階層主とコインと願い
「ちょっくら試してみるぜ」
ヒュールミの指摘が当たっているのか確かめる為に、ケリオイル団長が階層主のコインを一つ取り出し、近くに会った木の実の穴と大きさを比べている。
「こりゃ、ぴったりだな。てことは、階層主のコインはここで使って扉を開けってことか。穴は合計幾つある?」
扉の全体図が良く見えるように車のヘッドライトをハイビームにした。
全員で扉を調べコインがはまる穴を数え始める。
調べた結果、穴は全部で七つあった。
「七つの穴ってことは、この永遠の階層を除いた階層の数と一致するぜ」
「偶然にしては出来過ぎだな。階層主のコインをハメるってので間違いなさそうだが、問題はコインの種類が同じでも大丈夫かってことだ。俺が持っているコインは四種だが、始まり、亡者、清流、迷路だけだぜ」
ケリオイル団長が袋から四枚のコインを出して俺たちに見せた。コインに階層主の姿が彫られているので間違いはない。
「えと、階層主のコインはハッコンが持っていたよね」
「いらっしゃいませ だ す よ」
俺の中に入っていたコインを取り出してみる。
清流の湖階層の八足鰐、灼熱の砂階層の双対鬼、闇の森林階層の老大木魔の三種しかなかった。
これで合計七だが、清流の湖階層の八足鰐がダブっている。
「数はどんぴしゃだがよ、八足鰐が二枚で犬岩山がねえな。どうする、試してみるか?」
「ここまで来てやんねえのは無しだろ。これはハメる順番とかあるのかね」
手の平の上に四枚のコインを重ねながら、ケリオイル団長が疑問を口にした。
「おそらくだが、大木はこのダンジョンを表しているんじゃねえか。となれば、一番上の木の実は始まりの階層の階層主のコインだろうな」
ヒュールミの指摘に頭があれば頷いていた。ダンジョンの上の階層から順にコインをハメていくわけか。木の実は一つも横並びをしていないので、上から順に当てはめることはできる。
「まあ、やってみっか」
一番上の高いところには扉の凹凸を利用して赤と白がするすると登っていく。
念の為に上から順に入れていくこととなり、始まり、亡者、清流、迷路、灼熱、闇の六つをはめ込んでいった。
コインを入れる度に木の実が金色に輝き眩い光を放っていく。扉の前はその輝きで昼間のように明るくなり、残すは一番下の木の実だけとなる。
「階層主のコインで正解みたいだね、後は一番下のここに八足鰐のコインをハメるよ?」
ラッミスが全員に確認を取ると静かに頷いた。
できればこれで正解であって欲しいが、間違っていたらこの道を引き返して犬岩山を倒しに行かなければならなくなる。正直、二つの意味で勘弁してほしい。
恐る恐るラッミスが八足鰐のコインを穴に入れると――特に反応がなかった。身が光ることもなく扉が開くこともなく、ただ沈黙だけがその場を支配していた。
「おいおい、マジかよ。犬岩山のコインが必須ってか、はあぁぁぁ」
ヒュールミが額を叩き真っ暗な天を仰いでいる。
今から戻って犬岩山をどうにかしないといけないことを理解して、肩を落としため息を吐く者が続出していた。
ここは扉を開く方法がわかっただけでも良しとしないと。かかる日数も把握できたし、今度はもっと早く移動できる自信がある。
気を取り直して帰宅準備を始めようとしていたのだが、突然「ちょっと待ってくれ」とヒュールミが声を上げた。
そして、荷台に駆け寄ると中の荷物を探り、一つの小さな箱を取り出す。
あっ、それって荷台に置いてあった熊会長からのプレゼントか……ああっ、もしかして!
「これは熊会長が最深部に到達したら開けてくれって手紙を添えて、荷台に忍ばせていてくれたものなんだが、オレの想像が的中していたら」
願望と期待を込めて小箱が開く瞬間を見守っている。
その中から出てきたのは一枚のコインで、表面には岩肌の犬が彫り込まれていた。
「やっぱりな! 犬岩山を唯一倒したのが会長たちのチームだって聞いてたから、もしやと期待していたんだが」
熊会長としては最下層でコインの数だけ願い事が叶うというのを知っていたので、その願い事の数を増やせるように気を遣ってくれたのだろう。用途は違うが熊会長には感謝しないとな。
「これで揃ったのか! 会長には感謝しても感謝しきれねえな」
「熊会長マジカッケー!」
「色熊男っ!」
ケリオイル団長と紅白双子が熊会長を褒め称えている。
みんなもつられて熊会長を褒める言葉を口にしているので、俺も心の中で感謝の言葉を呟いておいた。
「よっし、感謝はこれ位にして、コインをハメようと思うがその前に……この扉が開いた後のことを話し合っておこうぜ」
ヒュールミは焦ることなくコインを手にしたまま、その場に座り込んだ。
興奮状態のまま勢いで扉を潜りそうだった仲間たちだったが、その言葉に少し冷静さを取り戻したようで全員がその場に腰を下ろした。
全員の顔を見回してから満足そうに一度大きく頷くヒュールミ。自分だけ戦力になれないことを悔やんでいる場面を何度も目撃しているが、冷静に状況を見極める姿に何度助けられてきたことか。
「ここから先は未知の領域だ、情報が全くない。ここが最終階層で扉の先に願いを叶える何かがあるのかもしれねえ。実は階層主やもしくはダンジョンの主が待ち構えているのか、それは誰にもわかんねえからな。対処方法を決めておこうぜ」
「そうだな。落ち着かねえとな。俺たち家族はもし願いを叶えられるなら、願いはたった一つ……灰の負の加護である腐食を無くすこと、ただそれだけだ」
ケリオイル団長と家族が全員に頷いている。その隣でスルリィムが複雑な表情を浮かべているな。微笑んでいるようにも、泣いているようにも見えた。
「ボクはスルリィムお姉ちゃんがずっと一緒に居てくれるなら、呪いを解かなくても大丈夫だよ」
そう言ってスルリィムを見上げる灰の表情は明るい。でも、彼は今の状況を崩さないように無理しているのではないだろうか。握りしめている拳が軽く震えている。
「私は灰から離れないわ。でも、灰は呪いが解けても私と一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ、お姉ちゃん!」
そこで即答する決断力。空気を読んで最適な答えを導き出した筈なのだが……見つめ合って微笑んでいる二人を見ると、灰の言動は本心のように思えた。
これだけの時間を共に過ごして愛情を受け続けていたら情が湧いてもおかしくない。
「あ、でも、願い事の数に余裕があったら、美人で性格が良くて料理ができて一途で胸のデカい彼女が欲しい!」
「あっ、ずるいぞ、赤! 俺も同じ条件で!」
赤と白がビシッと手を挙げて台無しにする発言をしている。
ケリオイル団長とフィルミナ副団長からの容赦のない一撃を後頭部に受けて、地面をのた打ち回っているので暫くは大人しくなるだろう。
「願い事ですか。私はもう叶いましたので皆さんに譲りますよ。もし余ったら、靴の城を要求させてもらいましょうか」
ヘブイは人生の目的を達成したことで一定の欲以外が消えたよな。その残った欲が問題なのだが。
「願い事は他の人に譲るっす。代わりに腹一杯食べさせてもらったらいいっすから」
シュイもぶれないな。それでいいなら幾らでも食事を提供させてもらうよ。
「ピティーも……願いは……叶ったから……必要ない……」
長い前髪の隙間から垣間見える目が、じっと俺を見つめていた。
ここで叶った願い事を問うのは止めておいた方が良いと、男の本能が叫んでいる。
愚者の奇行団の願いは灰の呪いを解くことだけ。みんな、何かしら強い願いがあってダンジョンを攻略していたという話だったのに、共に旅をするうちに満たされ解決していったのか。
愚者の奇行団と一緒に過ごした時間は無駄じゃなかったんだな。
「私は望みがあるにはあるのですが、こればかりは自分で手に入れなければならないものですので、ご遠慮させていただきます」
ミシュエルは俺を正面から見据えてきっぱりと願い事の権利を放棄した。
俺を慕う弟子。彼のことは実はよくわかっていない。姉や兄が多いらしいが、故あって仲が悪いらしい。
姉の一人とは気が合うのだが、最近会ってないと以前零していたな。
謎多き美青年だ。何か手伝えることがあるのなら、ダンジョンでの一件が片付いたら力になってやりたいのだが。
「オレも別に叶えて欲しい願いはねえな、ラッミスは?」
「うちもないよ。自分のことに関してならだけどね」
そう言ってヒュールミとラッミスが俺を見つめている。
二人が何を言いたいのか問いただすまでもない。二人の願いは伝わっているよ。
全員の視線が俺に集まっているのがわかる。何を待っているのかも、理解しているつもりだ。
「に ん ご ん に」
「も と り た い」
願いを口にしたのだがカッコよく決まらないのは、もう仕様と思って諦めよう。
俺が全員の前でハッキリとこの望みを口にしたのは初めてのことじゃないだろうか。
仲間たちが笑みを浮かべて大きく一度頷いてくれた。
「ありがとう」
心からの言葉が自然に漏れる。
今まで自動販売機から人に戻ることへの葛藤はあったが、どんな結末が待っているにしろ人となり、みんなと共に自分の脚で歩みたい。
これが偽りない今の本心だ。
「で も ね」
「だ ん ち よ う」
「ね が い か ら」
ここは譲れない。幾つ願いが叶えられるのかはわからないが、たった一つだけだった場合は灰の呪いを優先したい。
「でもよ、願いが一つだけだったとしたら、それだとお前さんの人間になる願いが」
「だ ん し よ ん」
「ま だ あ り ゅ」
「あ と ま あ し」
「で い い よ」
別に今、無理して叶えなくてもいいのだ、俺の人間に戻る願いは。
「ああそうか。この世界にはまだダンジョンあるもんな。ここで願いがかなえられなかったとしても、別のダンジョン攻略すればいい話か。オレもそん時は同行するぜ」
「うちも、もちろん一緒に行くよ!」
「師匠、私を置いて行かないでくださいね!」
三人は即座に察して俺に付き合ってくれる意志を示してくれた。それが本当に嬉しくて、咄嗟に「ありがとう」と返せないぐらい動揺している。
「ありがとよ、ハッコン。俺たちも万が一そうなったら、一緒にダンジョン攻略するぜ。拒否権は無しだからな」
「ええ、嫌と言っても付いて行きますよ」
「だな。ハッコンといたら美人と仲良くなれる機会が増えそうだし」
「何気に美人遭遇率たけえよな、ハッコンは」
「そして、弟たちはフラれて、ハッコンさんがモテるんだね」
「ふふふっ」
灰の鋭い突っ込みに、赤と白がうなだれている。隣で笑っているスルリィムも含めて、仲の良い家族に見えるよ。
年齢差の壁はあるかもしれないが、いつの日かスルリィムも本当の家族になる日が来るのかもしれない。
「団長が行くなら団員として同行しないといけませんね」
「仕方ないっすよね、うんうん」
「それが……団員の……お仕事……でも……ハッコンが……一緒なら……喜んで……」
三人が今も団員であることを口にすると、ケリオイル団長が大きく目を見開いて、口元を押さえている。俯き微かに肩が震えているが、そこは触れないでおこう。
「お、おう。団長命令だ、頼んだぜお前たち」
「はい!」
ニヤリと無理して口元に笑みを浮かべたケリオイル団長の言葉に、団員たちが即座に声を揃えて返事をした。
ここまで色々あったけど、愚者の奇行団は復活したとみていいようだ。
「うっし、願い事と今までの諍いはこれですべて解決だ! 後はこの先に待ち構えている……かもしれない敵についてだが」
「ヒュールミ、んなもんは、やってみねえとわかんねえだろ。それに、この面子で負けると思うか」
ケリオイル団長が仲間たちを見回し、自信満々に両腕を広げる。
過信は危険だと思うが、確かにこの面子だと負ける方が難しそうだ。
「ちげえねえな。まあ、それでも幾つかの行動を決めておこうぜ。あと、ハッコン、飯頼む!」
「いらっしゃいませ」
ダンジョン攻略前の最後のご飯になるかもしれないのだ。豪勢にいかせてもらうよ!
その後、昔話と俺の用意できる最高の食事で盛り上がり、充分な休養を取った。
全員の疲れが取れた体調万全の状態で最後のコインを扉に――はめ込んだ。




