強者とは
フィルミナ副団長と紅白双子を無力化した俺たちは、少し離れた場所で激しい戦いを繰り広げている二人の元へと向かう。
戦況は一進一退のようだが、僅かながらケリオイル団長の方に余裕があるように見えた。
ミシュエルの攻撃は掠りもしていないのだが、団長の短剣は何度も鎧を捉えている。だが、鎧の性能のおかげで体にまで到達した傷は一切ない。
素人目にはミシュエルの剣戟はケリオイル団長を上回っているように見えるが、全ての斬撃をのらりくらりと躱している。
ステータスではミシュエルが上回っているが、戦場における経験の差と〈破眼〉の秘めた力で対応しているのか。
「団長、もうおしまいっすよ!」
言葉と同時に放たれた矢に対し、首を傾ける動作のみで避けたケリオイル団長が、こっちを見て眉をひそめた。
その目はラッミスが引っ張ってきた三人に向けられている。
「おいおいおい、マジで全員倒されちまったのか。正直、こっちが勝つと見込んでいたんだがな。成長したなお前ら」
「ハッコンのおかげですよ。私たちだけだと正直どうなっていたことやら」
「いらっしゃいませ」
ヘブイの称賛に、ここで謙遜するのも嫌味になるので勢いで肯定してみた。
実際はほんの少し手を貸しただけで、全員で勝ち取ったのだが。
「ったく、ハッコンは予想外過ぎるだろ。お前さんともう少し早く会えていたら……まあ、今更か」
呑気に会話しているように思われるかもしれないが、今もミシュエルの斬撃を巧みな足捌きで躱しながら話をしている。
一振りごとに風が巻き起こり、団長の前髪が揺れているが当たる気配が全くしない。
この状況でも余裕の態度を崩さないケリオイル団長と、無駄に会話を楽しんでいた訳じゃない。既に遠巻きではあるが全員で四方を取り囲んでいる。
正面にはミシュエル、後方にはラッミスと俺、左にはヘブイ、右にはピティーとシュイ。包囲網は完成した。
「こりゃ、絶体絶命ってやつか」
この状況でも自虐的とはいえ、笑みを浮かべられるのか。
「団長、もう無理っすよ。武器を捨てて降参して欲しいっす」
「元団員の温情って奴か。それに縋りたいところだが……俺が負けたら息子はどうなる」
ニヤついていた口元が引き締まり、避けるのではなく両手の短剣を交差させてミシュエルの大剣を受け止めた。
「これで勝負を決めますよっ!」
力ではミシュエルの方が勝っているようで、全身に力を込めて押し切ろうとしている。
ケリオイル団長の膝が崩れたのを見て勝利を確信した瞬間に、ミシュエルの体が大きく横にぶれた。
大剣を支点にして体を半回転させて、側頭部に蹴りを叩き込んだのか。
「鎧が頑丈なら、無い箇所を狙えばいいだけの話だな」
膝を突く羽目になったミシュエルに追い打ちを掛けようとしたようだが、鉄球と矢に阻まれ距離を取る。
この人数差なら楽勝だと甘い考えを抱いていたが、そんなものは捨て去って本気で対応しないといけないようだ。
普通の相手ならラッミスを〈結界〉で包んで、相手の攻撃を無効化して一方的に攻撃を仕掛けることも可能なのだが、加護を打ち消す〈破眼〉が面倒過ぎる。
それに俺たちの足元には縄で縛った三人がいるので、この場から離れて万が一にも奪われる訳にはいかない。
向こうに置いてくるかで迷ったのだが、まだ敵が潜んでいる可能性もあるので迷いはしたが連れてくることにした。
包囲網を縮めて一斉に仕掛けるのが正しい選択なのかもしれないが、ケリオイル団長なら相手の意表を突いて逃走しそうだ。
復活したミシュエルが果敢に仕掛けているが同じことの繰り返しだな。このままでは時間が流れるだけ。持久戦に持ち込めば、こちらが有利なのかもしれないが相手にはスルリィムが残っている。
森の方角から爆炎や吹雪が見え隠れしているので勝負はついていないようだが、あちらの勝敗に全てを託すわけにもいかない。
う、うーん、膠着状態を打開するには行動に移さないとダメだよな。
幾つか手段は思い付くのだが、それをやるのは……こう、なんというか、あれだ、躊躇いがある。
だが、ここは悪役を演じてでもケリオイル団長を止めないといけない。自動販売機の脅しテクニックを見せつけてやろうじゃないか。まずは定番のあれからだ。
俺はいつものコーラを取り出し、更に棒状キャンディーも用意する。そして、コーラのキャップを開けて準備を整えると、音量を最大に設定した。
「だ ん ち よ う」
「何だ、ハッコン」
左目はミシュエルに右目は俺に向けるという器用な真似をして、こっちを見ている。凄く気持ち悪いです。
視線が向けられたのを確認すると俺はコーラの中にキャンディーを一つ投入した。
間欠泉のように噴き上がるコーラ。俺が何をしようとしているのかを瞬時に察知したラッミスは俺を地面に降ろして既に離れている。
「何がしたいんだ?」
何度かコーラを爆発させたシーンを目撃しているケリオイル団長の反応が薄い。目潰しや注目を引きつける為に使ったことがあるからな。
そこで、俺はアシスタントのラッミスを呼ぶことにした。
「ら っ い す」
「えっと、嫌な予感しかしないけど、なーに」
相変わらず察しが良いな、ラッミスは。
「あ か お こ し」
「て く だ さ い」
ちなみに赤を選んだ理由は白の「ろ」が発音できなかっただけの理由だ。
地面に転がっている赤の背中に手を当てて上半身を起こし、背後に回って活を入れた。
「へっ、あ、ここどこだ……え?」
寝起きの赤の口にコーラのペットボトルの飲み口を突っ込む。
「うぷっ、げはっ、げはっ。おいおい、このしゅわしゅわ嫌いじゃないけど、もっと優しく飲ませてくれよ」
この状況で呑気なことを口にしている赤の目の前に〈念動力〉で操作したキャンディーを浮かばせた。
「ちょっと待て! それはないだろ、ハッコン!」
俺が何をしようとしているのか理解した、ケリオイル団長の取り乱した声がする。
さっきコーラがどうなったかを知るだけに、このコーラスプラッシュを恐れているようだ
「えっ、何?」
赤は全く状況を把握していない。
そして、仲間のどん引きした目が俺に集中しているが気にしない。これは相手を動揺させる為にやっていることであって、本当はしたくないんだこんなことは。
更にコーラを用意する。その中にキャンディーを落として同じ光景を見せると、赤の顔色が変わった。血の気が一気に引いて頬が痙攣している。
「お、おい、まさか、同じことを俺の胃でやろうってことじゃ……あぶぶぶ」
追加でコーラを相手の口に押し込んでみたのだが、激しく頭を振って抵抗している。
「好き嫌いはいけませんよ。さあ、あーんしてください」
いつの間にか背後に回り込んでいたヘブイが赤の口を掴んで強引に開かせている。
「良い子っすねー、じゃあ、いっぱい飲むっすよー」
シュイまで来ていたのか。何だろう二人がとても楽しそうだ。
俺が脅しでやっているだけで本気じゃないことを理解したのだろう。からかい半分で遊んでいるようにしか見えない。
自分たちに嘘を吐き続け、離脱した彼らへの腹いせも若干含まれている気がする。
「おひ、ひょうひゃんひゃよひゃ。やへへふへええ」
あーあ、口の中にコーラを強引に注がれている。元は自分がしていたことだが、客観的に見ると酷いな。
一気に飲ませると苦しそうに赤がゲップをしている。二人はキャンディーを手に取り悪魔の様な笑みを浮かべて団長へ顔を向けた。
「団長……元団員として、貴方たちの愚行を見過ごすわけにはいかないのです。投降してください。今なら私も会長に掛け合って温情処置を願いますから」
胸に拳を当てて苦しそうな表情を浮かべるヘブイ。
「そうっすよ! もう、仲間同士で争う姿なんて見たくないっす!」
髪を振り乱し、悲愴な感じで叫ぶシュイ。
「お前ら……まず、その粒から手を離しやがれ!」
激高したケリオイル団長が怒鳴り散らしている。
それもその筈、二人は片手にキャンディーを掴み、嫌がる赤の口に押し付けながら話していた。
「おや、いつの間にこんなものを」
「不思議なこともあるっすね」
何だろう、たちの悪いコントに見えてきたぞ。
今はただの脅しだが、悪ノリした二人ならやりかねないと思っていそうだな。
ケリオイル団長の動揺が表に出始めているようで、掠りもしなかったミシュエルの攻撃が服を切り裂いた。
あと一押しといったところか。
「そうですか、私たちの想いが届かないのですね。っと、まだ二人は気絶したままでしたね。こういった場合は靴を脱がせて熱を冷ますのが良いと聞いたことがあります。では、僭越ながら私が脱がさせて――」
「おい、やめろ!」
副団長の靴に手を掛けたヘブイへ、今日一番の大声で叫ぶケリオイル団長がいた。
「くそっ、敵に回すと厄介過ぎるだろ、お前ら!」
それは同意する。
「それは、お互い様ですよ」
それも同意する。
仲間だった者同士が胸を痛めながら真剣な戦いをしている……と思っていたのだが、彼らとの争いとなるとこうなってしまう定めのようだ。
完全なシリアス展開はもう諦めよう。自分がきっかけの気もするが、そこはスルー。
集中力が乱されてしまったようで、動きにキレがなくなっている。何とか防いでいるようだが、ここでヘブイが参戦したら簡単に捕縛されそうだ。
愚者の奇行団との衝突もこれで終わりかと思ったその時、森の木々が吹き飛び、爆炎と吹雪が同時にこっちへと迫ってきた。




