武器屋
「じゃあ、最近はこれ食べてたの?」
集落を取り囲む、丸太を突き刺して並べただけの壁を魔物が乗り越えてきたところを、シュイの放った矢が貫いた。
太めの大根から筋肉質な人間の様な白い足が生えた、奇妙な魔物をラッミスが鷲掴みにしてシュイへと突き出している。これこそ、本物の大根足だな。
「そうっすよ。ここの野菜の魔物は味も良いっすからね。強い奴ほど美味しいっす」
畑の野菜だけで人々の食料を補っていたのかと思ったら、野菜型の魔物を食べていたのか。門が閉められてからは身軽な魔物がちょくちょく壁を乗り越えてやってくるのだが、殆どが野菜に手足が生えた魔物だ。
魔物たちが木材を傷つけないようにしているというのは本当で、門や壁を壊すことなく律儀に乗り越えようとして、射落とされていく。
「ここは木材が豊富っすから、矢の在庫には困らないから、ありがたいっす」
民家の屋根の上で構えているシュイの脇には、大量の矢が置かれている。武器屋から無料で提供されているので、矢の残りを考えずに射ることができると喜んでいる。
「シュイ、矢を追加で置いておくぞ」
「ありがとうっす」
大量の矢を背負って軽々と民家の屋根に登り、シュイの隣に矢を置いたのは筋骨隆々で長い髪を後ろで縛っている男性だった。見事な口ひげを蓄えている。
「お、妙な箱を背負っているのは、噂の怪力娘か」
「ラッミスです!」
悪気なく武器屋は口にしたのだろうが、ラッミスは若干怒ったように言葉を返す。
怪力なことを嫌っている訳じゃないのだが、面と向かって怪力と呼ばれるのは嫌らしい。
「おう、そうか。すまねえな。ラッミス嬢ちゃんは武器を持ってないが、徒手空拳で戦うのか」
「うん、そうだよ」
「折角の怪力がもったいねえな……そうだ、うちにこい。武器見繕ってやるよ」
おっ、武器屋に誘っているのか。折角、異世界に来たというのにファンタジーの定番である武器屋に一度も行ったことがなかった。
正直、かなり興味があるので今から楽しみだ。
「えっ、いいよ。うちは武器いらないし」
ええええええっ、そこは誘いに乗らないと。俺なんて完全に武器防具を品定めするつもりだったのに。
「あー、ラッミス行ったらどうだ。オレも一緒に行くからよ」
そう言って、口を挟んできたのはヒュールミか。昨日からずっと転送陣につきっきりだったが、もう修復が終わったのだろうか。
「ヒュールミ、もう修理終わったの?」
「修理ってか、異常がなかったからな。あとは魔力が満たされるまで、一週間ほど待つだけだ。って、それはいいんだよ。武器屋で消耗品の補充と防具も見たらどうだ」
いいぞ、ヒュールミ。そのまま説得してくれ。
「うーん、ブーツとか手袋もくたびれてきてるから、替えた方がいいかな」
「そうだな。それってハッコンと出会う前から使っているやつだろ。金は結構貯まってんだから、もっといいやつを装備しようぜ」
よく見ると手袋を補強している鉄のパーツがすり減り変形している。そりゃそうか。ラッミスが全力で怪力を振るえば、消耗は他のハンターたちとは比べ物にならない。
「これ、お気に入りで結構、高かったんだけどな」
ラッミスって物持ち良さそうだからな。今装備している手袋とブーツに愛着があるようだ。
「ラッミスの嬢ちゃんよ。うちで気にいった武器防具がなけりゃ、その手袋とブーツを改良してやろうか?」
屋根から飛び降りた武器屋のオッサンが、ラッミスの手袋をまじまじと見つめながらニヤリと笑う。
「それなら、お願いしようかな」
「おっし、それじゃ付いて来てくれ。そこの平らなねえちゃんも」
「誰が平らだ!」
どうやら、武器屋のオッサンは思ったことを考えずに口にする性格のようだ。
「どうよ、ここがうちの店だぜ」
武器屋のオッサンに連れられてたどり着いたのは、他の民家と比べて一回り大きな丸太小屋……いや丸太箱だった。
勾配のある屋根はなく、丸太を四角く組み上げた巨大な箱と言った方がしっくりくる。
「入ってくれ、さあさあ」
扉を抜けて室内に足を踏み入れると、そこは確かに武器屋だった。
壁際に掛けられている武器の数々。槍、斧、剣、刀のように反りがある剣もあるな。老夫婦の戦闘着が和服っぽかったので、やっぱり昔の日本に似た国がこの世界にもあるのかもしれない。
武器だけではなく防具も棚にずらっと並べられている。
これだよこれ。異世界ファンタジーなら武器防具だろ。こういう購入シーンは序盤にあるべきなのだが、自動販売機には装備必要ないからな。
あの巨大な鎧って無理したら俺も着られないだろうか。鎧を装着した自動販売機か……商品が取り出せない!
「あ、手甲もあるんだ」
「おうさ、格闘家用の武器防具も取り揃えているぜ。この棘のついたやつはどうだ」
武器屋のオッサンが取り出したのは、手の平以外が全て棘で埋まっている凶悪な外見の手甲だった。
強そうではあるけど、ラッミスには似合わない。
「うーん、これだとハッコンを傷つけそうだし、それに直ぐに壊れそう」
一応手に取ったラッミスだったが、お世辞にも好感触とはいえない。棘をつんつん突いている。
「この縞模様なマントって防具なのかな」
ラッミスが見ているのは黄色と緑が交互に並ぶフード付きのマントだった。それも自然な配色ならまだわかるのだが、濁りのない原色で無駄に派手だ。
「おう、それか。撥水加工もあって水を一切通さず、暑さ寒さにも強く性能は抜群なんだが……何せ派手でな。どこぞの魔道具技師が作った逸品だが、まあ、売れねえよな」
ハンターがこれを着ていたら確実にからかわれると思う。
ラッミスは何気に気に入ったようで、実際に羽織ってその場でクルクル回っている。
「ハッコン、どう?」
あれ、意外と似合っている。まあ、ラッミスは何を着ても似合いそうだけど。
「ありがとうございました」
「それって、褒めてくれているのかな」
「う ん」
「そうなんだ……ふふ、ありがとう」
縦縞マントを元に戻しているが、後で買えないか武器屋のオッサンと交渉してみよう。
そのオッサンは武器屋の隅に置かれていた箱の中を覗き込んでいる。何かを探しているようだがなかったようで、俺たちに向き直った。
「嬢ちゃんの力を一度見せてもらった方がいいな、ちょっと待っていてくれよ」
武器屋のオッサンは一度、店の奥へ姿を消した。
俺は周りの武器を見ているだけで楽しいので、何時間でも待てそうだ。男の子だったら、テンション上がるよな。
自動販売機で武器が売れたらハンターからの需要はありそうだが、生前に購入したことがある物という能力の縛りが邪魔をする。
何故、日本では刀やメイスの自動販売機がなかったのかっ!
あったら、絶対に見に行って購入していた自信がある。そしたら、武器を〈念動力〉で操るという、ハイクオリティな自動販売機になれたのに。
「これなんだろ、箱に武器が山積みだけど」
「ええと、何か書いてるぞ。あー、在庫処分だってよ」
俺がすっぽり入れる大きさの木箱の中に、種類もバラバラな武器が乱雑に入れられている。
この中に意外と掘り出し物があったりしないのだろうか。喋る魔剣とか所有者を選ぶ武器とかがあるってのが、お決まりなのだが。
「魔力も感じねえし、使い古された物ばっかだな」
「そりゃ、ハンターから買い取った品だからなっ」
武器屋のオッサンが車輪の付いた台を押しながら、律儀に答えてくれている。
てか、何だあれ。台の上に幾つもの丸い石が置いてあるのだが、その全てが同じ形と大きさで、色だけが違う。
「さてと、この丸いのは魔道具の一種でな、握るまでは大して重くねえんだが、手に持った途端に重くなる代物だ。左から徐々に重くなって、これで力を測定するってこった」
へえ、面白い魔道具だな。野球のボールぐらいの石でどこまで重くなるのだろうか。
「計測の石か。中々、珍しい魔道具持っているじゃねえか」
「平べったいのはわかるのか。通だねぇ」
「その呼び方止めろ。オレはヒュールミだ」
「わ、わかった。ヒュールミだな。覚えたから、それしまってくれ!」
近くにあった刀を鞘から抜いて歩み寄るヒュールミに、武器屋のオッサンが慌てている。自業自得なので止めないでいいか。
「ねえねえ、これ持っていいの?」
「お、おう。まずは一番左を手に取ってくれ」
話を逸らす為に武器屋のオッサンが意気込んで答えている。
ヒュールミが「ちっ」と舌打ちすると刀を鞘に納めた。
「よっ、軽いね」
「おー、軽々いくな」
まったく重いようには見えないのだが、本当に重くなっているのだろうか。
「ヒュールミも持ってみる?」
「貸してみてくれ……おおおおおっ!」
受け取った途端、腰を落として両手で落とさないように懸命に耐えている。
生まれたての小鹿並に足と全身が痙攣しているな。
「ラ、ラッミス、取って、取ってくれ!」
「いいよー」
片手で軽々と受け取ったラッミスが台に球を置いた。
本当に重くなっているのか。ヒュールミが額の汗をぬぐって、両腕を振っている。かなり、やばかったようだ。
「その調子だと次も楽勝っぽいな。二つ右のを持ってくれるか」
「いいよー。よいっしょっと」
またも片手で軽々と掴み上げたラッミスを見て、武器屋のオッサンが顎が外れそうなぐらい大口を開けている。
「ま、マジか。嬢ちゃん重くねえのか?」
「さっきよりかはちょっと重いけど、ハッコンよりもかなり軽いし」
「それ、俺の体重以上なんだが……こいつはおもしれぇ。よっし、じゃあ、更に二つ右の一番端のを頼む!」
急に武器屋のオッサンのテンションが上がった。ここまでの重量を軽々と持つラッミスに興味が湧いて、武器屋の血が騒いでいるみたいだ。
「あっ、これハッコンぐらいかな」
その球、俺と変わらない重さなのか。それを片手で持ち上げていることについては、もう何も言うまい。やっぱり、ラッミスは俺を武器にして振り回した方が良いような気がする。
「ほえぇぇ、はぁぁ、こりゃスゲエ。鉄の箱を背負っているから、相当なものだと思っていたが、これ程だとは。よっし、俺が嬢ちゃん用の最高の武具を作ってやるぜ!」
武器屋のオッサンの全身から炎が噴き出しているかのような映像が一瞬見えた気がした。最高の素材を見つけて、やる気の針が振りきれてしまったようだ。
「一週間は滞在するって話だったな。それまでに意地でも仕上げてみせるから、楽しみに待っていてくれよ!」
「お、おい、オッサン! 武器と防具を選ぶ話はどうなった」
「んなもん、そこら辺にあるの適当に持っていけ。表示している金額の半額で構わねえぜ」
早口でまくし立てると、武器屋のオッサンは奥へと消えて行った。
先に工房があるのだろうか。あれはもう戻ってこないな。
「だってよ。適当に見繕って金置いていくか」
呆れて肩を竦めるヒュールミと一緒に武器防具を選び、カウンターの上に硬貨を置いて俺たちは立ち去った。
予想外な展開だったが、一週間後にラッミス専用の武具が出来上がるのか、楽しみにしておこう。




