ある日、森の中の面々
妙案がほいほい浮かぶわけもなく、次の日は他のハンターも増員して木々の伐採を続けている。
ラッミスが集中して木を引っこ抜けるように、他のメンバーで戦闘を担当して邪魔をさせないように立ち回っているので、昨日よりも順調だと言えるだろう。
たまに魔物がラッミスに攻撃を加えようとしてくるが、背中の俺が攻撃を弾くか、手にした大木で薙ぎ払って倒している。
単体相手だと素手が強いが、大群相手だと武器を手にした方が効率よく敵を倒せている。武器といってもそこに生えていた木だが。
ラッミスに相応しい武器となると何だろうか、素手にこだわりがあるみたいだけど多対単の戦いの場合、リーチのある武器で一気に倒した方が強いと思う。
実際、今も一薙ぎで数体の魔物が吹き飛ばされている。巨大な剣は何となく彼女のイメージじゃないな。槍も違う。あれだ、ハルバートとかどうだろうか、両替商のゴッガイさんが手にしていた槍と斧がくっついたようなアレは似合う気がする。
もっと刃の部分を巨大化させたら怪力も生かせる武器にならないだろうか。
俺が彼女の武器についてあれこれ考えている間に魔物たちは倒されていき、木は次々と宙を舞って集落の広場に落下している。
魔物の数は多いが味方も精鋭が多いようで、下層になる程ハンターの技能が高いというのは嘘ではないようだ。全員が植物系の魔物対策をしているようで、無駄の少ない動きをしていて安定感がある。
それともう一つ戦いを楽にしている要因はヒュールミが担いでいる樽と、そこから伸びたホースだろう。ホースの先端には銃のような物が取りつけられていて、引き金を引くと樽の中身が放出される仕組みになっている。
あれはここにある物だけで作った道具で、俺の〈高圧洗浄機〉を参考にしたそうだ。それだけで、これを作り上げる技能は感服の一言だ。
あの樽の中身は――除草剤だ。俺は自動販売機に除草剤がないことを残念に思っていたが、この世界にも存在していたようで、ヒュールミがあの道具と一緒に何やら調合して一晩で作り上げた。
「おっしゃー、枯れろ枯れろー!」
調合した薬を散布している姿が喜々としていてとても楽しそうに見える。
何を混ぜ合わせたのかは知らないが、効き目は抜群でぶっかけられた魔物たちがのた打ち回っている。今回は一番の戦力かもしれないな。
かなり数の木が抜かれているので門の前に木の生えない道が作られていく。根があった場所の土が抉れているので、道といっても陥没した跡だらけだけど。
集落から離れてきたので木を投げ入れる精度が怪しくなってきたので、今は抜いた木を森に投げ込んでいる。
たまに、悲鳴のような声が森に響いているが運悪く巻き込まれた魔物のものだろう。
このまま続けたとして、いつになったら階層主まで届くのか考えたくもない。だが、考えなしに伐採をしている訳じゃない。
「まだ、動きがねえみてえだな」
ラッミスの背後に歩み寄ってきたヒュールミが、目を細めてはるか先にある一点を見つめている。
それは森から突き出ている巨木の階層主。
この森を守護する存在なら森を荒らせば襲ってくるかと思っていたのだが、今のところ全く動きがない。
「これは指揮官を探した方が早いかもしんねえぞ」
魔物の統率が取れていて、恐怖を感じることなく襲い掛かってきているので、今までの流れを踏まえて指揮官がいるのは間違いない。
指揮官の権限は攻撃命令と撤退命令ぐらいだが、何よりも我を失って攻撃してくるのが面倒なのだ。仲間が死のうが自分が死のうがお構いなしに攻めてくる。
「指揮官ですか。今までの流れだと全員人間でしたがっ」
野菜の魔物を数体叩き潰したヘブイが会話に参加してきた。
「でも、それで人間だと思い込むのは、やばいっすよね」
更に加わってきたのは、矢を撃ちながら歩み寄ってくるシュイだった。
敵の数が一段落してきたようで、残りのハンターたちだけで充分処理できている。
「ハッコンに巨大化してもらって、空からの一撃もあの階層主の大きさが尋常じゃねえから、確実性がねえんだよな」
日本一の大きさをほこる自動販売機でも階層主の大きさには負けている。遥か上空から落ちれば倒せるかもしれないが、高すぎると自分へのダメージが大き過ぎて俺が壊れかねない。
高度が低すぎると威力が足りないだろうし……困ったな。
「ある程度知能がなければ指揮はできねえから、指揮官がここの植物系魔物ってことはねえと思うぜ」
なら、見分けはつきそうだが、今のところ怪しい人影や植物系の魔物以外を、集落の外で見たという話は聞いていない。
このまま、地味に森の木々を伐採していくしかないのだろうか。
「みんな疲れてきているみたいだから、そろそろ帰らない?」
ラッミスに指摘されて気づいたのだが、周囲のハンターたちの動きが鈍くなってきている。疲労が溜まってきているのか。
最近、仲間を基準に物事を考えてしまう癖がついてしまっていた。
幸運にも俺の知りあった人たちは、ハンターとしては格上の存在で疲れ知らずに長時間戦えた。だが、普通は一時間も戦い続けることはできない。
これは、かなりの長期戦を覚悟しないと駄目かもしれないぞ。
「んじゃ、撤退するとするか。帰るぞー!」
ヒュールミの叫びに反応してハンターたちが武器を掲げる。
今日は闇の会長がいないので静かなのは良かったが、圧倒的に戦力が足りない。
何か起死回生の策が思いつけばいいのだけど、森の木々相手に策も何もあったものじゃないと思う。
「しっかし、木が山のように積み上がってんな。これ、清流の湖階層に運んだら復興作業はかどるぞ」
集落に戻ってきて、ラッミスが投げ込んだ木々を自ら並べている後姿を眺めながら、ヒュールミが感心している。
俺は少し離れた場所に置かれ、休憩中のハンターたちに飲食料を配りながら、休みなく働く姿を見つめていた。彼女の体力は無尽蔵じゃないのかとたまに本気で思う。
「清流の湖階層は確か湿地帯でしたか。木々は幾らあっても困らないでしょうね」
ああ、そうか。ヘブイはまだ清流の湖階層に行ってないのか。
キャラが濃すぎるせいでずっと一緒にいるかのように錯覚していたが、出会ってからまだそんなに経っていなかったな。
「転送陣の魔力が戻ったら木材にして運びたいところだが、使えるようになるには二、三日ってところか」
転送陣が使えるようになったら清流の階層から人材を派遣してもらえば、状況は一変しそうだ。それまでは地道にやるしかない。
こうやって時間を取られている間にも、ケリオイル団長たちは着実にダンジョン攻略をしているのだろうか。時間を稼ぐことが目的で冥府の王が転送陣の誤操作を狙ったのなら、思う壺だな。
だけど、焦っても仕方がない。やれることをやる、それだけだ。
「おっ、ここにいたか。探したぞ」
不意に聞こえてきた声に反応して全員が一斉に振り向いた。
視線の先にいたのは帽子を被った大きな熊。
真っ白で巨大なウナススが引く荷台の上で仁王立ちしている。その会長の背後から、ひょこっとキコユと黒八咫が顔を出している。
手と翼を振っているのが可愛い。
「あれ、会長とキコユ、黒八咫、ウナスス! みんなどうやって」
「すまんが、わしらもおるぞ」
「こういう時は空気を読んで後で現れないといけませんよ」
荷台には老夫婦こと、シメライお爺さんとユミテお婆さんも乗っている。
和服のような服装ということは戦闘員としてやってきてくれたのか。
「どうやって来たのかっちゅう説明は、わしがしようかのう。魔力の流れが落ち着いたようじゃったから、こっちからちょいと多めに魔力を流し込んで、そっちの転送陣を活性化させただけじゃよ」
さらっと口にしているが、それって難しいことなのでは。
「流石だな。そんなことやれるの、爺さんぐらいだぞ」
「伊達に年は取っておらんよ」
ヒュールミの称賛にあっさり返している。
やっぱり、このお爺さんは魔法使いとして桁が違うようだ。
「しかし、よくこの階層にいるってわかったな」
「んなもんは、魔力の流れを追えばすぐにわかることじゃよ」
「いやいや、普通わからねえっての」
凄過ぎて呆れているヒュールミと少し自慢げな表情のお爺さんを尻目に、既に荷台から降りた人たちは会話が弾んでいる。
「始まりの会長はお留守番?」
「そうだ。事務仕事が得意なようなので、一時的にだが全ての権限を渡して任せてきた。誠実な人となりも良く知っておる。始まりの会長なら上手くやってくれるだろう」
熊会長は暫く現場を担当する気なのだろうか。
日頃の素振りからはわかりづらいが、亡くなった住民の為にも、その手でこの異変を解決したいのかもしれないな。
「お婆さん久しぶりっす!」
「おやおや、よく食べるお嬢さん……シュイさんでしたか。団長のことは辛かったでしょうに」
「もう、吹っ切れたから大丈夫っす」
「ならいいのですけど。ええと、その後ろにいるのはヘブイさんでしたか」
「久方ぶりですね。その節はお世話になりました。お履物が素敵ですよ」
まず、靴を褒めるスタンス。揺るぎないな。
始まりの会長の実力は未だに不明だが、老夫婦の参加はかなりありがたい。特にお爺さんの魔法があれば展望が開けるかもしれないぞ。
「ふえっ、着いたのかな。ふあああああっ」
「もう、ごはんの時間?」
「睡眠不足は美容の大敵だってシャーリィさんが言ってた」
「朝か」
あれっ、荷台から体を伸ばして寝起き状態なのは大食い団の面々か。
彼ら四人も一緒だったとは……あ、これでチーム移動式動物園が完成した!
このメンバーだと半分以上が人間じゃないどころか動物の楽園だな。個人的には全く文句がないので、これでいいと思います。
癒し効果もバッチリだし、明日から頑張れそうだ。




