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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
六章

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ハンター協会の会長

 闇の森林階層に来て二日目の朝になってふと思ったことがある。

 この階層の会長に一度も会ってない。

 ダンジョンの各階層にハンター協会の会長が存在するのは承知の上だが、今思えばキャラの濃い人たちばかりだったな。

 上から順だと始まりの階層は全身真っ赤なスーツ姿で妙齢の女性。気が強そうに見えて実は可愛げがある。

 次の亡者の階層は……会ってないな。勝手なイメージだと幽霊の様な見た目なら、あの階層の雰囲気に似合いそうだ。


 そして、清流の湖階層には我らが熊会長。見た目のインパクトで圧勝している。

 迷路階層の会長は最近あったばかりだ。お喋りでぽっちゃりしていた。

 灼熱の砂階層は冥府の王対策の時に集まった会合で、やたらと声の大きくて炎の絵が描かれていたアロハシャツのような服を着ていた人だよな。

 その下がこの闇の森林階層で、更に下の犬岩山階層と永遠の階層は不明となっている。

 亡者の階層の集まりで会長たちがいた筈だけど全員の姿は確認していない。あの時はそれどころじゃなかったから……じっくりと見ておけばよかったな。後で聞いた話によると代理で来ていた人もいるので、全員が会長ではなかったらしい。

 ここの会長はどんな人なのか気になる。ちょうど、ヒュールミが隣でジュース飲んでいるから聞いてみるか。


「あ の ね」


「どうした、ハッコン」


「こ こ の」

「か い ち よ う」

「し っ て り ゅ」


 おー、今回は完璧じゃないか。かなり上手に言葉を繋ぎ合わせられた。


「闇の会長か。そういや、まだ会ってないな。あいにく、知らねえな……ヘブイ!」


「はい、何でしょうか」


 近くの民家前や休憩所付近をうろちょろしていたヘブイを呼び止めた。

 彼が何をしていたのかは追求しないでおこう。たぶん、聞かない方がいい。


「ここの会長ってどんな奴か知ってるか?」


「ええまあ、面識はありますが」


 珍しく薄い笑みが崩れて苦笑いになっている。ここの会長に何かあるのだろうか。


「どんな感じだ」


「そうですね……この階層の会長に……相応しい方かと」


 歯切れが悪いぞ。いつもの靴を語るときの饒舌さは何処に。


「ヘブイが言い淀むとは、お前を上回る相当な変態なのか」


「私を上回るというのが何を意味するのか謎ですが、明るく楽しい方ですよ」


 そう言い切るヘブイをヒュールミが目を細めて睨んでいる。信用していないようだ。

 今までの反応を見ていれば、信憑性は全くないので当たり前なのだが。


「あれ、何話しているっすか」


 たまたま通りかかったシュイが声を掛けてきた。

 ヘブイの説明じゃ納得できなかったので、同じ質問をしてみようか。

 ヒュールミと話した時のように訊ねると、彼女の表情が一変した。

 頬を痙攣させて無理やり笑顔を作っている。表現しがたいこの表情は一体なんなのだろうか。


「悪い人じゃないっすよ」


 明るく楽しく悪い人じゃない。ここだけ聞けば素晴らしい人物に思える。でも、表情と反応が発言を否定しているよな。

 どうしよう、興味がますます湧いてきたけど、会うのは遠慮した方がいいかもしれない。


「会長に興味があるのでしたら、いいタイミングかもしれませんね。皆さんが来たことを、お伝えしなければなりませんし」


「べ、別に急いでないからいいんだぜ。ほら、何かと忙しいだろうからよ」


 俺と同様にヒュールミも良からぬ空気を察知したのだろう、慌てて手を左右に振っている。


「いえいえ、ご遠慮なさらずに。後回しにしたところで、いずれは会わなければいけない相手。早めに済ませておいた方が楽ですよ」


 予防接種の注射みたいなノリだな。


「でもよ、ラッミスがいないから、また日を改めてだな」


「あっ、みんなで集まって何しているのー! まぜてまぜて」


 用事でこの場を離れていたラッミスが、粉塵を撒き上げながら走り寄ってくる。

 どうやら逃げ道が完全に閉ざされたようだ。まあ、彼らが言うように悪い人じゃないなら、問題ないだろう。

 変わり者ならヘブイで慣れたから、妙な性癖や趣味でも理解をしてあげられるだろう。





 木造二階建ての建造物に連れてこられると、ヘブイは躊躇うことなく両開きの大きな扉を開け放った。

 中はホールになっていてカウンターがあり、丸テーブルが幾つか置かれている。一般的なハンターギルドの内装だ。

 カウンターの向こうに並んで座っている二人の女性職員にヘブイが歩み寄っていく。


「会長は、いらっしゃいますか」


「はい、二階の会長室にいらっしゃいます」


「彼らが是非、挨拶をしたいと申しているのですが、大丈夫でしょうか」


 ちらっとこっちに視線を向けた職員の動きが静止した。どうやら、俺を見て驚いているようだ。


「あっ、ハッコン様ですね。二階へお上がりください。会長も喜ばれると思いますよ」


 あっさりと許可が下りたな。俺を見て即座に判断したようだけど、もしかしてこれが顔パスというやつなのか。

 この集落に来てからまだ二日目だが、情報は伝わっているようだ。職員の二人も食料を買いに来ていた気がする。


「ありがとうございます。皆様、まいりましょうか」


 職員さんは普通の対応だったな。会長が変な人だと決め掛かっていたが、本当は普通の人なのかもしれない。ヘブイとシュイが話を合わせてからかっていたというオチか。

 二階隅の扉の前で立ち止まると、コンコンと軽く扉を叩く。


「会長、ヘブイです。新たに訪れた、ハッコン、ラッミス、ヒュールミを連れてきました」


「どうぞ」


 声だけで判断するなら明るい感じの男性で、四十から五十代といったところか。

 ラッミスは背負って入室するのは失礼だと思ったようで、一度下ろしてから後ろから抱きかかえてくれている。


「失礼します」


 数歩進んで俺を床に置いて、ラッミスが後ろから俺の隣に並ぶ。

 ラッミスと共に正面を見つめると、そこには――黒い人がいた。

 それは比喩ではなく、真黒なのだ。

 闇を濃縮して固めて人型にした、わかり易く言えば影が直立して目の前にいる。全身黒タイツの人間にしか見えない。


「初めまして。闇の会長とでもお呼びください」


 目も鼻も口もないのに普通に話している。それだけでも異様なのに何で……金ぴかのコートを着込んでいるのだろう。靴も履いてないのに。


「それでは、ごゆっくり」


 俺たちが呆気にとられている間に、ヘブイが部屋から出て行き扉を閉めた。俺たちの驚く顔を見て満足したのか。

 見た目は確かにインパクト抜群だったが、今まで何度も魔物を見てきたので、もう落ち着いたものだ。


「初めまして、清流の湖階層からきた、ラッミスです」


「ヒュールミだ」


「こ ん に ち あ」


 俺たちが挨拶をすると、闇の会長は大きく一度頷いた。

 会長は窓際に立っていたのだが、軽い足取りでこっちに近づいてくる。

 表情が全くわからないので不安になるな。怒ってはないと思うけど。

 目の前まで歩み寄ってくると、その黒とコートの金との色彩の差に目が痛くなってきた。大きく手を広げているのは歓迎の意を示している……のだよな?


「いやー、初めまして。闇の森林階層の会長やらしてもろうとります。こんななりやけど顔だけでも覚えて帰ってもらえたら、嬉しいですわ。って、顔が真黒でわからんやんけー。今んとこ笑うとこでっせ。種族は闇人魔で、闇なんて大層な名前付いてますけど明るさと元気が売りでっせ。闇人魔やからといって、いヤミなんて言わんから心配せんといてや。なんやごちゃごちゃして落ち着かん毎日やけど、会長としてどっしり構えて頑張っていかんなと思うとりますんや。そや、清流の湖階層から来はったんでしたな。熊会長は元気にしとりましたか。向こうも忙しいやろうに。毎日、くまったくまった言うとったんとちゃいます。わいなんて机仕事と農作業と深夜の見回りに煙突のすす落としまでやっとったから、ほらご覧の通り真黒ですわ」


 一気にそこまでまくし立てると、こっちをじっと見ている。

 表情は不明だというのに、今、この人はドヤ顔をしているのだろうと、わかってしまう自分が嫌だ。

 言葉の濁流に呑み込まれた二人は硬直したまま微動だにしない。

 今ならわかる。二人の妙な反応と、ヘブイが速攻で部屋から出て行った理由が。


 漫才師の様な話し方と間に挟まれる下らないギャグの嵐。こ、これはきつい。

 大阪に住んでいる親戚のおじさんに似た感じの人がいたから俺は免疫があるが、二人にはかなりきつそうだ。

 二人は表情を取り繕う余裕すらないようで、軽く仰け反ったまま硬直が持続している。


「会長言うてもそんな偉いもんやないから、そんなに緊張して硬くならんでもええんやで、ハッコンはん。ああ、元から硬いんやったな。何でも聞いた話によるとハッコンはんは変わった飲み物や食べ物が出せるそうやないか。なら、わいも一つ御呼ばれしてもかまへんかな」


 しまった、俺いじりが始まった!

 こ、ここは相手にしないで関わらないのが正解なのだが、一応相手はハンター協会の会長。無下に断るわけにもいかない。

 何が好みなのか判断も付かないし、それどころかどうやって飲食するのかも謎だが、清流の湖階層では人気のあったミルクティーを出しておく。

 ペットボトルを〈念動力〉で操り、蓋を回して開けた状態で闇の会長の前まで運ぶ。


「ほんまに物も浮かせて運べるんやね。いやー大したもんやわ。ほな、ごちそうになりまっせ」


 あ、飲むときは顔に口らしき穴が開くのか。そこに中身を流し込んでいる。


「くはぁー、ごっつう旨いやん。甘いお茶だけに、旨すぎて……あーまいっちゃーって感じやな!」


 額をぺしぺし叩いているのが鬱陶しい。

 駄目だ、このまま放置していると永遠にオヤジギャグを聞かされかねない。どうにかして、対抗する方法はないのか。俺が話すにしてもたどたどしくて、あの早口に割り込めるとは思えない。

 となると、自動販売機の機能だけど、相手の漫才を止める機能なんてあるわけが……あるわけが……あれ、もしかしてあれが使えるか?

 まず〈液晶パネル〉を設置してから、一生使うことはないと思っていた〈漫才自動販売機〉を取得して放映した。

 この機能は関西のサービスエリアに本当に置かれている自動販売機で、紙コップに飲み物が注がれる間、約一分間だが本物の芸人のネタが、連続して流れる仕組みになっている。

 これは〈液晶パネル〉を手に入れたら新たに現れた項目なのだが、まさか使う場面があるとは。


「でまあ、そんなことがあってやな……な、なんやこれは」


 流れるネタや一発芸に闇の会長が気を取られている。

 俺の耳には日本語で流れているように聞こえているのだが、どうやら意味が通じているようで、液晶パネルにかじりついている。

 さあ、本場のギャグを観て勉強するがいいさ!

 全て観終わった闇の会長は驚くほど大人しくなり、「今日はわざわざありがとうな」とだけ呟き俺たちは退室した。

 若干悪いことをした気もしないではないが、これで少し静かになったら周りの人たちも助かるだろう。

 次の日から、漫才に触発されたのか更に喋りに磨きがかかったのは俺のせいじゃないと思いたい。


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