畑転生
キコユ、黒八咫、ボタンは私のもう一つの作品『俺は畑で無双する』http://book1.adouzi.eu.org/n5442cu/
に登場しているキャラです。
その作品を読まなくても全く問題ありません。
もし、興味を持って詳しい話を知りたい方は覗いてやってください。
彼女の口から語られた内容は本当に信じられないものだった。
「とある辺境の村にお婆さんが一人で暮らしていました。そんなお婆さんの畑に突如人の魂が宿ったのです。その人は異世界からやってきたのですが、畑なので会話をする術を持たず、日々お婆さんに耕されていました」
何だろう、ツッコミどころがあり過ぎて、どうしていいかわからない。
畑に魂宿るっておかしいだろ……いや、自動販売機に宿った魂が言ったらダメか。
それに異世界からやってきたってことは、俺と同じ境遇の日本人の可能性がありそうだ。この話、ますます聞き逃すわけにはいかなくなったぞ。
「ある日、お婆さんが亡くなり、畑は独りぼっちになってしまいました。ですが、そんな畑にも友達ができたのです。それが黒八咫とボタン、そしてエシグの夫婦でした」
エシグって確かウサギに似た動物で、耳が刃の様に鋭いんだよな。
ってあれ、これって前に劇団がやっていた劇の内容に似ていないか。もしかして、元ネタだったりするのだろうか。
「動物たちと共に穏やかな日々を過ごしていると、そこに一人の少女が逃げてきました。彼女は人間にある理由で追われていたのですが、不憫に思った畑は追手を懐柔して少女を救ったのです」
劇では畑から巨大な手が生えて、戦っていたよな……。あれって完全創作だと思っていたのだけど、本当だったのか。
「畑はもっと多くの人を救う為に旅に出ました。そして、北の防衛都市にたどり着いたのです」
畑が旅に出るという脳内で絵が想像できないシチュエーションに、思考をやめてしまいそうだ。自動販売機の俺に言われたくはないのかもしれないが、畑は無理がありすぎないか。
劇の芝居では畑の元に人が次々とやってくるという話だったが、その後何があったんだ。
「そこでは魔王軍との激しい攻防戦が繰り広げられていて、畑はその戦いに身を投じたのです」
畑なのにな。
移動手段を考えてみたのだが、おそらく、土を固めて人と同じような姿になって行動していたのだろう。高性能のゴーレムなら戦うことも可能だろうし。
「何とか撃退して、防衛都市は一時の平穏を得たのです」
凄いな、畑。
「だが、魔王軍をどうにかしないと本当の平和は訪れないと、畑は魔王軍の本拠地へと侵攻しました。そして、魔王軍との激しい戦いの末、身体の自由を奪われ意識が消える直前、仲間を何とか逃がした畑は意識を閉じました」
これが畑ではなく普通の勇者なら感動する物語にもなり得るかもしれないが、畑だもんな主役。彼女が持っていた土の塊を「畑の欠片」と呼んでいたことから察するに、彼女や動物たちが逃がされた仲間なのだろう。
「私たちを庇った畑……さんは、魔王軍の領地にいます。防衛都市から魔王軍の領地に繋がる唯一の道には巨大な土の壁があり、その先に進むことができません。私たちはどうしても畑さんに会いたいのです。その為に、残ったみんなが情報を集めている最中、以前とある魔王軍筋の方から教えていただいた情報を思い出したのです」
畑、畑と、畑がゲシュタルト崩壊を起こしそうだが、みんなに好かれていた畑だったのだな。
人間でもない畑でも仲間に、こんなにも慕われている事実を知って勇気を貰えた。俺も人ではない存在だが、その畑を見習って頑張らないと。
「このダンジョンを魔王軍の幹部である左腕将軍が狙っていると。その情報を頼りに藁にも縋る想いで、ここまでやってきました」
見た目はこんなに幼い子が動物二匹をお供に連れて、危険を承知の上でダンジョンに潜り、魔王軍の幹部との接触を図ったというのか。
「しかし、冥府の王と会えたとして、どうするつもりだったのだ」
「魔王軍の領地へ入る道はないか、教えてもらおうかと思っていました。できることなら穏便に」
最後の言葉を口にした瞬間、目つきが鋭くなった。
つまり、交渉が決裂したら穏便に済ませる気はないってことだよな。
「では、冥府の王が何を目論見、我々が今どういう状況なのかを教えよう」
熊会長の説明は既に経験済みなので聞き流しているが、キコユは前のめりになって聞き入っている。クロヤタとボタンも言葉がわかっているかのように、黙って話に耳を傾けているように見える。
「――ということになっている」
「そうなのですか。話は通じそうですが、情報を提供していただけるかは正直、怪しいですね」
「抜け道を教える代わりにダンジョンの住民を殺せと命じられたら、キミたちはどうするかね」
穏やかな口調で問いかけてはいるが、熊会長ならその返答如何によっては迷いなく爪を振るいそうだが。
「受け入れません。そんなことをしたら畑さんに怒られますから。ね、黒八咫、ボタン」
「クワクワッカ!」「ブフゥー!」
頭を激しく上下に振って同意している。この二匹、本当に言葉を理解していないか。
少女たちの発言に確証はないが、動物たちとの微笑ましい光景に、信用できるのではないかと思いたくなる。
「あ、焼き芋に火が通ったみたいです。ええと、ハッコンさんは食べられませんよね」
「ざんねん」
生のサツマイモをあんなに旨そうに動物たちが食べていたので、かなり興味があるが食べる方法がない。
向こうが食料を提供してくれるのだから、俺も飲み物ぐらいは担当させてもらおう。焼き芋って食べたら口の水分を持っていかれるからな。
焼き芋に相応しい飲み物って何だろう。妥当な選択はお茶か。個人的な好みを言わせてもらうと、焼き芋には牛乳が合う。
「では、会長さんどうぞ」
「ご馳走になる」
熱々の焼き芋を受け取った熊会長が、それを二つに割ると断面が黄金色でどろっとした汁が零れ落ちそうになっている。
かなりしっとりとしているな。あれは蜜なのか? だとしたらかなり甘いサツマイモということになる。以前食べたことがある安納芋がそんな感じだったな。
「ふむ、ほふほふぅ、これは旨いっ! 食感はしっとりとしていて甘味が口一杯に広がる。見た目はシテミウマだが、味は全くの別物だ」
くっ、熊会長の食レポを聞いたら食べたくなるじゃないか。自動販売機の飲食料品は全て一度口にしたことがあるので味が想像できるのだが、未知の食べ物に対する反応は結構辛いぞ。
「喜んでもらえて良かったー。でも、これって本来の畑さんの野菜と比べたら十分の一……いえ、もっと出来の悪い味です」
「これの十倍以上の味だというのか。そのような食べ物が存在するのであれば、伝説の畑の噂も納得がいく」
熊会長も劇を見ていたのか、それともハンター協会では有名な噂話なのかは知らないが、結構認知度が高いのかもしれないな。
でも、十分の一は言い過ぎだ。熊会長があんなにも驚いているというのに、あれの十倍の味だったら麻薬じみた中毒性があってもおかしくない。
おっと、飲み物を出すのだった。日本茶は異世界では今一つ人気がないので、牛乳にしておこうか。
取り出し口に牛乳を落とすと〈念動力〉で操り、熊会長とキコユの前に移動させた。
「あの、何か浮いています」
「それはハッコンが出した飲み物だ。浮かんでいるのも念動力の加護によるものだそうだ」
恐る恐る宙に浮かぶ牛乳を突いていたキコユが、ほっと息を吐くと掴み取った。
「蓋の開け方はこうやるといい」
熊会長は瓶牛乳が結構好きらしく、何度も口にしているので開ける手際もいい。
キコユは見よう見まねで少し手間取っていたが、何とか開けるのに成功した。
「うわっ、冷えていて美味しいです! ハッコンさんは飲み物を出せるのですね」
「それだけではないぞ。食料や様々な商品を出してくれる頼れる男だ」
熊会長、褒め過ぎだって。キコユが牛乳瓶を握りしめたまま、輝く瞳で俺を見つめている。想像以上に喜んでくれているようだ。
「畑さんは野菜なら何でも作ることができました。やっぱり、ハッコンさんは似ていますよ」
一見無邪気な子供の笑みに見えるのだが、どこか寂しげなのは気のせいではないと思う。
っと、そうだ。キコユには是非聞きたいことがあった。
「い せ か い」
「て ん せ い」
「い っ し よ」
「えっ、異世界転生、一緒とおっしゃいましたか?」
「う ん」
「以前、ヒュールミからハッコンの中の魂は別の世界から来たとの、報告を受けている」
熊会長の言葉を聞いて、キコユが目を輝かせて俺を見つめている。
これはどういう反応なんだ。喜んでいるようだが。
「もしかしたら畑さんと同じ故郷かもしれませんね! 知ったらきっと喜びますよ」
満面の笑みを浮かべ、無邪気に喜んでいる姿は子供らしい可愛さがある。動物や小さい子供の可愛らしさというのは、どの世界でも微笑ましい。
「畑さんと再会したら、またここに来ますので、一度会ってくださいませんか」
「う ん」
そんなのこちらからお願いしたいぐらいだ。もし、同じ日本人なら話したいことが山ほどある。それも、俺と同じく妙な転生をした同士なら話も弾むだろう。
「それと、もう一つお願いがあります。迷路探索に私も同行させてもらえませんか。一ヶ月もの間、迷路の中をうろちょろしていたので、三分の一ぐらいは地図も埋まっています。私は無力ですが黒八咫とボタンは力になります。お願いできませんか」
キコユが勢いよく頭を下げると、隣に並ぶクロヤタとボタンも頭を下げている。
元から俺も熊団長も、足手まといになろうが少女たちを見捨てる気はなかったのだが、二匹が仲間になるのは心強い。
ここで断る理由は何もなかった。




