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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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二度目の経験

「子供がいるからやり辛ぇなっ!」


「それはこっちも同じ」


 木々が燃え上がったかと思えば一瞬にして氷結する。

 怒鳴りながら飛び出してきた炎と雪の種族に巻き込まれた森の木々には、ご愁傷さまと言うよりほかない。

 結構近い場所から現れたな、ここからだと距離にして十メートルあるかないか。熱風と冷気が入り乱れているようで、大気が歪んで見える。

 素早く〈結界〉を発動させるとラッミスたちが飛び込んできた。人の体で外にいたら体に異常をきたすレベルだったようだ。

 ピティーだけは自分の盾を合わせて閉じこもっている。あれで防げるみたいだが、ただの置物か岩みたいだ。


「熱寒かったから助かったっす」


「うん、温度が変わり過ぎて気持ち悪かったよね」


「数分なら耐えられるかもしれませんが、あの戦いに加わるのは難しいです。申し訳ありません、ハッコン師匠」


「あの次元の戦いは魔法や特殊な加護の使い手でなければ、難しいでしょうね。ピティーなら何とかなりそうなのですが、あの調子ですし」


 ピティーは貝になっているので戦闘不能状態だ。

 全員が俺に張り付いて戦況を見守っているのだが、縛り上げておいた紅白双子とフィルミナ副団長はラッミスが運んでくれている。

 俺の背中側に背を預けて座るような形で三人が並んでいるので、外の争いに巻き込まれる心配はない。


「あっ、団長はどうしたっすか!」


 シュイの叫びを聞くまですっかり忘れていたケリオイル団長の存在だったが、その場を動かず熱気と冷気が渦巻く中で、平然と二人の戦いを見守っている。


「団長さん我慢強いね」


「いえ、どうやらあの破眼が吹雪と炎を掻き消しているようです」


 よく見ると吹雪も炎も団長の前で消滅している。見た所、立っている場所の五メートルぐらい先から消えているようだ。

 団長の〈破眼〉の有効範囲があれぐらいなのか。これは覚えておく価値がある情報だな。

 それにしても〈破眼〉は加護の力を打ち消す能力だという話だったが、あの二人の力も加護扱いになるのか。それとも、超常的な力なら何でも消せるのか。だとしたら、魔法も通じないということになる。

 ケリオイル団長への警戒レベルが二段階ぐらい上昇した。

 嫌な状況だな……炎を纏う灼熱の会長と球形の冷気に包まれているスルリィムと少年。少し離れてケリオイル団長と俺たち。


 灼熱の会長は少年が邪魔で本気を出せないようで、攻めあぐねているのが見て取れる。

 スルリィムも少年を守りながら戦っているので、冷気を自在に操れないようで苦々しい表情を浮かべている。

 正直、少年を見捨てて戦うのではないかと危惧していたのだが、団長に利用価値があることを理解しているのか、今のところは守られているようだ。

 この場で少年を手放したら、即座に団長が敵に回ることを警戒しているだけかもしれないが。

 これは事態を好転させる為に動くべきなのだろうが、あの火と雪が吹き荒れる空間に手を出すのは危険度が高すぎるよな。

 この〈結界〉があれば近づけるが〈破眼〉で消されたら全員が危機に陥る。今、戦況を握っているのはケリオイル団長なのか。


「まったく、埒が明かないわ。ケリオイル団長、あの炎男の火を消しなさい!」


 吹雪と炎の嵐に負けない大声で叫んでいるな。硬直状態を打破しようとスルリィムが動いたか。

 命令されたケリオイル団長はじっと灼熱の会長を見据えていたが、頭を左右に振って無理なことを態度で示している。


「距離が遠すぎる!」


「使えない男ね。なら、使えるようにしてあげるわ」


 灼熱の会長を牽制しながらスルリィムが団長の元に駆け寄り、自分を取り囲む吹雪の球の中に取り込んだ。

 そのまま、じわじわと灼熱の会長への間合いを縮めている。

 やばいな。それ以上、近寄られると〈破眼〉の有効範囲に入ってしまう。


「ハッコン師匠。団長の加護は射程距離が決まっているのですよね。このまま、近づかれて炎を消されては危ないのでは」


 ミシュエルも気づいていたか。仲間たちも今の意見で現状の危うさを理解したようで、表情が一変した。


「敵が会長に集中している今なら我々が不意を突くことが可能かもしれません。こちらに攻撃を仕掛ける余裕はないでしょう。それに、数分であるなら冷気にも耐えられる筈です」


「私の鎧なら五分は耐えてみせます」


「それしかないっす」


「今、灼熱の会長が負けちゃったら、勝ち目ないよね」


 ここで動かないと全員がやられかねない。少しでも可能性を上げる為にこれをみんなに配っておこう。

 俺は本日二度目の〈コインロッカー〉にフォルムチェンジすると、真ん中あたりの扉を開いた。そこにはヒュールミ特製の防寒具が置いてあったので全員に渡しておく。


「これがあったら、もう少し耐えられそうですね。では、行きましょう!」


「ハッコンはここで待っていてね。副団長たちを連れて行くわけにもいかないから」


 縛っておいてある三人を放置していくわけにはいかない。

 ラッミスの背にいれないのは不安が残るが、ここは任せるしかないか。


「いらっしゃいませ」


〈結界〉から飛び出していく仲間の背を見つめながら、無事に戻ってくることを祈るしかできないでいる。

 いや、他にも何かできないか頭を働かせないと。動けなくてもやれることは何かある筈だ。

 スルリィムが飛び出してきた仲間たちを一瞥して――笑っている?

 何だあの嫌な感じの笑みは。誘い出されたのか……いや、でもこっちに攻撃を仕掛けたら、灼熱の会長の炎を防ぐ術を失う。何か秘策があるとでもいうのだろうか。


「ふふふ、あはははは。ここまで上手くハマると笑いしか出ないわね」


 余裕の笑みを浮かべている。何だ、何を考えている。この状況下で何故大口を開けて笑えるんだ。

 一見、自暴自棄になったかのよう見えたスルリィムだったが、一瞬にして顔から表情が消えたかと思うと、口元に氷の微笑を浮かべた。

 その瞬間、彼女の足元から噴き出した吹雪により姿が覆い隠される。この光景、一度見たぞ。灼熱の砂階層の塔の中で逃げ出した時と同じだ。

 まさか撤退したのか。


「団長、やりなさい」


 俺のすぐ側で感情のこもっていない冷たい声がした。


「すまねえ、ハッコン。破眼!」


 周囲に発生していた青い光の壁が崩れ去り、無防備になった俺にスルリィムがそっと手を触れた。

 やばい。直感が警告を鳴り響かせている。何かしなければ取り返しのつかないことになると思った矢先、俺の前の光景が一変した。

 背を向けていた仲間の姿もなく、炎も吹雪も消え、灰色の壁と床が見える。


「上手くいったわね。初めから、目的は貴方だったのよ……ハッコン」


 前に回り込んできたスルリィムの、狂気すら感じる勝ち誇った笑みを見て全てを理解した。

 俺は連れ去られたのか。

 雪精人である彼女は一度俺たちの前から消えたことがあった。そして、階層を自在に移動できるのではないかと俺は予想を立てたことがある。

 つまり、考察が当たっていたということか。彼女は瞬間移動が可能で階層を自在かどうかはわからないが行き来することが可能。


 そして、その能力は自分から一定の範囲内にいる相手も一緒に飛べる。

 触れた相手だけかとも思ったが、俺の背にもたれかかっていた三人と触れていなかったケリオイル団長もこの場に居るので、有効範囲があると考えた方がいい。

 自分の考察を信じてもっと警戒しておくべきだったな……完全にしてやられた。誰が考えたシナリオかは知らないが、手の平で踊らされていたのか。

 これで自動販売機になってから二度目の誘拐だ。


「珍しく人間も役に立つのね。さて、積もる話もあるでしょ。私は自室で寛いでいるから、話が終わったら来なさい」


 そう言ってスルリィムが少年の手を引いて部屋の扉を開けて出て行った。

 ここは殺風景な部屋で家具も何もなく、唯一ある窓には鉄格子がはめてある。牢獄みたいだな。


「強引に連れて来て悪かったなハッコン。ここはダンジョン内の奴らの拠点だ」


 つまり、冥府の王もいるってことだよな。

 お、おう、いきなりラスボスの住処に連れてこられたのか。自力で動けない俺が敵の本拠地に一人……一台でいるなんて。これはピンチとかいう次元を超越しているぞ。


「あのぅ……もう戦いは……終わったの……」


 俺の背後から聞き慣れてしまった小さな声が聞こえる。

 視線を向けると、重なり合った盾の隙間からこちらの様子を窺うピティーがいた。

 ああ、有効範囲内にピティーもいたんだね。ご愁傷様です。


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