幼女の力
メンバーが一気に増えてかなりの大所帯となった。
老夫婦がやってきたのは正直意外だったのだが、ボタンの荷台に乗って運ばれるなら、移動も楽だからという理由で参加を希望したそうだ。
あまりに軽い理由だったので、ラッミスも疑問を抱いたようで直接問いかけていた。
「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、本当にいいの?」
「まあ、森林浴をしたいと、婆さんが言っとったからのう」
「自分の足で歩かずに自然を楽しめる旅行なんて、ありがたいことですねぇ」
本気か冗談なのか判断がつかない返しをされてしまった。
二人は顔を見合わせて微笑み合い、仲睦まじい姿を見せつけてくれている。
「二人を連れてきたのには理由がある。階層ごとの異変に時間を掛け過ぎないようにしたいが為だ。冥府の王とケリオイル団長の目的は時間稼ぎにあると考慮している。故に火力を増やすことにした」
「清流の湖階層は落ち着いてきているもんね」
「そうだな。カリオスとゴルスの防衛の要もいる。それに始まりの階層のハンターもこちらに移ってきた。念の為にホクシー……園長にも残ってもらっている」
園長先生がいればかなりの戦力増強になるな。治癒能力もあるので怪我人が出ても安心できる。弓の実力はシュイを軽く上回っていたので、飛行系の敵にも充分対応できそうだ。
「時間短縮を狙っているとはいえ、焦って事を仕損じては元も子もない。効率的にやる為にも能力の高い者をぶつけるのが、もっとも安全で確実だ」
お婆さんの剣捌きも尋常ではないが、こういった場面ではお爺さんの魔法による火力に期待したい。
ただ、火災に気を付けないといけないので火の魔法は厳禁となるのか。
「さて、面倒だがクロクロに会いに行くか」
クロクロって誰だ。熊会長がため息を吐いて頭を左右に振っている。
その人に会うのが心底嫌そうに見えるな。
「あいたたた、急に腰痛が悪化しおった」
「お爺さん大丈夫ですか。すみませんねぇ、お爺さんの看病せんと。クロクロへの挨拶はお任せしますわ」
熊会長が視線を向けると、急に腰を押さえてお爺さんが苦しみ始めた。お婆さんはお爺さんの腰を擦りながら、健気なことを口にしているが。
「ついて来てもらうぞ。一人であれの対応をするのは疲れる」
老夫婦が視線を逸らして、腰痛の筈なのにすくっと立ち上がると、熊会長と同じように大きくため息を吐く。
腰痛は芝居だったのか。ここまでの反応でクロクロと呼ばれた人物が誰なのか想像がついた。
あれだ、闇の会長で間違いない。以前は共にハンターとして活躍していたという話をしていたしな。
「いかなあかんか」
「面白いんやけど、くどいのがねぇ」
元メンバーに、ここまで言われるのも大概だな。
でも、あの言葉の濁流を一度経験すると会話する気にならないのも無理はない。
「では、行くぞ……キコユ」
「はい、何ですか熊さん」
あれ、熊会長はキコユに熊さんと呼ばれているのか。
何だろう、満更でもない顔しているぞ。老夫婦もそうだがキコユに話かけられると、表情が見事なまでに緩んでいる。年寄りキラーだ。
とことこと歩み寄ってくる姿は見るからに可愛らしい。白のコートも似合っていて、その相乗効果で大半の人が思わず微笑んでしまう。
「あの件、任せておくぞ」
「はい、わかりました」
あの件って何だろう。表情が引き締まったから、大切なことだとは思うが。
熊会長たちが立ち去ってからも、その言葉がずっとひっかかっていたのだが、それを察知したのかキコユが俺の体に触れた。
『ハッコンさん。熊さんから頼みごとをされているので手伝ってもらえますか』
触れた相手に声を届けることも可能なのか。直接、頭に声が響いた。頭というか機体だが。
いいけど、どんな頼みごとをされたのかな。
『それは秘密です。ここにいる人々がこの階層にいる全員でしょうか』
そうだね。闇の会長とハンター協会の職員以外は全員いるよ。
外から戻ってきたところで、俺もそろそろ食事を配る時間なので、階層中の人が集まってきている。
『ちょうど、いいですね。私がハッコンさんの商品を手渡ししてもいいですか』
どうぞ。その方が受け取る側も嬉しいだろうし。
売り子が可愛らしい少女の方が貰う方も喜ぶに決まっている。是非にと、お願いしたいぐらいだ。
俺に頼みたい手伝いというのがこのことなら、狙いがわかった気がする。ただの憶測だが、注意深く見守っておこう。
「いらっしゃいませ」
大音量で声を発すると、俺の前にずらっと人が並んでいく。
誰よりも早く先頭に並んだのはシュイ。そして、ほぼ同じタイミングで跳び込んできたのが大食い団の四名だ。
素早さだけなら大食い団の方が圧倒的に上だったのだが、食事の時間を把握していたシュイが、獲物を狙う肉食動物のように臨戦態勢で待ち構えていたから、スタートダッシュの差が露骨に現れたようだ。
「今日はあの豪華なやつにはならないっすか?」
それって〈自販機コンビニ〉のことだよな。一度提供してから完全にはまったようで、何かにつれシュイが言ってくるようになった。
今日の変身時間は二時間分残っているから余裕はあるが、どうしようかな。
目を輝かせているシュイと、豪華なやつという言葉に反応して尻尾を激しく振っている大食い団に負けて、俺は特別に〈自販機コンビニ〉になることにした。
「あ、ハンター協会からの手配書を端の方に貼ってもいいですか」
「い い よ」
この階層にいる殆どの人が購入しているので、ここに貼るのが一番効率的だろう。
その張り紙は冥府の王の全身絵が書いてあり、その下に情報提供者に支払う金額が記載されている。その絵は俺が録画しておいた映像を元にしているのでそっくりだ。
シュイが大量に選んで、取り出し口に落ちてきた物を取ろうとしたら、キコユが先に掴んで手渡そうとしている。
「えっと、キコユちゃんだよね。ありがとうっす」
「はい、どうぞ」
キコユの笑顔に釣られてシュイも笑顔を返している。
お金も手渡しで受け取り、お釣りは手を添えて返しているので、思わず頬が緩んでしまうのも仕方がないよな。
商品はかなり格安の値段で提供しているので、銀貨支払いでお釣りが出ることが多い。ハンター稼業をしているので小銭がかさばるのを嫌ってか、銅貨を大量に持ち歩く人が少ないようだ。
それから全員の選んだ商品を全て、キコユが代わりに取り出し口から受け取って渡しているのだが、今のところ特に変化はない。
真新しい商品が並び、可愛らしい幼女が手渡ししてくれているという状況に、お客の気も緩んでいるな。
十人、二十人と問題なく商品の受け渡しが行われていく。
そして、二十五人目の人物にキコユが商品を渡した瞬間、表情に変化があった。俺は慌てて録画を始める。
その人物は三品購入していたので、二つ目の商品を取り出そうと手を突っ込んだ際に声が頭に響いた。
『この人が冥府の王の指揮官です』
やっぱりそうか。手渡すことでキコユは相手の心の声を読んでいた。
手配書を目立つ場所に貼ることで購入の際に、嫌でも目に入るから冥府の王に関連したことを無意識に思い浮かべる。そこを読まれるわけだ。
相手の顔はばっちり録画済み。特徴のない一般的な顔をした女性だな。紛れ込ますには最も適した人材とも言える。
「ありがとうございました」
「いつも、美味しい食事ありがとうね」
爽やかな受け答えで好印象を与えるタイプだが、冥府の王側とわかった今、全てが演技に見えてしまう。
俺が自動販売機で良かったよ。生身の体だったら表情に出ていたと思う。
このまま〈結界〉で閉じ込めて逃がさないようにすることも考えたのだが、熊会長には何か考えがあるかもしれないので、手は出さないでおいた。
全員の食事を出し終えると、熊会長たちが戻ってきたのでキコユがとことこと走り寄っていく。
そして、口に出さずにそっと体に触れて情報を伝えているようだ。
そのまま、相手の元に向かうのではなく俺のところに熊会長たちがやってきた。
「ハッコン、その人物を覚えているだろうか」
「う ん」
周囲に指揮官がいないことを確認してから、俺を取り囲むように並んでいる熊会長と闇の会長と老夫婦とキコユだけに見えるように、録画した映像を〈液晶パネル〉に映し出した。
「はぁ、こいつはうちのハンターですわ。前からこの階層で頑張っとる若者で、将来に期待していたんやけどなぁ。まさか、冥府の王の手の者やったなんて」
「そうか。前から忍ばせていたのか、団長のように勧誘されたのかはわからぬが。さて、どうすべきか」
「暫く泳がせて、他の人物と接触するのを待つってのはどうじゃ」
「あら、お爺さんにしては良い考えですねぇ」
他の人物と接触するのであれば、見張っておいて一網打尽にするのは悪くないかもしれない。
でも、それにはどれだけ時間が必要かわかったものじゃない。もっと、手早く情報を聞き出せれば楽なのだが。
「おや、皆さん集まって何のご相談ですか。靴の話題でしたら、私も混ぜてください」
何でこの面子で靴の話題をしなくてはならないのだろう。
その発言内容で誰かわかるというのに驚きだが、ヘブイが足下に視線を向けたまま声を掛けてきた。
あっ、そうだ。いるじゃないか適任が。
「ま か せ よ う」
そう言って取り出し口に落としたミルクティーをヘブイへと運んだ。
俺の発言で全員がピンときたようで、大きく一度頷いてくれた。
「あの、すみませんが、何故に見つめられているのでしょうか。最近は強引に靴の買取りをするのは控えていますよ?」
勘違いして罪の暴露を始めそうな勢いだが、ヘブイの〈感覚操作〉とキコユの心の声を読み取る能力を使えば、必要な情報を聞き出すことは可能だろう。




