片付けられるようなものではありませんよ、これ。
「お、耐えましたか。守護者様が丹精込めてお作りになられた野菜は強烈な味わいですから。正気を保つのにも一苦労なのですよ」
笑顔で何を言っているのでしょうか、この人は。
話を聞いた限りですが、この町を訪れる人の通過儀礼らしいです。ここの野菜を食べて一度正気を失いかけるのが……ダンジョンの外の世界は斬新ですね。
この野菜、一体どのようにして育てられているのでしょうか。神々が授けた神秘の宝と言われても信じてしまいそうですよ。生産者に一度お会いしてお話を伺いたいものです。
「はっ、今、何をしていたのだ……」
「お、おう、あまりの快感にヤバかったぜ……」
「シャーリィさんに囲まれる夢を……」
どうやら御三方は夢の世界から戻られたようですね。
しかし、この野菜は兵器としても使える気がしますよ。尋問の道具としても有効でしょう。いやいや、野菜をそんな風に使うなんてありえませんか。
「丁度、良い時に戻ってこられました。領主様がいらっしゃいましたよ」
門番の言葉を聞き、我々が詰所から出ると一人の美しい女性が、男女の従者を連れて歩み寄ってきたではありませんか。
従者の女性はメイド服を着て感情と気配を見事なまでに消していますね。ただ歩いているだけでも、あの無駄のない足運びから腕利きであることが伝わってきます。
もう一人の執事らしき服装の初老の男性は優し気な笑みを浮かべていますが、更に上の実力者の様です。
領主がたった二人の護衛しか引き連れていない理由が一瞬にして理解できました。
そんな尋常ではない力を秘めていそうな二人に負けず劣らず……いえ、更に上の衝撃を与えたのが領主です。
何処か儚げな印象を与えつつ、凛とした美しさを放っています。金色の腰まで伸びた髪は艶やかで真っ直ぐに伸び、風に揺れる度に甘い香りが漂い腰砕けになりそうです。これはいけませんね。
薄いピンクのドレスも意匠がこらしてあって、かなり高価な品であることがわかるのですが、彼女であれば粗末なぼろ布であっても、その魅力が失われることはないでしょう。
お世辞抜きに絶世の美女という言葉はこの方の為にある言葉と断言できます。
「お待たせして、申し訳ありません。この町の領主をやらせていただいています、ジェシカと申します」
声まで完璧なのですね。澄んだ聞き心地の良い声を聞いて、鼓膜が喜び震えているような錯覚すら感じます。
「お、俺には彼女がっ、くっ、駄目だっ、耐えろっ俺!」
「シャーリィさん、シャーリィさん……」
門番のお二人もジェシカ様の魅力に抗っているようです。私も負けていられません。
会長は種族が違うので問題ないようですね、助かりました。交渉は全てお任せします。




