貝と自動販売機
多腕人魔との戦いは呆気なく終わりを告げた。
触手に何故か女性陣だけが捕らわれるお色気シーンも、船が破壊されて海に放り出され仲間が分断されるというお決まりの展開もないままに。
ファンタジーな世界とはいえリアルはこんなものだ。まあ、実際にそんなことになっていたら生命の危機なのでこれで良かったのだけど。
ちなみにピティーは無事回収された。引き上げられたピティーは自分の身に何が起こったのか正確には把握できていないので、暫く挙動不審だったことを付け加えておく。
非常事態だったとはいえ悪いことをしたので、俺の厳選したスイーツを思う存分堪能して貰うことにしよう。
「ピティー、こっちの方角で間違いないっすか」
「うん……お家……早く帰りたい……外怖い……」
引きこもりが悪化しているようで、食事とトイレ以外、盾から出てこなくなってしまった。
そして、そんな彼女を心配して灼熱の会長が何かと話しかけている。
「おいおい、殻に閉じこもっているともったいねえぞ! 陽の光を浴びねえと元気でねえだろうが! 出て来いよ! 一緒に泳ごうぜっ!」
「放っておいて……お願いだから……」
説得という名の迷惑行為だよな、ピティーにとっては。
強引な性格というのは時と場合によっては事態を好転させる起爆剤になるのだが、相性が悪いと悪化の一途をたどる。
そろそろ、止めた方が良さそうだ。
「か い ち よ う」
「何だ、ハッコン」
「せ っ と く」
「こ う た い」
「代わりに説得してくれるのか。じゃあ、任せたぜ! 俺は釣りでもしておくぜ!」
元気良く手を挙げて船尾の方へと走っていった。悪い人じゃないのだけど、考えるよりも体が先に動く人のようだ。
目の前で転がっている二枚貝の中身をどうにか外に出したいところだけど、言葉足らずの俺が彼女を慰められるとも思えない。
ここは少し予定より早いが厳選スイーツで懐柔してみよう。
「ぽ て い さ ん」
「ピティーです……なに……ハッコンさん……」
返事はしてくれるのか。小声で生気を感じないのはいつも通りなのだが、声を聞いている限り思ったより動揺していないように思えるのは、気のせいなのだろうか。
「お か し し ん」
「て い し ま す」
前回エクレアが気に入っていたので、今回はプレミアムなシュークリームをどうぞ。あとはプリンも渡しておこう。
貝の前に置くとほんの少しだけ口が開き、隙間から手が伸びて二つとも中へと消えていった。これだけだと喉が渇きそうなので、飲み物も準備しておこう。
「美味しい……ありがとう……ハッコンさん……」
「こ ち ら こ と」
「ありがとうございました」
「うふふ……面白い……魔道具……人? ですね……ハッコンさんは……」
貝と自動販売機が会話しているというのは傍から見たら恐怖映像かもしれないが、少しでも暗い気分が晴れたのなら嬉しいよ。
「みんなには……迷惑ばかり……かけてしまっています……もっと……しっかりしたいのに……」
俺が魔道具だから話しやすいのか、ピティーが独白を始めている。ここは聞き役に徹しよう。
「あの人についても……わかっているの……ずっと騙されて……いたことも……でも諦められない……頭では……理解しているのに……感情が……ついていかないの……」
「う ん う ん」
「自分のこと……ばかり……考えて……嫌な女……ですよね……だから……みんなに嫌われる……」
自分に自信が無いから想い人に縋ってしまうのかな。自分に優しく接してくれた人を好きになる気持ちは理解できる。
俺だって学生時代に何かと話しかけてくれる人当たりのいい女子に惚れかけたことがあるから。モテない人生を歩んでいる時に、普通に接してくれるだけで恋心を抱く単純な若者でした、はい。
ピティーはもう少し自分に自信が持てたらいいのだろうけど、カウンセラーでもなく女性経験も豊富じゃない俺に何が言えるのか。
どうにか、みんなが嫌っていないことだけでも、わかってもらいたいな。
「す い て い ま」
「す よ こ こ の」
「と も だ ち あ」
俺の発言できる言葉を繋ぎ合わせて何とか説得を試みたけど、意味がちゃんと伝わっただろうか。
反応は……ない。貝の微かに開いていた隙間も今は完全に閉じてしまっている。どうやら、言葉のチョイスを間違えたようだ。
「本当……に……嫌われてない……の……」
おっ、言葉を返してくれた。ちゃんと心に届いたようだ。
「う ん」
「面倒な……女って……思われて……ない……」
「 う ん」
一瞬返事が遅れてしまったのは仕方のないことだと思う。ここは自信を付けてもらう為にネガティブな意見は避けないと。
「私……役に……立てるかな……」
みんなといることが嫌なわけじゃないのか。成り行きで嫌々付いてきているのかと思っていたのだが、考えを改めないといけないな。
あの防衛術は称賛に値する見事な腕だった。もっと誇ってもいいぐらいなのに。
「私みたいな……女を……頼ってくれるのは……本当に……嬉しいの……でも、怖いの……期待を……裏切って……捨てられる……のが……だから……いっそのこと……初めから……何も……しなければ……幻滅……されることもない……から……」
そうだったのか。拒絶して逃げ回っているのも、期待を裏切って幻滅されるのが怖かったから。想い人の存在も彼女の逃げる言い訳の一つなのかもしれないな。
「防御しか……できないけど……本当に……役に立てるかな……」
「う ん」
「し ん し て」
「り ゅ よ」
カッコよく決めたいのに、言葉が足りなくて間抜けな言い回しになってしまう。
「しんしてりゅ……信じている……ってことなの……かな……」
「う ん う ん」
期待しているじゃなくて、信じているよ。俺の勝手な考えだけど、期待は他者が勝手にあてにして想いを押し付けている気がする。
でも、信じているは自分が相手に対して見返りも期待せずに――信じているだけ。それは結果を伴わなくても構わない。ただ、そうなって欲しいと願っている。それだけなのだ。
それを言葉にして上手く伝えられないのが本当にもどかしいよ。
「頼りなくても……怒ったり……しない……?」
「う ん う ん」
「情けなくても……嘆いたり……しない……?」
「う ん う ん」
「じゃあ……もう少し……頑張って……みるね……」
「ありがとう」
ほんの少しだけ打ち解けてくれたのかな。
こういう対応は「甘やかしているだけだ、そんなことだから改善されないのだ」と頭ごなしに否定する人もいるだろう。
実際、彼女はそういった環境で育ってきたらしい。
シュイたちの話によると彼女の実家は防衛術を代々教える、国からの信頼も厚い一族でそれ故に教育は厳しかった。物心つく前から徹底的にしごかれ、強い心を持てと父親からは毎日のように教育という名の罵倒を浴びせられていたようだ。
そういった経験を経てこの性格が築かれてしまった。自分に自信が持てず誰からも優しくされなかった自分を好きだと言い、全てを受け入れ甘やかしてくれた存在。
詐欺師に依存してしまうのも無理のない話かもしれないな。
根は悪い人じゃないと思うから、少しずつ改善されていくといいのだけど。
「このお菓子……あの人にも……食べさせて……あげたいな……」
まずはクズからの脱却を先にした方がいいかもしれない。
こういう時は他に頼れる対象がいればいいらしいが、ヘブイとくっつけてみるのはどうだろう。靴を除けば悪い人じゃないからな。靴を除けば。
いっそのことネガティブ思考同士、ミシュエルと気が合うのではないだろうか。でも、あれだけのイケメンを前にするとピティーが益々落ち込みそうだ。
あれ、俺の知り合いに手放しで勧められる男性がいないぞ……いや、待て。冷静に考えてみよう。親しい男性を一人ずつチョイスしていくか。
まずは熊会長。種族が違うから却下。
大食い団の面々も同様の理由で問題外。
シメライお爺さんはユミテお婆さんがいるので、年齢差以前に紹介したら俺が切り刻まれる。
門番のカリオスは彼女持ちだから爆ぜればいいのに。ゴルスは恋愛に興味がないみたいだよな。惚気話を聞いても無関心だし。
青年商人も両替商も想い人がいる。あ、うん、お勧めの男性いないや。
良い人が現れるまでは俺で良ければ話し相手ぐらいはするから、まずは貝から出てこられるようになろうか。




