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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
九章

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シャーリィの日常

「あれ、ここって……孤児院?」


「だよな。最近もシュイと一緒に来たから間違いねえぞ」


「大食い団のみんなと遊びに行ったことあるよ」


 彼女たちの言う通り、そこは清流の湖階層に住居を移した、ホクシー園長先生が運営している孤児院だった。

 熊会長の全面協力により、前の騒動で住民を失った古びた住居を園長先生に譲渡して孤児院に改装した元屋敷だ。俺たちも改装工事や掃除を手伝ったので間違いない。

 ヒュールミの発明品が至る所に設置されていて、現代日本の家屋並に便利な仕様になっている。俺が自動販売機でなければここに住みたいぐらい居住性が抜群だ。


「でも、シャーリィさん孤児院に何の用なんだろう」


「おおよその見当はつくが……後で園長先生に聞いてみようぜ」


 俺たちは物陰に潜みながらシャーリィの様子を窺っていると孤児院の扉を叩く。数秒の後に扉から子供たちが飛び出してきた。


「あっ、シャーリィのお姉ちゃん! 遊びに来てくれたのっ」


「今日は何して遊ぶ?」


「ハッコンからもらった、このボールで遊ぼうよ!」


 人気者だなシャーリィ。子供たちに取り囲まれて、優しい笑みを浮かべている。あれは営業の時に浮かべる表情じゃなくて、自然な母性溢れる笑顔。

 うん、こっちの笑顔の方が素敵だ。


「ちょっと待ってね、園長先生とお話があるから。それが終わったら一緒に遊びましょう」


「わかったー、園長先生! シャーリィお姉ちゃんが呼んでるよー!」


 早く彼女と遊びたいらしく、子供たちが叫ぶようにして園長先生を呼んでいる。

 すると、奥の方から小走りで園長先生が駆け寄ってきた。


「はいはい、聞こえていますよ。あら、シャーリィさん、よく来てくださいました」


「今日も子供たち元気いっぱいで何よりですわ。あ、そうそう、これいつものです」


 そう言って大きめの袋を取り出し、園長先生に手渡している。


「毎回多額の寄付をいただき助かっております。ささ、立ち話も何ですし、子供たちも待ちわびていますので中へ」


「失礼しますわ」


 園長先生に促されるまま、シャーリィが孤児院へと入っていった。

 孤児院に寄付をしていたのか。

 園長先生は凄腕のハンターだが、子供たちの世話があるので自分で稼ぐわけにもいかず、二人ほど臨時の職員さんも雇っている。それに加えあれだけ子供たちがいるから出費も激しい。

 シュイも幾らか寄付をしているそうだが、園長先生はあまり受け取ってくれないそうだ。俺たちも「寄付より遊びに来てあげてね」とやんわり断られたもんな。

 どうやって運営しているのか疑問だったのだが、そういうことだったのか。

 夜の商売をしている従業員への支払いも滞ることなく給料はかなりいいらしいが、自分は質素な暮らしをしているシャーリィ。

 儲けの大半を孤児院に渡しているのかもしれない。


「そういえば、前にシュイがシャーリィさんも孤児だったとか言っていたような……」


 ラッミスがふと思い出したようで、首を傾げて必死に記憶を掘り起こしている。

 同じ境遇の子供たちを放っておけなかったのか。


「何ていうか、シャーリィさんやべえな。女として尊敬しちまいそうだ」


「同じ人間の男だったら、絶対惚れますよ!」


「うんうん、そうだよね」


 三人の意見に俺も同意するよ。まだ半日程度しか観察していないけど、シャーリィさんの株が俺の中で急上昇している。

 ゴルス、あの人は高嶺の花どころの騒ぎじゃなさそうだ。秘境の奥地に眠るドラゴンを倒して手に入れなければならない宝ぐらいの難易度だぞ。


「こうやって尾行しているのが、とても悪い事をしている気がしてきた……」


「そうだな。今日のことを謝って、俺たちも一緒にガキ共と遊ぶか」


「じゃあ、お熊さんごっこしてあげようかな」


「いらっしゃいませ」


 それがいいよ。こそこそと嗅ぎまわることに罪悪感があったから、ここは素直に謝って一緒に過ごした方がいいに決まっている。

 全員で孤児院の扉を叩くと子供たちが現れ、問答無用で中へと引きずり込まれた。

 奥の大部屋には子供たちとシャーリィが無邪気にはしゃいでいる。


「あら、皆さん尾行はもういいのかしら?」


 気づいていたのか。悪戯が成功した子供のように微笑んでいる。

 今日はシャーリィさんの色んな笑顔が見られて得しているな。


「バレてたんだ。ごめんなさい、シャーリィさん。いつもは何しているのかなーって、気になっちゃって」


「すまねえ、興味本位でつけまわして、わるかった」


「ごめんなさいです」


「す ま に ゅ」


 俺だけふざけているように聞こえるな。うーん、普通に謝るにも言葉が足りない。


「いいのですよ。家を出たあたりから気配は感じていましたから」


 あれ? 早朝の騒ぎには気づいてないのか。朝弱いのは芝居でもなんでもないようだ。


「そうですね、悪いと思っているなら……子供たちと遊んであげてもらえるかしら」


「うん、いいよ!」


「オレが開発した新しい玩具を使う時が来たな」


「熊さんごっこ誰が一番先にするー」


 女性四人が子供たちを遊ぶ姿を部屋の端で眺めながら、夕方まで孤児院で過ごすことになった。

 途中のおやつと晩御飯を一緒に取った後は俺の〈温泉自動販売機〉で浴槽に温泉を張り、全員が入浴を終えると今度は、はしゃぐ子供たちを何とか寝かしつけることに成功する。


「今日はありがとうね。子供たちも喜んでいたし、私も楽させてもらいました。またいつでもいらしてください」


 園長先生に見送られながら俺たちは孤児院を後にした。

 夜道を俺の体が照らしながら進んで行く。スコは遊び疲れたのか俺の頭の上で爆睡している。


「シャーリィさんは休日いつもこんな感じなの?」


「うーん、そうね。お買い物もあまりしないし、ご飯もお店で余った材料を持って帰ることが多いから、外食も滅多に行かないわね。服は貰い物が沢山あるから買う必要もないし、いつもは家でボーっとしていることが多いかしら」


 夜の煌びやかな世界で活躍しているのに実生活は地味で贅沢はしない。子供好きで愛想も良く包容力もある。お嫁さんにするには最高の女性ではないだろうか。

 和やかなムードのままシャーリィと別れ、俺はいつもの定位置に設置してもらい、ラッミスとヒュールミも自宅へと戻った。

 今日の一件で意外な一面も知れて良かったと思うが……あ、結局、好きな物とか全くわからないままだ。子供好きなのは何の参考にもならないし、花で庭を飾っていたけどこれ以上、花を渡しても困らせてしまいそうだ。

 最適なプレゼントが思いつかないな。ゴルスの為にもそこは把握しておきたかったのだけど。


「ハッコン」


 考え込んでいると、いつの間にかゴルスが目の前に突っ立っていた。

 もうすぐ夜が明ける時間なのだが仕事帰りのようだ。コートが魔物の返り血で汚れている。相棒のカリオスは一足先に彼女の元へ向かったようだ。


「いらっしゃいませ」


「何かわかっただろうか」


 いつものように無表情に見えるが、若干緊張しているのが伝わってきた。

 常連として接していると些細な違いでも見抜けるようになるものだな。


「い ち に ち」


 今日一日ずっと録画していたのでそれを〈液晶パネル〉に映し出して見てもらうことにした。

 シャーリィさんの家の周辺をうろつく不審者を観て眉根が寄り、普通でも厳つい顔が更に凄味を増している。


「後で注意しておこう」


 この一件についてはゴルスに任せておけば問題なさそうだ。

 彼女の無防備な姿を観て頬がぴくぴくと揺れている。あれはにやけそうになるのを必死に抑えているのか。

 孤児院で楽しそうに子供と遊ぶ姿も堪能したゴルスは、夜空を見上げると大きく息を吐いた。


「想像以上の素晴らしい女性だ」


「う ん」


「彼女と恋仲になろうなどと、おこがましい考えだった」


 えっ、諦めてしまうのか。愚直なぐらい真面目なゴルスなら可能性はありそうだが。結構お似合いの二人だと思う。

 シャーリィを口説き落とすことが、かなり難しいのは覚悟して挑まないとダメだけど。


「俺は彼女の幸せを遠くから守ることにする。迷惑にならない程度に」


 そう呟き俺が言い返す間もなくゴルスは立ち去ってしまった。

 当人がそう決めたのなら、口を挟むべきじゃないのかな。少しだけもやっとした感情が残るが、自動販売機である俺にはこれ以上やれることはない。





 あれから一週間ぐらいシャーリィの開店記念を手伝っていたのだが、今日がその最終日となる。

 最後の客を送り出すと、いつもなら俺に感謝の言葉を告げて奥に引っ込むシャーリィが俺の隣から動こうとしない。

 商品の補充でも頼みたいのかと横顔を眺めていたのだが、珍しくボーっと焦点のあってない瞳を夜空に向けている。


「し ゃ り い」


「あっ、すみませんわ。少し考え込んでいました。最近、少し不思議なことがありまして。お話しを聞いてもらえないでしょうか」


「う ん う ん」


 シャーリィがこんな風に話しかけてくるなんて珍しいな。悩み事なのだろうか。


「以前から私の家の周りで不審者を見かけることが多いと、近所の方が教えてくださっていたのですよ。よく、干していた下着が盗まれることもありましたので警戒はしていたのですが、一度寝てしまうと恥ずかしいことに寝起きが悪いもので」


 知っている。やっぱり、あの姿は素の状態だった。

 下着泥棒って異世界でも存在するのか。まあ靴フェチが存在するぐらいだからな、うん。


「話が逸れてしまいましたね。それが、最近下着が盗まれることもなくなり、不審者も見かけなくなったので、ありがたいことなのですが少し不思議でして」


 あー、ゴルスが頑張ってくれたのか。あれから夜勤終わりに周辺を見回っているようだし。

 うーん、これは俺が教えた方が良いのだろうか。でもゴルスは陰から見守ると断言していたから、余計なお世話になりそうだ。悩みどころだな。


「むっ、遅かったか」


 夜勤終わりで風呂に入ってから慌てて来たらしいゴルスが、体から湯気を立ち昇らせた状態で駆け寄ってきた。


「ハッコン、店は終わったか」


「ざんねん」


 俺の側面にいるシャーリィがその位置から見えていないようで、ゴルスは全く気付いていない。


「一杯飲んでから帰ろうと思ったのだが。ハッコン何か酒を貰えないだろうか」


「あら、では私もいただけますか。私も今日は殆ど飲んでいませんので」


「シャーリィ……さん」


「いつもご利用ありがとうございます、ゴルスさん」


 俺の陰から姿を現したシャーリィを目の当たりにして、ゴルスの背筋がピンと伸びた。

 二人にアルコールを取り出し、念動力で二人に手渡そうとしたがゴルスの距離が遠い。


「ち か く に」


 〈念動力〉の有効範囲外にいるゴルスに、もっと近づいてと酒で手招きするような動きをすると、関節が曲がらない状態で歩み寄ってきた。

 緊張しすぎだよ、ゴルス。

 期せずして俺を挟んで二人が寄り添う様な形になった。


「ゴルスさん、お疲れ様でした」


「シャーリィさんも、お疲れ様です」


 二人がカクテルの缶を乾杯と軽く合わせ酒を口にする。

 ぎこちない会話を交わしているだけなのだが二人とも楽しそうに見える。

 大人な二人の恋愛事情に経験の少ない俺がどうこうできるわけじゃないけど、影ながら応援させてもらうよ。


「ハッコンさんも、お酒が飲めたら良かったのにぃ。そうしたら、いつでも私が晩酌しますわ」


「ハッコン……」


 あの、このタイミングで艶やかに微笑みながら、からかうのは勘弁してもらえませんでしょうか。酔っていますよね!

 羨ましそうにこちらを見つめるゴルスの顔が凄く怖いのですがっ。


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