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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
七章

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狂気と歓喜

 階段を慎重に上っているが敵が上から現れることもなく二階へと到達した。

 二階は細い通路がぐるっと砂漠の柱を取り囲むように一周していて、俺たちは全員でその通路を進んだのだが敵の姿もなく、上の階に繋がる階段も存在していない。

 通路の外側には窓が幾つか設置されていて、黒八咫の見た見張りはこの窓から外の様子を窺っていたのだろう。


「窓際に足跡が残っていますね。それもつい最近までいたようですよ」


 ヘブイがしゃがみ込み窓付近の床をじっくりと観察している。言われてみれば確かに窓から吹き込んできた砂を踏み荒らした跡が幾つかある。


「ってことは、途中であった扉の向こうに逃げ込んだってことっすか」


「窓から降りてなければな。まあ、ロープの痕跡もねえから扉から逃げたって考えるのが妥当だぜ」


 この砂漠の柱は上へ上へと続いているので、もっと上の階層に移動している可能性も高いが警戒するに越したことはない。

 通路の途中にあった扉の前まで移動すると、ヒュールミが再び聴診器の様な物を取り出し、扉をじっくり調べている。


「罠はねえな、音は……扉が分厚過ぎてわからねえ。確か、二階の間取りも何もない広々とした空間だったよな」


「ええと、そうですね。会長さんから頂いた地図ではそうなっています」


 キコユが背負い袋から取り出した地図には砂漠の柱の簡単な見取り図が書かれている。五階までは内部に壁も殆どなく広々とした空間に魔物が徘徊しているだけらしい。

 なので、腕に覚えのあるハンターチームは各階層で狩りをして、魔物の高く売れる部位や魔石を集めているそうだ。


「一階と同程度いるとは思えませんが、ハッコン師匠、無理をなさらないでください」


「いらっしゃいませ」


 心配するミシュエルに返事をして、ラッミスが扉を押し開いた。

 内部は一階と同じく内壁もなく広いだけの空間があった。ただ、ここを誰かが拠点にしていたのだろう。椅子や机が幾つか壁際に置かれている。

 生活感が溢れていてそこら中にゴミや素材として売れそうな魔物の部位が転がっている。この感じだと一人や二人では済まない人数が住んでいたようだ。

 やはり、滾る爆炎の団が住み着いていたと考えた方が良さそうだな。

 人は見当たらず魔物もいない。対面側の壁に上階へと繋がる階段が微かに見えるな。他に目に着くのは円柱が等間隔で立っているぐらいか。人が余裕で隠れる太さはあるので一応注意しておこう。


「じゃあ、うちらが進むからその後から付いてきてね」


 何もないように見えるが、罠が仕込まれている可能性がある。それは、砂漠の柱に元々設置されていた罠なのか、ここに住みついていた何者かが新たに設置した罠なのかはわからない。

 ラッミスは俺を信用しているのか大きめの歩幅でずんずん進んでいく。

 すると常時展開している〈結界〉に何かが触れた感触があったかと思うと、近くの床に幾つもの細い穴が開き床から槍の穂先が飛び出してきた。

 まあ〈結界〉で全て防いだけど。


「うわっ、びっくりした! ありがとうね、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


 罠に怖気づくことなく歩み続けるラッミスは次々と罠を発動させていく。

 散乱しているゴミや家具に紛れて仕込まれていた、足首付近に張られていたワイヤーを引っ掻けるとタンスがこっちに向かって吹き飛んできたが〈結界〉で防いだ。

 足下の床が陥没したかと思うと辺り一面が爆炎に包まれたが〈結界〉で防いだ。

 円柱の裏に隠してあった巨大な刃物が飛び出してきたが〈結界〉で防いだ。

 二階は罠が多いという話だったが、幾つかの罠は元からの物ではなく人為的に設置されたものだろう。家具を利用したトラップなんて人でなければやらない。

 住んでいた輩は罠の場所を把握していなければ住めないだろうから、あまり寛げない空間だよな。

 しかし、強引な罠の排除方法だな。確か地雷の除去もあえて地雷を爆発させるのが主流らしいから理にかなった方法ではある。

 結局、罠以外に何もなく三階への階段まで辿り着いた。


「到着! みんな、もういいよー」


 距離を取って後ろからついてきていた全員が駆け足でやって来たのだが、ヒュールミが何とも言えない表情をしている。眉根が少し寄った表情で自分たちが辿ってきた道を振り返っている。


「あれだな、効率的なのはわかるが……罠を仕込んだ輩がこの解除方法を知ったら傷つくだろうな……」


 ああ、なるほど。結構、凝っていた罠もあったからね。たぶん、一つ設置するにも相当な時間と道具を費やした筈だ。それを、何の策もなく真っ直ぐ突き進まれて全部防がれたのだ。俺が罠担当なら声も出ないと思う。


「でも、一階ごとに罠とか魔物が配置されていて、最上階まで逃げられていたら面倒じゃないっすか」


「あー、それはたぶん大丈夫だろ。さっきざっと調べたが食料の大半がこの階に残されていた。慌てて逃げたとしたら碌に食料も持って行ってねえ。それに、二階に住みついていたのは利便性があるからだろ。見張りとしても丁度いい高さで一階が近いことにより行き来が楽だからだ。ここより上に拠点を築く必要性が薄い。まあ、非常時に逃げ込めるように三階は何らかの手を加えて待ち構えているかも知んねえけどな」


 一階の大量の魔物とここの罠。ここまでの備えがあれば侵入者は普通死んでいる。

 俺が当事者なら力押しで抜けてくるとは思いもしないよな……。


「たぶん、今頃上で慌てふためいて、簡単なバリケードでも作っているんじゃねえか」


 あり得るな、それは。一階でかなり時間を取られたが魔物を掃討されるとは思ってもいなかっただろうから、終盤に差し掛かってから使えそうなものを掻き集めて、上に逃げこんでいく姿が容易に想像できる。


「ってまあ、憶測だからあんま信用するなよ。敵のリーダーが頭の回る奴だったら、何か仕込んでいるだろうしな」


 そうだった。今回の相手は囮の指揮官を捕まえさせて、油断させた上で魔物を集めていたのだ。無能な相手という訳ではない。

 罠だって俺の〈結界〉があったから楽に抜けられたが、それがなければ足止めされていた。


「三階も二階とほぼ同じだ。今度は通路にも罠が仕掛けられているかも知んねえから、注意してくれよ」


 ヒュールミの忠告に頷き、俺たちは三階へと上がる。

 また外壁に沿って通路があり、途中に扉もあった。

 扉の前に仲間を残して、黒八咫にだけ付いて来てもらい通路をぐるっと一周してきたが敵の姿は何処にもない。


「よう、帰ってきたな。その顔だと収穫は無しか」


「うん、人っ子一人いなかったよ」


「クワックワッ」


 黒八咫も肯定しているな。お利口さんだ。


「となると、本命はこちらですね」


「たぶん、待ち構えているだろうな。この状況で俺たちは無関係なんだ、とか見え透いた嘘も言ってくるほど馬鹿じゃねえだろ……交渉することなく攻撃を加えてくるだろうな」


「じゃあ、うちとハッコンが先頭で突っ込んだ方が良いよね」


「危険な役割を任せて悪いが、頼めるか」


「ま か せ て」


 どう考えても〈結界〉という絶対防御を所有している俺が行った方が良いに決まっている。本当ならラッミスは連れて行きたくないのだけど、一緒に行くと言って譲らないと断言できるので話し合うだけ時間の無駄だ。

 相手の出方を窺いつつ、戦力も確認するのに最も適した人材……自動販売機材は間違いなく俺だからな。

 この面子ならごり押しでも勝てる気がするが油断は禁物。まずは情報収集が何よりも大切だ。


「全員、扉の脇の壁に貼り付いておいてくれ。おっし、それじゃあ、ラッミス派手に頼むぜ」


「よーし、いっくよー!」


 ラッミスはぐるぐる回そうとしてしたのだが、俺が背中にいるのでぶつかってしまった。

 そんな悲しそうな目で見られても、勢いを削いで悪かったとは思うけど。

 邪魔にならないように一旦〈ダンボール自動販売機〉なっておいた。これで腕を思う存分回せるだろう。


「よーし、いくよぉぉぉっ!」


 そこからやり直すんだ。

 風が巻き起こるぐらい思う存分に腕を回して満足してから、床石が砕けるぐらい全力で踏み込み、渾身の正拳右突きを扉へぶつけた。

 凄まじい衝突音がしたかと思うと、分厚い鉄製の扉が内側に向かって吹き飛んだ。


「ぐがっ」


 その音に混じって男の悲鳴が聞こえた気がしたので中を覗き込むと、ひしゃげた扉を抱きかかえるように吹っ飛び、床を派手に転がっている男が二人いた。

 扉の後ろに潜んでいて、開いた瞬間に襲い掛かる手筈だったのだろう。

 ミシュエルがその気配に気づいてなかったようなので、気配の操作に長けた逸材だったのかもしれないが、床に寝転がったままピクリともしていない。

 この扉の開け方は予想外だったようだ。


 ラッミスが気にもせずに堂々と中へ侵入する。ざっと見回してみたが、正面の奥に机や椅子、後は廃材だろうか、そういう物を繋ぎ合わせだけの簡易バリケードがある。

 その裏からこちらの様子を窺っている者が七名、見え隠れしているな。確か滾る爆炎の団は十名。他に協力者がいないとしても、床で気を失っている二人を加えても一人足りない。

 何処かに潜んでいるのか。二階と同じく円柱があるので、その裏辺りが怪しいけど。

 それと気になるのはバリケードの近くに黒い布を被せられた大きな何かだ。高さは三メートルぐらいだろう、置物か何かだと思いたいが。


「てめえら、何者だ!」


 バリケードから顔を出して叫んでいる男の特徴が事前に教えてもらったタシテの容貌と一致する。


「うちらは清流の湖階層からきたハンターだよ」


「他の階層の奴らが何しにきやがった!」


「少々お話を聞かせてもらえないかと思ってやってきたのですが、思ったよりも歓迎していただけたようで」


 取り除かれた扉跡から姿を現したヘブイが俺の横に並んだ。

 その顔にはいつもの笑みが貼り付き平常時と変わらぬように見えるが、細めた目から見える瞳が鋭い光を放っている。


「話だと……俺たちが魔物を集めていることを何処で知りやがった!」


「質問はこちらがしたいのですが」


「魔物を集めているのは、ここに来てから知ったよ!」


「ふざけるなっ! 偶然やってきて集落襲撃用の魔物を殺したとでも言うつもりか」


「うん!」


「なめてんのかあああっ!」


 ラッミスが全て素直に答えているが全く信じていない。

 俺が相手の立場なら……信じないな。襲撃を予期して送り込まれたと考えるのが妥当だ。キレる気持ちも理解はできるが、同情をする気はない。

 頭の回るタイプかと思ったのだが、思い通りにいかないと取り乱すのか。計算高い人で予定通りに事が運ばないとパニックになる人、たまにいるよな。


「まずは、そっちの話を片付けないと話が進みそうにないですね。皆さんは冥府の王の傘下となり一階の魔物で集落を襲おうと悪巧みをしていた。それで間違いありませんか」


 回りくどい言い回しは必要ないと考えたのかズバリ切り込んだな。


「そこまで知られているなら、今更しらばっくれても仕方ねえか。ああそうだぜ。一時的だが協力関係にある」


 ケリオイル団長たちと同じような立場か。

 人格者の仮面を完全に取り外したか。今俺たちの前にいるのは有能で人のいいハンターなんかじゃない、下種野郎だ。


「何で魔王軍の味方をするの! みんな、迷惑しているんだからね!」


 迷惑どころの騒ぎじゃないけど。ラッミスなりに本気で怒っているようで、腰に手を当てて前屈みになって怒鳴っている。


「おうおう、お利口ちゃんなご意見ありがとうよ。金だよ金。一生遊んで暮らせる金が貰えるなら普通従うだろ。誰だって自分さえ幸せになれるなら、何だってやるだろうがよ」


 小憎たらしい顔をして語っているな。日頃の評判の良さは本当の姿を隠す為のカモフラージュか。


「やはり、日頃からお金儲けを主流に考えて、結構違法行為を行ってきたのですか」


 そんな中、笑みを崩さず穏やかに話しかけるヘブイ。落ち着き払った言動が逆に俺の恐怖を増幅させていく。その姿に静かな怒りを感じずにはいられない。


「ああ、そうだぜ。強盗、強姦、依頼者をぶっ殺したのも何度かあったな。一時期、山賊もやっていたぜ。弱者を蹂躙してやりたい放題ってのは最高に気分が良いもんだ、なあお前ら!」


「最高でさあ!」


 バカみたいに大口を開けて手下どもと笑っている。

 何でこういう輩は自慢げに悪行を話すのだろうか。俺の元親友も高校で非行に走り、今までやった犯罪行為をこんな感じに語り幻滅したのを思い出す。それとは犯罪のレベルが桁外れで違うが。

 俺は周囲の人々に恵まれてきたが、法も行き届いていない世界で力を得たこういった輩が蔓延るのは珍しくもないことなのだろう。

 清流の湖階層で目が覚めてラッミスに拾われ、集落での人々との幸運な出会いに感謝しないとな。


「そうですか……では、この靴に見覚えはありませんか」


 ラッミスから預かっていた靴を取り出したヘブイは、相手にも良く見えるように近くに放り投げた。


「何だこの靴は」


「タシテさん、これって最近高値で売れたあの靴じゃねえっすか」


 下っ端らしい男の言葉で思い出したようで、タシテが大きく頷いた。


「ああ、昔、駆け出しっぽいハンターから奪った靴か! 思い出したぜ、靴の紐をバカみてえにきつく縛っていてイライラして切り落としたあれか。そういや何か言ってやがったな……これは大切な人からもらった靴だから絶対に渡さない、とかほざきやがって、ムカついたからついやっちまったが、もっと楽しんでおけば良かったぜ」


「あれは、滑稽でしたよ。切り落とした足に抱き付いて抵抗する頭のおかしい女でしたから、変な病気でも持ってたんじゃねえっすか」


「違いねえ。しかし、わざわざ持ってきてくれるなんて良い奴らじゃねえか。後であの女店主やった後に返却願ってから、別のところで売り捌く予定だったが手間が省けたぜ」


 とことんまでクズだな。だが、今の返答でヘブイの求めていた答えが明らかになった。

 タシテは自分が何を口にしたかも理解していない。それが死に繋がる言葉だということを。


「そうですか。やっと、私の目的が果たせそうです。何年も待ち望んでいた瞬間は、こんなにも簡単に呆気なく訪れるものなのですね……泣いて許しを請おうが、激痛に喚こうが、貴方が悔い改めようが――確実に殺します」


 聖職者とは思えない言葉を口にしたヘブイの顔に浮かぶ表情は、歓喜。怒りではなく喜びに満ち溢れる、狂気すら感じさせる口元の笑み。


「ざけんじゃねえぞ! てめえらやっちまえ!」


 バリケードから飛び出す男たちを見て、仲間たちも一斉に雪崩れ込んできた。

 話が急展開しているが、ここで全てを終わらそう――ヘブイがどんな結末を選ぼうとも。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 国そして法がなければ、人は石器時代に戻るしか無い……!
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