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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
七章

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砂漠横断

 朝早く集落を出発してから、数時間が過ぎた。

 今は天から降り注ぐ凶悪な陽射しを浴びながら黙々と進んでいる。

 ヒュールミとキコユは体力の問題があり、砂漠の砂を歩くのはきついだろうとボタンの上に乗っているので、今のところ問題はないようだ。

 予想通り――いや、それ以上の暑さのようでヒュールミのお手製マントを羽織っているというのに、全員が辛そうに歩いている。

 違うな、全員じゃない。


「みんな、もう少ししたら休憩しようね!」


「ブフウゥ!」


 ラッミスとボタンは元気だ。

 俺の〈保冷〉〈保温〉の力により熱さを全く苦にしていないどころか、人一倍張り切っている。前に購入した縦縞マントを着て、足取りも軽い。

 ボタンは背中のキコユが冷気を纏わせているので、ひんやりして気持ちいいのだろう。

 あ、ラッミスに関してはもう一つご機嫌な理由がある。真新しい手袋とブーツの存在だ。

 以前、闇の森林階層で武器屋のオッサンが、ラッミスの為に新しい武具を作ると言って張り切っていた。その完成した物をヒュールミが受け取り再会の際に手渡し、彼女が喜んで装着して今に至る。

 デザインは以前の物と殆ど変わらないのだが、鉄で補強されていた部分が謎の材質に変化している。黒みがかった金属で硬度は鋼鉄を遥かに上回るそうだ。それだけではなく、もう一つ大きな相違点がある。


「あ、本当に重さ変えられるんだね!」


 ラッミスが今試したようだな。この手袋とブーツに仕込まれている謎の材質は、武器屋に置いてあった力を計る際に使用した重さの変わる丸いあれと同じらしい。

 意識的に力を注ぐと重さが変化することにより、攻撃力の増加。全力を出した時に空回りする力を上手く制御できるように考えられている。

 中々の逸品だと思う。だけど重さが調整できるようになったことにより、俺を背負う理由が防御面のみになりそうなのが少し寂しいが。


「いいよな、その武具。口は悪いが、腕は確かだったようだぜ」


 ヒュールミもキコユの後ろでその恩恵にあずかっているので、涼しげな顔をしている。

 ミシュエルもある程度の熱は鎧が防いでいるようだが目に見えて元気がない。

 ヘブイとシュイは一言も発していない。俺が十分ごとに渡す飲み物やアイスで復活しているのだが、数分の内に生気がなくなる。死と蘇生を繰り返しているかのようだ。

 空を舞う黒八咫は平然としていて、たまにキコユの近くに降りて涼むと、また元気に飛び立っていく。

 シュイがおぼつかない足取りで俺の近くまで来ると、いきなり抱き付いてきた。


「ああ、ひゃっこいっす……この階層の間だけ恋人になって欲しいぐらいっす……」


「では、私はマブダチということで……」


「師匠は……渡しませんよぉ……」


 ふらふらとよろめきながら、俺に貼り付く人が増えた。シュイもヘブイもミシュエルも何を言っているのか、自分でもよくわからなくなっていそうだ。


「三人ともハッコンに触れたまま歩いていいよ。ねっ、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


 無理して倒れても困るし、こういう時に男女差別をする気もないから、もっと密着してくれてもいいよ。

 右側面にシュイ、左側面にヘブイ、正面にミシュエル、背中越しにラッミス。四方を取り囲まれてしまった。


「ハッコンが、カッコよく見えてきたっす……もう、このまま抱かれてもいいっす……」


「よく見ると四角い体が精悍な体つきに見えないことも……」


「師匠、一生ついて行きますぅ……し、師匠が望むなら私も……」


 茹で上がっている頭で無理に褒めなくてもいいから。そんなお世辞に釣られるほど素直な性格もしてないからね。

 あと、ミシュエル現実に帰ってきなさい。意味不明な発言が怖すぎる。

 正気を取り戻す為に、スポーツドリンクを好きなだけ飲んで。

 〈念動力〉で三人に渡す際にキャップを捻って開けやすくしておいた。今は少しでも体力を温存しないと。


「前から結構、この水が好きだったっすけど、砂漠で飲んだら格別に美味いっすね」


「体中に水が浸透するかのように、心地いいですよ」


「師匠の体から出た水……最高です」


 水分補給といえばスポーツドリンクだよな。熱中症対策に特化したドリンクもあるので、それも後で渡しておこう。

 虚ろな目をしていた三人の瞳に光が若干戻り、ひと塊になったまま砂漠を歩き続けていたのだが、太陽が真上に達したところで昼食と本格的な休憩をすることとなった。

 折り畳み式の大き目なテントを設置して、その中に全員が雪崩れ込んでいく。

 このテントはヒュールミ特製の逸品で、薄い布だというのに熱を遮断する優れものだと語っていた。

 大きさも十畳ぐらいあるので、全員が入っても大丈夫なスペースが確保されている。

 俺が氷を大量に流し出して、それを器に入れてからテントの四隅に置かれた。それに加えてキコユが冷気を操りテント内の気温が一気に下がり、心地よい空間へと様変わりしたようだ。


「ふぃぃ、天国っす」


「生き返りましたよ」


「流石、ハッコン師匠です」


 枯れかけていた三人が見事に復活したか、安心したよ。

 全員に冷たいかき氷を配ると、一気に掻き込んだシュイとラッミスが頭を抱えて悶えている。かき氷はゆっくり食べましょう。

 暑さも解消されたようなので食事を配り、落ち着いたところで雑談が始まった。


「しっかし、尋常じゃねえ暑さだぜ。まさか、このマントでも耐えきれねえとはな」


「でも、効き目はあるっすよ。ちょっと脱いでみたら、数秒で枯れ果てて死ぬかと思うぐらい暑かったっす」


 効果はあるのだが、防ぎ切れない程の猛暑ということか。


「でも、こんなに暑いのにタシテさんたちの滾る爆炎の団の人たち、どうやって砂漠を渡っているのかな」


「確かに……オレたちはキコユとハッコンがいるから、どうにかなっているようなもんだ。対策をしているとはいえ、この暑さを凌げるとは思えねえな。高性能の魔道具でも保有しているのか」


 ラッミスの素朴な疑問にヒュールミが腕組みをして考え込んでしまった。

 十人組のハンターのチーム全員がこの暑さに耐えられるレベルの魔道具を身に付けているとしたら、素人考えだが金額が相当いきそうだよな。

 途中、遭難したハンターたちを数人見つけたのだが、全員、見事な乾物になっていた。ここで死んだら一日も経たずにミイラになりそうだ。

 死者の中に滾る爆炎の団らしき人物はいなかったので、彼らは無事だと思いたいが。


「ここを拠点にしているそうですから、備えがあっただけかもしれませんよ」


 ヘブイの言う通りかもしれないな。慎重な人なら対策の一つや二つ考えているだろう。命に関わる問題だからな。

 それに彼らの対策が不足で死なれていては手掛かりが途絶えてしまう。なので、ヘブイの口にした言葉は願望も含まれているのだろう。

 全員が黙り込んでしまったので、何となく全員の顔を見回しているとキコユがコートのポケットから手帳のような物を取り出していた。

 何気なくそれを覗き込んでみると、異世界の数字が順番に書きこまれていた。これって、この世界のカレンダーか何かかな?


「こ よ い」


 こよみ、つまり暦と言いたかったのだが「み」が言えない。これで理解してもらうのは難しいか。


「えと、何でしょうかハッコンさん」


 自分に向けられた言葉だというのは理解してもらえたのか。キコユが俺に振り返り、そっと体に手を触れている。

 それって、この世界の暦なのかな。その数字って日にちだよね。


『ええ、そうですよ。今日が何日なのか確かめていました。今日はここになります』


 数字は何とか読めるのでわかったのだが、今日は十一日なのか。あれ、直ぐ近くに赤く丸で囲っている数字があるな。


『これは……ある記念日なのですよ』


 そう言って微笑んでいたので、それ以上は追及するのを止めた。プライベートを根掘り葉掘り訊きだそうとする男は嫌われるからね。

 話は一旦そこで終わり、体力の回復も兼ねて全員が仮眠することになったので、俺は外に出してもらい見張りをすることにした。

 黒八咫も付き合ってくれるようで、俺の頭の上に乗っかっている。

 ミネラルウォーターを渡すと三本の足で器用にキャップを開けて、飲み口を咥えると一気に中身を呷っている。

 一滴も零さずに飲みきるとは、本当に頭がいいのだな。

 畑に転生した人は黒八咫やボタンと意思の疎通ができたらしい。俺も試しに強く想ってみたのだが、心の声が届いた様子はない。


「クワックワクワック」


 黒八咫が三つの目で遠くを見つめながら、語り掛けるように鳴いている。

 何となくだがあっちを見ろ、と言っている気がするな。

 視線を三つの視線が向いている方向へ向けると砂埃が見えた。何かがこっちにやってきているようだ。人間……じゃないな。四足歩行のトカゲっぽい。

 ファンタジーお馴染みのドラゴンではなく、巨大なトカゲのようだ。尾が紫だがそれ以外は砂と同色だな。あんなに勢いよく走らなければ、接近するまで気づかない恐れがあった。

 全長は三メートルぐらいかな。距離があって比べる物が何もないので、もう少し前後するかもしれない。

 これは皆を起こした方が良さそ――


「クアアアァ」


 俺が決断するより早く、黒八咫が飛び出していった。低空飛行で相手に接近すると、向こうが反応する前に黒八咫が大きく口を開く。


「クルアアアアアッ!」


 結構距離があるのに良く響く鳴き声が届くと、正面の砂を巻き上げ見えない何かがトカゲに向かって突き進んでいく。

 それが命中したらしきトカゲが粉塵を噴き上げ宙に舞った。あれは口から音波のような物を吐き出したのか。

 今の一撃で倒したわけではないようだが、足場を失ったトカゲが空中で足掻いている。

 黒八咫は更に速度を上げると羽を畳み、黒い弾丸の様なフォルムになるときりもみ回転を始めた。

 そして、腹を無防備に晒しているトカゲへと嘴を突き刺して抉り込むと、そのまま腹を貫通して背中へと突き抜ける。

 上下に両断されたトカゲが血を撒き散らしながら地面へと墜落した。


 圧勝じゃないですか……黒八咫さん。

 分断されたトカゲの下半身を掴んで、黒八咫が戻ってきた。

 あの堂々とした態度。人間ならドヤ顔の一つでもしてそうだ。

 俺の隣でトカゲの下半身を食べているので、そっとミネラルウォーターを差し出しておく。

 この調子なら単体の魔物ならみんなを起こさないで任せても大丈夫かな。

 ここまで常識外れな実力を見せつけられると、あの三つの目からビームを出しても違和感なく受け入れられそうだ。まあ、そんなことはあり得ないだろうけど。


 その後も三回、魔物が近くまで寄ってきたのだが全て黒八咫が処理してくれた。

 ボタンもそうだが、動物の範疇を越えている二匹の戦闘力はどれぐらいなのだろうか。黒八咫は飛行能力に加えて、音波による遠距離攻撃が可能。ボタンは突進力と足の速さか。

 以前、キコユにどっちの方が強いのか尋ねたことがあった。その時の答えはこうだった。


「ええと、たまに喧嘩はしますけど、本気で争ったことはないのでわからないです。たぶん、黒八咫とボタンに同じ質問をしたら、自分の方が強いって言うと思いますよ」


 と苦笑していた。何度か戦う姿を見た感想としては、二匹とも中堅どころのハンター相手でも勝利をもぎ取れそうな気がする。

 特に黒八咫は大抵の相手には圧勝できそうだ。飛行能力は有利過ぎるからな。

 ボタンの突進力もラッミスぐらいの怪力がないと止めることは無理だろう。いや、充分な助走を取った突撃だとラッミスでも吹き飛ばされかねないか。

 一点突破の破壊力が自慢のボタンと、飛行能力と音波攻撃で多数の相手にも対応できる黒八咫。コンビとしてはバランスがいいのかもしれない。


 当の本人というか本鳥は頭の上で優雅に羽づくろいをしている。その姿が悠然としていて、思わず見惚れてしまった。

 何というか仕草の一つ一つから知能の高さを感じる。幾ら何でも人間よりも賢いということはないだろうが。

 黒八咫が頭の上から前に降り立つと、前に渡したペットボトルを目の前に置いた。

 な、なにぃ。ラベルが剥がされていてキャップも外して分別済みだと……前に何となく生前の癖で〈念動力〉を使ってやっていたことを見て覚えていたのか。

 それにしても頭が良すぎる気が。黒八咫の中身って転生者じゃないだろうな。


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― 新着の感想 ―
黒八咫は黒いしウナススは毛むくじゃらで砂漠だと死にそうなフォルムだというくだりが前にあった気がするが、結局なんで平気なんだっけ?
[気になる点] 砂漠って夜移動するよね。
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