彼らが去って
地下室を出て、今更間に合わないとはわかっていたが、駆け足でまず転送陣の置いてある建物へ向かった。
入り口を見張っていたハンターに話を聞くと、ここには誰も来ていないとの事だったので、団長を含めた四人が現れたらすぐに教えて欲しいと伝えておく。
ヒュールミが念の為に転送陣を操作して、暫くの間は使用不可にしてくれたので彼らが、これを利用して逃げることは不可能になった。
今度は通路前のバリケードに向かい、団長たちが来てないか訊ねると、
「はい、少し前に来て。ダンジョン内の調査に向かうから開けてくれ、と頼まれたので開けました」
との話だった。その時、フードを目深に被った五人目がいたそうで、そいつは冥府の王の指揮官で間違いない。事実、その後に監獄を調べに行くと指揮官の姿はなかった。
その後、やってきた始まりの会長に全てを打ち明けると、熊会長への使いを出して臨時の会議が開かれることとなる。
この階層にやってきた熊会長と俺たちを含めた話し合いの結果、ハンター協会からの指名手配犯として、団長たちが扱われることに決定した。
「何だか、疲れちゃったね」
始まりの階層の広場前で瓦礫に腰かけて、両足をぶらぶら揺らしているラッミスが、ミルクティーを片手に呟いた。
会議が終わってから、団長たちが戻ってくる可能性を考慮して、俺たちはバリケード前で見張っている。
「予想外なことばかり起こったからな」
ヒュールミは俺の側面にもたれかかった状態で、スポーツドリンクを口にすると、残りを一気に飲み干した。
「団長たち、息子を残したまま行ったっすね」
「我々が危害を加えないと思っているのでしょう。彼には何の罪もありませんから」
「うちらにも結論を出す前に、ちゃんと相談して欲しかったっす」
「昔からあの家族は自分たちだけで全て抱え込んで、突っ走る人たちでしたから。副団長の境遇も関係しているのでしょうね。甘えるのが下手なのですよ」
「それでも話して欲しかったっす」
「そう……ですね。大切な息子を残していったのは、愚者な団長なりのメッセージなのかもしれませんよ」
取り残された元愚者の奇行団の団員二人は物憂げな表情で、空の見えない頭上をぼーっと見つめている。
「まさか、ケリオイル団長たちが敵側に寝返るとは。考えが浅かったようだ、すまぬ」
「清流の会長。これは誰にも予期できぬ事態。謝罪をしなければならない者は、あの四人のみだ」
謝る熊会長の背を始まりの会長がポンポンと叩き、「気にするな」と口にした。
そうだよな。熊会長が謝る理由はない。ケリオイル団長も相手から持ち掛けられなければ、こんな結末にはなっていなかった筈だ。
ダンジョンに住む人々を裏切るような真似をした団長たちのことは切り捨てて、怒るべきなのだろうが――どうしても、そう思えない自分がいた。
「しかし、ハッコン師匠。バリケードの外に出た団長たちは、一体どのようにして階層を移動するのでしょうか」
「お く の て が」
何かしらの別の手段があるとしか考えられない。
その方法が何かと問われれば……この場に居る全員の視線がヒュールミに向いている。この場で一番正しい答えを導き出してくれそうなのは、やっぱりそうなるよな。
「んー、まあ、いくつか考えられるぜ。階層を自由に移動できる魔道具のような物がある。冥府の王が予め配っている可能性もあるからな。ただし、その場合少人数での移動のみ可能だと思う。一気に何百人も運べるなら、他の階層を強襲することもできるだろ」
「制限がある移動方法ってこと?」
「だろうな。もし、大人数での移動も可能なら、清流の階層やここで現れた魔物の中に、別階層の魔物も存在していないとおかしいだろ」
確かに、どっちもその階層にしか生息していない魔物だけだった。それは別階層の魔物を運ぶことができないという証明にもなる。
「もう一つは単純に、この階層の奥にある転送陣を使って飛んだんだろうな」
そういや、この階層の奥には階層主がいて、それを倒せば各階層を移動できる転送陣が現れるのだった。団長たちの実力なら何の問題もなく倒せる相手らしいので、そっちの可能性も高そうだ。
「団長たちの言葉を信じるなら、最終階層に移動して攻略を始めているということになる。急いで後を追いたいところだが、まだ各階層の混乱も収まっていない状況で人員を割くわけにもいかぬ」
熊会長としては難しいところか。各階層を見捨てるわけにもいかないが、彼らを放置すればダンジョンが崩壊しかねない。
いや、崩壊するならまだマシだろう。冥府の王がダンジョンの力を完全に支配下に置いた場合、もっと最悪な事態が待っている。
「それなのですが、暫くはダンジョン制覇の心配はしないでよいかと思われます」
「どういうことだ、ヘブイ」
「どのダンジョンも最終階層は最大の難所です。それこそ年単位で攻略しても到達できないで、未だに存在しているダンジョンは幾つもありますから。それに、ここの最下層は誰も到達しておらず情報が全くないのですよ。団長たちが向かったところで、そう簡単に攻略できるとは思えません」
なるほど。そうなると、慌てる必要はないのか。
「それに加えて、団長たちも攻略するには戦力不足です。冥府の王側の誰かが仲間になるのかもしれませんが、気心の知れない魔王軍の方々と上手くやれるとは思えません。更に、冥府の王を出し抜こうと考えているなら、信頼できる仲間が必要でしょう」
「となると、誰か勧誘をするか、知り合いを誘うってのが妥当か」
ヘブイの発言を聞いて、ヒュールミがすぐさま意見を口にしたが、直ぐに思い当たる節があったようで、ぱんっと手を打ち鳴らした。
「残りの団員二人か」
「あの二人は変わり者ですから。口車に乗せられて、下手したら団長に力を貸しかねません」
「あ、うん、ないとは言えないっすね」
元団員二人が言うのだから、そうなのだろう。しかし、ヘブイに変わり物呼ばわりされる団員たちって、どんな相手なのだろうか。純粋に興味が湧いてきた。
「となると、我々がなすべきことは各階層の平和を取り戻しつつ、団員たちと先に接触を図り、こちらの陣営に引き込むということか」
「そうなります。ですが、二人とも現在ダンジョン内に居るらしいのですが、どの階層なのかはわかっていないのですよ。私は彼らを探す役目を担っていたのですが、監獄に閉じ込められていましたので」
大事な任務中に変態行為で拘留されていたのか。
「どっちにしろ、階層を自由に行き来できないから、今はどうしようもねえんだがな」
ヒュールミとお爺さんが転送陣を正常に動かす為に、今も奮闘中だった。
暫くはこちら側に打つ手はないのか。
「ならば、清流の階層に戻り、その時が来るまで各自好きにすればいい。復興を手伝ってくれるのであれば、それなりの給金は保証する」
暫く、清流の階層に戻っていなかったが、まだ復旧は始まったばかりだ。やるべきことは幾らでもある。
清流の階層に戻って腰を据えてから、じっくりと今後のことを考えた方がいいのかもしれない。
「じゃあ、みんなで清流の階層に戻ろうか」
ラッミスの元気な一声に促されて、全員が転送陣に向かっていく。
この階層には一ヶ月もいなかったが、多くの事があり過ぎた。
変態――ヘブイとの出会い。
もう一人の指揮官を倒し、始まりの階層の脅威を取り除いた。
そして、団長たちの裏切りと別れ。
ここが異世界で平和な日本でないことは重々承知している。にしても、自動販売機には荷が重すぎる波乱万丈な日常過ぎないか。
一生懸命お金を稼いで能力を強化することが当初の目的だったのに、気が付けば魔王軍幹部の野望を打ち砕くという大事になっている。
これが伝説の勇者のポジションなら納得もいくのだが、自動販売機なんだよな。
と、考えたところでどうなるものでもないか。ラッミスやヒュールミは言うまでもなく、清流の階層に住むお客や、仲間たちのことは気に入っている。
身体は鉄だが心は人として、できることなら、みんなを救いたい。
「色々あったけど、一緒に頑張ろうね、ハッコン」
背負っている俺に向けて微笑む彼女を守る。それだけでも俺が異世界にいる価値はあるよな。
自動販売機として何処までやれるかはわからないが、これからもずっと彼女と一緒にいられるように、電力を振り絞って頑張りますか。
彼女の背で揺られながら決意を新たにしていると、転送陣がある建物に到着していた。
転送陣はヒュールミの調整のおかげで十人以上同時に運べるようになっているので、全員が転送陣の上に乗った。
ちなみに、大食い団は先に清流の湖階層に戻っている。
「それじゃあ、発動させるぞー」
懐かしの我が階層に戻れるのか。清流の階層は俺にとって憩いの場所だからな。
湖畔で目が覚めてから、清流の階層は故郷のようなものだ。
戻れるという事実だけでも心が安らぐ。久しぶりに戻るから商品も結構売れそうだな。門番ズには〈自販機コンビニ〉で驚かせて、シャーリィにはコンドームと、まだ夜の仕事が始まっていないなら大人の玩具や、エロ本を提供するのもいいかもしれない。
スオリもオレンジジュースを飲みたがっていそうだ。あとは両替商の二人に銀貨を渡さないと。やるべきことは盛りだくさんだ。
足下の転送陣からいつものように赤い光が溢れ出し……赤い光? いつもは、こんな色じゃなかったと思うけどヒュールミが改良したのだろうか。
「干渉されているっ!? みんな、転送陣から離れろ!」
取り乱したヒュールミの声が聞こえたかと思った時には、俺たちは赤い光に呑み込まれ、いつもの浮遊感が全身を包んでいた。
光が消えると、そこは殺風景な室内だった。足元には転送陣があり、十畳ぐらいの部屋の壁には魔道具の灯りが一つあるだけだ。
あとは金属製の扉が見えるだけで、他には何もない。
それどころか、誰もいない。
これはもしかして、俺だけ別の階層に飛ばされたのか?
あのヒュールミの叫び声から察するに、転送陣に何らかのトラブルが発生したということなのだろう。
みんなは無事だろうか。俺はポイントも潤沢にあるから、今すぐどうこうなることはない。自由に動けないのはきついが、ここでじっと待つことができる。
もし、他の人たちが見知らぬ階層に飛ばされ、そこが冥府の王に支配されていたら命の危機だ。
ミシュエルやヘブイは何があっても生き残れそうだが、ヒュールミや始まりの会長は戦う術を持っていない。
それに、ラッミスのことも気がかりだ。力が人並み外れているとはいえ、独りにするのは不安がある。向こうも俺のことを過剰に心配していそうなんだよな。
とまあ、こんな状況でもそれ程、焦っていない自分に違和感を覚えるが、俺も異世界に来てから成長したということなのだろう。自動販売機の様にどっしり構えられている。
考え込んでいても仕方ないか。誰かが転送陣で移動した際に、ど真ん中で俺が居座っていたら問題になるよな。確か転送陣は移動先で誰かが触れていたら発動しないと聞いたことがある。
狭い室内だが風船、ダンボールのいつものパターンで部屋の隅に移動しよう。
手慣れた手順で準備を整えると、ふわふわと浮かんで壁際に着地する。通常の自動販売機に戻って、さて、次はどうしたものか。
どうにかして扉を開けて出るべきか、じっとここで待つべきか。
その二択の選択に悩んでいると魔法陣から赤い光が放出され、光が消えた場所には――。
第五章終了となります。
この章は自分の中で愚者の奇行団編のつもりで書いていました。
六章からもよろしくお願いします。




