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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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逃走経路

 二人は本当に仲睦まじいように見える。何も知らずにこの光景を見たら本物の家族としか思えない。

 ケリオイル団長の息子の身の安全が確保されたことに安堵はするが別の悩みが増えたのは……取りあえず後回しだ。人間嫌いのスルリィムのプライドを信じたい、不安しかないけど。

 今日会えたことは俺にとってかなりの収穫となった。子供の現状と俺をどう認識しているのかということ。

 そしてもう一つ、窓の外の風景からおそらくここは犬岩山階層だろう。

 ここまでの情報で色々と策が頭に浮かんだ。逃走方法も思いついたのだが、前提条件が厳しい。ピティーと共に逃げなければならないからだ。

 彼女一人を置いて逃げた場合、最悪責任を取らされて処刑される可能性がある。それを団長たちがかばった場合、もっと最悪な未来が待っているだろう。

 なので、どうしても彼女と一緒に逃げ出さなければならない。


「ちょっと、お昼寝していいかしら。瞬間移動って体力の消耗が激しくて……まだ、完全に回復してないのよ」


「うん、おやすみなさい。えっと、もう少しだけハッコンから買い物していい?」


 おどおどしながら上目づかいで許可をもらっている少年。

 これは凄まじい破壊力だ。平静を装っているが口角がぴくぴく痙攣しているぞ、スルリィム。理性の針が振りきれそうで怖い。


「え、ええ、幾らでも使っていいわよ。甘い物食べたら後で歯を磨いてね」


「はーい」


 満面の笑みで手を振りながら扉の向こうへと消えて行った。

 少年がとことこ俺の元へと歩み寄ってくる。こうやってじっくり観察すると、ケリオイル団長とフィルミナ副団長の良いところを総取りした顔をしている。

 紅白双子と似ているのだが、この子の方が中性的で容姿は上回っているな。

 俺の前で止まった少年はじっと俺の体を純粋無垢な瞳で見つめていたのだが、


「ハッコンさん、お話があります」


 声質と表情が一変した。子供らしい無邪気な笑みがすっと消え、大人びた落ち着いた顔。

 何だこの変化は。今まで見せていた姿は芝居だったのか?


「スルリィムさんの目があるので、子供らしさを強調していました。騙すような真似をして申し訳ありません」


 深々と頭を下げて謝罪する姿は、十歳前後にしか見えない子供とは思えない。


「僕のせいで家族を苦しめているのは重々承知しています。僕が死ねば全てが解決するのでしょうが、それは両親と弟たちの今までの苦労に、後ろ足で砂を掛けるような最低な行いです」


 もし、少年が自殺したら家族はその場で後を追うか、スルリィムを殺そうとしてもおかしくない。そうなった場合待っているのは破滅だ。

 賢い子なので家族のその後も予想はついているのかもしれない。


「今はスルリィムさんに従い内部情報を集めている最中です。呪いに関して、家族も騙しているのは心苦しいのですが……弟たちは口が軽いので。貴方の本当の能力は父と母に教えてもらっていますので理解しています。ここにいては無理やり利用されるか、拒めば破壊される未来が待っています」


「う ん」


「逃げる手段は思いついているのでしょうか。もし、何かしら僕に手伝えることがあるなら、遠慮なく仰ってください。やれる範囲ですがお手伝いします」


 この子の力が借りられるなら、あの逃走手段が使えるかもしれない。

 少年が罪に問われることのない状況で俺たちが逃げるのがベストだろう。本当なら少年もケリオイル団長たちも一緒に逃げたいが……今のところスルリィムから引き離すことができない。今は諦めるしかない。

 今はそこを割り切って協力を要請させてもらおう。





 それから一日一回、スルリィムの部屋に呼ばれて商品を提供するのが日課になっている。

 一日のスケジュールとしては朝目が覚めるとピティーの朝食を用意する。その後、スルリィムの部屋に招かれて商品を売る。

 昼前になると二階の食堂らしき場所に運ばれて、拠点にいる人間と獣人たちへ商品を売り捌く。

 三日もやり続けていると拠点の人数と大体の人間関係がわかってきた。

 人間や獣人はケリオイル団長たちを除いて全員ローブを着ている。これが冥府の王軍のユニフォームらしい。骸骨は全裸だ。

 人間も獣人も細身で不健康そうな人ばかりなのだが、双子たちの話によると骨以外は殆ど魔法や加護を利用した戦いをメインとしているらしく、近接戦闘ができるような人材が乏しい。

 冥府の王が魔法使いなので配下も似たようなタイプが集まっているようだ。近距離戦は骸骨が担当して後方から戦うというスタイルなのだろう。


 彼らにも分け隔てなく売っているのだが、売れ行きは悪くない。初めは怪しんでいたがケリオイル団長たちが買っている姿を見て、次々と人が集まり今では躊躇うことなく購入していく。

 全員が陰気なので殆ど会話がないが無口な分、俺という存在がありがたいようだ。人と接するのが苦手な人は自動販売機を利用したりするからね。

 食堂での会話はぼそぼそとか細い声でしか話さないので、残念ながら聞き取ることができない。

 そういや、五指将軍の一人である中将軍が拠点にいるという話だったが、一度もお目にかかっていないな。

 不安の種は全て取り除いておきたいのだが、それらしい人物もしくは魔物が見当たらない。紅白双子に特徴を訊き出しておきたかったのだが、泥酔していてまともに会話が成立せずに眠ってしまった。

 後日、再び酒を飲ませようかと企んだのだが、フィルミナ副団長に釘を刺されているようで、あれから一滴も酒を飲んでいない

 中将軍はスルリィムと同じく自室に籠って出てこないのなら、このまま最後まで引きこもっていて欲しいが、どうなることやら。


 昼飯の時間を過ぎたので俺の周りに骸骨が集まり始めた。

 骸骨が十体集まって俺の体をそっと横倒しにすると、全員で俺を持ち上げる。担がれる御神輿ってこういう気分なのか……。

 全員がほぼ同じ能力なので足並みも揃っていて安定感はあるのだが、あのか細い骨の様な体――いや、骨そのものの体を見ているとポキッと折れそうで不安になる。

 心配は杞憂に終わり無事部屋へと運ばれて、部屋の隅に配置された。奥には二枚貝の中に逃げ込んでいるピティーがいるだけだ。

 俺が部屋に居ない時は常に盾を重ねて引きこもっている。そして、俺が戻ってくると少しだけ隙間が空いて辺りを見回し、誰もいないことを確認してから出てくる。


「おかえりなさい……今日は少し……早かったね……ハッコン……」


「た だ い ま」


「ご飯……お願いして……いい……」


 朝に昼食分も多めに出しているのだが、万が一に備えて部屋の隅に蓄えているそうで、俺が帰ってくるまで何も食べてないことが多い。

 俺がご飯を用意すると歩み寄ってきて、俺の側面に背を預けて食べるというのがいつものパターンだ。


「今日は……もう……何処にも……いかない……」


「う ん」


 急用で呼ばれない限りは今日の仕事はお終いだ。


「よかった……ふふふ……」


 昨日あたりから気づいたことがある。ピティーに懐かれてないか、俺。

 親しみを持ってくれるのは嬉しいことなのだが、最近何かにつけて俺に触れていることが多いし、前に比べて自分から話しかけてくれる。

 そういえば想い人のことも全然口にしていないような。前までなら何か話したと思えば、あの人があの人がばっかりだったのに。

 それに前より声が明るいというか弾んでいるような気がするのだ。もしやこれは、吊り橋効果というやつなのか。


 いやいやいや、それはないだろ。相手が詐欺師だと理解しても、ずっと一途に思い続けていた人が簡単に他の人に気持ちが移るなんてことあり得ない。

 その時、俺の脳裏に過去の映像が唐突に蘇った。

 これは友人が生まれて初めて彼女ができた時の話だ。見ているこっちが照れるレベルの熱々ぶりで、まだ付き合い始めて一ヶ月だというのに将来を誓い合っていた二人。

 そんな友人がある日、突然何の前触れもなく振られたのだ。

 休日に会社の同僚と夜の街を歩いている時にチンピラに絡まれてしまい、その同僚が身を挺して庇ってくれた姿がカッコよくて心変わりしたと切り出されたそうだ。

 そもそも、休日に何でその同僚と夜の街を歩いていたのかと突っ込みたかったが、ぐっと堪えた。


 更にとある映画のワンシーンが頭に浮かんだ。喧嘩が絶えなかった二人が危機的状況に陥ったらころっと恋に落ちていたことを。そして、そのヒロイン役の女性が続編で前作の男を捨てて新たな男と結ばれたことを。

 人は危険を感じると本能として子孫を残そうとするらしい。あと、高い所の恐怖心で鼓動が激しくなるのが好きな人といる時の感覚と似ているから恋と錯覚するとか。

 つまり何が言いたいのかといえば、この状況良くない気がする。


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