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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
九章

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終わりの始まり

 全身が揺さぶられる状態でも仲間たちは優れた平衡感覚で問題なく立っている。

 焦りさえなくなれば、彼らの身体能力ならこれぐらいの揺れは何の問題もないようだ。

 頭上から大小様々な天井の破片が落ちてきている。時間を掛けると生き埋めになりそうなぐらい崩壊が進んでいく。

 速攻で勝負を決めなければ俺たちが先に瓦礫で押し潰されそうだ。

 遠距離攻撃担当のシュイとフィルミナ副団長が攻撃を加えるが、冥府の王に纏わりつくように漂う闇の霧が全てを防いでいる。


「あの闇は濃厚な魔力の霧のようです。防御能力は見ての通りですので、牽制攻撃はほぼ無意味かと」


 フィルミナ副団長が背中から蝙蝠の羽を生やし、全力で水流をぶつけているのだが冥府の王を濡らすことすら叶わないでいる。


『吸血魔がおるのか。左足将軍の配下にも確かおったな。力としてはそれなりといったところか。ほぅ、完全に敵に回るのだな』


 水流とは別方向から巨大な氷の塊が冥府の王を捉えるが、闇の霧に弾かれている。

 その氷を放ったのは苦渋の表情を浮かべるスルリィムだった。


「貴方に助けていただいた恩は忘れていません。ですが、私はもう貴方の所有物ではないのです」


「そうだぞ、息子の恋人候補だからな! 男も女も干からびた熟年より、ピチピチの若い奴の方が良いに決まっているからな!」


「そんなことを……思っていたのですね」


「ち、違うぞ。お前はいつもほら美人でカワイイじゃねえか、な、なあ、お前ら」


「お、おう。母さんはビジンダナー」


「キレイヤワー」


「母さんは若々しくて素敵だよ!」


 スルリィムの決別宣言を台無しにするケリオイル団長一家だったが、そのやり取りで仲間の緊張感が少しだけ緩み、良い意味で無駄な力が抜けたようだ。


『我を前にその余裕、お主らは普通のハンターとは違うようだな……そんなお主らの顔を益々、絶望に染めたくなった。そうだな、逃げる機会を与えよう。今から我は魔物たちを始まりの階層へと送り込む。その魔物を凌ぎつつ人々をダンジョンの外へ逃がすがいい』


 力を手に入れて調子に乗っているな。敵側が力に溺れ余裕を見せつけて後で後悔するという、悪党の王道パターンをやろうとしているのか。

 俺が向こうの陣営なら止めているが、見逃してくれるなら文句はない。


『崩壊が先か全滅が先か、どちらにしろ楽しませてもらえることを期待しておこう。キサマらはまだ死んでくれるなよ……』


 言いたいことを全て言って満足したのか、冥府の王は闇の霧に包まれ収束すると、そのまま消え去った。

 それでも、全員が警戒態勢を維持したまま暫く武器を構えていたのだが、本当に消えたことが判明すると脱力して大きく息を吐いている。


「助かったのか……いや、見逃されたのか」


『強がってはいましたが、冥府の王も力の制御が上手くいかないのでしょう。皆さん安心している時間はありませんよ。今から清流の湖階層へ直通の転送陣を描きます。それで戻って住民の方々と一緒にダンジョンから離れてください』


 ダンジョンマスターがよろめきながら立ち上がると、宙に淀みなく指で魔法陣を描き、手を地面に振り下ろすと足元に青い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。


『九割近く力を奪われてしまいましたが、地上へと繋がる扉は何とか解放させました。とはいえ私の力が何処まで通用するか不安が残りますので、急いでもらえるとありがたいです、はい』


 最後の力を振り絞って俺たちを逃がそうとしてくれているのか。

 結局ダンジョンの事もダンジョンマスターの事も詳しく知ることができなかったのは心残りだが、みんなが住むこの場所を創り上げた人が悪い人じゃないことがわかっただけでも、大きな収穫だったと思おう。


『ハッコンさんでしたか、貴方の人に戻る望みが叶えられずに申し訳ありません』


「い い よ ま た」

「が ん あ る」


 他にもダンジョンはあり願い事が本当に叶うとわかったのだから後悔は全くない。

 この一件が片付いたら、別のダンジョン制覇を目指してもいいし、暫くはのんびり仲間たちと暮らすのも悪くない。

 自動販売機の体にも慣れてしまっているので、慌てる必要は皆無だ。


『面白い方だ。この階層の魔物避けの結界をこの神殿に全て集めますので、貴方たちが立ち去った後、冥府の王は手出しできなくなる筈です。私の力が尽きるまでは守り通します。ダンジョンの崩壊も何とか遅らせてみましょう』


 永遠の階層全域に張られている魔物を寄せ付けない結界をここに集めれば、確かに冥府の王も近寄れないだろう。


「でも、そんなことをしたらダンジョンマスターさんが……」


『良いのですよ。ダンジョンマスターはダンジョンを制覇された時、その魔力を全て解放して望みを叶えダンジョンを崩壊させ共に消え去るのが決まり事です。私も長く生きすぎましたからね。予想外の終わり方ですが、これもまた一興ですよ』


 そう言って微笑む姿は無理をしているのではなく本当に嬉しそうに見えた。

 今日会ったばかりの俺たちにダンジョンマスターの心情を理解するのは難しい。当人がそれを望んでいるのであれば、それを否定する権利はない、よな。


『そうです。ハッコンさん、願いは叶えられませんでしたが、せめてこれだけは持って行ってください』


 俺は最後にダンジョンマスターからの土産を貰ってから、転送陣に乗る。


『では、聖樹のダンジョンを制覇した勇敢なるハンターの進む道に輝ける未来がありますように。おめでとう、そして、ありがとう。私のダンジョンを最後まで……楽しんでくれて』


 穏やかに微笑み手を振るダンジョンマスターの言葉を最後に、俺たちは青い光に包まれ、永遠の階層を後にした。

 いつもの浮遊感が消えると即座に扉を勢いよく開き、全員が見慣れた廊下を疾走している。そして、ハンター協会のホールへと飛び込むと既に避難している多くの住民がいた。

 その中に熊会長の姿を見つけた俺たちは、人を掻き分け何とか辿り着く。


「皆、もう戻ってきたのか。お主らの話を聞きたいところだが、それどころではなくてな」


「ああ、それは理解している。現状を一番詳しく把握しているのはオレたちだ。説明は後でするが、今は全員を転送陣で始まりの階層に送って、そこから外に脱出させてくれ」


 そこまでまくし立てたヒュールミだったが周りの目が気になったようで、熊会長の耳元に口を近づけて詳しい話を囁いたようだ。


「まさか、そんなことになっておったのか。了解した。職員たちには集落の住民の誘導と他の会長たちへの言伝を頼むとしよう」


 熊会長がてきぱきと職員と衛兵たちに指示を出している。この数年で騒動に慣れきっているので全員の対応が素早く的確だ。

 あっという間に協会を跳び出していく。


「戻ってきたばかりのお主らに頼むのは心苦しいが、先に始まりの階層へ移動して魔物の襲撃に備えてはくれまいか。既に襲われているようであったら、その場のハンターたちと協力して欲しい」


「うん、わかった。みんなも、いいよね?」


 ラッミスの言葉に反論する仲間がいる訳もなく、再び転送陣に乗り始まりの階層へと飛び立つ。

 慌ただしいが今は一刻を争う。ダンジョン崩壊と魔物の侵攻を食い止めなければならないので、一人でも多くの住民を生かす為に労力を惜しんでいる場合じゃない。

 転送の光が消えると全員が始まりの階層へと雪崩れ込んだ。集落内の光景は以前と同じなのだが、遠くから激しく争う音がする。

 もう敵の侵攻が始まっていたのか、急がなければ。


 誰も声を発することなく顔を見合わせると、以前バリケードを築いて通路を封鎖した場所を目指して駆けていく。

 目的地が見えてきたのだが、そこにはバリケードを必死になって守っているハンターたちが二十人近くいたが今にも決壊しそうだ。

 崩壊寸前のバリケードの隙間から魔物たちの腕が伸び、何かを掴もうともがいている。ハンターたちは手にした武器を魔物に突き刺しているのだが状況は圧倒的に不利だ。


「手伝うよー!」


 ラッミスが速度を一気に上げ、跳ぶように走りバリケードまでの距離を一気に詰めた。


「おおっ、前の怪力ねえちゃんじゃねえか! 助かるぜ!」


「援軍が来たかっ!」


 以前活躍した俺たちのことを覚えていたようで、防衛していたハンターたちが沸き立っている。歓迎ムードは嬉しいが、まずはバリケードの補強だ。

 俺がコンクリート板を次々と生み出して、それをラッミスが軽々と運びバリケードに重ねていく。

 遅れて追い付いたピティーも加護の力を使って、コンクリート板を運ぶのを手伝ってくれている。

 これで一時的にだが敵の侵攻を押し留められそうだ。ヒュールミが更に板材や縄を使ってバリケードを強化しているので、そう簡単に崩されることはないだろう。


「ラッミス、こっちは落ち着いてきたから、外へ繋がる扉の方を見て来てくれねえか。避難の状況が知りたい!」


「わかったよ、ヒュールミ!」


 即答即決でラッミスが踵を返して、逆方向へと走っていく。そして、その背にはもちろん俺がいる。

 集落の光景が飛ぶように過ぎ去る中、進路方向に巨大な両開きの扉が見えてきた。その扉の大きさは、永遠の階層の大樹が彫られていた扉に匹敵するほどだ。

 その前には人々が密集しているのだが、避難している人が減るどころか徐々に増えている。扉を開けるとダンジョンマスターが言っていたのだが、あれは嘘だったのだろうか。

 距離が近づくにつれて扉とその周辺の様子が詳細に確認できるようになったのだが、何故避難が進んでいないのか理解できた。

 扉は確かに開いているのだが、その隙間がほんの僅かで大人が二人ギリギリ並んで通れる程度しかない。

 残された力ではあれが精一杯なのか。

 懸命に人員整理をしている会長たちの元へ駆け寄りながら、今後どうすればいいか考えを巡らせていた。


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