ミスダンジョンコンテスト その3
最近、みんな忙しそうだ。
深夜になると滅多に人が訪れないのだが今日は頻繁に利用されている。
ハンター協会前では夜中だというのに今も舞台設置や準備に追われている人々が、慌ただしく働いているので俺も眠らずに見守っておこう。
ラッミスたちも毎日頑張っているようで、接点が減っているのが少しだけ寂しいけど、コンテスト当日を楽しみにして辛抱しないと。
本当はこんなことをやっている場合ではないのかもしれない。現状は問題が山積みで他の階層へも救援に向かわないといけないだろう。
本来なら直ぐにでも俺たちが行くべきなのだろうが、最近休みなく稼働し続けている俺を気遣っていてくれているのかもしれない。
熊会長は「頼れる部下を先に偵察で向かわせている」と言っていたので、その人が帰ってくるまでは待機することになっている。
何もかも俺たちだけでやらなければならない気になっていたが、他にも頼れるハンターはいるらしいので、暫くはお言葉に甘えて休養させてもらおう。
考えがまとまると途端に暇になってきた。ラッミスたちに渡したファッション雑誌でも読んでおこうかな。
自分から漏れ出る光に照らされている雑誌を〈念動力〉で操りページをめくっていく。
いやー、改めて〈念動力〉は便利だな。こうやって深夜暇な時に新聞や雑誌が読めるのは本当にありがたい。
夜の闇の中、光を放ち宙に浮かぶ雑誌を読む自動販売機って、日本なら都市伝説にでもなりそうだが、ここは異世界なのでそんなことは気にしないでおこう。
高校生特集があるのか、年齢的にはラッミスたちに丁度いいな。うーん、服装のところはスルーしてと、当日の楽しみがなくなるからね。
他にも色々あるな、可愛らしい小物やネイルや化粧か、ふむふむ。日本だと他にも読むべき物や娯楽が山ほどあったから、女性用のファッション雑誌を真剣に見ることなんてなかったな。
漫画雑誌も出せるのだが購入したのは週刊少年漫画雑誌が一冊なので、同じ話を延々と読み続けなければならない。もう、キャラたちの台詞を暗記してしまうぐらい読みこんでしまった。
次は何しようか。日課の現地語の勉強やっておこう。
幼児向けの文字の書き方を覚える参考書のような物をキコユからもらったので、毎日それを見ながらノートとボールペンを〈念動力〉で操り勉強をしている。
ちなみにノートとボールペンは〈自販機コンビニ〉で仕入れた物だ。実は〈自販機コンビニ〉はこういった雑貨もコンビニに置いてある物ならある程度なら置けるのだが、俺が殆ど購入しなかったからな。
便利なのだがコンビニでも買える品なので購入を控えていた。自動販売機限定商品でもあれば飛び付いていたけど。
こういった雑貨も売れば大儲けできるのだが、文化レベルの高い品の流入は問題になりそうなので、親しい人物にしか提供していない。
「お、勉強してんのか。熱心だな」
カリオスとゴルスか。考え事をしていたから、こんなに近くに来るまで気が付かなかったよ。今から夜勤かな、お疲れ様。
「いつもの頼むぜ」
「同じものを」
二人とも買う商品が決まっているからな。新商品が出ると試しに買うのだが結局、いつもの定番に落ち着くというのがパターン化している。
「ありがとよ。お、そうだ、ミスダンジョンコンテストに彼女も出ることになったから、その際はよろしくな」
カリオスの恋人も出るのか。あの全身赤一色はインパクトがあったな。
うんうん、お淑やかで美人だったから話題になりそうだ。また、ラッミスたちのライバルが増えてしまった。
イベントとしてはかなり盛り上がりそうだ。見物人として客観的に考えるなら、当日の参加メンバーには期待が持てそうだ。
各々の思惑と野望が渦巻く中、ミスダンジョンコンテスト当日の朝を迎えた。
とまあ大袈裟な表現をしたが、賞品目当てと売り上げ目当ての人が一番張り切っているのは確かだ。
会場は即席とは思えないぐらい立派で、前回の大食い大会での経験が生きているのか。
観客席には既に長椅子が並べられて、収容人数は百を超えるだろう。
関係者は薄い水色の法被を着こんでいて、この階層のシンボルカラーが湖の色だと初めて知った。俺がこの世界で目が覚めた時に見た湖は、目を見張るぐらい綺麗だったから納得がいく。
「ハッコン、おっはよー」
「うぃっす、ハッコン」
「目が覚める物、欲しいっす」
元気ハツラツのラッミスと少し寝不足っぽいヒュールミ。そして、かなり疲れているように見えるシュイがいる。
「やっと服が完成したっすよ……間に合ってよかったっす」
「ごめんね、シュイ。もし、優勝できたら約束通り賞品は渡すから」
「おう、オレが優勝はねえだろうけどよ、万が一優勝したら商品は譲るぜ」
「感謝っす」
シュイは今朝まで服の制作を頑張っていたのか。
三人分を一人で受け持つのは負担が大きいと思っていたけど、そういう交渉が成立していたのか。納得だ。
「それじゃ、ちゃんと見ててね。応援してよっ」
「いってくるぜ」
「頑張ってくるっす」
「い っ て ら」
餞別にスポーツドリンクを三人に渡し、立ち去る背を見送った。
さて、後は観客席で見たいけど……しまった、ラッミスに運んでもらうべきだったか。ここで〈ダンボール自動販売機〉と風船のコラボで移動するのは大袈裟だし、着地が難しいからな。折角作り上げた舞台を壊してしまったら大惨事だ。
「今日は晴天で何よりだ」
おっ、ハンター協会から出てきた熊会長が空を見上げ目を細めている。
いい天気で良かったよね。絶好のイベント日和だ。
「ここでは良く見えぬだろう。一番見える場所に運ぼうと思うが構わぬか?」
「ありがとうございました」
助かるよ、熊会長。どうしようかと思っていたところに渡りに船とはこのことだ。
熊会長に抱き抱えてもらい、舞台正面の最前列ど真ん中に設置された。
えっと、最高の場所だとは思うけど俺の両脇に腰かけている人物が非常に気になるのですが。
「おー、ハッコンはんも来たんか。今日は美女たちを拝めると聞いて、ごっつう楽しみにしてまっせ。期待しすぎて目の下にクマできてもうてな、清流の会長もクマできてんとちゃうん?」
これは真黒な闇会長にはクマができていても見えないということと、その話題を熊会長に振ることでクマと熊がかかっているギャグかっ!
まあ、スルーするけど。
「闇の会長さんは相変わらずお喋りですねぇ。お喋りと言えば、昨日こんなことがありまして。私たちは清流の階層に住ませてもらうことになってから、この階層のルールを学ぼうと必死でしてお隣のテントに住んでいる方に挨拶に伺ったのですよ。そしたら、私の顔を見るなり眉根を寄せて「どっちだ」とか呟くのですよ。きっとあれは私の美しさに見惚れてしまって、既婚者なのか独身女性なのか判断がつかないって意味ですよね――」
左は闇の会長、右は迷宮会長。最悪の多重音声だ。
熊会長は闇の会長の隣にいるわけだが、ちゃんとこっち側に来て一緒に挟まれようよ。そんな申し訳なさそうな顔をしても誤魔化されないぞ。
「二人ともお喋りは程々にせんか。もうじき、始まる。審査員なのだから、ちゃんと審査する様に」
「わかりましたわ。お任せください」
「わかったで、あんじょう頑張りまっせ」
あんじょうって関西弁で上手くとかそんなニュアンスだったような。お喋りな親戚のおじさんが頻繁に使っていたな。
それはいいとして、一つ気になることがある。ここって審査員席のようだけど、何で俺がここにいるのだろうか。
「ハッコンには審査員をやってもらおうと思っている。本来は始まりの会長がやる筈だったのだが、諸事情によりできなくなってしまった」
「ほんで、ハッコンはんが任命されたってわけか。仲間が参加しとっても、不正はせえへんと見込んでるんやな。清流の会長は」
そう言ってもらえるのは嬉しいことだが、審査員をさせられるのか。
確か持ち点が十点あって、一人ずつ点数を付けていくのだったか……責任重大だ。
とはいえ、自動販売機である俺にこんな大役を任せてくれたのだ、期待に応えないと。
見物人として気楽に見学するつもりだったが、真剣に評価するぞ。一挙手一投足に注意して、その人の魅力を見逃さないようにしよう。
今回の採点システムは審査員に全ての権限があるという訳じゃない。観客も一人一票投じることができて、それもポイントとして加算されるので、観客へのアピールが重要になってくる。
開始時間が近づくと後方の席はあっという間に満席となり、これだけでも今回のイベントを開催した価値があった。
やっぱり、みんな娯楽に飢えているのだな。今回の騒動で誰もが傷つき、表面上は明るく振る舞っているが心の傷は大きい筈だ。
今日一日だけでも嫌なことを忘れられるぐらい、楽しんでくれたらいいのだけど。
そんなことを考えていると、舞台の脇から一人の女性が進み出てきた。
メイド服っぽい作業着姿のムナミか。彼女もコンテストに参加するのかと思っていたので訊ねたのだが「私は自分を客観的に見られるからね。負ける試合には挑まないのよ」とのことだった。
少し地味目な感じなので、失礼だとは思うが言いたいことはわかる。周りが美人ばかりだと物怖じするよな。俺だって美男子コンテストに参加しろと言われたら即座に断る。
今は自動販売機なので生前よりかは外見に自信あるけど!
「皆様、長らくお待たせしました。これより、第一回、清流の階層ミスダンジョンコンテストを開催します!」
「うおおおおおおおおおっ!」
野太い声と黄色い歓声が会場を満たしている。
意外にも男性だけではなくて女性も盛り上がっているようだ。これは大成功の予感がするな。
嬉しい誤算に機械が異音を上げそうになったが、ぐっと堪えて出場者たちが現れるのを待った。




