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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
九章

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224/277

扉の先へ

 犬岩山のコインがはまると扉全体が光を放ち、両開きの巨大な扉がゆっくりと開いていく。

 ヒュールミ以外は車や荷台から降りて門の前に並んでいる。俺はいつもの特等席であるラッミスの背負子の上だが。

 そして、俺の真後ろに車が並んでいる。二メートル以上離れると車を運転できなくなるので、これ以上は離れるわけにはいかない。

 今の隊列は前衛が数歩前に出て横並びで武器を構えている。そして後衛が次に位置して最後尾にラッミスが入る訳だが、その背後に車と荷台が続きヒュールミはそこにいる。


 扉が完全に開き、その先にあるのは巨大な空間だった。磨き上げられた床石に巨大な柱が何本も規則正しく配置されているのだが、天井までが異様に高く人工的に作られたとは思えない。

 全て白で統一された神殿のような内観だ……本物の神殿を見たことないので、ただのイメージだが。


「奥が見えないぞ、おい」


 運転席に居座っているヒュールミが窓を開けて、感嘆の声を漏らしている。


「広いねー、ねっ、ハッコン」

「いらっしゃいませ」


 本当に広いな、この神殿っぽい所。

 はしゃいでいる二人に同意しながら、目の前の光景に感動していた。

 魔道具らしき灯りが見当たらず頭上には天井があり、陽が射し込んでいる様には見えないのに晴天の屋外のように明るい。


「魔力が満ちていますよ、ここは」


「確かに濃密な魔力だ」


 魔法が操れるフィルミナ副団長とスルリィムが鼻を鳴らして嗅ぐような動作をしている。両者とも魔力を操れるようなので、俺たちにはわからない何かを感じ取っているのだろう。


「何かあると言わんばかりの場所だぜ。お前ら気を付けろよ」


「任せてくれよ、オヤジ」


「大丈夫だって」


 団長親子は気負いもしてないし、油断もしてないようだ。

 あまりに広くて何処から手を付ければいいかわからず、取りあえず前へ進むことにした。足下に赤い絨毯が敷いてあるので、これが道標だと信じるしかない。

 厳かで最終ステージに相応しい場所だが、このまま何もなく終わってくれそうにない雰囲気だよな。

 ラスボス……いるよな。柱が規則的に並んではいるが、間隔が広いので問題なく立ち回れる。目も眩むような明るさでもなく、動きに支障が出るような暗さでもない。

 周囲を警戒しつつ一同が前進していたのだが、進む方向に壁が見えてきた。どうやら、行き止まりのようだ。


「おうおう、如何にもって感じだな、おい」


 徐々に明らかになる進路方向の光景にケリオイル団長が苦笑いを浮かべている。

 正面の壁には巨大な大樹が描かれたタペストリーが掛けられている。色彩豊かな糸で織られた見事な逸品だ。

 金色の実がなっているな、コインをはめた扉に彫られていた大樹とデザインが同じか。ここまで強調しているということは、この絵には何かしらの意味があるのかもしれないな。

 巨大なタペストリーの下には玉座があるのだが、そこには誰もいない。

 意味深な感じはするが、魔物も人も存在しない寂しい空間だ。


「誰もいないね、ハッコン。どうしたらいいのかな」


 正直、拍子抜けだな。この玉座に願いを叶える存在でもいれば完璧だったのだが、俺たち以外は人っ子一人存在しない。

 はっ、もしかして某ゲームを参考にするなら、王座の後ろの隠し通路があったりするのだろうか。


『よくぞここまで辿り着いた』


 バカなことを考えていた脳に直接声が響く。

 尊大な口のきき方だというのに、何故か嫌な印象を感じない低く威圧感のある声だ。

 こういった展開が待っているかもしれないと身構えていたので驚きは少なかったが、紅白双子とラッミスとシュイがキョロキョロと慌てて周囲を見回している。


『最下層に到達したお主たちには願い事を叶える権利がある』


 おっ、願い事の件は実はそんなに期待していなかったのだが、実際に叶えてくれるのか。これで灰の負の加護が解除されればいいのだが。

 そして、もしまだ願い事が叶うなら……俺の願いも聞き届けて……。


『だが、お主らの中に我が迷宮を脅かす者の臭いが染みついておる輩がおる』


 この声が指摘する人物に心当たりがあり過ぎるな。

 全員の視線がスルリィムへと注がれる。


「それは、私のことだろう。冥府の王の元配下だ」


『ふむ、元か……冥府の王は我が聖樹から創り上げた迷宮を乗っ取ろうと暗躍しておる愚か者。我が力の多くが奴に削がれ奪われてしまった』


 語尾が小さくなった声の主。魔物を操られている自覚はあるのか。


「ハッコン、ハッコン、あの立派な椅子にっ」


 ラッミスが慌てて俺の体をコンコンと叩いている。周りの仲間にもその声が聞こえたようで、王座に視線が集まる。

 さっきまで誰もいなかった王座に中年男性が一人ポツンと座っていた。

 頬杖をついてため息を吐く、痩せこけた覇気のない中年が一人。茶色の地味なローブを着た五十代半ばに見える髪の毛の薄くなった男は――人生に疲れたサラリーマンにしか見えない。

 迫力どころか存在感が無い。ラスボスかそれとも願いを叶える者なのかは判断がつかないが、俺の想像していたイメージと違い過ぎる。

 人生に疲れ果てたサラリーマンが哀愁を漂わせている……コスプレをして。いや、違う。そう見えるがダンジョンを創造した存在だ。見た目で判断してはいけない。


『ちょっと、聞いてくれるか。ああ、この口調も面倒ですからやめますか。ちょっと聞いてくださいよ、まさかダンジョンを乗っ取ろうなんて馬鹿げた者が現れるなんて思いもしなかったので落ち込んでいるのですよ……はぁぁ』


 威厳に満ち溢れていた声は何処に旅立った。同一人物とは思えない憔悴しきった声で語り掛けてきた。


「ど、どうするよ」


「話聞いた方がいいのでは」


 動揺したケリオイル団長夫婦が仲間を集めて円陣を組んだ。

 ラッミスが小突いただけで死にそうな気がする相手だが、怒らせるのは得策ではないと考え取りあえず話を聞くことにした。

 交渉役はケリオイル団長に一先ず任せることにしている。


「あんたは、このダンジョンを創った者で間違いないのか?」


『ええ、まあ、そんな感じです。ダンジョンマスターと呼ばれる存在らしいです。一応、昔は天才と呼ばれていた時期もありましたよ。ああっ、過去の自慢話をすると嫌われてしまいますね、いやはや、申し訳ない』


 腰が……低いなぁ。緊張を解くのは危険だとわかっているのだが、話し方と頭をぺこぺこ下げている姿を見ていると、警戒するのが馬鹿らしくなってきた。


『おおっ、すみません。おもてなしもせずに』


 ダンジョンマスターらしき男が指を鳴らすと巨大な長机と椅子が目の前に現れた。

 その光景に仲間たちの緩みかけていた緊張感が戻ってきたようだ。武器に手を掛けることはしないが、少し膝を落としていつでも行動に移せる状態になっている。


『ささっ、お座りください。色々と聞きたいこともおありでしょう。私に答えられることなら何でも質問してくださって構いませんので』


 罠の可能性がないとは言い切れないが、相手の機嫌を損ねることも避けたい。


「す あ り ゅ よ」


「うん、そうだね。うちらがまず座ろうか」


 何を言いたいのか察してくれたか。俺には〈結界〉があるから何かあったとしても防ぐことが可能だ。まずは俺たちで安全性を確認してから、みんなが試した方が良い。

 俺を椅子の隣に置いてラッミスが腰かける。挟んで隣に車から下りてきたヒュールミが座った。

 特におかしなところはない。ヒュールミも座る際に何かしらの仕掛けがないか椅子を調べていたようだが、何も言ってこないということは怪しいところがなかったのだろう。

 仲間たちは訝しみながらも全員席に座った。


『では、飲み物と茶菓子を――』


「いらっしゃいませ」


 相手の言葉を遮って発言をする。飲み物と茶菓子提供は自動販売機として譲れないところだ。それに、飲み物に細工をされることもこれで防げる。


『貴方が代わりに提供していただけるのですか。貴方たちの様子は見物させていただいていましたので、前々から興味があったのですよ。お願いしても構いませんか?』


 初めから何か仕込む気はなかったのか。あっさりと役割を譲ってくれたな。

 仲間の好物は理解しているので、全員別々の物を提供した。ダンジョンマスターは好みがわからないので、俺の好みだが炭酸飲料とミルクティーでいいか。

 ラッミスとヒュールミに配ってもらう。ダンジョンマスターはペットボトルを手に取り『ほおう、これがあの』と手に取って嬉しそうに観察している。


『素敵な物をいただきありがとうございます。では飲食しながらで構いませんので、質問を受け付けますよ』


 穏やかな表情に笑い皺が見える優しい顔。それだけで信用したくなるが、見た目だけで人の中身が判断できれば苦労はしない。

 それだけでわかるなら自動販売機の見た目の俺はどうなるって話だ。

 さて、何から質問して何を訊きだすべきか。この柔和な中年が本当にダンジョンを創った当人なのか。全てはこの話し合いで明らかになる。


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― 新着の感想 ―
[一言] コインをはめた扉が開ききった時にコインを外すとどうなるのだろうか。外して持ち帰ったらもう一回、出来たりして。
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