会合
ライトに照らされた赤と白い何かが左右に揺れている。それは徐々にこちらへと近づいているようだ。
「魔物でしょうか。ここにはいないと思っていたのですが現れたのなら仕方ありません」
「そうっすね。仕方ないっす」
「うん……倒さないと……」
「ここは私が先陣を切りますので、ハッコン師匠は見守っていてください」
「うちがやろうか」
ヒュールミを除いた仲間たちが立ち上がると武器を手にしている。若干嬉しそうに口元が緩んでいる気がするのだが。
あれか、ずっと鍛錬ばかりで思いっきり体を動かす機会がなくて、鬱憤が溜まっているのかもしれない。
「まてって、何か変だ。先に進んでいたハンターかもしんねえぞ」
ヒュールミが止めに入ると、全員が目を細めて揺れる物体を注視している。
赤と白のソレが近づくにつれ、違う部分も明らかになっていった。
赤と白の下にはそっくりな痩せ衰えた顔があり、ふらつきながらこちらに向かって来ている人間のように見える。
って、あれはもしかして!?
「赤と白じゃないっすか!」
「こんなところで再会するとは……」
驚くシュイとヘブイの声に反応して、頬のこけた顔の虚ろな瞳が俺たちに向けられた。
途端に瞳に光が宿り、ふらつきながらも懸命に駆け寄ってくる。
一応、敵対関係にあるので武器を構えかけた仲間たちだったが、数歩進んでその場に倒れ伏した二人を見て武器を下ろし、慌てて駆け寄った。
「どうしたのですか、そんなに痩せてしまって」
「み……水と……何か食い物……を頼む」
赤が息も絶え絶えにそれだけを何とか口にした。
俺は即座に飲む点滴と言われているスポーツドリンクを出して〈念動力〉で二人に渡す。もちろん、蓋は開けておく。
更に〈コンビニ自販機〉にフォルムチェンジすると、ゼリー状の飲む栄養食を取り出しておいた。極度の飢えた状態だと固形の食べ物はダメらしいので、消化に良さそうなこの食料品が適切だろう。
ペットボトルを掴み勢いよく飲み干そうとしているが、途中でむせて口からスポーツドリンクが零れ落ちている。
「がはっ、ごほごほっ」
それでも再び口に含み中身を全て飲み干した。続いて、ゼリー状のソレを一気に吸い込んでいく。
そこでようやく人心地がついたようで、赤が大きく息を吐いた。
「マジで助かったぜ。今回ばかりは死を覚悟したんだが、賭けに勝ってやったぞ」
「何故、そんな飢えていたのですか、ケリオイル団長や副団長はどうしたのです」
問い掛けるヘブイの声に耳を傾けていた赤が目を大きく見開くと、勢いよく立ち上がろうとしたのだが力が入らないようで、その場に力なく崩れ落ちる。
「そうだ、オヤジたちがこの先にいるんだ! こんなこと頼める立場じゃないのは重々承知しているが頼む、みんなを助けてくれ!」
震える手でヘブイの襟元を掴み、赤と白が懇願している。
「落ち着けって。この先にケリオイル団長たちがいるんだな。救ってほしいってことは魔物が現れたのか、それとも食料が無いってことか」
暴れている白の頭を軽く押さえ、ヒュールミは優しく声を掛ける。
彷徨っていた焦点が定まり、じっと彼女の顔を見つめていた。
「す、すまん。食料がないんだ。だから、俺たちはイチかバチかに賭けた。こっちに向かって来ているハンター……つまり、お前たちに会えるんじゃないかって。僅かな食糧で一週間歩き続けた。オヤジたちもまだ生きている筈だから。信じてもらえねえかもしれないが、俺たちは冥府の王の傘下から抜けた。オヤジたちを助けてくれ頼む、何でもするから……」
「いらっしゃいませ」
弱々しい声でそんなことを言われて断れるわけがない。特に俺は本拠地から逃げる手助けをしてもらった借りがある。
それに冥府の王の配下を辞めたのが本当だとしたら敵対する理由はない。双子の兄の件があるので簡単に信用するわけにはいかないが。
「詳しい話は移動しながら聞くぜ。ハッコンちょっと急いでもらっていいか」
「う ん」
紅白双子をそっと荷台に横たわらせる。俺が出したバスタオルを重ねて敷いているので、少しは振動も抑えられると思う。
二人の話だと罠もなく一本道が続いているだけとのことだったので、アクセルを踏ませてもらうよ。さあ、飛ばしますか!
時速100キロで道を進みながら、双子たちの話に耳を傾けている。
「あれから俺たちがハッコンの逃亡に加担したと疑われてな、冥府の王が俺たちを切り捨てようとしたんだよ」
スルリィムだけが咎められるという都合のいい展開にはならなかったのか。
ケリオイル団長たちの助力がなければ迷宮の探索は滞るというのに、思い切ったことをしてきたものだ。
「おまけにスルリィムも罪を問われ、部下への見せしめとして一緒に処分されそうになってな。そうなると兄貴も用済みとなるだろ。そこでスルリィムは兄貴や俺たちと一緒にここへ転移した」
「なっ、スルリィムも冥府の王を裏切ったのか!」
「ああ、俺たちもスルリィムが裏切るのは予想外だったが、かなり兄貴と仲が良くなっていてな。なあ、白」
「まさか、子供の兄貴に本気で惚れてるとは思いもしなかったよな」
その時、紅白双子以外の脳裏に俺が見せた、スルリィムと双子の兄との仲睦まじい映像が浮かんでいたのだろう。目を逸らして何とも表現し難い笑みを浮かべている。
「で、スルリィムに助けられたんだが、冥府の王の束縛の魔法を撃ち破り、強引に転移したツケで動けなくなっちまったんだよ。食料も殆ど持っていない状態でスルリィムは動けねえ。そこで、俺たちはハッコンたちが近くまで攻略してくれていることに賭けた。もしくは他のハンターが近くにいねえかってな」
「オヤジたちはスルリィムの面倒を見ている。兄貴は離れることはできねえし、死なれたらまたあの痛みで苦しむことになるからよ」
団長と副団長は動きたくても動けない状況なのか。確かにスルリィムに死なれると団長たちのしてきたことが全て無駄になってしまう。
「一週間歩き続けて二人が死ななかったってことは、団長たちが生存している可能性は高いか」
「でもよ、俺たちに渡した量より少なかったんだ。だから、少しでも早く……あと二、三日耐えられるかどうか……もう、ダメかもしんねえが」
赤は暗闇を見上げ苦渋の表情を浮かべている。
そうか、二人は暗闇しか見えない状況なので、今どの程度の速度が出ているのか理解していないのか。
食料の殆どない二人が不眠不休でそんなに進める訳がない。100キロで走らせれば一日もかからないだろう。
「安心しな。このクリュマはめっちゃ速いぜ」
「うんうん、絶対に間に合うよ!」
自信満々に言い切るヒュールミとラッミスの態度に安心して緊張の糸が切れたのか、赤と白が気を失った。
絶対に間に合ってみせるから、安心して寝ていていいよ。
全国自動販売機巡りの旅で鍛え上げたドライビングテクニックを見せてやろうじゃないかっ!
と意気込み、真っ直ぐ伸びているだけの道を猛スピードで進んで行く。
いつもなら晩飯時の時間になったが、ここは団長たちを見つける方が優先だ。みんなもそれを理解しているようで何も言ってこない。
シュイも手持ちの保存食を齧ることで耐えてくれている。
そろそろ、給油しないと危ないぐらいメーターが減っていたのだが、ライトの照らす先に複数の人影が浮かんだので慌ててブレーキを踏んだ。
「きゃあああっ!」
「うおおおおっ!」
可愛らしい叫び声と野太い悲鳴が前後から聞こえたが、謝罪は後でしよう。
もう少しで交通事故になるところだったが、何とかギリギリのところで止まってくれた。
「な、なんだ、これは……」
この声はケリオイル団長だな。立ち上がって警戒しているようだから、落ち着かせる為に「いらっしゃいませ」と元気よく発音した。
「ハッコン? えっ、ハッコンなのか……また妙ちくりんな形に」
いや、それは俺じゃなくて商品だけど、その説明も後だな。
荷台から仲間たちが飛び降りるが、ラッミスは俺を抱き上げてから一緒に降りてくれた。
「お前さんたちがいるってことは、バカ息子共は」
「い り ゅ よ」
「そうか……はは、ありがと……よ」
残る力を振り絞って立ち上がって警戒していたのだろう。膝から崩れ落ちたところを、ヘブイに支えられた。
副団長もスルリィムも兄も地面に横たわって目を閉じている。死んでいるのかと焦ったが、胸が上下しているので眠っているだけのようだ。
「死んじゃいねえよ。体力を温存させる為に、フィルミナが睡眠の魔法で眠らせているだけだ」
それを聞いて安心した。じゃあ、紅白双子に渡したセットを全員分用意させてもらおう。
この後、もめることになるとしても、まずは体力回復させないと話し合いもできないからね。




