今後の方針
全員が犬岩山階層に集合して、ハンター協会の会議室で今後の方針が検討されている。
「ハッコンが提供してくれた情報をもう一度、確認しておく」
やはり、この場でも取り仕切るのは熊会長なのか。
会議室にいるのは探索の主要メンバー全員とハンター協会会長、シメライお爺さんとユミテお婆さんの夫婦となっている。
「階層主である犬岩山の真裏の小島に拠点がある。ここを崩せば、冥府の王のダンジョン掌握の計画を大幅に遅らせることができるだろう。ただし、相手も戦力を整えており、相手の五指将軍の三名と冥府の王が戻ってきている可能性も考慮しなければならない」
「もう、逃げ出しているという可能性はないのか」
始まりの会長が今日も真っ赤なスーツを嫌味なく着こなしている。会長の中では知将ポジションだよな、この人は。
「確かに始まりの会長の意見はもっともだ。だからといって、敵の拠点を見過ごすわけにもいかぬ。敵が撤退していたとしても拠点を潰しておくことに意義はあるだろう」
そうだよな。あの砦を制圧して調べれば何らかの貴重な情報が得られるかもしれないし、二度と利用できないようにしておけば、冥府の王も今後の活動が難しくなる。
「でもよ、場所が厄介すぎねえか! あれが、動いたらヤバいぞ!」
大声を張り上げなければ会話ができないのかと、問いたくなるぐらい灼熱の会長の声は良く響く。
「犬岩山か。こちらから攻撃を仕掛けなければ、あの階層主は動かないらしいが、今までの傾向を考えれば……冥府の王の指示で動く可能性が高い」
闇の森林階層の老大木魔が集落を襲ったという事実がある。犬岩山が動いても何ら不思議ではないのか。
「あれが敵に回って、魔王軍も相手にするのはそりゃ無茶でっせ。全勢力をぶつけても無理ちゃうかな。あんな大きな犬に襲われたら、かなワンわ」
最後に犬の鳴きまねを入れた闇の会長は、今日も目に優しくない金色のコートを羽織っている。ちなみにボケには誰も突っ込まず、完全にスルーされた。
「今、偵察任務に特化したハンターを向かわせている。状況によっては、闇の会長にも探りに行ってもらうつもりだが」
「大丈夫やで。忍び込むのは任せてや。女子更衣室やスカートの中にもばれずに侵入する自信あるで」
下らない冗談に女性陣から冷たい視線が注がれているが、真黒な闇の会長は顔色がわからないので動揺しているのか判断すらできない。
「偵察に向かわせた者が戻ってくるまでは、各自自由に過ごしてもらって構わない。最速でも明日の夕方まではかかるだろう」
会議は解散となり退室していく。
ラッミスが俺を背負って会議室を出ようとすると、俺にピティーが寄り添っている。
「ピティー、そこにいると危ないよ」
「ハッコンと……離れたく……ない……」
また二人が睨み合っている。う、うーん、転生する前はこんな状況に陥ったことがないので、どう対応していいのか正直わからない。
「ヒュールミは傍観していていいっすか」
「うっせえ」
少し離れた場所で、シュイとヒュールミがこっちを眺めながら何か話している。
ここは心を鬼にして、ピティーにビシッと言うべき場面か。
「ぽ て い さ ん」
「何……ハッコン……」
「ら っ い す」
「あ い ぽ う」
「あいぽう……って……何……」
うん、言葉足りずでそこはゴメン。
「相棒って言いたいんだよ、ね」
「う ん」
「相棒……じゃあ……大丈夫だね……うん……わかった……」
あれ、素直に離れてくれた。何だ、話せばわかってくれるじゃないか。これならあれこれ考えずに初めからそうしておけばよかった。
「わかってくれたんだ。良かったね、ハッコン」
「いらっしゃいませ」
これで「一件落着とか思ってそうだな、二人とも」心の声と被ったのはヒュールミか。
俺とラッミスが視線を向けると、肩を竦めて小さく息を吐いている。
「どうしたの、ヒュールミ?」
「まあ、いっか。すまん、気にするな」
何か言いたげな表情だがこれ以上触れるのは危険だと、俺の勘が警鐘を鳴らしている。
「ミシュエル……頑張ろうね……」
「ええ、お互い頑張りましょう!」
いつの間にミシュエルとピティーは仲良くなったんだ。コミュ障同士で感じ合う部分があったのか、熱い握手を交わしている。
「まっ、頑張れや、ハッコン……オレもな」
「あ ね ご」
「いや、だからその姉御やめろよ」
ヒュールミの呼び方って難しいんだよな。無理やりヒュールミと発音してみるか。
「い ゅ う う し」
「おう、頑張ってくれたのは伝わるが意味不明だな」
相応しい呼び名を生み出さないといけない。彼女だけ呼ぶ時に困るから。
「じゃれ合っている時に邪魔して悪いが。ハッコンを借りて構わぬか」
「いらっしゃいませ」
熊会長がその巨体をぬっと割り込ませてきたので即座に返答した。
別にこの空間からとっとと逃げたいわけじゃない。
「では、奥の部屋に運ばせてもらう。ヘブイ、シュイ、それにピティーも来てもらえるか」
久しぶりに熊会長に抱えられてハンター協会内を移動している。
今のところ俺を単独で運べるのはラッミス、ピティー、ヘブイ、熊会長ぐらいか。
何も家具のない個室のど真ん中に設置されると、その前に熊会長が立つ。部屋の隅に突っ立っていた老夫婦もこっちに歩み寄ってきた。
「話は全て聞かせてもらったが、ハッコンと元団員のお主たちから見て、ケリオイル団長たちが戻ってくる可能性はどれぐらいあると考えている」
「あのバカは何度か稽古を付けてやったことがあってな。まあ、なんだ、ちっとは心配しておるんじゃよ」
「お爺さんは素直じゃありませんね。子を持つ親として、彼らの行動を否定できないところがありましてねぇ」
この三人は元団員の次にケリオイル団長たちと親しかったメンバーなのか。
アンケートでも心配している様子が窺えたからな。
「息子さんの呪いを解く方法があれば、直ぐにでも冥府の王から離れるでしょう」
「今はスルリィムに頼り切っているから、難しいと思うっす」
「ただ……スルリィム……息子さんを……とても気に入っていた……から……」
そこでスルリィムと息子さんの日常風景を隠し撮りした映像を流してみた。
全員が注目しているが、ピティーを除いた全員の表情に陰りが射す。見ている内に頬が引きつり眉根が寄っていく。
妙な空気が部屋を満たしていくのがわかる。
「あれっすね。命の心配はしないで良さそうっす」
「ええ、その心配だけは無用なようで何よりですよ」
ヘブイもシュイも安堵しているようだが、目を逸らしながら表情が晴れていない理由は、新たに生まれた別の心配事のせいだろう。
「あれですよ、何と言うのでしたかねぇ、こういうのは。お爺さん知っていますか?」
「小児性愛じゃったかのぅ」
ストレートですね、シメライお爺さん。まあ、あの目つきは尋常ではなかったけど。
「雪精人は子供の姿でいる時期が長い故に、幼い外見の相手の方が親しみをもつのかもしれぬな」
熊会長が言葉を選んでいる。その考えは同意見なので異論はないけど。
ケリオイル団長の息子は落ち着きがあって頭も冴えているから、一線を越えない微妙な距離感を保ち続けると信じているよ。
スルリィムも少年には甘いが人間を毛嫌いしているのは変わりないので、それ以上踏み込むことはないと信じている。信じているぞ。
「話によると、雪精人は呪いを解くもしくは緩和する力があるそうだが、そうなるとキコユが離脱したのが大きい」
「ですが、それだと今度はキコユちゃんから離れられなくなってしまいますよ。ねえ、お爺さん」
「そうじゃな。キコユは別の目的があるから、ずっと傍に居てもらう訳にもいかぬ」
彼女がいれば一時的には救うことができたかもしれないが、その場しのぎでしかない。
何らかの打開策が見つかれば、団長たちを仲間に引き入れられるのだが。
「水晶の棺を持ち歩くわけにもいかぬから、今のところは仲間に引き入れる有効策はないと……考えるべきか」
熊会長の出した結論に重々しく頷く一同。
何かしら起死回生の一手が思いつけばいいのだけど。
「それよりも、私が心配なのはハッコンを逃がした責任を、スルリィムが罪に問われないかということです。そのことにより、団長たちや息子さんが危険な目に遭うのでは」
「ふむ、それはあり得るのう。魔王軍の規律の厳しさは知らぬが、ハッコンは攻略の要になった筈じゃから、叱責は免れんじゃろう」
「そやけど連れ帰ってきたのも彼女ですよ、お爺さん」
「だったら、ちょっと怒られるぐらいっすかね?」
シュイの純粋な問いに誰も答えられずにいる。
冥府の王の管理体制によると思う。今までのイメージだと人を見下し、配下の者にも容赦がなかった。
スルリィムは助けられた恩があると言っていたが、それも気まぐれか雪精人を手なずけておきたかっただけのような気がする。
「それを詮索したところで、我々にはどうすることもできぬか」
屋上に連れて上がったのはスルリィムだから、団長たちが直接責められることはないと思うが、息子の問題があるので事が大きくなりすぎても困る。
やはり、子供をどうにかするか、見捨てるのかの二択しかなさそうだ。
個人的にはどうにかして救ってあげたいが、一介の自動販売機にどこまでやれるのか。
俺には逃げるのを手伝ってもらった恩がある。恩が大事なのはこっちも同じだよ、団長。




