敵地滞在
状況を全く把握していないピティーが忙しなく部屋を見回しているが、こちらもそれどころじゃないので説明は後回しにさせてもらおう。
ケリオイル団長が紅白双子たちの縄を短剣で斬って束縛から解放している。止めてもしょうがないので黙って見守るしかない。
気を失っていた二人も目が覚めたようで、全員が俺をじっと見ている。
スルリィムのように勝ち誇っている訳でもなく、ほんの少しだけ悲しそうな表情に見えるが何を考えているのだろうか。
「さてと、まずは状況の説明と確認といこうか。ここは冥府の王が拠点としている、ダンジョン内のとある階層だ」
どの階層かは秘密なのか。窓の格子越しに見える空は曇っていて、高い位置にあるので外の様子は見えない。
「最終階層を攻略していたんだが、食料や色々物資が不足してな、お前さんの力が必要になったわけだ。そこで、ピティーを勧誘すると見せかけて、ハッコンもどうにかできないと考えた」
「ピティーは……おまけ……」
盾の隙間から覗き見ているピティーの声が落ち込んでいる。
「んでだ、ピティーとお前さんたちが合流しても、してなくても、あの場所を突き止めると信じて待ち構えていたってのが真相だ」
「思ったより上手くいったな、赤」
「ハッコンたちが想像以上に強かったのは誤算だったけどな、白」
「皆さん、見違えましたよ」
称賛してもらえるのは嬉しいが、素直に喜べる状況じゃない。
敵地だというのにケリオイル団長たちがいるおかげで、そこまで危機感はないのだが……自動販売機に何ができるのだろうか。
「面倒な駆け引きはしねえぞ、ハッコン。俺たちと一緒に最終階層を探索してくれ、頼む」
「ざんねん」
「どうしても駄目か」
「ざんねん」
悪いが即答させてもらうよ。子供を助けたいという、ケリオイル団長たちの苦悩はわかる。でも、その為に今まで世話になったダンジョンの人たちを裏切る気にはなれない。
直接的に害を与えていないとしても、そんなことをした冥府の王の手助けなんてまっぴらごめんだ。
「そうか……まあ、ハッコンならそう言うと思ったぜ。じゃあ、ピティー。もう一度俺たちの仲間にならないか」
あっさりと引き下がると、今度はピティーを勧誘するのか。
「ピティーは……ヘブイたち……の手伝いを……するって……約束した……」
「もし、俺たちを手伝ってくれるなら、ダンジョン攻略の暁には願い事を一つ叶える権利をやるぜ。俺たち四人の願いはたった一つだからな。階層主のコインは余っている」
その誘惑に重ねられた盾が大きく縦に揺れた。
ダンジョン攻略後に叶えられる願いが実在するものなら、ピティーの想い人を振り向かすぐらいは可能だろう。
「あの人をお前だけのモノにすることも可能だぜ」
盾に近づきケリオイル団長が甘い言葉を口にする。それは悪魔の誘惑にも似た囁き。
これはダメか。ピティーの望みは想い人を独り占めにすることだろう。その手段を提示されたのから、彼女の答えは決まっている。
「ダメ……彼の気持ちは……自分の力で……そんな……怪しい力に……頼ったら……ダメ……」
思いもしなかった返答に、俺はまじまじとピティーの顔を見つめてしまった。
前髪の隙間から垣間見えた瞳には強い意志が宿っている。
彼女の想い人への依存は褒められたものではないけど、恋愛に対する真摯な考えは嫌いじゃない。
「ほんっと、そういうことは頑固で譲らねえよな。まあ、時間はあるからなじっくり考えてくれ。お前さんたちが仲間にならない限りは、ここから出すことはできない。明日また来るぜ」
そう言って踵を返した団長たちだったが、双子がくるりと振り返り詰め寄ってきた。
「あっ、ハッコン何か売ってくれよ。あの肉の揚げたやつとか、食わせてくれよ」
「俺も俺も」
ふむ、敵対しているとはいえ客は客。売ること自体はやぶさかではないが、素直に売るのも癪に障る。
ということ商品を変更してみた。
「おい、ハッコン! 全部水じゃねえか! 意地悪しないでくれよぉ」
「肉とか甘い飲み物とかあるだろ! 頼むよぉ」
紅白双子が縋りついて懇願してくる。団長と副団長も商品が欲しいようで、何も言わずにじっとこっちを見ているのが怖い。
うーん、捕らわれの身だから、あんまり反発すると身の危険に晒される可能性も出てくるか。ここはちゃんと商品を入れ替えてあげよう。
売り上げの良い商品をずらっと並べて、普通に売ることにした。
「いらっしゃいませ」
「おー、ありがとうな、ハッコン。さーて、何を買うか……って、おい!」
「たけえよっ! 一つ十銀貨って酷くないか!」
スキー場や山の上だと商品が高くなるのは自動販売機あるあるだからね。敵地価格となっております。
「こうかをとうにゅうしてください」
「ひでえ、ぼったくりだ! くっ、くそぉ、でも買わずにはいられないっ」
悔しがっているが、口が商品の味を思い出してしまったのだろう。生唾を飲み込みながら銀貨十枚を投入した。
双子は結局、三つずつ購入してくれた。
ケリオイル団長とフィルミナ副団長も幾つか購入して立ち去っていく。
売り上げとしては悪くないな。こうやって彼らの懐を軽くするという攻撃手段もありか。
改めて室内を見回すが、少し高い位置にある格子の入った窓が一つ。団長たちが出て行った金属製の扉。他には家具一つない殺風景な部屋で大きさは八畳ぐらいありそうだ。
うーん、俺は屋外でも平気だから、この環境に不満はないのだけど問題は――
「ここ……おトイレも……ないわ……」
上の盾を取り外して下の盾の内側に座っているピティーが、下半身に手を当ててもぞもぞしている。
団長たちピティーの存在忘れていただろ。トイレもない部屋に女性を残すなんて最低だぞ。
「ど、どうしよう……これで……どうにかする……しか……」
空のペットボトルを見て何を考えているのかな。
かなり切羽詰っているようで、思考がおかしくなってきている。
「ぽ て い さ ん」
「ピティー……です……」
団長たちも俺がいるから安心して放置したのかもしれないな。
限界に近い彼女の為に〈災害用簡易トイレ〉をセットした。冒険のお供に女性ハンターから大人気のこれを〈念動力〉で操り、俺の隣に設置した。
「えっと……これは……なに……」
限界が近いのか声が震えているように聞こえた。
「だ し て こ こ」
言葉が限られているので上手く言えないのだが、何とかこれで理解して欲しい。
首を傾げているだけで、理解していないようだ。仕方がない、わかり易く表現しよう。
簡易テントの中に置かれた穴の開いた椅子に袋があって、吸収率が高く消臭効果もある素材が底に敷かれている。
そこにミネラルウォーターを持って行き、キャップを開けて中身を袋に注いだ。そして、袋だけを取り外して上を括り地面に置いた。
袋の予備を再び椅子にセットしてから、彼女に視線を向ける。
完全に理解したピティーは慌ててテントの中に入って入り口を閉めた。こういう時、音を聞かれるのを女性は嫌うらしいので、〈ジュークボックス〉にフォルムチェンジしてクラシックの曲を流しておいた。
無事にトイレ問題も解決したので食事を用意して、今日はもう寝ることになった。ベッドが無いのでどうするのかと思っていたのだが、盾の中で寝るようだ。
バスタオルを数枚出して、盾の中に敷いてあげるとピティーがじっとこっちを見ている。
「ありがとう……ハッコンは……優しいね……」
目が見えないので感情が読み取りにくいが嬉しそうだ。喜んでくれたのなら何よりだよ。
盾の中で丸まって眠る彼女から寝息が聞こえてきたので、バスタオルを二枚追加して上に被せておいた。
眠っている彼女を起こさないように〈風船自動販売機〉で風船を膨らます際には音声を切って動かして〈結界〉内部が風船で埋め尽くされると〈ダンボール自動販売機〉になって宙に浮かんだ。
ぷかぷかと浮かび上がると窓の格子越しに外が見えた。
闇だ。真っ暗で何も見えないな。朝か昼に同じ事をしてもう一度調べよう。
地上に降り立ちいつもの自動販売機になったのだが、することがない。敵地で眠る気にはなれないし、夜の間に何かしておくか。
「おーい、起きてるか……って、何だこりゃあっ!?」
「えっ……何、何……どうしたの……ってぇぇ……」
俺たちの様子を見に来たケリオイル団長と、その驚く声で起きたピティーが室内を見回して、あんぐり大口を開けている。
室内には色とりどりの花が花瓶代わりのペットボトルに活けられ、以前やった風船アートや、とある空港で買った下駄を壁際に並べてみた。
あと、手ぬぐいや扇子や浴衣を壁に貼り付けて殺風景な部屋を飾りつけたのだがどうだろうか。
もちろん、全て自動販売機で売られていた物だ。こういった土産物は空港や観光地で売られていることがあるので、見かけたら迷わず購入してきた成果がこれだ。
「うわぁ……綺麗……これだったら……何日でもいられそう……」
思いの外、ピティーが喜んでくれている。こんな牢獄のような部屋に女性を閉じ込める訳にはいかないからね。
ヒュールミの時も機能が今ぐらい増えていたら、華やかな部屋に模様替えできたのにな。
「何と言うか、お前さんたち立場わかっているのか」
呆れ顔のケリオイル団長だったが、俺たちが怯えていないことに安堵しているようにも見えた。
どんな場所であっても俺は自動販売機として、やれることをやるだけだ。




