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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
最終章

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232/277

弟子として その壱

暫くハッコン視点ではなくなります



「ミシュエルさん、疲れたらクリュマの操作を変わりますよ」


 隣に座るヘブイさんが心配して声を掛けてくれる。

 崩壊した町を出発して、まだ四時間程度なので疲労は感じていない。


「大丈夫です。ヘブイさんは今の内に体を休めておいてください」


 ハッコン師匠の説明だと、この丸いゲージの針が下に達すると動けなくなるそうだが、そうなる前に荷台に積んだ樽の中に入っている、ガスリンという物を入れなければならないらしい。

 こんな物まで召喚できるハッコン師匠の実力には感服してしまう。

 あの白く美しく輝く神々しさもありながら、思わず見とれてしまう艶めかしい光沢がある鋼鉄の体に、優しさと強さを秘めた心。あれ程に素晴らしい師と出会えたことに感謝しなければ。


「順番で運転のやり方を学んでおいて正解でしたね」


「はい。ハッコン師匠の負担を減らす為に学んだのですが、思わぬところで役立ちました」


 永遠の階層を進んでいる際に、クリュマの操作に興味がある人は操作方法をハッコン師匠の個人授業で教えていただけた。

 私やヘブイさんだけではなく同行していた大半の方々がクリュマを操れる。ここにはヘブイさんしかいないが、疲労が溜まったら交代していただこう。


「このクリュマがあるということは、ハッコンさんがまだ無事だということに他なりません。彼が呼び出した物ですからね。意識的に消そうとするか、維持できないようにならない限り、召喚物は世界に留まるというのが、召喚魔法の決まり事ですから」


 ヘブイさんの言葉は偉大なる魔法使いであるシメライ様も仰っていた。

 初めからハッコン師匠が死んだとは思ってもいないが、クリュマを運転していると師匠との繋がりを感じられて、心が温かくなる。


「魔物の軍団はもう抜いたでしょうか」


「うむ、とうの昔に抜いたようだ。このクリュマの速度には改めて驚かされるな」


 後ろに備え付けられた荷台から清流の会長の声がした。

 いつもはハッコン師匠の特等席である、私が座っている席のすぐ後ろに座って正面を見据えている。

 一応、街道を進んでいるのだが、草がないだけで整地も進んでいない道を普通はこんな速度で進めば、揺れが激し過ぎてまともに走ることができない。

 だというのに、何とか走ることができている。それに、荷台の方もヒュールミさんが永遠の迷宮を進んでいる最中にクリュマを参考にして改良を加えてくれたので、驚くほど揺れが少なくなり乗り心地が向上している。

 詳しいことはわからないのだが、クリュマに付いていた鉄らしき渦を巻いた物を荷台にも仕込み、更にハッコン師匠が出してくれた予備の車輪を荷台に付け替えたらしい。

 魔道具も利用しているそうだが、私には難しくてせっかく説明していただいたのに殆ど理解できなかった。もう少し勉学にも身を入れなければならないようだ。

 昔、姉上にも「武だけではなく知も鍛えなければなりませんよ」と口を酸っぱくして何度も言われていた。

 もう何年も会っていないが姉上は元気にされているだろうか。


「この調子であれば、一週間も経たぬうちに防衛都市にたどり着けそうだが。問題はこの先にある殺意の森を迂回しなければならぬことだ」


「あそこは凶悪な魔物が多く、人を迷わせる呪いが施されているそうですね。魔物の群れも避けて通るのでは?」


「私もヘブイさんと同意見です」


 以前単独であの森に挑んだことがあったが、魔物の強さは何とかなったが迷ってしまい餓死寸前まで追い込まれたことがあった。


「普通ならばそうなのだが、あ奴らには階層主をまとめた魔物がおるからな。あれを先頭にして木々をなぎ倒しながら進めば、安全な道が確保される」


 清流の会長が言うことを全く考慮していなかった自分の愚かさに頭を抱えそうになる。

 ハッコン師匠なら、すぐさま気づき対策を練られるのだろう。四角い身体に秘められた賢者顔負けの知識には、いつも助けていただいていた。


「クリュマで森を突っ切るのには無理がある。迂回するしか手がないのだが、ここで時間を短縮されるのは痛いな」


 我々先発隊は清流の会長、ヘブイさん、カリオスさん、ゴルスさん、私の五名しかいない。

 会長は顔が利くので防衛都市での交渉を担当してもらうことになっている。

 カリオスさんとゴルスさんは防衛戦に関しては一番頼りになるとのことだ。二人は集落を守り続けてきた猛者。あの二人の息の合った動きで攻められたら、正直、勝てるかどうか怪しい。

 ヘブイさんは負傷した時の回復と、クリュマ操作の交代要員として同行してくださった。


「としても、どうしようもないよな」


「迂回しかないと思われる」


 カリオスさんとゴルスさんも迂回を勧めている。

 私もそれしかないとは思うが、せっかく距離を稼いでいるのにここで距離を詰められるのは……。


「森に潜んで相手の数を削るってのはどうだ?」


「するにしても兵力が足りないだろ、カリオス」


「罠を仕込むには道具も人材も足りぬか」


 御三方の意見を聞きながら頭を悩ませている。ハッコン師匠がこの場に居れば妙案が浮かび、とんでもない策で我々を驚かせてくれただろう。

 だが、今は我々しかいない。無い知恵を絞りだすしかないのだ。


「皆さん……私だけ殺意の森で降ろしてもらってよいでしょうか」


「何を考えている、ミシュエル」


「私は複数の相手への立ち回りを得意としています。それに、いざとなれば森に火を放つことも容易いので、少しはお役に立てるかと」


 私にはこの竜を模した剣がある。我が家に代々伝わるこの剣は灼熱の炎を刃に纏わせ、放つことも可能だ。

 この火力であれば森を焼き、魔物の軍勢を巻き込むこともできる。逃走の際にも上手く立ち回る自信はある。


「それは、あまりにも無謀だ。死に行くようなものだ」


「そうですよ。あれが十数体の魔物であれば任せますが」


 清流の会長とヘブイさんが止めてくれている。私も逆の立場なら無謀だと考えなおすように説得しただろう。


「そうだそうだ。それにそういう危険なことは俺たちのようなオッサンがやる仕事だぜ」


「だな、カリオス」


 門番のお二人は止めるどころか、足止めの役割を代わりにやろうと言いだしてきた。


「いえ、ここは私が向いています。それに、死ぬ気はありません。死んだらハッコン師匠に怒られますので。目的は相手の妨害のみです、無理だと判断したら森を焼いて逃走することを誓います。詳しくは話せませんが私には人々を守る義務があるのです。どうか、私に任せてもらえないでしょうか!」


 勢いよく頭を下げると操作する円形の輪にぶつかってしまった。

 ブーーーッ!

 あっ、ここを押すと音を発するのだった。ヒュールミさんが運転中にやって、酷く驚いたのを覚えている。


「はぁ、言っても聞かぬようだな。命を捨てるようなことはせず、無事帰ってくることを……ハッコンに誓えるか」


「誓えます!」


 私が即答すると皆さんは説得を諦めたようだ。死ぬ気は本当にない。ギリギリまで頑張るつもりではいるが、無事生き抜いてハッコン師匠に褒めていただきたいから。


「ならば、任すとしよう。くれぐれも命を大事にするのだぞ」


「そうですよ。命があってこその趣味ですからね。命と靴は大切にしてください」


「死んで英雄になろうなんてやめろよ。生きねえと好きな女と過ごすこともできなくなっちまうからな」


「ああ、そうだな」


 皆さんの激励の言葉が胸に染みる。

 ハッコン師匠と出会い多くの人と触れ合うことができた。そのおかげで仲間内だけだが、こうやって自然に話せるようになった。

 これも全て師匠との出会いがあったからこそ。その恩に少しでも報いたい。

 そして、この国の住民を守らなければならない。この命に代えても……矛盾している考えだ。この心の声を聞かれたら怒られそうですね、ハッコン師匠。

 一族の義務と皆さんとの絆。どちらも守る為に私は――魔物の軍勢に挑まなければならない。

 正面にはまだ森は見えてこない。殺意の森に到着するまでは、皆さんと過ごすこの時を思う存分、満喫させてもらうことにしよう。





「無茶をするでないぞ。ハンターは生き延びることも仕事の内だ」


「神のご加護がありますように。無事を祈っていますよ」


「やばくなったら、すたこらさっさだぜ?」


「逃げるのも策の一つだ。蛮勇と勇気を履き違えるな」


 殺意の森の前で降りた私は、皆さんへ深々と頭を下げた。

 足下には大量に食料が詰められた袋がある。これだけあれば一週間は余裕で過ごせ、足りなくても森で動物や魔物を狩って、自力で食料を確保すればいい。

 小さくなっていく皆さんの姿が見えなくなると、木々の生い茂る森へ足を踏み入れた。

 昼間だというのに密集しすぎていて光があまり差し込んでこない。


「薄暗いな……っと、もうお迎えですか」


 まだ少ししか進んでいないというのに、辺りから無数の魔物の気配を感じる。

 しかし、十数体だが一目散にこちらに突っ込んできているようだ。妙だな、この気配は決して弱くない魔物だが、気配の質がバラバラだ。

 異なる種族の魔物が群れを成すなど、魔王軍でもない限りあり得ないのだが。

 大剣を構え、魔物が飛び出してくるのを待つ。

 木々の間を抜けて肉食の一つ目狼が一体と、額に剣の刃のような角が三本生えた猿の姿をした魔物が現れた。


 視線が合うと――驚いたように目を見開いた。何故だ、私を狙って現れたのではないのか?

 一瞬、戸惑うように脚を止めたが、すぐさまこちらに向けて突進してきた。

 斬り下ろしと横薙ぎで葬ると、更に種類の異なる魔物が三体出てきたのだが、やはり私を見て驚いているな。

 脚の止まった魔物を切り捨てようと構えると、その魔物たちは目の前で体中に線が走ると細切れになった。

 文字通り、何分割にもされた魔物だった肉片が地面を赤く染めている。


「何が……」


 こちらが手を出していないというのに、切り刻まれた魔物。見事な切れ味と目にも止まらぬ速さの攻撃。

 今の自分の実力で抵抗できるのか。いや、ここで引くわけにはいかない。


「姿を現したらどうですか」


 木々の後ろから漂ってくる気配に対し声を掛ける。

 魔物にしろ人にしろ、油断ならない相手なのは確かだ。気配の形からして人型であるのは間違いない。

 この太刀筋はまるでユミテ様のような腕だ。

 どんな相手が現れようとも平常心を失わず、全力を尽くし生き延びる。

 もう一度、ハッコン師匠に会う為に!


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― 新着の感想 ―
ダンジョンの門、人がすり抜けれるくらいしか開かなかったのによく車が外に出れたよね
師匠にゾッコンの独白が続いてドン引きものだが、「自動販売機に熱を上げている」と言い換えたらお似合いでしかなかったな……主人公本人は気づいてなさそうだが。
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