大食い団が行く
「こっちだったよね、確か!」
「ああ、間違いない。あの小さな山の麓に村があると地図に書いてあった」
団の副リーダーであるショートが言うなら間違いない。
いつ見ても羨ましい黒褐色の毛並。ボクもあんな感じの毛の色が良かったな。
「ねえねえ、ミケネ。お腹空かない?」
「もうちょっと、我慢しようよペル」
ペルはいつもお腹空いたって言っている。確かにボクたちは大食漢で人よりご飯を食べるけど、もう少し我慢しないと。
「呑気に話している場合じゃないでしょ。それにペルはもうちょっと離れて、ミケネとショートは寄り添うように走らないと」
「近くで走ると邪魔だよ?」
うちの紅一点であるスコは垂れた耳が自慢らしいけど……まあ、そこは可愛いと思う。でも、ちょっと気になることがあるんだよ。
ショートと話をしたりしているとミケネはもっと近づいてとか、たまにハアハアしながらこっちをじっと見ている。
あの姿が不気味過ぎて、男が全く寄りつかない。最近ではハッコンとミシュエルや紅白双子が仲良くしている姿を見ても呼吸を荒くしている。
「ヘブイ、団長もありよね……その場合どっちが……」
そんなことを口にしながら血走った目で仲間を凝視していたスコを見て、ハッコンが前に「く さ っ て う」と呟いていたけど、どういう意味だろう。
まあ、団で色恋沙汰が発生すると崩壊の危機だから、この状況は悪くない気もする。
ハッコンが呼び出したという動く鉄の塊から途中で降りたボクたちは、魔物の軍団の進路方向に重なりそうな村に避難を呼びかけるのが仕事だ。
脚の速さには自信があるので、ボクたちが選ばれた。ここら辺にいる魔物ならボクたちでも倒せるので、命の危機に晒されることもないと思う。
「んー、何か焦げているような臭いがしないか」
ショートがそんなことを言うので鼻に意識を集中すると、確かに微かだけど焦げたような……違うな、炭の匂いがする。
「焦げているというより、炭じゃない?」
「前に焼き肉した時に使った炭の臭いだよこれ、ああ、お腹空いてきたぁ」
嗅覚だとペルがもっとも優れているので間違いない。
「でも、炭の臭いって……もしかして、焼け跡なのかな」
スコに言われてボクもピンときた。そうか、この臭いって。
その推理が正しかったことは数秒後に判明した。
目の前に広がるのは焼け崩れた元は村だった廃墟。規模はそんなに大きな村ではなかったようだけど、全焼を免れた住居も数件あるが全く被害のない建物は一軒もない。
少なくとも住める状態の家はどこにも見当たらないので、住んでいる人は誰もいないだろう。
「廃村だね」
「人の臭いも生活音もしないな」
「食べ物も残ってないね」
「うーん、どうしよっか。一応村を調べてみるから、ミケネとショートでどうするか相談して」
スコは考える気がないようで、ペルを連れて廃村の探索を始めている。
焼けた跡がかなり古いので燃えてから数年は過ぎているみたい。
「この地図の村はここで間違いないのか、少しだけ期待していたので残念だ」
「期待って何が?」
「以前、噂で聞いたんだが、この村の食堂ではほっぺが落ちるぐらいの美味な料理を出すらしくてな。ご飯目当てで村を訪れる者も多かったそうだ」
「えっ、本当に! それは、残念だなぁ」
ペルほどじゃないけど、ボクたち一族は他と比べて大食いで食べ物に対しての執着は強い。だから、そんな美味しいご飯を食べられるお店がなくなっているのは純粋に悲しい。
「食べ物、なーんにもなかったよー」
「でも、こんなのは見つけたわ」
帰ってきた二人から手渡されたのは、鉄の箱に入っていた手紙だった。
内容は「生き残った者はそこの山の頂上で生活をしています。家族や知り合いの安否を知りたい人はそちらに来てください」と書いてある。
「そこの山って、あの低い山か」
「うん、走ったら直ぐに頂上につきそうだね、先にご飯食べない?」
「どうせなら、上に登ってからご飯食べましょうよ」
「そうだね。頂上を調べてからご飯にしようか。誰か住んでいたらご馳走してくれるかもしれないし」
ボクがそう言うとペルの目の色が変わった。この調子なら山登りが終わるまでは我慢してくれそうだ。
山を一気に駆けのぼると、そこは妙な光景だった。
池がポツンとあるだけで他には何もなかった。池の周りには雑草が一本も生えていない。木々が生えている一帯は自然豊かなのに、山の頂上だけは植物が遠慮して生えるのを躊躇っているかのようだ。
「うーん、何にもないね」
「そうだな。綺麗さっぱり何もない」
「でも、この池変じゃないかな。お弁当箱みたいに四角だよ」
「あっ、本当ね。結構、大きな池なのに正確に測ってくり抜いたみたいに、真四角だわ」
ペルとスコの言うとおり、その池はかなり大きいのに綺麗に四角形だった。
溜池を作るときにこだわって切り取ったのだろうか。でも、溜池にしては水路が見当たらない、なんの為に作ったんだろう。
「あれ、こんなところに鉄の箱があるよ。焼け跡にもあった箱と似ているよ」
ペルが見つけたのは、確かに廃村で見つけた物と酷似していた。
開けると中にはまたも手紙が入っていて「ここから北西の村に移住しました」と書いてあった。移住した人の名前も書いてあったが、たった四人だけで火事の被害が酷かったのがわかる。
「その村は進路から少し離れているけど一応向かってみようか」
「そうだな。こっちに近づかないように伝えておいた方がいいだろう」
「あっ、ちょっと待って、手紙の裏にまだ書いてあるよ」
ペルにそう言われたので裏返して書かれていた文字を覗き込む。
「えっと、北西の木々を抜けた先に野菜を植えて放置している、食べられる様なら好きにして構わない。って書いてあるわ」
もう何年も前に書かれた文章なので、野菜が植えてあったとしても腐り果てるか、動物や魔物に荒らされているだろうとは思ったけど、念の為に確認して見るとこにした。
徒歩で一分もかからず、目的の場所は発見できた。
「嘘、凄い……」
スコがその光景を見て唖然としている。いや、みんな大口を開けてポカーンと間抜けな顔をしていた。あっ、ボクもいつの間にか口が開きっぱなしだった。
目の前に広がるのは色とりどりの野菜が豊かな実を付けている自然の農園だった。手入れをしていないのは一目瞭然で、野菜たちがお互いの領地を侵略しながら実を成していて、ズュギウマの隣にタミタが並んでいたりしている。
「野菜ってそんなに好きじゃないのに……凄く美味しそうだよ!」
「この青青しい匂いが、こんなにも腹に響くとは」
「食べていいのよね、これを」
「う、うん。でも、食べ尽すのはなしだよ。きっと動物たちも食べたりするだろうし」
みんなに注意をしながらも、ボクは目の前の野菜に貪りつきたい欲求を抑えるのに必死だった。それぐらい、目の前の野菜たちは魅力的に見えている。
「じゃ、じゃあ、いただこうか!」
「いただきます!」
みんなが野菜に飛びかかっていく。ボクも一番手前のタミタを手に取り、軽く服で拭いてから噛り付いた。
「ひああううう、な、何これ!? 口の中いっぱいに広がる溢れ出す水が、鮮烈な刺激と豊潤な旨味がああああっ」
自分でも何を言っているのかわからないけど、この野菜とんでもなく旨い。それだけは確かだ!
「何これ、何これ、なひほへ、なふふほおおおおぅ!」
ペルの頬が倍以上に膨らみ、目元が幸せそうに垂れている。
口元が野菜の汁で濡れているが、そんなことは全く気にせずに野菜を食べ続けていた。いつもは肉ばかりなのに、信じられない食べっぷりだ。
「これは、キコユに貰った野菜以上の旨さ……だが、何故かあの味が頭に浮かんでくる……どうしてだ」
冷静に味わっているショートの呟きが聞こえたので、ボクも少し冷静になってもう一口齧ってみた。
あっ、うん、確かに旨さはこっちの方が格上だけど、味が似ている気がする。
「これを食材にしてラッミスに手料理してもらいたいなぁ」
スコの意見には同意するよ。生でもここまで美味しい野菜を、料理が上手なラッミスが使ったら、想像するだけで涎が溢れる料理が出来上がるに決まっている。
「ハッコン無事かな……」
ラッミスのことを考えると、いつも背中にいたハッコンを思い出してしまう。
みんなが逃げる時間を稼ぐ為に、出口を守ってダンジョンに埋まったらしい。ボクたちを含めた仲間は誰一人として、ハッコンが死んだ? ……壊れたとは思っていない。絶対に戻ってくると信じている。
「野菜食べていると、ハッコンの甘いお茶欲しくなるな」
「そうだね。からあでと一緒に食べたいな、この野菜」
「ここで食べて一息吐いたら、他の村に向かいましょう。さっさと連絡終わらせて、皆に合流しないとね」
みんなと顔を見合わせて、にかっと笑った。
そうだよね。さっさと終わらせて、ハッコンに合流していつものシュワシュワする飲み物と、からあで食べないと!
「気合の雄叫びしようか!」
僕たち暴食の悪魔団――いや、大食い団が気を引き締める時の叫びを実行した。
「ヴオオオオオオオオッ!」




