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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
八章

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海洋ロマン

 この階層は小さな島が点在していて、幾つかの島にはピティーのように変わり者が住み着いているそうだ。島によっては魔物がいるのだが、島の数が多すぎてこの階層の会長も全てを把握している訳ではない。

 今回、ピティーと会えていなかったら調べられていない数十もの島を、しらみ潰しに探す予定だった。


「でも、ピティーはなんで犬岩山階層に住むことにしたんっすか?」


 腹痛から復活した面子と波止場で船が来るのを待っていると、シュイがピティーに話しかけていた。俺も興味があるので聞き耳を立てている。


「彼が……海の見える……二人きりの……場所で……住みたいって……言っていたから……」


「そういうことっすか。一人じゃ不便じゃないっすか」


「一人の方が……気楽……彼は別……」


 寂しい告白だが、ミシュエルが目を閉じて大きく頷いている。コミュ障の彼としては同意見のようだ。

 その後もあれこれとシュイが話しかけているが、ピティーはポツリポツリと小声で言葉を返すだけなのだが、独りが好きだと言った割には迷惑そうな感じではない。


「あの性格だとシュイのような明るく朗らかな性格は苦手そうなものなんだが、心なしか楽しそうだな」


「不思議なことに何故かシュイとだけは会話が普通に成り立ちます。二人は昔からこんな感じですからね。何だかんだ言って仲が良いみたいですよ」


 幻覚で想い人の振りができるヘブイと、愚者の奇行団の中では仲の良いシュイがいる俺たちのチームに彼女が加入してくれたのは、今思えば必然だったのか。


「船まだかなー、交渉上手くいったんだよね?」


「おう、ガキ会長が「ついでにこの階層の異変も解決するならいいよー」って、機嫌よく貸してくれたぞ」


 波止場で足をぶらぶらさせながらラッミスがヒュールミに質問している。そういや、最近は交渉事を彼女に任せっぱなしだな。

 口が悪いので誤解されがちだが頭の回転は断トツで早いし、口も達者なので一番向いている人材だ。ただ直情的なところがあるので補佐がいると尚良し。

 船を思ったより簡単に借りられたのは助かった。階層の異変解決は目的の一つだから、これこそ渡りに船というやつか。いや、何か違うな。

 なんにしろ、これで海へ繰り出すことが可能となった。自動販売機としては海上ではフェリーや漁港で見かけた商品縛りとか面白そうだ。


「あっ、あれかな!」


 勢いよく立ち上がったラッミスの指差す方向には一隻の船があった。

 大きさとしては結構立派なクルーザーぐらいだろうか。総勢、七名プラス一台が乗り込んでも余裕がありそうだ。

 木製の船体なのだが至る所が金属板で補強されている。魔物がいるのでこうでもしないと、直ぐに沈められるのか。船首には犬の頭が彫り込まれているのが印象的だ。


「先っちょの犬がカッコイイね」


「あれは魔物避けを兼ねているそうだぜ。ここの階層主である犬岩山に似せることで、敵じゃないですよって、アピールしているつもりなのだろうな」


「それって、効果あるのかな」


「さーてな。まあ、気休めにはなるんじゃないか」


 実際の効果は不明だが船員にとってはお守りのようなものなのだろう。精神的に少しでも気が楽になるなら意味はある。


「さて、お話はここぐらいにして乗り込むと致しましょう」


 ヘブイがそう言うと全員が手荷物を担いで乗船していく。

 船旅楽しみだなー、唯一の心配事は海に落ちたら壊れそうなことぐらいだ。ポイントが潤沢なので〈結界〉で暫くは維持できる。だから、落ちても直ぐに壊れる訳じゃないけど。


「ハッコンは何処に置いて欲しい?」


 甲板でラッミスがそんなことを訊ねてきた。

 配置場所か……船内に置かれるのが自動販売機として正しい立ち位置かもしれないが、折角の海だから景色を楽しみたいよな。

 船の揺れが激しくなればラッミスが中に入れてくれるだろうから、船内に繋がる入り口付近がベストか。

 俺は商品のペットボトルを取り出し〈念動力〉で浮かせてから〈結界〉で扉脇に吹き飛ばした。


「あ っ ち」


「うん、わかったよー」


 念の為に設置用コンクリート石版も出して安定させておこう。これでちょっとやそっとの揺れで海に放り出されることはないだろう。

 この船を操作する船員も三人同行してくれるので、船のことは任せっきりで大丈夫らしい。お礼に船員割引を実施させてもらおう。

 船員は陽に焼けた褐色の肌をしている中年の男性だ。服装は半袖半ズボンでシンプルなデザインをしている。


「海のことなら俺たちに任せな! 着くまではのんびり過ごしておいてくれや」


 真っ白な歯を剥き出しにして豪快に笑う顔を見ているだけで、頼りになる感が溢れている。

 準備は万端。さあ、船旅の始まりだ!





「マジで……死ぬ……」


「船って……こんなにきついんだ……」


 ヒュールミとラッミスが仲良く揃って船のヘリにしがみ付いて、顔を海上へと向けている。さっきまでは口から別の物が出ていたので話す余裕がなかったのだが、今は胃が空になって出す物がなくなり、代わりに愚痴が零れている。

 船酔い辛そうだな。他の面子は船には慣れているのか平然としているのだが。

 乗り物酔いの薬は商品に無いけど、少しでも症状を緩和させる物はなかったかな。蜜柑とかの柑橘系は酔いが悪化すると聞いたことがあるような……やっぱり、胃をさっぱりさせるのが良さそうだ。

 個人的な感覚だと炭酸ジュースがいい気がする。微炭酸の物を選んで近くでへばっている二人に声を掛ける。


「いらっしゃいませ」


 そう言って二人の足元にジュースを転がす。血の気の引いた二つの顔が振り返ると、力なく片手を上げて受け取ってくれた。

 二人は暫く復帰できそうにない。色々と食べ物も用意していたのだが、食べるにしてもゼリー系やあっさりした物じゃないと胃が受け付けないだろう。


「かなり酷いっすね。まあ、二日もあれば慣れると思うっすよ」


 豪快にカップ麺をすすりながらシュイが二人の背を見つめている。

 彼女は相変わらず食欲旺盛で、食べる姿を見るだけでも吐き気が込み上げる二人から、近寄らないでと釘を刺されていた。

 平常時ならハムスターのようで微笑ましい食べっぷりなのだが、二人には心の余裕がないからな。


「気分が優れないのであれば靴を脱いで、足の締め付けを解放した方が良いのですが」


 ヘブイが言うと純粋な親切だったとしても、まず疑ってしまう。今回の発言も二人の足元を凝視しているので判断が難しい。

 船首付近ではミシュエルが大剣を素振りしている。結構揺れているのだがバランス感覚が人並み外れて優れているようで、全く苦にしていない立ち回りだ。

 師匠として何も言うことはないな、うん。


「海もいいな! 砂漠に海を掘るか!」


 船首にある犬の頭に乗っかり、大海原に向かって意味不明なことを叫んでいるのは灼熱の会長か。悪い人ではないのだが、ピティーが目を合わそうとしないぐらい苦手としている。

 近くに巨大な二枚貝が転がっているが、たぶんまた絡まれて引きこもってしまったのだろう。

 光と影というよりは灼熱の太陽と深淵の底と表現した方がしっくりくる二人なので、一生分かり合えないような気がする。


「おいおい、ピティー折角の海だぞ! 盾の中に閉じこもっているんじゃねえよっ!」


「ほっといて……お願いだから……」


 まあ、灼熱の会長はガンガン踏み込んでくるけど。

 巨大な貝にしか見えない物体に話しかける、アロハシャツの男……今日もいい天気だ。

 折角、異世界の海に来たのだから大海原を満喫しないと。水平線を眺めていると、海の上にぽつんと小さな点があるのが見えた。

 あれって島なのかな。距離があり過ぎてよくわからないけど、進路方向にあるのでたぶんそうだと思う。


「おっと、何かありますね。どれどれ」


 ヘブイが〈感覚操作〉で視覚を強化して、俺が見ている方向に目を凝らしている。

 海だと目印が無いので距離感がつかめない。だから、あれまでどれだけ距離があるのかさっぱりだ。


「これはこれは、皆さん敵のようです。迎撃の準備を」


 えっ、島じゃないのか。もう一度、それを観察すると……僅かだが動いているように見えなくもない。

甲板にいた仲間たちが一斉に集まってきているのだが、ラッミスとヒュールミが這いつくばったままにじり寄る姿がちょっと怖い。


「どのような敵なのでしょうか」


「触手のような物が何本か見えますね。正確な大きさはわかりませんが、この船より少し小さいぐらいでは」


 ミシュエルの問いに応えたヘブイの触手という発言を聞いて、海の生き物としてあり得そうな相手が二種類思い浮かんだ。

 ファンタジーの海といえば定番中の定番、大きなタコかイカだろう。


「遭遇……したんだ……」


 大きな貝が少しだけ開き、そこからピティーの声が漏れる。

 この貝で魔物が釣れないだろうかと一瞬そんな発想が頭に浮かんだが、口にするのは止めておいた。

 初の海上戦となるのか。仲間の実力は把握しているけど、船上だと勝手が違うよな。

 みんな油断だけはしないでくれよ。


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