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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
七章

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灼熱の砂漠へ

「あの靴変態がこんな置手紙を預けて、姿を消したっす!」


 シュイの騒ぎ立てる声に反応して、ラッミスとヒュールミがテントから姿を現し、ハンター協会から熊会長も出てきた。

 取り乱した大声がかなりの音量だったので、二日酔いで地面に倒れている人々が頭を抱えて唸っているが、非常事態なので無視しておこう。


「落ち着くのだ、シュイ。その置手紙とやらを見せてもらえぬか」


「あ、うん。いいっすよ」


 握りしめて皺が寄っている手紙を熊会長に手渡すと、ラッミスたちも覗き込んでいる。


「何々……一身上の都合により離脱させていただきます。こちらの要件が片付き次第合流を致しますので、ご心配なく。追伸、命と靴は大切に」


 何ともヘブイらしい文言だけど、何処に向かったかは予想がつく。昨日のやり取りを知っていれば誰だってわかる。


「これって、灼熱の砂階層に向かったって事だよね」


「昨日の様子だと、そうだろうな」


「どういうことだ?」


 あの時、現場に熊会長は居合わせてなかったな、誰か説明をしておかないと。

 ヒュールミがあらましを口にすると、小さく一度だけ息を吐いた。


「靴に執着があるとは知っていたが、タダの物好きではなく何か理由があったということか。シュイは何か知らぬのか」


 同じ愚者の奇行団で過ごしていた彼女なら何か知っているのではないかと、全員の視線が集まるが当の本人は首を傾げている。


「えと、ただの変態だとしか思ってなかったっす。初めて会った時から、あんな感じだったっすよ」


 俺たちもあの熱い語りと日頃の態度からして、あれが芝居だとは思ってもみなかった。

 目的の靴を探し出すために、靴フェチの振りをして人々の足元を見てきたのだろうか。そういう変態だと認識されていたから靴をじろじろ見ていても、いつものことだと気にも留めてなかったな。


「賞品の靴を見て目の色を変えたということは、それの情報を集める為に単独で灼熱の砂階層に向かったか。変態だが冷静な奴だと思っていたんだが、意外だったぜ。しかし、あの靴と一体、どんな因縁があるんだろうな」


「後を追った方がいいのかな……」


 ラッミスがそう呟くと全員が答えに詰まっている。

 個人的な理由で単独行動をしているヘブイを追う理由がないからだ。これがヒュールミやラッミスとなると居ても立っても居られないのだが、相手がヘブイだからな。

 彼には彼の目的があり、それを実行する為に動いている。非常事態だから手を貸して欲しいとは思うが、あの表情を思い返すと自分たちに止める権利があるのかと躊躇してしまう。

 初めて見た、ヘブイの感情を剥き出しにした顔。

 歓喜と悲哀という相反する感情が入り混じった泥沼を、怒りにより沸騰させたかの様な激情。今思い返しても身震いしてしまう程だ。


「灼熱の砂階層には近いうちに向かうつもりではいたが、あそこは少々厄介でな。暑さが尋常ではないのだ。故に毛の多い我らの様な種族は苦手としている」


 熊会長や大食い団は参加できないということか。見るからに暑そうな自家製の毛皮を装着しているから無理もない。


「偵察に向かわせた人員がそろそろ帰ってきても良さそうなのだが。その情報を聞いてから行動に移すつもりだったが。先に追うべきか――」


「会長! 灼熱の砂階層を偵察していた方が帰ってきました!」


 ハンター協会の入り口から飛び出してきた職員が会長に向かって叫んでいる。

 計ったかのようなタイミングで戻ってきたな。都合が良すぎる気もするが、こちらとしてはありがたいので報告を聞かせてもらおう。


「そうか。皆、中に入ってくれ。共に報告を聞くとしよう」


 ラッミスに抱き抱えられてハンター協会のホールに入ると、茶色のフード付きマントを被った髭面の男がいた。

 精悍な顔で歴戦の戦士といった風貌だ。


「よくぞ戻ってきた。早速だが灼熱の砂階層の現状を教えてもらえるか」


「はい。灼熱の砂階層も同様に異変が起こり、魔物の群れが集落を襲ったそうなのですが、それを全て撃退。指揮官らしき人物も捕縛して牢にいるようです。食料も備蓄があり自給自足で食料の調達も可能らしく、平常時と変わらぬ状態です」


 自力で解決したのか。各階層を助けに回っていたので勘違いしていたが、清流の湖階層のように自分たちで対処できる階層があっても、何らおかしくはない。


「流石は灼熱の会長と言うべきか。名の知れたダンジョン探索チームの元リーダーだっただけのことはある」


 灼熱の会長って確か……会議でいた赤銅色の肌と逆立つ髪の毛が特徴的な人だよな。

 格好はアロハシャツっぽい上着と短パン。夏が似合いそうな男だった。


「ただ、灼熱の階層は通常時よりも気温が上がっていまして、現地に古くから住んでいる住民は、今年は少し暑めだなぁ。程度で済んでいるのですが、新参者やお宝目当てのハンターが暑さにやられていました」


「更に暑さが厳しいのか。シメライとユミテは無理か……ホクシーも控えさせた方が良さそうだ」


 老夫婦と園長先生は高齢なので避けた方が良いよな。

 現代日本でも高齢者の熱中症は問題になっている。地球人よりも頑丈な元ハンターとはいえ、無理をさせるわけにはいかない。


「となると、面子が限られちまうな。オレとラッミスとハッコン。んでもって、シュイぐらいか。キコユたちも来て欲しいとこだが黒八咫がやべえよな、どう考えても」


 あの羽に光を吸収する黒。その暑さは人間とは比較できないレベルだと思う。

 下手したら降りつける陽射しに負けて燃え上りそうだ。ボタンも毛がふさふさしていたので暑さには弱いだろう。

 それに、キコユは雪精人。雪の精霊のような存在なので暑さには弱いというのが定番。彼女たちの協力を仰ぐのも難しそうだな。


「戦力としては今のままで充分らしいのですがオアシスの水を節制しているようで、飲料や生活用水に不自由しているようです」


「お あ し す」


 最後だけ半音高めに発音すると、俺が何を疑問に思ったのか伝わったようだ。


「ふむ、ハッコンは知らぬか。灼熱の階層は殆どが砂漠なのだが、オアシスが数か所だが存在しておる。その内の一つを本拠地として集落を作っておるのだ」


 オアシスの町。砂漠といえばそうだよな。


「ってことは、水問題ならハッコンが行けば解決だぜ。先行してラッミスとハッコンに灼熱の砂漠に行ってもらうのが妥当かもしんねえな。俺は何か役に立ちそうな魔道具を作ってから行くぜ。水を凍らす魔道具が残っていたら、それを持って行きたかったんだがなぁぁ」


 ヒュールミがラッミスに視線を向けると素早く目を逸らした。

 階層割れの水溜りを破壊した時の魔道具だよな、それって。


「シュイはどうする。ラッミスと一緒に行くか?」


「ん、んー、別にヘブイはどうでもいいっすけど、灼熱の階層の現状が気になるから、行ってもいいっすよ。暑いのは平気っす」


 口ではそう言っているが今朝の取り乱しようからして、気に掛けているのは確かだ。

 元愚者の奇行団の団長たちに付いて行かなかった二人は、俺たちが思っている以上の絆があるのかもしれないな。


「じゃあ、うちとハッコンとシュイが先に灼熱の砂階層に行くのでいいのかな」


「おう、魔道具作ったら即行で行くからよ」


「申し訳ないが頼んだぞ。何かあれば連絡してくれ、直ぐに対処する」


 こうして、灼熱の階層に向かうメンバーが決定した。

 急遽決定したことなので、今日ではなく明日旅立つことになったので告知すると、今日の内に買い溜めをする人が後を絶たない。


「酒とつまみ、大量に頼むわね。清流の階層に移り住んでくる人が多いから、食堂が大忙しでさ」


 ムナミが大量に仕入れて、それを荷台に載せてラッミスが運ぶ手筈になっているようだ。これは未だに働かされている訳ではなく、友達として手伝っている。


「ラッミスもハッコンも階層を行ったり来たりで慌ただしいわね。うちの店としてはハッコンには腰を据えてもらって、この階層に留まって欲しいんだけど」


「んー、暫くは無理かな。うちもハッコンもやることがあるから」


「あんまり、無理しないでよ。あんたはちょっと無謀なところが前からあるし、暴走しないか心配だわ」


 口煩いようだが、ラッミスの身を案じての忠告だ。それをわかっているので、反論せずに大人しく頷いている。


「あっ、でも、ハッコンがいれば大丈夫よね。何かあったら、守ってあげてよ」


「いらっしゃいませ」


 ご期待に添えるよう、粉骨砕身して彼女を守ってみせるよ。まあ、骨ないけど。


「頼りにしているからね、ハッコン」


「ま か せ て」


 灼熱の砂階層の照りつける陽射しも、皮膚をなぶる熱気も完璧に遮断して快適な旅路を保障するよ。

 問題は……ポイントと俺自身が壊れないかだ!

 たぶん、熱でやられるようなことはないと思うが、不具合が発生した場合は常時〈結界〉を張ることを考慮しておかなければならない。

 熱暴走したりしないよな……大丈夫だよ、な。


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